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クッキーを焼きながら2
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勢いが余ってやってしまった感がある。
どうして私はクッキーを焼いて、炊飯器ケーキもセットして、その挙句ホットプレートで小さな手の平サイズのどら焼きなんて焼き始めてしまっているんだろう。
自分に問うけれど、答え何て分かっている。
冷凍庫に眠っていた餡子があったからだ。
そして、今村さんに「餡子ってお好きですか? 管理人さんや紺さんはどうでしょう?」なんて聞いてしまったからだ。
三人共餡子が好きだと、それもこし餡、つぶ餡どちらも大丈夫なんて聞いてしまったらそりゃ作る。
まだまだクッキーも炊飯器ケーキも焼きあがらないし、今村さんは服の査定に時間が掛かりそうだし。
そんなわけで作り始めてしまったのが、どら焼きと御汁粉だ。
母から大量に送られて来た小豆を煮て冷凍していたつぶ餡とこし餡を、つぶ餡はどら焼きにしてこし餡は白玉入りのお汁粉にしようと小鍋二つに餡子をそれぞれ解凍してくつくつと煮て、再び登場させたホットプレートでどら焼きを次々に焼いていく。
部屋中に漂う甘い匂いは、なんか幼い頃の冬を思い出す。
祖母の家では餡子を石油ストーブの上に鍋を載せて煮ていた。
お汁粉も焼き芋も祖母は石油ストーブの上で作っていたから、私と兄は炬燵にあたりながら漂ってくる美味しそうな匂いにお腹をぐうっと鳴らし待つのが常だった。
「三浦様は料理がお好きなんですね」
「ええ、好きです。出汁の匂いとか甘い匂いとか、幸せな気持ちになるんです。私食いしん坊だから」
祖母の作るお汁粉はとっても美味しかった。
もう祖母の家は無いけれど、あの古い家の茶の間で熱々のお汁粉を食べた幸せな記憶は私の中で大切なものとして残っている。
「甘い匂いで幸せな気持ちになるというのは、私にも良くわかります。出汁の匂いとか、屋台の焼き鳥の匂いとか」
今村さんは、メモ帳に何か書き込みながら目を細める。
屋台の焼き鳥って、私にはお祭りの日に祖母に手を引かれながら食べた思い出があるけれど、今村さんにもそういう思い出があるのかもしれない。
「食べ物の匂いって、記憶に結びついてますよね」
「そうだと思います。私、何年か後にきっと三浦様が焼くクッキーの匂いを思い出すと思います」
袋の中から新たに服を一枚出しながら、今村さんはさりげなくそんな事を言い始める。
私が記憶と共に捨ててしまおうとしている服たちを、丁寧に一枚一枚袋から取り出し査定した後で、綺麗に畳んで別の袋に入れているその仕草が、ゴミではなく私が大切にしていた物たちを引き取るのだと言ってくれている気がして胸の奥がジンと痺れた様になる。
ゴミ袋に洋服をぎゅうぎゅうと詰めて捨てることも出来たけれど、先輩が部屋に残したものはそうして捨ててしまったけれど、先輩に好きになって欲しいと思いながら買い集めた服を同じ様に捨てるのは辛過ぎて出来なかった。
最低男への気持ちはとっくに冷めてしまったけれど、悲しみで弱った心でそうするだけの力が無かったのだ。
一枚一枚宝物を扱う様にしてくれるその姿に、洋服を買った時の嬉しかった気持ちが蘇って来る。
あの時は、自分の姿が少しでも先輩の好みに近付くことが嬉しかった。
自分の好みとは少し違っていたけれど、それでもそうすることが嬉しかったのだ。
大切に着ていた洋服たちだけど、私はもう先輩への思いを綺麗さっぱり忘れるって決めたから、先輩への思いを込めて買った洋服にもお別れするんだ。
ゴミみたいに思いを捨ててしまうんじゃなく、前に進むためにお別れするんだ。
「沢山、今村さんに食べてもらいたいです」
今村さんに来てもらえて本当に良かった。
先輩の事は悲しくて辛かったけれど、紺さんと十和に出会ったお陰で私は救われたし、ただ挨拶するだけだった管理人さんとも親しくなれて、今村さんとも出会えた。
「だから、またお菓子を焼いたら食べてもらえますか?」
私のお願いに、今村さんの細い目が見開いた。
そしてうっすらと見えた白い三角の耳、でも、すっかり慣れて驚かなくなってしまった。
不思議すぎるけれど、そういうこともあるか、なんて風に思うくらいには慣れてしまった。
「嬉しいです! 勿論喜んで!!」
