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トラウマ持ちの、気持ちの切り替え方3
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「さあ、中にどうぞ」
お店の入り口に狐さんが『きつねのしっぽ』と書かれた看板を持って立っていた。
可愛い看板狐さんを見ながらガラスのドアを開き中へと案内されると、店の中はあちこちに観葉植物が置いてあって、なんだか落ち着く雰囲気だった。
入り口から左側に木製ベンチとローテーブル、右側の壁に鏡と椅子が二組設置されている。
「コートと鞄をお預かりしますね」
「はい、お願いします」
コートを脱ぎ軽く畳んでバッグと一緒に渡すと、棚にバッグを置いた後木製のハンガーにコートを掛けてくれた。
レジが置いてあるカウンターもバッグを置いている棚も、落ち着いた色の木製で長く使われていた様な雰囲気があるから最近出来たばかりのお店ではないと思うけれど、あの看板狐さんに気が付かないなんてことあるだろうか。
「こちらに座って下さいね。シャンプーはどうしますか?」
「ええと、大丈夫です。今朝洗ったので」
「畏まりました。それではケープをかけますね。艶があっていい髪ですね」
ケープを掛けながら、今村さんが髪を褒めてくれるのがなんだか照れくさい。
「ショートボブは切りっぱなし? それとも少し毛先を軽くしましょうか」
「量が多いので、毛先を軽くした方がいいのかなって」
「今日はアイロン使われていますか」
「洗った後ドライヤーで乾かしただけです」
鏡越しに会話すると、今村さんはちょっと考える素振りをした後でヘアカタログを持ってくるとページをめくり始めた。
「毛先を軽くするとこんな感じになるかと思います。切りっぱなしだとこちらですね。こちらはサイドから後頭部にかけて丸みが出る様にカットしてます。どれもお似合いになると思いますよ」
「色々あるんですね。わぁ、悩みますね」
想像していたよりも可愛い雰囲気の写真を見ながら声を上げると、今村さんは「大切に伸ばしていた髪を切るんですから、沢山悩んで今よりもっと可愛くなりましょう」と言ってくれた。
「……大切に伸ばしていた」
「ええ、こんなに綺麗な髪なんですから、きちんと手入れをされていたかと」
「そうですね。頑張ってた方だと思います」
先輩に髪を褒めて欲しかった、そんな馬鹿な理由で頑張っていたんだ。
「綺麗な髪って言って頂けて嬉しいです」
「とっても綺麗な髪ですよ。長い髪も似合っていらっしゃいますけれど、短いのもきっと似合うと思います」
「そうだといいな。……楽しみです。じゃ、こんな感じにお願いできますか」
黒髪のストレートボブの写真を指さすと「畏まりました」と今村さんはヘアカタログを閉じて、髪をブラッシングし始めた。
「お店の名前、可愛いですね」
いつも美容院では雑誌を見ていて美容師さんとお話をすることは殆どないけれど、何となく今村さんは初対面でもお話しやすい印象があるから思い切って自分から話しかけてみた。
「ふふ、稲荷さんの近くでお店をさせて貰っているので、縁起担ぎにつけたんですよ」
「そうなんですね。入り口の看板持ってる狐さんも可愛いですし、名前にぴったりだなって思ってました」
「ありがとうございます。髪濡らしますね。……この辺りのお店は店内のどこかにお狐さんがいらっしゃるところが多いんですよ」
そう言われて考えると、良く行くお店の中にも確かに狐さんが飾られているところがあると思い出した。
古そうなお店でも招き猫や福助の飾りは無くて、狐さんだった気がする。
「それって神社から?」
私が狐さんの貯金箱を買ったみたいに、お店も狐さんの置物とか買っているのだろうか。
あの神社はお守りの他にそういう飾り物を結構置いてあった覚えがある。
「そうですね。稲荷さんから受けて来る事も多いですが、うちの場合はあの子を連れて御祈祷して頂いたんです」
「御祈祷、ですか」
そういうこともお願い出来るのか、知らなかった。
受けて来るってことは、狐さんの置物はお守りの様なものなのかなと考える。
確かお守りの場合は、買うじゃなくて受けるとか授かるって言うんだよね。亡くなったおばあしゃんがそう言っていた覚えがある。
「ええ、良いお客さんが来てくれる様にって御祈祷頂いたんですよ」
今村さんは、手際よく髪を切りやすいようにところどころ束ねてくるりとまとめてヘアクリップで止めながら、教えてくれる。
良いお客さん、そういうゲン担ぎってやっぱりお店とかは大事にするものなのかな。
「それではカットしていきますね」
「はい、お願いします」
にっこり笑いながら鋏を持つ今村さんの、鏡に映ったその姿、頭の上に三角の耳が見えた気がしたのは神社の話をしていたせいなのか、それともただの見間違いなのか、分からないけれど私は今村さんを信用してお願いしたのだ。
