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いらないものは捨ててしまおう3
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「狐さんが人の振りをして生きているなんて、ある筈がないですよね」
今村さんは、「人以外が人の振りをして生きている」そう言った。
だけど私は、「狐さんが人の振りをして生きている」と口に出してしまった。
その途端、今村さんの細い目がより細くなって、線を引いたみたいな様に見えてそれはまるで、神社のあの狐さんの目の様で……。
私はつい振り返って、飾り棚の中の三体の狐さんを見てしまった。
「三浦様」
「っ! は、はいっ!!」
「子狐をお返しいたします」
名前を呼ばれてびくりと体を震わせて返事をしながら、今村さんの方に視線を戻す。
今村さんは両手で捧げものをするようにミニ狐さんを私の前に差し出している。
その目はとても細くなっていて、でも笑っている様には見えない。
うっすらと開いている瞼の隙間から見える瞳、それがなぜかとても怖かった。
「どうぞ、三浦様」
「はい」
両手を揃えて手の平を上にして、ミニ狐さんを受け取る。
手の平に乗せられたミニ狐さんは、ずっと今村さんが持っていたのにとても冷たく感じた。
「え」
ミニ狐さんを受け取り手を引っ込めようとした瞬間、私の手首は今村さんに掴まれていた。
掴まれる、違う包み込まれている。
「あのっ」
「お守りを大切に、それはあなたと彼を繋ぐ大切なもの。あなたはもう彼のもの」
彼? それは誰だろう。
お守りをくれたのは、紺さんだ。
今村さんは、私が紺さんのものだと言っているのだろうか。
「今村さん、何を言っているんですか?」
「力を分けてあげましょう。あなたを守る為の力です。あなたの作ったものを私は食べられた。それはとても幸せで温かかったから、この部屋に残っている悲しい記憶は捨てていいのですよ」
悲しい記憶? 今村さんは何を言っているのだろう。
私を守る為の力って何?
「記憶を捨てる?」
「捨てる。そう、持っていて辛い記憶を捨てる。心の奥底に沈ませて耐えられる人もいるけれど、あなたはそうではないのでしょう。切り捨てた髪にそれは沢山残っていた。悲しい辛いと泣いていた。古い時代髪は神に通じていました。切り捨てられた髪は神への捧げものになる。ご存知でしたか?」
力を入れられているわけではないのに、手を引く事が出来ない。
違う、手を引くことをせずに、私はただ今村さんの瞳を見ていた。
「知りません。でも、私の髪に悲しい記憶がもし残っているのだとしたら、それを短く切ってしまったのだから、その悲しさは私の中から減ったのでしょうか」
私は何を言っているのだろう。
そんなおかしな話がある筈ないのに、そうだったいいと信じたくなっている。
「髪や物に記憶は残るのです。楽しい記憶、悲しい記憶それらが髪にもこの部屋にも残っているのです。楽しく幸せな記憶は生きる糧になり、辛く悲しい記憶は心の底に澱のように溜まって、それはやがて身を縛る呪となる」
ミニ狐さんが冷たく感じる程だったのに、なぜか今村さんの手は冷たくない。
それどころか、包まれている手首が温かく感じる程だ。
「この部屋に記憶が残る。身を縛る呪」
今村さんは何を言いたいのだろう。
先輩に関する辛い記憶も幸せな記憶も、確かにこの部屋に存在していると思う。
今村さんが嬉しそうに私が作ったものを食べてくれたお陰で、救われたような気持ちになるほど、その記憶はまだ私の中に燻っている。
忘れよう、前を向こうと思っても、そう決心しても簡単に割り切れるものではなくて、辛くて悲しくてたまらないのは事実だ。
でも、それを今村さんは知らない筈、だって話していないのだから。
「でもあなたは髪を切りました。髪を記憶を切り捨てました。あなたに不要な悲しい記憶、それが呪に変化する前に自ら決別したのです」
「自ら決別ではなく、自棄になっただけなのではないでしょうか」
トラウマ発動して、何もかも先輩につながりそうなものを排除したくなって、髪を切ったのもその一つだ。
