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トラウマ持ちの、気持ちの切り替え方6
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「ごめんなさい、スリッパ用意が無くて。あ、床暖房すぐにつけますね」
部屋に戻って来て、最初に今村さんに謝る。
うっかり忘れていたけれど、私はスリッパが好きじゃないので来客用のスリッパも置いていない。
それで先輩を「俺が部屋に来るって分かっててスリッパも用意してないのか」と怒らせてしまった。
一番最初に部屋に先輩が来た時にそう言われて、先輩用のスリッパはすぐに用意した。
このマンションは、玄関の壁に照明と部屋の中の暖房類のスイッチがある。それを操作しながら来客用の使い捨てスリッパ買っておいた方がいいかなと考える。
「床暖房があるならスリッパは不要でしょう?」
何が問題なのか分からないという風に、今村さんは首を傾げている。
その様子にホッとして、私は結構先輩由来のトラウマが増えているのかもしれないと感じる。
ただでさえ父親から不倫、クズ男トラウマが植え付けられていたというのに、そこに先輩の鬱エピソードが加わったのだから、もう私の心にどれだけトラウマが増えたのか分からない。
「でも、ほら、他人様の家に上がる時スリッパが無いのが抵抗があるとかないとか、そういう話聞きますし」
「……そういうものですかね。お邪魔いたします」
私の話を聞きながら、私の背後に視線を向けていた様子の今村さんはペコリと頭を下げた後靴を脱いで部屋の中へ入って来た。
「リビングにどうぞ」
玄関から狭い廊下を少し歩いた先にあるリビングに案内しながら、何か出せるお菓子があったかなと考える。
夜中眠れなくて、パウンドケーキとクッキーを焼いた。ついでに厚揚げの中にひき肉餡を詰めた煮物とひじき煮も作った。煮物は今晩紺さんに持って行く予定だ。
買ったお菓子はないから仕方ないとはいえ、お客として会ったばかりの人間の手作りお菓子って出していいものか悩んでしまう。
それなら飲み物も同じだろうか。
「素敵なお部屋ですね」
「ありがとうございます。どうぞ座って下さい、今ココア入れてきますね。あ、ココア甘めで大丈夫ですか?」
「はい、楽しみです」
今村さんにソファーを進め、朗らかな返事を聞きつつキッチンに入りココアを入れる準備をする。
自分のカップとお客さん用のコーヒーカップにお湯を注いで温めてから、ミルクパンにココアと砂糖を二人分入れてお湯を少々入れてから火にかける。
ゴムベラでココアがとろりとしたペースト状になるまで練ってから牛乳を注ぎ、丁寧に混ぜる。
「甘い香りいいですね」
「甘いのお好きですか」
「甘いのも好きですし、お酒も好きですよ。三浦様はいかがですか」
「私も両方好きですよ。料理も好きですしお菓子作りも好きですね。下手の横好きって奴ですけれど」
リビングとキッチンを区切るカウンターの上に、昨晩焼いたクッキーを入れた透明のボトルがある。
それを見つつそう言えば、今村さんは「そのクッキーはもしかして手作りですか? 凄い美味しそうですね」と言い始めた。
「もし良かったらクッキーも一緒にいかがですか。昨日の夜焼いたものなんですよ」
「いいんですか!」
想像以上に今村さんの反応が良くて、ちょっと驚きながらも笑顔で頷きクッキーを出すお皿を用意する。
「はい、ココアです。お好みでマシュマロ浮かべて下さい。クッキーはお好きなものをお皿に取って下さいね」
出来上がったココアをカップに注ぎ、トレイに諸々をのせてテーブルへと運ぶ。
蓋を開けた透明ボトルに豆皿にミニトングを置き脇に沿える。
「甘い匂い! はあ、嬉しいです。頂きます」
