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トラウマ持ちの、気持ちの切り替え方4
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「後ろの感じ確認下さいませ。いかがでしょう」
髪を切り終えたらしい今村さんは、私の背後に折り畳み式の鏡を広げて後頭部の様子を見せてくれる。
髪を切る音が響く中、鏡に映る自分の髪がどんどん短くなっていくにつれ、あれ? 結構似合っている気がするなんて密かに思っていたから答えは一択だ。
「凄く良いです。なんだか、今着てる服の雰囲気にも合っている気がします」
今着ているのは、先輩と付き合う前に好んで着ていた服でクローゼットの奥にしまいこんでいた物だ。
シンプルタイトなベージュのニットワンピースを着て、黒のタイツにメリージェーンシューズを履いている。上着はツイードのショートコートだから最近まで着ていた服装とはだいぶ違う。
先輩の好みとはかなり離れていたけれど、ちょっとレトロな映画の登場人物っぽいデザインに惹かれて買った組み合わせで、かなり気に入っていたから捨てられなかったものばかりだ。
「なんだか頭も気持ちも軽くなった気がします。良いです、すっごく」
ふるふると頭を振ると、毛先が揺れて楽しい気持ちになってくる。
「気に入って頂けて良かったです。じゃあ仕上げしますね」
「はい、お願いします。ああ、嬉しいです。切って良かった」
昨日の夜はうじうじ泣きながらクローゼットから服を取り出して、捨てるものと古着屋さんに持ち込むものをより分けていた。
十和は私の邪魔にならない様にベッドの上に座りながら、私を励ます様に「キャンキャン」と小さく鳴いていた。
十和がいなかったら、私は衝撃から立ち直れずにベッドに潜り込んで泣いていただろう。
何とか気持ちを奮い立たせ、行動出来たのは十和が鳴いて励ましてくれたからだ。
「そんなに喜んでもらえると嬉しいです」
髪を切り終えて、ドライヤーで全体を乾かした後ヘアアイロンを使い整えてくれる。
眉より少しだけ下の前髪は全然重く感じないし、サイドも後ろもすっきりしているけれど、丸みのあるシルエットだから子供っぽくないと思うし、私が心配していた市松人形っぽさもない。
「このヘアスタイルに合ったお洋服買うのが楽しみです」
「これからお買い物ですか?」
「はい。今までゆるふわ清楚系の服ばかりだったので、髪型と一緒に服も変えちゃうつもりなんです」
髪を切っただけでこれだけ気持ちが変わるんだし、部屋に置いてある紙袋、あの服たちを処分したら本当にすっきりしそうな気がする。
「それは楽しそうですね。私ヘアスタイルやメイクだけでなく、服も大好きでセレクトショップと古着屋もやっているんですよ」
「古着やって、すぐそこのお店ですか?」
「ええ、セレクトショップはその隣です」
それってなんか、私に都合がいい偶然って奴な気がする。
「私、古着屋さんに持ち込みしようって思ってました」
「あら、それはそれは」
「洗濯は勿論してありますけれど、クリーニングに出しているわけじゃないんですが」
ハイブランドの服は無い。高くても二、三万程度のカジュアルブランドのものばかりだけれど、古着屋さんってそういうのでも買い取りして貰えるのだろうか。
いっそ捨ててもいいんだけど、最近買ったばかりのものもあるから、着てくれる人がいるならいっそタダでもいいと思っている。
「染みとかほころびとかが無くて、綺麗に洗濯されているならノーブランドでも買い取り出来ますから安心してください」
「良かった。じゃあ後で持ってきます。セレクトショップも伺いたいです」
どんなものを扱っているのか分からないけれど、この店の雰囲気と今村さんの服装を見る限り私の好みとそう離れていない気がするし、今村さんとは話も合う気がするから楽しいお買い物が出来そうな気がする。
「それは是非。じゃあ、このままお店の方に行きましょうか」
今村さんは話をしながらさささっと床に散らばった髪を掃除し終えると、いそいそと私のコートとバッグを持って来てくれる。
「ありがとうございます。ええとおいくらでしょうか」
「二千五百円です」
「あ、あの五百円玉だけでも大丈夫ですか?」
しまった、あまり考えずに五百円玉全部を使ってなかったがま口財布に詰め込んできたけれど、五百円玉ばかりで支払うのってどうなんだろう。
「勿論、大丈夫ですよ」
「すみません。五百円貯金してたもので、凄く沢山あるんです」
なんだか凄く恥ずかしい。
お店への支払いって、大量の五百円玉で支払うの迷惑じゃないのだろうか。スーパーのセルフレジだって大量の硬貨での支払いはご遠慮くださいって書いてあるよね。
「いえいえ、おつりで必要なのでうちは大歓迎ですよ。なんなら少し両替しましょうか」
恐縮する私に今村さんはとっても親切なことを提案してくれる。
管理人さんといい、今村さんといい、優し過ぎて申し訳なる程だ。
「あ、ありがとうございます。でも、いいんですか?」
「はい、勿論。ちなみにお財布の五百円、全部で幾ら分あるんでしょうか」
多分今村さんはあっても一万とかだろうと思っているのかもしれない。
だとすると正直に言うのはなんだか気が引ける、けれど少ない金額を告げてからじゃあ全部出して数えましょうとなった時気まずくなっていまう。
