24 / 80
二股だけじゃなかった1
しおりを挟む
結構遅くなってしまった。
十和を抱っこして、ふわふわした気持ちで夜道を歩く。
「十和、今晩も一緒に寝ようね」
「キャン」
人気のない道に、十和の鳴き声が響く。
今夜もとっても寒いけれど、十和を抱っこしている両手は十和の体温のお陰でほんわりとあったかい。
「明日は髪を切りに行こうかな」
鎖骨より少し下になるくらいのセミロング、前髪をポンパドールにして後ろはヘアアイロンで綺麗に伸ばし毛先だけ内巻きにするのがいつものヘアスタイルだ。
色は染めてないから黒、髪を染めるあの薬剤の匂いが苦手で染めたことは無かった。
「ばさっとボブヘア位にしよっかな。ハンサムショートとかもいいかな似合うかな? 十和どう思う?」
髪型の話をしても十和はきょとりと私を見上げているだけだ。
十和にこういう相談はさすがに無理がある。
「ボブがいいかな、内巻きにしやすいようにカットしてもらえるのがいいかも」
確か内側を少し短く切ると、毛先を内巻きにしやすいとか聞いた事あった気がする。
私の髪真っ直ぐだけど量が多いから美容師さんに相談してみよう。
「帰ったら、予約入れようっと」
何だかうきうきした気持ちで、夜道を歩き続ける。
紺さんがくれたお守りの効果なのだろうか、それとも私が単純だからなのか昨日は髪を切る事に躊躇っていたのに今はすっきりさっぱり切ってしまえ位の気持ちになっている。
こういう前向きな気持ちって、きっと大切だ。
膝を抱えて部屋の隅で泣いてたって何もならない、いらないものは捨てて空元気でも明るく前に進んだ方がいい。
「よし、靴も買おう。そして少し早く会社に行くようにするんだ。その方が電車すいてるもん」
今までは先輩が乗ってそうな時間帯の電車に乗っていた。
先輩は遅刻ギリギリに来る人だからあまり一緒になる事はなかったけれど、たまに先輩が早い時間の電車に乗っていた時に会えるのはラッキーな気持ちになれた。
入社してすぐは早めの電車に乗っていたから、そんなに混んでなくて人に埋もれることも無かった。
そうだ、そうしよう。
「紺さんと十和に出会えて良かった」
迷惑かけてる自覚はあるけれど、紺さんに先輩とのことを話して「酷い人だ」と愚痴を言えたから気持ちの整理がついたし、十和がいたから昨日先輩を強気で追い返すことができた。
それに今だって十和と一緒にいられるから、安心して家に帰ることができる。
さすがにまた先輩が家に来ることはないだろうけれど、油断は出来ない。
なにせ相手は結婚を決めたばかりで二股続行宣言をするような人なんだから、私の常識は通じない。
「あれ、誰かいる?」
考えながら歩いていたら、突然十和が唸りだした。
それに驚いて辺りを見渡すと、マンションの前に誰かが立っているのが見えた。
「……まさか」
あの姿、ここからは横顔しか見えない。マンションの出入り口付近を照らすライトの明るさでははっきりと見えないけれど、どう見ても先輩だ。
なんで? 昨日暴言を吐いて帰って行ったのにどうしてまた来たのよ。
部屋にあった荷物で必要な物があった? でもずっと使ってなかったものばかりだし、捨てて良いって言ったのは先輩だ。
「行くしかないか、十和吠えていいからね」
先輩の動物嫌いは筋金入だから、十和が吠えたらきっと逃げていくはず。
嫌なことはサッサと済ませよう、気は進まないけれど紺さんから渡されたお守りの力を信じて、強気で行こうと決心して歩みを早める。
「由衣! 遅かった……なんで犬が今日もいるんだよっ」
「暫く預かるので」
暫くの言葉に、先輩は嫌そうに顔をしかめるけれど、そうしたいのは私の方だ。
「そうなのか、一人者は淋しいから犬でも居た方がいいのかもなあ」
「そうかもしれませんね、それじゃ失礼します」
何が言いたいのかわからないから、もう無視して中に入ろうとそのまま突き進む。
昨日は動揺して忘れてたけれど、このマンション入り口の前に管理人室に繋がるインターフォンがある。先輩がしつこくする様なら、それを使うふりをしよう。
先輩は人の目を大袈裟に気にする人だから、きっと逃げていく筈だ。
「ま、まてよ。そ、そうだ。俺の荷物、それを引き取りたいんだ。だから部屋に入れてくれ」
「もう捨てました。もういらないから捨てていいって昨日言ってましたよね」
「え、だけど普通なら捨てないだろ」
何が普通ならだ、普通なら結婚するのに二股続けようなんて考えないのよ!
