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トラウマ持ちの、気持ちの切り替え方7
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「美味しいです。三浦様! クッキー美味しいです。甘くてサクサクでバターの香りがして。はぁぁ」
今村さんはクッキーを一枚食べ終えて、両手を頬にそえ目を閉じて、何と言えばいいんだろう? そう、余韻に浸っている。
私、料理もお菓子作りも好きだけれど、もの凄く美味しいものを作るっていうわけじゃない。
料理はことごとく先輩に『年寄り臭い』『貧相な節約飯』『俺の好みじゃない』とけなされていた。
今思うと、なんであそこまで言われて、先輩の好みの料理が作れない自分が悪い。もっと頑張らなくちゃなんて思ってたんだろう。
恋愛に目が曇っていたというか、先輩のモラハラに慣れて感覚がおかしくなっていたとしか思えない。
先輩は手作りのお菓子を『素人が作る菓子なんて』と馬鹿にしていると知っていたから、先輩に食べさせたことはないけれど、きっとあの人にこのクッキーを食べさせたら『こんなの食えるか』と言われただろう。
そのくせ文句を盛大に言いながら、全部食べ尽くす。
食べ尽くすくせに『まずい物食べて腹が一杯になるのは不愉快だな』と言いながら帰って行く。
それを見せられて、私はがっかりしながら自分が悪いって思ったのだろう。
それが想像出来て、なんで自分はそんな惨めなことを、先輩の期待に応えられない自分が悪いと自分を責めていたのだろう。
ああ、馬鹿だ過去の自分。
私の作ったものを、紺さんも今村さんもこうやって喜んでくれるじゃないか。
私は出来ない自分が出来ないなんて、自分を卑下することなんか無かったんだ。
「あぁぁっ。申し訳ありません、三浦様。美味しくって三枚も食べてしまいました!」
私が考え込んでいる間に、今村さんはクッキーをいつの間にか三枚も食べていたらしい。
夢中になって食べてくれるなんて、謝ることじゃない。
そんなの、ただただ嬉しいだけだ。
「今村さん、パウンドケーキってお好きですか?」
「パウンド、ケーキ。あの、多分?」
ちょっと首を傾げつつ否定はしないから、勢いよく立ち上がりキッチンに向かう。
「実は昨日パウンドケーキも焼いたんです。もしお腹に余裕があるならいかがですか?」
「い、いいんですか! はっ、あの、そんなに私食べて……」
「沢山あるんです。こっちはレーズンとクルミが入っているんですよ。ココア味です」
取り皿を一枚とフォーク、それからパウンドケーキを入れたガラスの器をトレイに載せてリビングに戻る。
「わあっ。凄いですね。でもいいんですか?」
「こういうの勢いで沢山焼いちゃうんですけれど、一人だと食べられる量も限られちゃうので、食べて貰えると実は助かります。好きなだけ取って召し上がって下さい」
昨日の勢いでまた紺さんに持って行っちゃう可能性がゼロじゃない。
煮物は持って行く予定で作ったけれど、焼き菓子まで加わったら紺さんも食べきれないだろう。
「じゃ、じゃあ遠慮なく。はぁいい匂い」
トングでそっとパウンドケーキを一切れ取ると、両手でお皿を捧げる様に持ちくんくんと匂いを嗅いでいる。
そういう仕草が何となく犬っぽいけれど、細められた目は神社の狐さんに似ている気がする。
「いただきます。……美味しい。クルミもレーズンもココアの味に良くあっていて。はあぁ、美味しいです。ありがとうございます三浦様、美味しいですっ」
「お口にあって良かったです」
こんなに喜んでもらえると、私の方がお礼を言いたいくらいの気持ちになる。
それになんだろう、凄く凄く過去の私が救われた気持ちになって来た。
今村さんが座っている場所は先輩がこの部屋に来た時に座っていた場所だ。
先輩は何を食べても、私が用意していたお酒やお菓子を飲み食いしても、お礼の一つもないどころか文句しかなかった。
私はそれでも先輩が部屋に来て、寛いでくれていることが嬉しかったから満足だったし幸せだったと思っていたけれど、本当は悲しかったし、今はあの頃の自分は馬鹿だったと思っている。
なんで先輩なんか好きになっちゃったんだろう。
なんで先輩を信用していたんだろう。
そう思って、後悔している。
「三浦様?」
「ふふ、嬉しいです。美味しいって言って貰えて。でも口の中甘くなりすぎちゃってますよね。コーヒー淹れましょうか? インスタントですけれど」
すでにカップの中のココアは空になっている。
美味しい美味しいと食べてくれているけれど、口の中は相当甘くなっているだろう。
「なんだか私食べにきただけみたいになっていますね」
しょんぼりとしながら、じぃっとパウンドケーキを見つめている姿がなんだか可愛くって、トングを掴みもう一切れ今村さんのお皿に移す。
「え、あの」
「すぐにコーヒー淹れてきますね」
今村さんのお陰で、この部屋に残っていた先輩の姿が消えた気がする。