「驚かないで下さいね。実は……」
正直に金額を告げた私は、今村さんの大笑いにいたたまれなくなるのだった。
髪を切り終えたらしい今村さんは、私の背後に折り畳み式の鏡を広げて後頭部の様子を見せてくれる。
髪を切る音が響く中、鏡に映る自分の髪がどんどん短くなっていくにつれ、あれ? 結構似合っている気がするなんて密かに思っていたから答えは一択だ。
「凄く良いです。なんだか、今着てる服の雰囲気にも合っている気がします」
今着ているのは、先輩と付き合う前に好んで着ていた服でクローゼットの奥にしまいこんでいた物だ。
シンプルタイトなベージュのニットワンピースを着て、黒のタイツにメリージェーンシューズを履いている。上着はツイードのショートコートだから最近まで着ていた服装とはだいぶ違う。
先輩の好みとはかなり離れていたけれど、ちょっとレトロな映画の登場人物っぽいデザインに惹かれて買った組み合わせで、かなり気に入っていたから捨てられなかったものばかりだ。
「なんだか頭も気持ちも軽くなった気がします。良いです、すっごく」
ふるふると頭を振ると、毛先が揺れて楽しい気持ちになってくる。
「気に入って頂けて良かったです。じゃあ仕上げしますね」
「はい、お願いします。ああ、嬉しいです。切って良かった」
昨日の夜はうじうじ泣きながらクローゼットから服を取り出して、捨てるものと古着屋さんに持ち込むものをより分けていた。
十和は私の邪魔にならない様にベッドの上に座りながら、私を励ます様に「キャンキャン」と小さく鳴いていた。
十和がいなかったら、私は衝撃から立ち直れずにベッドに潜り込んで泣いていただろう。
何とか気持ちを奮い立たせ、行動出来たのは十和が鳴いて励ましてくれたからだ。
「そんなに喜んでもらえると嬉しいです」
髪を切り終えて、ドライヤーで全体を乾かした後ヘアアイロンを使い整えてくれる。
眉より少しだけ下の前髪は全然重く感じないし、サイドも後ろもすっきりしているけれど、丸みのあるシルエットだから子供っぽくないと思うし、私が心配していた市松人形っぽさもない。
「このヘアスタイルに合ったお洋服買うのが楽しみです」
「これからお買い物ですか?」
「はい。今までゆるふわ清楚系の服ばかりだったので、髪型と一緒に服も変えちゃうつもりなんです」
髪を切っただけでこれだけ気持ちが変わるんだし、部屋に置いてある紙袋、あの服たちを処分したら本当にすっきりしそうな気がする。
「それは楽しそうですね。私ヘアスタイルやメイクだけでなく、服も大好きでセレクトショップと古着屋もやっているんですよ」
「古着やって、すぐそこのお店ですか?」
「ええ、セレクトショップはその隣です」
それってなんか、私に都合がいい偶然って奴な気がする。
「私、古着屋さんに持ち込みしようって思ってました」
「あら、それはそれは」
「洗濯は勿論してありますけれど、クリーニングに出しているわけじゃないんですが」
ハイブランドの服は無い。高くても二、三万程度のカジュアルブランドのものばかりだけれど、古着屋さんってそういうのでも買い取りして貰えるのだろうか。
いっそ捨ててもいいんだけど、最近買ったばかりのものもあるから、着てくれる人がいるならいっそタダでもいいと思っている。
「染みとかほころびとかが無くて、綺麗に洗濯されているならノーブランドでも買い取り出来ますから安心してください」
「良かった。じゃあ後で持ってきます。セレクトショップも伺いたいです」
どんなものを扱っているのか分からないけれど、この店の雰囲気と今村さんの服装を見る限り私の好みとそう離れていない気がするし、今村さんとは話も合う気がするから楽しいお買い物が出来そうな気がする。
「それは是非。じゃあ、このままお店の方に行きましょうか」
今村さんは話をしながらさささっと床に散らばった髪を掃除し終えると、いそいそと私のコートとバッグを持って来てくれる。
「ありがとうございます。ええとおいくらでしょうか」
「二千五百円です」
「あ、あの五百円玉だけでも大丈夫ですか?」
しまった、あまり考えずに五百円玉全部を使ってなかったがま口財布に詰め込んできたけれど、五百円玉ばかりで支払うのってどうなんだろう。
「勿論、大丈夫ですよ」
「すみません。五百円貯金してたもので、凄く沢山あるんです」
なんだか凄く恥ずかしい。
お店への支払いって、大量の五百円玉で支払うの迷惑じゃないのだろうか。スーパーのセルフレジだって大量の硬貨での支払いはご遠慮くださいって書いてあるよね。
「いえいえ、おつりで必要なのでうちは大歓迎ですよ。なんなら少し両替しましょうか」
恐縮する私に今村さんはとっても親切なことを提案してくれる。
管理人さんといい、今村さんといい、優し過ぎて申し訳なる程だ。
「あ、ありがとうございます。でも、いいんですか?」
「はい、勿論。ちなみにお財布の五百円、全部で幾ら分あるんでしょうか」
多分今村さんはあっても一万とかだろうと思っているのかもしれない。
だとすると正直に言うのはなんだか気が引ける、けれど少ない金額を告げてからじゃあ全部出して数えましょうとなった時気まずくなっていまう。
「驚かないで下さいね。実は……」
正直に金額を告げた私は、今村さんの大笑いにいたたまれなくなるのだった。
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