おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香

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トラウマ持ちの、気持ちの切り替え方1

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「父親も彼氏も屑って、何なの? 私前世でよっぽど悪いことしでかしたの?」

 ぐいっと涙を手の甲で拭きながら十和に問いかけるけれど、十和は「キュウン?」と鳴くだけだ。

「ごめんね、悪い人間に触られて嫌だったよね」

 テーブルの上に、狐さんの貯金箱三体を載せてそれぞれの頭を撫でながら謝る。
 ウエットティッシュで拭いた程度じゃ、なんというか気持ちが悪い気がして仕方がない。
 これはトラウマが発動してる気がする。
 トラウマが発動、変な言い方だけど、もう心の底から先輩が駄目になったのだと思う。
 元々父親のせいで浮気する人は駄目だった。テレビで芸能人の不倫の話題を観るのも苦手で、メンタルが落ちてる時だと気持ちが悪くなることもあったからなるべく視界に入れないようにしていた位のトラウマがあった。
 私の父親もどうしようも無い人だけど、先輩もたいがい酷い。酷すぎると思う。
 二股してて、それを結婚後よ継続しようってだけでも正気を疑うほどなのに、自分に好意を持っている会社の後輩のお金を盗むとかあり得なさすぎて気持ち悪い。
 何をどう考えたらそんなこと出来るんだろう。
 
「無理、洗う。狐さん達洗おうね。十和洗剤使うからここにいてね。キッチンに来ちゃ駄目だからね」

 十和に言い聞かせると、三体まとめて抱えてキッチンに向かう。
 ナイロン袋に貯金箱の中に残っていたお金を移し、キッチンペーパーを台の上に敷いてから、水で濡らした手のひらに食器洗い洗剤を出してしっかりと泡だてると貯金箱三体を洗い始める。

「泥棒だったら全部盗んで行くだろうから、やっぱり先輩なんだろうな」

 洗剤を水で流して、それぞれをキッチンペーパーで拭いた後、しっかりと乾くまでキッチンペーパーの上に並べてから、ナイロン袋の中身を見下ろしため息を吐く。

「いくら残ってるんだろ」

 貯金箱を買った時、五百円玉のみで貯めた場合小は三十万円、中が五十万円、大が百万円になると書いてあった。
 小と中はすでに一杯になっていたし、大だって結構入っていたから全部で百万円近くはあったと思う。
 だけど袋の中に見える硬貨は……。

「現実逃避しても仕方ないよね。数えよう」

 チャリチャリと音を立てながら数えていく。
 十枚毎台において、数え終えて愕然とした。

「二十五万五百円」

 三体の合計がこれだけ。
 先輩の容赦のなさに呆れてしまう。
 さすが、飯代と金なんて捨て台詞吐くだけのことはある屑具合だ。
 お金を盗みに私の部屋に通い、何も気が付かない私が用意した食事を食べ、お酒を飲み、お菓子を食べ散らかしていたのだから、その神経を疑う。

「被害届け、あ、無理だわ。洗っちゃったから指紋なんか残ってない」

 現行犯じゃないと、こういう時被害届け出せないんだっけ?
 私ってば、自分で先輩の悪事の証拠消しちゃってるじゃない。馬鹿なの?

「……本当、私ってば色々馬鹿だわ」

 お金を袋に戻してから、手を洗う。
 一度にまとめてではなく、多分何度かに分けて盗んだのだと思う。
 私はそれに一度も気が付かず、嫌味を言われながら食事を作って、それが幸せなんて喜んでいた。
 自分の馬鹿さ加減にがっかりして、両手でシンクの縁を掴み俯くと、バサリと髪が落ちてきた。

「先輩に気に入られたくて髪を伸ばして、先輩が好きそうな服を買って……その結果がこれ」

 元々はシンプルな服が好きだったけれど、それは先輩の好みから外れていた。
 付き合いだしてからというもの、買うものは全部先輩が好きそうなデザインのものばかり、清楚なワンピース、ボウタイのブラウスに膝丈のフレアスカート、スーツの時だって清楚で可愛い雰囲気のものを選んでいたから、元々持っていた服はクローゼットの肥やしになっていた。

「もう無理」

 全部一度に変えて、急にどうした? と会社で言われるかもしれない。
 でも、無理だった。駄目だった。
 先輩に似合うと褒められて嬉しかったワンピースも、可愛いと言われて舞い上がったコートも、もう全部が気持ち悪くて仕方がなかった。

「髪を切るだけじゃ駄目、服も全部買いなおす。狐さん達ごめんね、このお金は全部使っちゃう。また新たな気持ちで貯めるから許してね」

 頭を撫でながら謝ると、そんなわけないのに狐さん達の目が細くなった様に見えた。

「今夜一晩ここにいてね。明日の朝、ちゃんと乾いたら棚に戻すから」
 
 お金が入ったナイロン袋を狐さん達の前に置き、リビングに戻る。

「キャン!」
「十和いい子に待っててくれてありがとう。あのね、私明日は髪を切って、それから服も買いに行くつもりなの。そんなに着てなかった服は古着屋さんに持っていこうかな」

 確か近所に古着屋さんがあったはずだから、明日出掛ける前に寄ってみよう。
 今から予約できる美容院あるかな、いっそ駅近くの千円カットでもいい。

「服はどうしよう」

 十和を抱き上げて寝室に向かう、クローゼットの扉を開いて奥に仕舞ってた金庫を念の為確認する。

「指紋ついてる」

 背中に冷たいものが流れた気がした。
 金庫は指紋認証でしか開かない。
 私は使う度に指紋を拭き取っているのに、金庫の指紋認証を行うところは私の指のサイズよりだいぶ大きな指の指紋がいくつも付いていた。

「開いてない」

 扉は閉じている。
 十和を下ろして、スマホで指紋のところを撮影してから鍵を開く。

「通帳、マンションの権利書、保険証書に貴金属全部無事だ」

 外に出してるのは安いアクセサリーばかりだけど祖母の形見分けで貰った真珠のネックレスとか、成人式の時に買ってもらった腕時計とか、日頃身に着けないお値段高めのものはここにしまってある。

「良かった。形見とか盗られてたら……。でも、ここも狙われてたんだ」

 金庫そのものはマンションを買った時にオプションで備え付けたものだから、どうやっても動かせないものだ。
 一人で運べるものなら持っていかれてしまっていたかもしれない。

「そういえば、私の持ち物が貧乏臭いって言われたことあったけれど、それって私が部屋を留守にしていた時に色々物色していたってこと?」

 クローゼットの中なんて、先輩に見せたことはないのに、金庫に指紋が付いているのはそういうことだろう。
 
「最低」

 私は怒りでどうにかなりそうになりながら、金庫に付いていた指紋を睨みつけた。
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