おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香

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紺さんの提案

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「由依さん?」
「あははっ、何か酔いが急に回っちゃったみたいです」

 幻覚見るほど酔っちゃったと内心動揺しながら、笑ってごまかす。

「キャンッ!」

 急に笑い声を上げたせいか、十和が驚いて膝から飛び降りてしまった。

「あ、十和ごめんね。驚かせちゃったね」

 慌てて謝るけれど、十和は紺さんの膝の上に移動してしまった。
 私の笑い声がかなり大きかったから、驚くというより怖がらせてしまったのかもしれない。

「気にしないで下さい。十和は自由気ままに動くので」
「はい、ありがとうございます」

 穏やかに笑う紺さんの頭には、当然白い耳なんかない。
 あれは私が酔っぱらいすぎて見た幻なんだろう。

「結衣さん、もしご迷惑にならないのであれば、暫く十和を結衣さんのボディーガードにしませんか」
「ボディー? え?」

 ボディーガードって、それ十和が私を守るっていう風に聞こえるけれど、一体何から守るの?

「朝ここまで十和を連れて来て頂いて、帰りにまた一緒に結衣さんのマンションに向うんです。いかがでしょう」

 酔った頭で理解が難しいけれど、つまりそれは私が安全に家に帰るためってことだろうか。
 十和を連れていると安全、つまり先輩が私に近付かないため?

「そんなご迷惑」

 私は物凄く助かるけれど、十和にはストレスになっちゃうと思う。
 人間だって急に知らない人の所で毎晩過ごせと言われたら困惑するだろう。まして十和は言葉が通じないのだから余計に困惑、どころか混乱するかもしれない。

「キュウウン?」

 迷っている私に、十和が近付いて来た。

「十和も困るでしょ?」

 私を見上げる十和の目、縦長の瞳孔をしているんだなって今更気がついた。
 その目は、私の願望なのかもしれないけれど、私を心配しているように見える。

「キュウウン」

 小さな声で鳴いて、十和は私が差し出した右手の指先をペロペロと舐め始めた。
 
「十和は困りませんよ。嫌いな相手には見向きもしない子ですし、嫌な場所だと思えば勝手に帰ってきます」
「勝手に。それでは十和が居てくれるのは自分の意思だって判断していいの?」

 そんなの勝手な人間の決めつけなんじゃないのかな。

「十和、少しの間夜だけ私の家に来てくれる? 我儘だけどそうしてくれたら凄く心強いの」

 十和にこんなことお願いして通じるわけないのに、私は真剣にお願いしていた。

「キャン!」
「いいの?」
「キャン! キャン!!」

 十和がタイミング良く鳴くから、戸惑いながら駄目押しで聞くと、しつこいと怒ったようにまた鳴いてから私の腕の中に飛び込んできた。

「ありがとう、十和。凄く助かる」

 家が安心できる場所じゃなくなるのは恐怖だ。
 先輩がマンションの前に立っていたことを思い出すだけで、寒気がする。
 父親のせいで私に植え付けられたトラウマは、先輩のせいで更に強固になってしまったのかもしれない。
 二股だったのは気が付かなかった私も悪いのかもしれないけれど、結婚が決まったと皆に知らしめお祝いされたその夜に、結婚してからも上手くやっていこう。なんて言われたらもう駄目だ。
 嬉しいです。二番目でも良いですって私が言うと、先輩は本気で思っていたのか分からないけれど、先輩にとって私も向こうも、生まれてくる子供も自分の思い通りになる存在だと考えているんだろう。
 そんな考え方する人と仕事だけとはいえ付き合うのすら嫌だ。そんな人がまた家に来たらどうしようと考えるだけで気持ち悪くなるし、不安すぎる。

「キャン!」
「任せろって言ってる?」

 そんなことないよね。でも都合よくそう聞こえたことにしてもいい?

「言ってますよ。十和は由依さんの側にいたいと」
「ありがとう、十和」

 美味しいご飯作るし寝床もちゃんと用意するから、側にいてね。

「あの、十和はどんな寝床がいいとか食事とか」
「気にしなくていいですよ」
「でも」
「寝床は、そうですね。由依さんがお嫌でないなら一緒に寝てあげて下さい」

 一緒に寝ていいの? 私は嬉しいけれどいいのかな?
 紺さん、割と大雑把な性格してるのかな。本当に大丈夫なのかしら。

「食事ですが十和は気まぐれですから、気が向かないと外で食べません」
「そうなんですね」

 私の躊躇いに気がついたのか、紺さんがそう説明してくれるけれど、それ気まぐれなんじゃなくて警戒心が強いんじゃないのかな。本当に大丈夫なのかな。

「とりあえず今晩十和に様子を見てもらって、諸々が必要そうならまた考えましょう」
「そう……ですね」

 それでいいのか不安だけど、気持ちが弱っている私は十和に甘えることにしてしまった。
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