「泣いて自分を可哀相がって、それでもその記憶を捨てられずその場に留まる。そうすることも出来たでしょう。でも三浦様は違います。苦しくても悲しくても前に進もうとされている。良く無い道を進むことも出来たけれど、そうせずに切り捨てる。その決断は尊いものです」
今村さんは何も知らない筈、なのにすべてを知っているかのように言葉を紡ぐ。
それは私の手首を包み込む今村さんの手の温度の様に、温かなものだ。
「私はただトラウマを……あんな人だと思って無かったから、信じていたのに裏切られて……それが許せなくて、悲しくて、全部忘れたくて」
ぽとりと涙が落ちた。
初めて会った人の前で泣くなんて、事情を知らない人にこんな話をするなんて。
「忘れましょう。その感情を忘れて、幸せな道を進みましょう」
「そうしたいです、でも苦しくて、まだ苦しくて」
ぽたぽたと落ちる涙を拭うことは出来ずに、ただ涙を流し続ける。
「忘れましょう。それは罪ではありません、憎んで恨んでその身を呪いで縛るより余程前向きで賢い選択です」
「そうなりたい、そう出来たらどんなにいいか。すべて忘れてしまいたい」
だけど、楽しかった幸せだった思い出が辛く悲しいものに変化しても、それをすぐに忘れて無かったことにするなんて、そんなの無理だ。
だから暫くはこの思いを引きずるのかもしれない、先輩への愛しいと言う気持ちはもう無くなっても、先輩との記憶は残っているのだから。
「記憶すべてを消すことは出来なくても、その思いは捨てられますよ。そうしたいですか?」
「思いを捨てたいです。こんな思いいらない。あの人を大切に思っていた心も、憎む心も、悲しむ心も、あの人に関する思いを捨ててしまいたい」
そう願う私に、今村さんは頷いた。
頷いて、私の手首をぎゅっと掴んでこう言った。
「その思いを買い取りましょう。対価はすでに頂いています。三浦様の手作りのお菓子と料理。私がどれだけ願っても本来なら食べられないもの。この守りをつけたあなたが作ったからこそそれを私は頂くことができた。これは十分な対価です。貰い過ぎな程」
「買い取る? 対価」
「さあ、目を閉じて。ほんの少し眠りましょう。いまから眠りの中で見る夢は悲しい思いを忘れさせてくれるでしょう。目を閉じて」
言われるまま私は瞼を閉じる。
手首を掴まれたまま、私は夢の中に落ちて行った。
今村さんは、「人以外が人の振りをして生きている」そう言った。
だけど私は、「狐さんが人の振りをして生きている」と口に出してしまった。
その途端、今村さんの細い目がより細くなって、線を引いたみたいな様に見えてそれはまるで、神社のあの狐さんの目の様で……。
私はつい振り返って、飾り棚の中の三体の狐さんを見てしまった。
「三浦様」
「っ! は、はいっ!!」
「子狐をお返しいたします」
名前を呼ばれてびくりと体を震わせて返事をしながら、今村さんの方に視線を戻す。
今村さんは両手で捧げものをするようにミニ狐さんを私の前に差し出している。
その目はとても細くなっていて、でも笑っている様には見えない。
うっすらと開いている瞼の隙間から見える瞳、それがなぜかとても怖かった。
「どうぞ、三浦様」
「はい」
両手を揃えて手の平を上にして、ミニ狐さんを受け取る。
手の平に乗せられたミニ狐さんは、ずっと今村さんが持っていたのにとても冷たく感じた。
「え」
ミニ狐さんを受け取り手を引っ込めようとした瞬間、私の手首は今村さんに掴まれていた。
掴まれる、違う包み込まれている。
「あのっ」
「お守りを大切に、それはあなたと彼を繋ぐ大切なもの。あなたはもう彼のもの」
彼? それは誰だろう。
お守りをくれたのは、紺さんだ。
今村さんは、私が紺さんのものだと言っているのだろうか。
「今村さん、何を言っているんですか?」
「力を分けてあげましょう。あなたを守る為の力です。あなたの作ったものを私は食べられた。それはとても幸せで温かかったから、この部屋に残っている悲しい記憶は捨てていいのですよ」
悲しい記憶? 今村さんは何を言っているのだろう。
私を守る為の力って何?
「記憶を捨てる?」
「捨てる。そう、持っていて辛い記憶を捨てる。心の奥底に沈ませて耐えられる人もいるけれど、あなたはそうではないのでしょう。切り捨てた髪にそれは沢山残っていた。悲しい辛いと泣いていた。古い時代髪は神に通じていました。切り捨てられた髪は神への捧げものになる。ご存知でしたか?」
力を入れられているわけではないのに、手を引く事が出来ない。
違う、手を引くことをせずに、私はただ今村さんの瞳を見ていた。
「知りません。でも、私の髪に悲しい記憶がもし残っているのだとしたら、それを短く切ってしまったのだから、その悲しさは私の中から減ったのでしょうか」
私は何を言っているのだろう。
そんなおかしな話がある筈ないのに、そうだったいいと信じたくなっている。
「髪や物に記憶は残るのです。楽しい記憶、悲しい記憶それらが髪にもこの部屋にも残っているのです。楽しく幸せな記憶は生きる糧になり、辛く悲しい記憶は心の底に澱のように溜まって、それはやがて身を縛る呪となる」
ミニ狐さんが冷たく感じる程だったのに、なぜか今村さんの手は冷たくない。
それどころか、包まれている手首が温かく感じる程だ。
「この部屋に記憶が残る。身を縛る呪」
今村さんは何を言いたいのだろう。
先輩に関する辛い記憶も幸せな記憶も、確かにこの部屋に存在していると思う。
今村さんが嬉しそうに私が作ったものを食べてくれたお陰で、救われたような気持ちになるほど、その記憶はまだ私の中に燻っている。
忘れよう、前を向こうと思っても、そう決心しても簡単に割り切れるものではなくて、辛くて悲しくてたまらないのは事実だ。
でも、それを今村さんは知らない筈、だって話していないのだから。
「でもあなたは髪を切りました。髪を記憶を切り捨てました。あなたに不要な悲しい記憶、それが呪に変化する前に自ら決別したのです」
「自ら決別ではなく、自棄になっただけなのではないでしょうか」
トラウマ発動して、何もかも先輩につながりそうなものを排除したくなって、髪を切ったのもその一つだ。
「泣いて自分を可哀相がって、それでもその記憶を捨てられずその場に留まる。そうすることも出来たでしょう。でも三浦様は違います。苦しくても悲しくても前に進もうとされている。良く無い道を進むことも出来たけれど、そうせずに切り捨てる。その決断は尊いものです」
今村さんは何も知らない筈、なのにすべてを知っているかのように言葉を紡ぐ。
それは私の手首を包み込む今村さんの手の温度の様に、温かなものだ。
「私はただトラウマを……あんな人だと思って無かったから、信じていたのに裏切られて……それが許せなくて、悲しくて、全部忘れたくて」
ぽとりと涙が落ちた。
初めて会った人の前で泣くなんて、事情を知らない人にこんな話をするなんて。
「忘れましょう。その感情を忘れて、幸せな道を進みましょう」
「そうしたいです、でも苦しくて、まだ苦しくて」
ぽたぽたと落ちる涙を拭うことは出来ずに、ただ涙を流し続ける。
「忘れましょう。それは罪ではありません、憎んで恨んでその身を呪いで縛るより余程前向きで賢い選択です」
「そうなりたい、そう出来たらどんなにいいか。すべて忘れてしまいたい」
だけど、楽しかった幸せだった思い出が辛く悲しいものに変化しても、それをすぐに忘れて無かったことにするなんて、そんなの無理だ。
だから暫くはこの思いを引きずるのかもしれない、先輩への愛しいと言う気持ちはもう無くなっても、先輩との記憶は残っているのだから。
「記憶すべてを消すことは出来なくても、その思いは捨てられますよ。そうしたいですか?」
「思いを捨てたいです。こんな思いいらない。あの人を大切に思っていた心も、憎む心も、悲しむ心も、あの人に関する思いを捨ててしまいたい」
そう願う私に、今村さんは頷いた。
頷いて、私の手首をぎゅっと掴んでこう言った。
「その思いを買い取りましょう。対価はすでに頂いています。三浦様の手作りのお菓子と料理。私がどれだけ願っても本来なら食べられないもの。この守りをつけたあなたが作ったからこそそれを私は頂くことができた。これは十分な対価です。貰い過ぎな程」
「買い取る? 対価」
「さあ、目を閉じて。ほんの少し眠りましょう。いまから眠りの中で見る夢は悲しい思いを忘れさせてくれるでしょう。目を閉じて」
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手首を掴まれたまま、私は夢の中に落ちて行った。
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