「でも捨てて良いと言われましたから。邪魔なものは捨てますよ」
「邪魔、じゃあ部屋にだけ入れてくれよ」
「入れる必要はありません。先輩いい加減にしてくれませんか? 迷惑です」
十和が小さく唸るけど、先輩は帰ろうとしない。
これはやっぱりインターフォンを押す振り作戦しかないだろう。そう、決めた時だった。
「キャン! キャンキャンキャン!!」
十和が突然鳴きだしたのだ。
「わっ! 躾がなってないぞ!」
「いいえ、この子は賢いから私の気持ちが分かるんです」
「なんだよ気持ちって、俺に捨てられたから僻んでるだけだろ。折角俺が優しい気持ちでお前に改心させるチャンスをやろうとしてるのに」
改心、改心てどういう意味だっけ?
私の辞書に載ってない意味があるのかしらとばかりに、首を大袈裟に傾げてみせる。
「改心? 先輩にされても私が先輩に酷いことをしたことが無いのでその必要は感じませんけれど?」
「地味で貧乏くさい飯を食わせて、彼女面してただろ」
「貧乏くさいもの食べさせて悪かったですね。でも、貧乏くさいなんて、一度も材料代支払ったこともお酒やお菓子のお金を払ったこともない人間に言われたくありません」
私の抗議に合わせるように、十和が鳴く。
「そ、それは。ふんっ! こんなとこ二度と来るか! お前みたいなチビのちんちくりん、飯代浮かしと金のことが無きゃ付き合う価値もねえんだよ!」
どんっ、と肩を押されてよろけたけれど、何故か転んだりしなかった。
何かに守られたみたいに、押された衝動はあっても痛みもない。それどころか……。
「ってぇ、なんだ今の、静電気か?」
先輩は自分の手をさすりながら、気味悪そうに私を見ている。
「後悔しても遅いからな、やっぱり別れたくないとか泣いてももう知らないからなっ!」
「そんな後悔するだけ無駄ですから、絶対にしません」
私の拒絶を後押しするように、十和がキャンキャン鳴いている。
「ちくしょう、……金取って……」
十和の鳴き声に怯えた様に後退りながら、先輩が呟いた『金』の言葉が妙に気になって、私は走り去っていく先輩の後ろ姿を見つめながら嫌な予感に襲われていた。
十和を抱っこして、ふわふわした気持ちで夜道を歩く。
「十和、今晩も一緒に寝ようね」
「キャン」
人気のない道に、十和の鳴き声が響く。
今夜もとっても寒いけれど、十和を抱っこしている両手は十和の体温のお陰でほんわりとあったかい。
「明日は髪を切りに行こうかな」
鎖骨より少し下になるくらいのセミロング、前髪をポンパドールにして後ろはヘアアイロンで綺麗に伸ばし毛先だけ内巻きにするのがいつものヘアスタイルだ。
色は染めてないから黒、髪を染めるあの薬剤の匂いが苦手で染めたことは無かった。
「ばさっとボブヘア位にしよっかな。ハンサムショートとかもいいかな似合うかな? 十和どう思う?」
髪型の話をしても十和はきょとりと私を見上げているだけだ。
十和にこういう相談はさすがに無理がある。
「ボブがいいかな、内巻きにしやすいようにカットしてもらえるのがいいかも」
確か内側を少し短く切ると、毛先を内巻きにしやすいとか聞いた事あった気がする。
私の髪真っ直ぐだけど量が多いから美容師さんに相談してみよう。
「帰ったら、予約入れようっと」
何だかうきうきした気持ちで、夜道を歩き続ける。
紺さんがくれたお守りの効果なのだろうか、それとも私が単純だからなのか昨日は髪を切る事に躊躇っていたのに今はすっきりさっぱり切ってしまえ位の気持ちになっている。
こういう前向きな気持ちって、きっと大切だ。
膝を抱えて部屋の隅で泣いてたって何もならない、いらないものは捨てて空元気でも明るく前に進んだ方がいい。
「よし、靴も買おう。そして少し早く会社に行くようにするんだ。その方が電車すいてるもん」
今までは先輩が乗ってそうな時間帯の電車に乗っていた。
先輩は遅刻ギリギリに来る人だからあまり一緒になる事はなかったけれど、たまに先輩が早い時間の電車に乗っていた時に会えるのはラッキーな気持ちになれた。
入社してすぐは早めの電車に乗っていたから、そんなに混んでなくて人に埋もれることも無かった。
そうだ、そうしよう。
「紺さんと十和に出会えて良かった」
迷惑かけてる自覚はあるけれど、紺さんに先輩とのことを話して「酷い人だ」と愚痴を言えたから気持ちの整理がついたし、十和がいたから昨日先輩を強気で追い返すことができた。
それに今だって十和と一緒にいられるから、安心して家に帰ることができる。
さすがにまた先輩が家に来ることはないだろうけれど、油断は出来ない。
なにせ相手は結婚を決めたばかりで二股続行宣言をするような人なんだから、私の常識は通じない。
「あれ、誰かいる?」
考えながら歩いていたら、突然十和が唸りだした。
それに驚いて辺りを見渡すと、マンションの前に誰かが立っているのが見えた。