両手でカップを持って、今村さんはココアの香りを吸い込んで笑顔になる。
こんなに喜んで貰えると思って無かったから驚いてしまうけれど、今村さんは感情表現がストレートなのかもしれない。
今時ココアにこんなに喜んでしまう人いるだろうか、私よりだいぶ年上だと思うけれど何だか可愛い。
「マシュマロ入れて飲むんですか」
「私は好きです」
「あの、ご迷惑でなければマシュマロを入れて頂いてもいいでしょうか」
「え? 勿論いいですよ。何個入れましょう」
なぜ私に頼むんだろうと疑問を覚えながら、トングとマシュマロを入れた器を取る。
「三つ、いえ、四つお願いします!」
テーブルにカップを置き、今村さんはなぜか決心した様に声を上げる。
「では四つ。私も」
ぽとりぽとりとマシュマロをカップに落としていく。
熱々のココアの中にマシュマロが浮かんで、ゆっくりと溶け始める。
「混ぜて飲んでもいいですし、溶けかけのマシュマロを食べてもいいです」
「はい、頂きます! ……本当に飲める」
カップを両手で持って、今村さんは何故か恐る恐るといった雰囲気でココアを一口口にしてから本気で驚いた顔をしてそう言った。
飲める? 本当にって何だろう。
「今村さん?」
「……はっ。いえ、あのですね。お守りが、いえあの。美味しくて驚いてしまって」
お守りって何だろう?
「ココアにマシュマロを入れたのが初めてでしたか? 知らないとビックリしちゃうかもしれないですね」
一般的な飲み方とは違うのかなと内心首を傾げながら、こういうのは好みもあるしと思い直す。
「ビックリ、そうビックリしたんです。甘くて温かくて美味しいですね!」
「気に入って頂けて良かったです。クッキーもどうぞ。刻んだナッツが入っているものと、チョコレートを混ぜ込んだもののとありますので」
「はい、頂きます。もうこんな機会はないかもしれないですし、遠慮なく頂きます!」
うきうきとトングを掴んだ今村さんの頭に、なぜか耳の様な物が見えた気がして、私は目を見開いたのだ。
部屋に戻って来て、最初に今村さんに謝る。
うっかり忘れていたけれど、私はスリッパが好きじゃないので来客用のスリッパも置いていない。
それで先輩を「俺が部屋に来るって分かっててスリッパも用意してないのか」と怒らせてしまった。
一番最初に部屋に先輩が来た時にそう言われて、先輩用のスリッパはすぐに用意した。
このマンションは、玄関の壁に照明と部屋の中の暖房類のスイッチがある。それを操作しながら来客用の使い捨てスリッパ買っておいた方がいいかなと考える。
「床暖房があるならスリッパは不要でしょう?」
何が問題なのか分からないという風に、今村さんは首を傾げている。
その様子にホッとして、私は結構先輩由来のトラウマが増えているのかもしれないと感じる。
ただでさえ父親から不倫、クズ男トラウマが植え付けられていたというのに、そこに先輩の鬱エピソードが加わったのだから、もう私の心にどれだけトラウマが増えたのか分からない。
「でも、ほら、他人様の家に上がる時スリッパが無いのが抵抗があるとかないとか、そういう話聞きますし」
「……そういうものですかね。お邪魔いたします」
私の話を聞きながら、私の背後に視線を向けていた様子の今村さんはペコリと頭を下げた後靴を脱いで部屋の中へ入って来た。
「リビングにどうぞ」
玄関から狭い廊下を少し歩いた先にあるリビングに案内しながら、何か出せるお菓子があったかなと考える。
夜中眠れなくて、パウンドケーキとクッキーを焼いた。ついでに厚揚げの中にひき肉餡を詰めた煮物とひじき煮も作った。煮物は今晩紺さんに持って行く予定だ。
買ったお菓子はないから仕方ないとはいえ、お客として会ったばかりの人間の手作りお菓子って出していいものか悩んでしまう。
それなら飲み物も同じだろうか。
「素敵なお部屋ですね」
「ありがとうございます。どうぞ座って下さい、今ココア入れてきますね。あ、ココア甘めで大丈夫ですか?」
「はい、楽しみです」
今村さんにソファーを進め、朗らかな返事を聞きつつキッチンに入りココアを入れる準備をする。
自分のカップとお客さん用のコーヒーカップにお湯を注いで温めてから、ミルクパンにココアと砂糖を二人分入れてお湯を少々入れてから火にかける。
ゴムベラでココアがとろりとしたペースト状になるまで練ってから牛乳を注ぎ、丁寧に混ぜる。
「甘い香りいいですね」
「甘いのお好きですか」
「甘いのも好きですし、お酒も好きですよ。三浦様はいかがですか」
「私も両方好きですよ。料理も好きですしお菓子作りも好きですね。下手の横好きって奴ですけれど」
リビングとキッチンを区切るカウンターの上に、昨晩焼いたクッキーを入れた透明のボトルがある。
それを見つつそう言えば、今村さんは「そのクッキーはもしかして手作りですか? 凄い美味しそうですね」と言い始めた。
「もし良かったらクッキーも一緒にいかがですか。昨日の夜焼いたものなんですよ」
「いいんですか!」
想像以上に今村さんの反応が良くて、ちょっと驚きながらも笑顔で頷きクッキーを出すお皿を用意する。
「はい、ココアです。お好みでマシュマロ浮かべて下さい。クッキーはお好きなものをお皿に取って下さいね」
出来上がったココアをカップに注ぎ、トレイに諸々をのせてテーブルへと運ぶ。
蓋を開けた透明ボトルに豆皿にミニトングを置き脇に沿える。
「甘い匂い! はあ、嬉しいです。頂きます」
両手でカップを持って、今村さんはココアの香りを吸い込んで笑顔になる。
こんなに喜んで貰えると思って無かったから驚いてしまうけれど、今村さんは感情表現がストレートなのかもしれない。
今時ココアにこんなに喜んでしまう人いるだろうか、私よりだいぶ年上だと思うけれど何だか可愛い。
「マシュマロ入れて飲むんですか」
「私は好きです」
「あの、ご迷惑でなければマシュマロを入れて頂いてもいいでしょうか」
「え? 勿論いいですよ。何個入れましょう」
なぜ私に頼むんだろうと疑問を覚えながら、トングとマシュマロを入れた器を取る。
「三つ、いえ、四つお願いします!」
テーブルにカップを置き、今村さんはなぜか決心した様に声を上げる。
「では四つ。私も」
ぽとりぽとりとマシュマロをカップに落としていく。
熱々のココアの中にマシュマロが浮かんで、ゆっくりと溶け始める。
「混ぜて飲んでもいいですし、溶けかけのマシュマロを食べてもいいです」
「はい、頂きます! ……本当に飲める」
カップを両手で持って、今村さんは何故か恐る恐るといった雰囲気でココアを一口口にしてから本気で驚いた顔をしてそう言った。
飲める? 本当にって何だろう。
「今村さん?」
「……はっ。いえ、あのですね。お守りが、いえあの。美味しくて驚いてしまって」
お守りって何だろう?
「ココアにマシュマロを入れたのが初めてでしたか? 知らないとビックリしちゃうかもしれないですね」
一般的な飲み方とは違うのかなと内心首を傾げながら、こういうのは好みもあるしと思い直す。
「ビックリ、そうビックリしたんです。甘くて温かくて美味しいですね!」
「気に入って頂けて良かったです。クッキーもどうぞ。刻んだナッツが入っているものと、チョコレートを混ぜ込んだもののとありますので」
「はい、頂きます。もうこんな機会はないかもしれないですし、遠慮なく頂きます!」
うきうきとトングを掴んだ今村さんの頭に、なぜか耳の様な物が見えた気がして、私は目を見開いたのだ。
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