おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
34 / 80

いらないものは捨ててしまおう2

しおりを挟む
「私、三浦様のお宅に食べに来たような……。申し訳ありません」

 今村さんはホットサンドもサラダもスープも全部綺麗に食べてくれた。
 それはもう見ている私が気持ちいい位の食べっぷりで、私がホットサンドの半分をついつい差し出してしまう程だった。
 お腹空いていたんだろうか、あの量で足りたのか心配になってしまう。

「いえいえ、綺麗に食べて頂けて嬉しいです。ありがとうございます」

 大人になって、満面の笑みという言葉があんなに似合う状態ってなかなか無いと思う。
 今村さんは「美味しいです!」、「ああ、幸せです」と言いながら、かなり早食いだったと思うけれどでも丸の飲みしているわけではなくキチンと咀嚼しているし口の中に詰め込んでいるわけでもないという器用な食べ方をしていた。

「そう言って頂けると助かります。そうだ、三浦様一つお伺いしたいことがあるのですが」
「はい、なんでしょう」
「あそこに飾ってある狐は神社の貯金箱でしょうか」

 ソファーの正面に置いてある飾り棚を指さし、今村さんが尋ねる。
 飾り棚の中には、昨日洗って乾かしていた大、中、小の三体の狐さんの貯金箱と、私が樹脂粘土で作ったミニ狐さんが置いてある。
 
「はい、神社から受けてきたものです」
「あの、一番小さな狐も神社のものですか?」
「……これですか? これは私が作ったんです」

 飾り棚からミニ狐さんを取り出して、手の平に乗せ今村さんへ見せる。

「可愛い! これを三浦様が作られたのですか? お料理やお菓子だけでなく、こういった物も作る事が出来るなんて素晴らしいですね。よく見せて頂いてもいいでしょうか」
「ええ、どうぞ。樹脂粘土で作っているんですよ」

 ミニ狐さんを手渡すと、今村さんは両手で受け取ってじっくりと眺めながら「十和にそっくり」と呟いた。
 今村さんも十和を知っているということは、実は十和ってこの辺りでは有名な狐さんなのかもしれない。
 狐を飼うというのがそもそも珍しいし、十和の体毛は真っ白だから余計に珍しいから、そういう意味でも有名なのだろうか。

「三浦様、見せて下さりありがとうございます。とっても可愛いですね」
「ええ、結構上手に出来たと思ってます。自画自賛ですが」

 樹脂粘土細工は今までかなりの数を作って来たけれど、その中でもこのミニ狐さんはかなり気に入っている。
 今朝貯金箱の狐さん達を飾り棚に戻す時に、ミニ狐さんだけ一体別にいるのは寂しいかなと置き場所を移した位には愛着もある。

「三浦様に愛されてこの子狐も嬉しいでしょう。ねぇ」

 人差し指でミニ狐さんの頭を撫でながら、今村さんは不思議なことを言っている。
 愛着はあるけれど、それは愛なのだろうか?
 確かに私が作った作品だけど、そういう意味では思い入れはあるけれど。
 
「あの。……あ」

 今村さんの頭にはっきりと耳が見えた。
 それは、十和の耳の様に短く白い毛の……え、幻覚?

「三浦様、どうかされましたか?」
「あの、いえ、あの」

 私の名前を呼んだ瞬間、その耳は消えてしまった。
 やっぱり幻覚だった? そんな事ある?

「今村さん、実は狐さんだったり……なんて、あるわけないですよね」
「まあ、三浦様は面白いことを仰るのですね」

 ミニ狐さんの頭を撫でながら、今村さんはくすくすと笑う。
 元々細い目が余計に細くなって、でもなんというか作り物めいた笑顔に私の顔は多分ひきつっている。

「でもこの世の中、人以外が人の振りをして生きている。そういうこともあるかもしれませんよ」
「え、それって」

 今村さんは私の言葉を否定しなかった。
 まさか本当に、今村さんは狐なのだろうか? 人の振りをして人の世界で暮らしている? そんな馬鹿な。

「ふふふ。そんな風に思うと楽しいですよね」
「なんだ、驚かせないで下さい」

 揶揄われたのだと分かって安堵の息を吐きながら、まさか本当に狐だったりするんじゃないかと、私はまだ疑いを捨てきれなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

非公開とさせていただきました(しばらくはお知らせのため残しますが、のちに削除いたします)

双葉
キャラ文芸
 キャラ文芸大賞に応募していた本作ですが、落選したため非公開とさせていただきました。夢である書籍化を目指して改稿し、別の賞へチャレンジいたします。  審査員の皆さま、読者として読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

蛇のおよずれ

深山なずな
キャラ文芸
 平安時代、とある屋敷に紅姫と呼ばれる姫がいた。彼女は非常に美しい容姿をしており、また、特殊な力を持っていた。  ある日、紅姫は呪われた1匹の蛇を助ける。そのことが彼女の運命を大きく変えることになるとは知らずに……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...