19 / 80
うん、美味しい
しおりを挟む
「美味しそうですね」
持ってきたお袋煮を、ストーブの上に小鍋を置いて温めてお皿に盛り付ける。
部屋の中にお出汁と醤油の良い匂いが広がって、十和が鼻をひくひくさせて目を細めたのが可愛かった。
「お口に合うといいですが」
田舎臭いとか貧乏臭いと先輩なら言うだろうなぁ、紺さんの反応は今のところ悪くないけれど、好みに合っているか不安だ。
「遠慮なく頂きます」
綺麗な所作で紺さんは箸を取ると、お袋煮を食べ始めた。
お母さんからしつこいくらいに「食べる時は姿勢良く、箸はキチンと持ちなさい」と言われて育ったから、他人と食べる時ってちょっと緊張してしまう。
泣きながらうどんを食べたとか、お母さんに知られたら思い切り顔をしかめられるだろう。
「美味しいです。切り干し大根に味が染みていて、挽き肉も柔らかくて優しい味だ」
目を細目ながらそう言って、紺さんは白いお猪口に口をつける。
「日本酒にも合いますね。あ、先に食べて申し訳ありません。温かいうちにどうぞ召し上がってください」
「いただきます」
「はい。おもたせですが」
先に食べてくれて、お酒も飲んでくれたのは失礼なんじゃなく紺さんの優しさなんだろうな。
私は自分で思っていたよりも、先輩の心無い言葉に傷付いていたんだろう。
紺さんが躊躇いなく箸を付けて、美味しいと言ってくれただけで胸が一杯になってる。
先輩の物をすべて捨てて、スッキリさっぱりした筈なのに、心の中には小さな棘が刺さったままだったのかもしれないな。
「ふふ」
私がくいっと日本酒を飲んでから食べ始めると、紺さんは小さく笑ってお酌してくれた。
「え、と」
「いつも一人なので、こうして食べるとより美味しく感じて嬉しいなと。訪ねて下さってありがとうございます」
「え、お礼を言うなら私の方です。昨日ご迷惑掛けたのに、こんな風に図々しくやって来た私なんかにお付き合い頂いて、本当に有難いです。」
なんか変な答え方になったのは、嬉しいと言われて焦ってしまったからだ。
紺さん、優しすぎるでしょ。
こんな言動怪しい女に優しくしちゃ駄目だよ。
内心の焦りを気付かれたくないけど、挙動不審に思われたのか紺さんの表情が曇ってしまった。
「そんな風に言わないで下さい。手料理を持ってきて下さってとても嬉しいですよ。誰かと温かいご飯を頂けるのも嬉しいです。お世辞ではなく本心ですよ」
「紺さん、優しすぎますよ」
「そうですか?」
「はい、言われませんか?」
男性に向けては言わないかな、女性同士だとそういう会話もありがちだけど私が今言ったのとは若干意味合いが違う気がする。
「言われませんね。それほど親しい人もいませんし」
「そう、なんですか?」
紺さん不思議な人ではあるよね、夜だけの神社の管理とか。
昼間無人な時が多いのは管理人さんに聞いたけれど、夜だけっていうのは一般的なのかな。
禰宜様とかではなさそうだよねえ?
「この話は終わりにしましょう。由依さんが折角作ってくださったお料理が冷めてしまっては勿体ないですから」
「そうですね」
「あ、こっちには卵が入ってますね」
「はい、これ好きなんです。卵だけのを作る時もあります。簡単ですし」
「油揚げお好きなんですね。昨日もお稲荷さんをご馳走になりましたが」
祖母は油揚げが好きだったのか、油揚げを使って料理が多かった。そのせいか私も油揚げ好きに育ったのだ。
「亡くなった祖母が好きで、その影響ですかね。コロッケとか餃子も油揚げで作ることありますし」
「へえ、美味しそうですね」
「美味しいと私は思いますが、好みは別れるかもしれないですね」
先輩の不機嫌そうな顔が一瞬頭の隅にちらついて、気持ちが沈む。
「どうしました?」
「いえ、私は美味しいと思ってますし好きですが、ちょっと年寄り臭い感じもするかなって」
年寄り臭いじゃなく、手抜きって言われたんだったかな。
確か急に夜に来て「コロッケ食べたい」と言われて、パン粉が無かったから作ったのは、油揚げを裏返してコロッケの中身を入れて揚げたもの。
コロッケを作るのは時間が掛かるから、出来上がるまでビールと簡単な肴を何品が作ってだして、それでも遅いと不機嫌になり、出来上がった熱々のコロッケは「思ってたのと違う、作るの遅いしこんなの手抜きだ」と散々飲み食いした挙げ句に言われたんだっけ。そして文句を散々言いながら出したものすべて食べ終わった先輩は、用事があるからと帰っていった。