お店の入り口に狐さんが『きつねのしっぽ』と書かれた看板を持って立っていた。
可愛い看板狐さんを見ながらガラスのドアを開き中へと案内されると、店の中はあちこちに観葉植物が置いてあって、なんだか落ち着く雰囲気だった。
入り口から左側に木製ベンチとローテーブル、右側の壁に鏡と椅子が二組設置されている。
「コートと鞄をお預かりしますね」
「はい、お願いします」
コートを脱ぎ軽く畳んでバッグと一緒に渡すと、棚にバッグを置いた後木製のハンガーにコートを掛けてくれた。
レジが置いてあるカウンターもバッグを置いている棚も、落ち着いた色の木製で長く使われていた様な雰囲気があるから最近出来たばかりのお店ではないと思うけれど、あの看板狐さんに気が付かないなんてことあるだろうか。
「こちらに座って下さいね。シャンプーはどうしますか?」
「ええと、大丈夫です。今朝洗ったので」
「畏まりました。それではケープをかけますね。艶があっていい髪ですね」
ケープを掛けながら、今村さんが髪を褒めてくれるのがなんだか照れくさい。
「ショートボブは切りっぱなし? それとも少し毛先を軽くしましょうか」
「量が多いので、毛先を軽くした方がいいのかなって」
「今日はアイロン使われていますか」
「洗った後ドライヤーで乾かしただけです」
鏡越しに会話すると、今村さんはちょっと考える素振りをした後でヘアカタログを持ってくるとページをめくり始めた。
「毛先を軽くするとこんな感じになるかと思います。切りっぱなしだとこちらですね。こちらはサイドから後頭部にかけて丸みが出る様にカットしてます。どれもお似合いになると思いますよ」
「色々あるんですね。わぁ、悩みますね」
想像していたよりも可愛い雰囲気の写真を見ながら声を上げると、今村さんは「大切に伸ばしていた髪を切るんですから、沢山悩んで今よりもっと可愛くなりましょう」と言ってくれた。
「……大切に伸ばしていた」
「ええ、こんなに綺麗な髪なんですから、きちんと手入れをされていたかと」
「そうですね。頑張ってた方だと思います」
先輩に髪を褒めて欲しかった、そんな馬鹿な理由で頑張っていたんだ。
「綺麗な髪って言って頂けて嬉しいです」
「とっても綺麗な髪ですよ。長い髪も似合っていらっしゃいますけれど、短いのもきっと似合うと思います」
「そうだといいな。……楽しみです。じゃ、こんな感じにお願いできますか」
黒髪のストレートボブの写真を指さすと「畏まりました」と今村さんはヘアカタログを閉じて、髪をブラッシングし始めた。
「お店の名前、可愛いですね」
いつも美容院では雑誌を見ていて美容師さんとお話をすることは殆どないけれど、何となく今村さんは初対面でもお話しやすい印象があるから思い切って自分から話しかけてみた。
「ふふ、稲荷さんの近くでお店をさせて貰っているので、縁起担ぎにつけたんですよ」
「そうなんですね。入り口の看板持ってる狐さんも可愛いですし、名前にぴったりだなって思ってました」
「ありがとうございます。髪濡らしますね。……この辺りのお店は店内のどこかにお狐さんがいらっしゃるところが多いんですよ」
そう言われて考えると、良く行くお店の中にも確かに狐さんが飾られているところがあると思い出した。
古そうなお店でも招き猫や福助の飾りは無くて、狐さんだった気がする。
「それって神社から?」
私が狐さんの貯金箱を買ったみたいに、お店も狐さんの置物とか買っているのだろうか。
あの神社はお守りの他にそういう飾り物を結構置いてあった覚えがある。
「そうですね。稲荷さんから受けて来る事も多いですが、うちの場合はあの子を連れて御祈祷して頂いたんです」
「御祈祷、ですか」
そういうこともお願い出来るのか、知らなかった。
受けて来るってことは、狐さんの置物はお守りの様なものなのかなと考える。
確かお守りの場合は、買うじゃなくて受けるとか授かるって言うんだよね。亡くなったおばあしゃんがそう言っていた覚えがある。
「ええ、良いお客さんが来てくれる様にって御祈祷頂いたんですよ」
今村さんは、手際よく髪を切りやすいようにところどころ束ねてくるりとまとめてヘアクリップで止めながら、教えてくれる。
良いお客さん、そういうゲン担ぎってやっぱりお店とかは大事にするものなのかな。
「それではカットしていきますね」
「はい、お願いします」
にっこり笑いながら鋏を持つ今村さんの、鏡に映ったその姿、頭の上に三角の耳が見えた気がしたのは神社の話をしていたせいなのか、それともただの見間違いなのか、分からないけれど私は今村さんを信用してお願いしたのだ。
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