美味しいと言って喜んでくれた今村さんの笑顔に、私はまた少し気持ちが切り替えられた気がした。
今村さんはクッキーを一枚食べ終えて、両手を頬にそえ目を閉じて、何と言えばいいんだろう? そう、余韻に浸っている。
私、料理もお菓子作りも好きだけれど、もの凄く美味しいものを作るっていうわけじゃない。
料理はことごとく先輩に『年寄り臭い』『貧相な節約飯』『俺の好みじゃない』とけなされていた。
今思うと、なんであそこまで言われて、先輩の好みの料理が作れない自分が悪い。もっと頑張らなくちゃなんて思ってたんだろう。
恋愛に目が曇っていたというか、先輩のモラハラに慣れて感覚がおかしくなっていたとしか思えない。
先輩は手作りのお菓子を『素人が作る菓子なんて』と馬鹿にしていると知っていたから、先輩に食べさせたことはないけれど、きっとあの人にこのクッキーを食べさせたら『こんなの食えるか』と言われただろう。
そのくせ文句を盛大に言いながら、全部食べ尽くす。
食べ尽くすくせに『まずい物食べて腹が一杯になるのは不愉快だな』と言いながら帰って行く。
それを見せられて、私はがっかりしながら自分が悪いって思ったのだろう。
それが想像出来て、なんで自分はそんな惨めなことを、先輩の期待に応えられない自分が悪いと自分を責めていたのだろう。
ああ、馬鹿だ過去の自分。
私の作ったものを、紺さんも今村さんもこうやって喜んでくれるじゃないか。
私は出来ない自分が出来ないなんて、自分を卑下することなんか無かったんだ。
「あぁぁっ。申し訳ありません、三浦様。美味しくって三枚も食べてしまいました!」
私が考え込んでいる間に、今村さんはクッキーをいつの間にか三枚も食べていたらしい。
夢中になって食べてくれるなんて、謝ることじゃない。
そんなの、ただただ嬉しいだけだ。
「今村さん、パウンドケーキってお好きですか?」
「パウンド、ケーキ。あの、多分?」
ちょっと首を傾げつつ否定はしないから、勢いよく立ち上がりキッチンに向かう。
「実は昨日パウンドケーキも焼いたんです。もしお腹に余裕があるならいかがですか?」
「い、いいんですか! はっ、あの、そんなに私食べて……」
「沢山あるんです。こっちはレーズンとクルミが入っているんですよ。ココア味です」
取り皿を一枚とフォーク、それからパウンドケーキを入れたガラスの器をトレイに載せてリビングに戻る。
「わあっ。凄いですね。でもいいんですか?」
「こういうの勢いで沢山焼いちゃうんですけれど、一人だと食べられる量も限られちゃうので、食べて貰えると実は助かります。好きなだけ取って召し上がって下さい」
昨日の勢いでまた紺さんに持って行っちゃう可能性がゼロじゃない。
煮物は持って行く予定で作ったけれど、焼き菓子まで加わったら紺さんも食べきれないだろう。
「じゃ、じゃあ遠慮なく。はぁいい匂い」
トングでそっとパウンドケーキを一切れ取ると、両手でお皿を捧げる様に持ちくんくんと匂いを嗅いでいる。
そういう仕草が何となく犬っぽいけれど、細められた目は神社の狐さんに似ている気がする。
「いただきます。……美味しい。クルミもレーズンもココアの味に良くあっていて。はあぁ、美味しいです。ありがとうございます三浦様、美味しいですっ」
「お口にあって良かったです」
こんなに喜んでもらえると、私の方がお礼を言いたいくらいの気持ちになる。
それになんだろう、凄く凄く過去の私が救われた気持ちになって来た。
今村さんが座っている場所は先輩がこの部屋に来た時に座っていた場所だ。
先輩は何を食べても、私が用意していたお酒やお菓子を飲み食いしても、お礼の一つもないどころか文句しかなかった。
私はそれでも先輩が部屋に来て、寛いでくれていることが嬉しかったから満足だったし幸せだったと思っていたけれど、本当は悲しかったし、今はあの頃の自分は馬鹿だったと思っている。
なんで先輩なんか好きになっちゃったんだろう。
なんで先輩を信用していたんだろう。
そう思って、後悔している。
「三浦様?」
「ふふ、嬉しいです。美味しいって言って貰えて。でも口の中甘くなりすぎちゃってますよね。コーヒー淹れましょうか? インスタントですけれど」
すでにカップの中のココアは空になっている。
美味しい美味しいと食べてくれているけれど、口の中は相当甘くなっているだろう。
「なんだか私食べにきただけみたいになっていますね」
しょんぼりとしながら、じぃっとパウンドケーキを見つめている姿がなんだか可愛くって、トングを掴みもう一切れ今村さんのお皿に移す。
「え、あの」
「すぐにコーヒー淹れてきますね」
今村さんのお陰で、この部屋に残っていた先輩の姿が消えた気がする。
美味しいと言って喜んでくれた今村さんの笑顔に、私はまた少し気持ちが切り替えられた気がした。
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