素直に喜びの声を上げる今村さんに微笑んで、私はどら焼きを焼き続けた。
どうして私はクッキーを焼いて、炊飯器ケーキもセットして、その挙句ホットプレートで小さな手の平サイズのどら焼きなんて焼き始めてしまっているんだろう。
自分に問うけれど、答え何て分かっている。
冷凍庫に眠っていた餡子があったからだ。
そして、今村さんに「餡子ってお好きですか? 管理人さんや紺さんはどうでしょう?」なんて聞いてしまったからだ。
三人共餡子が好きだと、それもこし餡、つぶ餡どちらも大丈夫なんて聞いてしまったらそりゃ作る。
まだまだクッキーも炊飯器ケーキも焼きあがらないし、今村さんは服の査定に時間が掛かりそうだし。
そんなわけで作り始めてしまったのが、どら焼きと御汁粉だ。
母から大量に送られて来た小豆を煮て冷凍していたつぶ餡とこし餡を、つぶ餡はどら焼きにしてこし餡は白玉入りのお汁粉にしようと小鍋二つに餡子をそれぞれ解凍してくつくつと煮て、再び登場させたホットプレートでどら焼きを次々に焼いていく。
部屋中に漂う甘い匂いは、なんか幼い頃の冬を思い出す。
祖母の家では餡子を石油ストーブの上に鍋を載せて煮ていた。
お汁粉も焼き芋も祖母は石油ストーブの上で作っていたから、私と兄は炬燵にあたりながら漂ってくる美味しそうな匂いにお腹をぐうっと鳴らし待つのが常だった。
「三浦様は料理がお好きなんですね」
「ええ、好きです。出汁の匂いとか甘い匂いとか、幸せな気持ちになるんです。私食いしん坊だから」
祖母の作るお汁粉はとっても美味しかった。
もう祖母の家は無いけれど、あの古い家の茶の間で熱々のお汁粉を食べた幸せな記憶は私の中で大切なものとして残っている。
「甘い匂いで幸せな気持ちになるというのは、私にも良くわかります。出汁の匂いとか、屋台の焼き鳥の匂いとか」
今村さんは、メモ帳に何か書き込みながら目を細める。
屋台の焼き鳥って、私にはお祭りの日に祖母に手を引かれながら食べた思い出があるけれど、今村さんにもそういう思い出があるのかもしれない。
「食べ物の匂いって、記憶に結びついてますよね」
「そうだと思います。私、何年か後にきっと三浦様が焼くクッキーの匂いを思い出すと思います」
袋の中から新たに服を一枚出しながら、今村さんはさりげなくそんな事を言い始める。
私が記憶と共に捨ててしまおうとしている服たちを、丁寧に一枚一枚袋から取り出し査定した後で、綺麗に畳んで別の袋に入れているその仕草が、ゴミではなく私が大切にしていた物たちを引き取るのだと言ってくれている気がして胸の奥がジンと痺れた様になる。
ゴミ袋に洋服をぎゅうぎゅうと詰めて捨てることも出来たけれど、先輩が部屋に残したものはそうして捨ててしまったけれど、先輩に好きになって欲しいと思いながら買い集めた服を同じ様に捨てるのは辛過ぎて出来なかった。
最低男への気持ちはとっくに冷めてしまったけれど、悲しみで弱った心でそうするだけの力が無かったのだ。
一枚一枚宝物を扱う様にしてくれるその姿に、洋服を買った時の嬉しかった気持ちが蘇って来る。
あの時は、自分の姿が少しでも先輩の好みに近付くことが嬉しかった。
自分の好みとは少し違っていたけれど、それでもそうすることが嬉しかったのだ。
大切に着ていた洋服たちだけど、私はもう先輩への思いを綺麗さっぱり忘れるって決めたから、先輩への思いを込めて買った洋服にもお別れするんだ。
ゴミみたいに思いを捨ててしまうんじゃなく、前に進むためにお別れするんだ。
「沢山、今村さんに食べてもらいたいです」
今村さんに来てもらえて本当に良かった。
先輩の事は悲しくて辛かったけれど、紺さんと十和に出会ったお陰で私は救われたし、ただ挨拶するだけだった管理人さんとも親しくなれて、今村さんとも出会えた。
「だから、またお菓子を焼いたら食べてもらえますか?」
私のお願いに、今村さんの細い目が見開いた。
そしてうっすらと見えた白い三角の耳、でも、すっかり慣れて驚かなくなってしまった。
不思議すぎるけれど、そういうこともあるか、なんて風に思うくらいには慣れてしまった。
「嬉しいです! 勿論喜んで!!」
素直に喜びの声を上げる今村さんに微笑んで、私はどら焼きを焼き続けた。
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