「……まさか」
あの姿、ここからは横顔しか見えない。マンションの出入り口付近を照らすライトの明るさでははっきりと見えないけれど、どう見ても先輩だ。
なんで? 昨日暴言を吐いて帰って行ったのにどうしてまた来たのよ。
部屋にあった荷物で必要な物があった? でもずっと使ってなかったものばかりだし、捨てて良いって言ったのは先輩だ。
「行くしかないか、十和吠えていいからね」
先輩の動物嫌いは筋金入だから、十和が吠えたらきっと逃げていくはず。
嫌なことはサッサと済ませよう、気は進まないけれど紺さんから渡されたお守りの力を信じて、強気で行こうと決心して歩みを早める。
「由衣! 遅かった……なんで犬が今日もいるんだよっ」
「暫く預かるので」
暫くの言葉に、先輩は嫌そうに顔をしかめるけれど、そうしたいのは私の方だ。
「そうなのか、一人者は淋しいから犬でも居た方がいいのかもなあ」
「そうかもしれませんね、それじゃ失礼します」
何が言いたいのかわからないから、もう無視して中に入ろうとそのまま突き進む。
昨日は動揺して忘れてたけれど、このマンション入り口の前に管理人室に繋がるインターフォンがある。先輩がしつこくする様なら、それを使うふりをしよう。
先輩は人の目を大袈裟に気にする人だから、きっと逃げていく筈だ。
「ま、まてよ。そ、そうだ。俺の荷物、それを引き取りたいんだ。だから部屋に入れてくれ」
「もう捨てました。もういらないから捨てていいって昨日言ってましたよね」
「え、だけど普通なら捨てないだろ」
何が普通ならだ、普通なら結婚するのに二股続けようなんて考えないのよ!
「でも捨てて良いと言われましたから。邪魔なものは捨てますよ」
「邪魔、じゃあ部屋にだけ入れてくれよ」
「入れる必要はありません。先輩いい加減にしてくれませんか? 迷惑です」
十和が小さく唸るけど、先輩は帰ろうとしない。
これはやっぱりインターフォンを押す振り作戦しかないだろう。そう、決めた時だった。
「キャン! キャンキャンキャン!!」
十和が突然鳴きだしたのだ。
「わっ! 躾がなってないぞ!」
「いいえ、この子は賢いから私の気持ちが分かるんです」
「なんだよ気持ちって、俺に捨てられたから僻んでるだけだろ。折角俺が優しい気持ちでお前に改心させるチャンスをやろうとしてるのに」
改心、改心てどういう意味だっけ?
私の辞書に載ってない意味があるのかしらとばかりに、首を大袈裟に傾げてみせる。
「改心? 先輩にされても私が先輩に酷いことをしたことが無いのでその必要は感じませんけれど?」
「地味で貧乏くさい飯を食わせて、彼女面してただろ」
「貧乏くさいもの食べさせて悪かったですね。でも、貧乏くさいなんて、一度も材料代支払ったこともお酒やお菓子のお金を払ったこともない人間に言われたくありません」
私の抗議に合わせるように、十和が鳴く。
「そ、それは。ふんっ! こんなとこ二度と来るか! お前みたいなチビのちんちくりん、飯代浮かしと金のことが無きゃ付き合う価値もねえんだよ!」
どんっ、と肩を押されてよろけたけれど、何故か転んだりしなかった。
何かに守られたみたいに、押された衝動はあっても痛みもない。それどころか……。
「ってぇ、なんだ今の、静電気か?」
先輩は自分の手をさすりながら、気味悪そうに私を見ている。
「後悔しても遅いからな、やっぱり別れたくないとか泣いてももう知らないからなっ!」
「そんな後悔するだけ無駄ですから、絶対にしません」
私の拒絶を後押しするように、十和がキャンキャン鳴いている。
「ちくしょう、……金取って……」
十和の鳴き声に怯えた様に後退りながら、先輩が呟いた『金』の言葉が妙に気になって、私は走り去っていく先輩の後ろ姿を見つめながら嫌な予感に襲われていた。
26
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

非公開とさせていただきました(しばらくはお知らせのため残しますが、のちに削除いたします)
双葉
キャラ文芸
キャラ文芸大賞に応募していた本作ですが、落選したため非公開とさせていただきました。夢である書籍化を目指して改稿し、別の賞へチャレンジいたします。
審査員の皆さま、読者として読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
蛇のおよずれ
深山なずな
キャラ文芸
平安時代、とある屋敷に紅姫と呼ばれる姫がいた。彼女は非常に美しい容姿をしており、また、特殊な力を持っていた。
ある日、紅姫は呪われた1匹の蛇を助ける。そのことが彼女の運命を大きく変えることになるとは知らずに……。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる