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トラウマ持ちの、気持ちの切り替え方5
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「笑っちゃって申し訳ありません。でも三浦様、とっても良いと思います! 地道に貯めたお金で自分をより可愛くより素敵にプロデュース! すっごく良いです!!」
何が今村さんのツボに入ったのか分からないけれど、嫌な感じの笑い方じゃなかったし、それどころか今村さんが私の五百玉貯金消費を全力で肯定してくれている様子にちょっと心が軽くなる。
なにせ今の私は、信頼していた会社の先輩兼彼氏に二股されていたのが分かったと思ったら、それが二股以前の問題でただの飯代浮かしの為に良いように扱われていただけ、おまけに貯めていた貯金箱のお金を何度も盗まれていたのに気が付かなかった間抜けなのだ。
こんなの友達に話を聞いたら、状況に呆れて先輩って最低っていう評価を下す以外ない。
ついでにそんな人が好きだった私は見る目無しという、こちらも最低評価一択だ。
その悲しい現実から逃避する為に髪を切り、服を買い替えようとしている。私は前向きなんかじゃなく逃げてるだけだ。
それを、凄く前向きに、自分を可愛く素敵にプロデュースなんて言ってくれたのだ。
「そ、そうですか。そんな風に言ってもらえるの嬉しいです」
自分でさえ呆れる間抜けぶり、なんで先輩のそういうおかしな言動に気が付かなかった? っていう呆れがあるのに、事情を知らないとはいえ今村さんは、私が変わろうとしていることを良いと言ってくれる。
現実が苦しくて逃げてるだけなのに、この行為を前向きなものの様に云われて、本当にそう思えたらいいと感じたのだ。
「それじゃあ、カット代は五百円玉でお支払い頂くとして、そうですね。お手数ですがまず三浦様には一旦お家にお帰り頂いて、お売り頂く予定のお洋服をお持ちいただけますか? あ、お洋服が沢山ある様でしたら、私も一緒に伺いますよ」
「え、そんな申し訳ないです」
急に髪を切りたいという要望を受けて頂いただけでも申し訳ないのに、今村さんは荷物持ちまでしてくれそうな勢いだ。そんなの申し訳なさすぎる。
「いえいえ、その場で査定してしまえば、買い取り出来ない服はそのままお部屋に置いておけますし、お互いに都合がいいと思いませんか?」
「そ、そう言われると確かに」
今村さんの説明は納得以外の言葉が見つからなくて、私は素直に頷いてしまう。
今村さん、強引という感じじゃないけれど、何だろう説得力がある。
「じゃあ、お願いしてもいいでしょうか」
「勿論です」
申し訳なくて躊躇しながらお願いすると、今村さんは細い目をさらに細くした笑顔で頷いてくれる。
「ありがとうございます。凄く助かります。あ、カット代これでお願いします」
五百円玉を数えて今村さんに手渡すと、がま口をパチンと閉じる。
電子マネーで支払うことが多くなって、がま口の出番はだいぶ少なくなったけれど、
「ありがとうございます。今レシート出しますね」
「はい」
「こちらレシートです」
「ありがとうございます」
レシートを受け取ると、今村さんが微笑む。
その笑顔につられて、私も微笑んでしまう。
「それでは行きましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
レシートをがま口じゃない方のお財布にしまい、コートを着込んでお店を出る。
暖房が利いていたお店から出ると、外はかなり寒くてぶるりと体が震えてしまう。
「お待たせしました。大丈夫ですか?」
「外はさすがに寒いですね。え、今村さんこそそんな薄着で大丈夫なんですか?」
今村さんはコートを着ていない。近所とはいえ寒くないのだろうかと心配になる。
「あぁ、私は寒さに強いのでこれくらいの温度ならもっと薄着でも平気なんですよ」
お店のドアの鍵を締めながら、朗らかに話す今村さんは確かに寒さを感じていない様子だ。
私は寒さに弱くて、今の時期はコートのポケットに使い捨てカイロを入れているし、実際今もポケットに入ってるというのに、この寒さが平気だなんて凄いと思う。
「さあ行きましょう。三浦様が凍えては大変ですからね」
「さすがに凍えはしないですけれど」
並んで歩き始めた今村さんは本当に寒さが平気のようだけれど、私は髪が短くなったせいか首の辺りが今までよりも何だか寒く感じてしまう。
寒すぎて、部屋に帰ったらまず熱々のココアとか飲みたい気持ちになっている。
「凍えはしませんが、温かい飲み物は欲しい気がします。部屋に着いたら、今村さんも一緒にココアとか如何ですか」
「……温かい飲み物」
「え、なにか?」
何故か突然立ち止まり、今村さんは不思議そうに私を見ている。見ている? 視線は下の方を見ている気がするけれど何を見てるんだろう。
「それはお守りですか、稲荷さん、紺さんの?」
「え、あ、これですか?」
そうか私の手首を見ていたのか、と納得して紺さんから頂いたお守りを結んだ左手首を見せる。
「これは紺さんに昨日頂いたものです」
「そうですか、それは肌身はなさず着けていた方が良いですよ」
なんだろう、今村さんの顔から急に笑顔が消えて真顔に見える。
笑顔なままなのは変わっていないのに、細められた目が変わった?
「あの?」
「必要なくなれば切れます。守りが必要な時も切れてしまうけれど、それが守りの役目」
今村さんの手が、お守りに一瞬触れてすぐに離れていく。
「行きましょう。温かいココア、私も是非一緒に頂きたいです。その後は服を確認させて下さい」
「は、はい」
そう言った今村さんの目は、また優しい眼差しに変わり本当の笑顔になっていた。
何が今村さんのツボに入ったのか分からないけれど、嫌な感じの笑い方じゃなかったし、それどころか今村さんが私の五百玉貯金消費を全力で肯定してくれている様子にちょっと心が軽くなる。
なにせ今の私は、信頼していた会社の先輩兼彼氏に二股されていたのが分かったと思ったら、それが二股以前の問題でただの飯代浮かしの為に良いように扱われていただけ、おまけに貯めていた貯金箱のお金を何度も盗まれていたのに気が付かなかった間抜けなのだ。
こんなの友達に話を聞いたら、状況に呆れて先輩って最低っていう評価を下す以外ない。
ついでにそんな人が好きだった私は見る目無しという、こちらも最低評価一択だ。
その悲しい現実から逃避する為に髪を切り、服を買い替えようとしている。私は前向きなんかじゃなく逃げてるだけだ。
それを、凄く前向きに、自分を可愛く素敵にプロデュースなんて言ってくれたのだ。
「そ、そうですか。そんな風に言ってもらえるの嬉しいです」
自分でさえ呆れる間抜けぶり、なんで先輩のそういうおかしな言動に気が付かなかった? っていう呆れがあるのに、事情を知らないとはいえ今村さんは、私が変わろうとしていることを良いと言ってくれる。
現実が苦しくて逃げてるだけなのに、この行為を前向きなものの様に云われて、本当にそう思えたらいいと感じたのだ。
「それじゃあ、カット代は五百円玉でお支払い頂くとして、そうですね。お手数ですがまず三浦様には一旦お家にお帰り頂いて、お売り頂く予定のお洋服をお持ちいただけますか? あ、お洋服が沢山ある様でしたら、私も一緒に伺いますよ」
「え、そんな申し訳ないです」
急に髪を切りたいという要望を受けて頂いただけでも申し訳ないのに、今村さんは荷物持ちまでしてくれそうな勢いだ。そんなの申し訳なさすぎる。
「いえいえ、その場で査定してしまえば、買い取り出来ない服はそのままお部屋に置いておけますし、お互いに都合がいいと思いませんか?」
「そ、そう言われると確かに」
今村さんの説明は納得以外の言葉が見つからなくて、私は素直に頷いてしまう。
今村さん、強引という感じじゃないけれど、何だろう説得力がある。
「じゃあ、お願いしてもいいでしょうか」
「勿論です」
申し訳なくて躊躇しながらお願いすると、今村さんは細い目をさらに細くした笑顔で頷いてくれる。
「ありがとうございます。凄く助かります。あ、カット代これでお願いします」
五百円玉を数えて今村さんに手渡すと、がま口をパチンと閉じる。
電子マネーで支払うことが多くなって、がま口の出番はだいぶ少なくなったけれど、
「ありがとうございます。今レシート出しますね」
「はい」
「こちらレシートです」
「ありがとうございます」
レシートを受け取ると、今村さんが微笑む。
その笑顔につられて、私も微笑んでしまう。
「それでは行きましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
レシートをがま口じゃない方のお財布にしまい、コートを着込んでお店を出る。
暖房が利いていたお店から出ると、外はかなり寒くてぶるりと体が震えてしまう。
「お待たせしました。大丈夫ですか?」
「外はさすがに寒いですね。え、今村さんこそそんな薄着で大丈夫なんですか?」
今村さんはコートを着ていない。近所とはいえ寒くないのだろうかと心配になる。
「あぁ、私は寒さに強いのでこれくらいの温度ならもっと薄着でも平気なんですよ」
お店のドアの鍵を締めながら、朗らかに話す今村さんは確かに寒さを感じていない様子だ。
私は寒さに弱くて、今の時期はコートのポケットに使い捨てカイロを入れているし、実際今もポケットに入ってるというのに、この寒さが平気だなんて凄いと思う。
「さあ行きましょう。三浦様が凍えては大変ですからね」
「さすがに凍えはしないですけれど」
並んで歩き始めた今村さんは本当に寒さが平気のようだけれど、私は髪が短くなったせいか首の辺りが今までよりも何だか寒く感じてしまう。
寒すぎて、部屋に帰ったらまず熱々のココアとか飲みたい気持ちになっている。
「凍えはしませんが、温かい飲み物は欲しい気がします。部屋に着いたら、今村さんも一緒にココアとか如何ですか」
「……温かい飲み物」
「え、なにか?」
何故か突然立ち止まり、今村さんは不思議そうに私を見ている。見ている? 視線は下の方を見ている気がするけれど何を見てるんだろう。
「それはお守りですか、稲荷さん、紺さんの?」
「え、あ、これですか?」
そうか私の手首を見ていたのか、と納得して紺さんから頂いたお守りを結んだ左手首を見せる。
「これは紺さんに昨日頂いたものです」
「そうですか、それは肌身はなさず着けていた方が良いですよ」
なんだろう、今村さんの顔から急に笑顔が消えて真顔に見える。
笑顔なままなのは変わっていないのに、細められた目が変わった?
「あの?」
「必要なくなれば切れます。守りが必要な時も切れてしまうけれど、それが守りの役目」
今村さんの手が、お守りに一瞬触れてすぐに離れていく。
「行きましょう。温かいココア、私も是非一緒に頂きたいです。その後は服を確認させて下さい」
「は、はい」
そう言った今村さんの目は、また優しい眼差しに変わり本当の笑顔になっていた。
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