じゃがいも茹でて、挽き肉とみじん切りした玉ねぎとコーンを炒めて手間が掛かってるのに、あの時は悲しかったなあ。
でも先輩が望むもの用意出来なかった私が悪かったのかなって、自分のせいだと思い込んで落ち込んだんだ。
「そうですか、聞くだけでも美味しそうですが」
「そう思いますか?」
「ええ、油揚げとか厚揚げとか好きですから食べてみたいです」
あー、紺さん。それ言っちゃ駄目だよ私の前で。
「じゃあ作りましょうか」
「え」
「あ、ごめんなさい。私、図に乗ってしまって」
驚いた顔をされて傷つくけど、そんなの当たり前だよねと思い直す。
だって昨日出会ったばかりで、親しいわけじゃないし。
「いえ、催促したみたいで申し訳ないなと」
「十和がいてくれて、昨日助かったのでお礼です」
「助かった?」
「はい、昨日帰ったらマンションの前に二股してた先輩がいたんです」
「はぁっ??」
私は今日一番のとんでも発言をしたらしいと、紺さんの表情で悟ったのだった。
持ってきたお袋煮を、ストーブの上に小鍋を置いて温めてお皿に盛り付ける。
部屋の中にお出汁と醤油の良い匂いが広がって、十和が鼻をひくひくさせて目を細めたのが可愛かった。
「お口に合うといいですが」
田舎臭いとか貧乏臭いと先輩なら言うだろうなぁ、紺さんの反応は今のところ悪くないけれど、好みに合っているか不安だ。
「遠慮なく頂きます」
綺麗な所作で紺さんは箸を取ると、お袋煮を食べ始めた。
お母さんからしつこいくらいに「食べる時は姿勢良く、箸はキチンと持ちなさい」と言われて育ったから、他人と食べる時ってちょっと緊張してしまう。
泣きながらうどんを食べたとか、お母さんに知られたら思い切り顔をしかめられるだろう。
「美味しいです。切り干し大根に味が染みていて、挽き肉も柔らかくて優しい味だ」
目を細目ながらそう言って、紺さんは白いお猪口に口をつける。
「日本酒にも合いますね。あ、先に食べて申し訳ありません。温かいうちにどうぞ召し上がってください」
「いただきます」
「はい。おもたせですが」
先に食べてくれて、お酒も飲んでくれたのは失礼なんじゃなく紺さんの優しさなんだろうな。
私は自分で思っていたよりも、先輩の心無い言葉に傷付いていたんだろう。
紺さんが躊躇いなく箸を付けて、美味しいと言ってくれただけで胸が一杯になってる。
先輩の物をすべて捨てて、スッキリさっぱりした筈なのに、心の中には小さな棘が刺さったままだったのかもしれないな。
「ふふ」
私がくいっと日本酒を飲んでから食べ始めると、紺さんは小さく笑ってお酌してくれた。
「え、と」
「いつも一人なので、こうして食べるとより美味しく感じて嬉しいなと。訪ねて下さってありがとうございます」
「え、お礼を言うなら私の方です。昨日ご迷惑掛けたのに、こんな風に図々しくやって来た私なんかにお付き合い頂いて、本当に有難いです。」
なんか変な答え方になったのは、嬉しいと言われて焦ってしまったからだ。
紺さん、優しすぎるでしょ。
こんな言動怪しい女に優しくしちゃ駄目だよ。
内心の焦りを気付かれたくないけど、挙動不審に思われたのか紺さんの表情が曇ってしまった。
「そんな風に言わないで下さい。手料理を持ってきて下さってとても嬉しいですよ。誰かと温かいご飯を頂けるのも嬉しいです。お世辞ではなく本心ですよ」
「紺さん、優しすぎますよ」
「そうですか?」
「はい、言われませんか?」
男性に向けては言わないかな、女性同士だとそういう会話もありがちだけど私が今言ったのとは若干意味合いが違う気がする。
「言われませんね。それほど親しい人もいませんし」
「そう、なんですか?」
紺さん不思議な人ではあるよね、夜だけの神社の管理とか。
昼間無人な時が多いのは管理人さんに聞いたけれど、夜だけっていうのは一般的なのかな。
禰宜様とかではなさそうだよねえ?
「この話は終わりにしましょう。由依さんが折角作ってくださったお料理が冷めてしまっては勿体ないですから」
「そうですね」
「あ、こっちには卵が入ってますね」
「はい、これ好きなんです。卵だけのを作る時もあります。簡単ですし」
「油揚げお好きなんですね。昨日もお稲荷さんをご馳走になりましたが」
祖母は油揚げが好きだったのか、油揚げを使って料理が多かった。そのせいか私も油揚げ好きに育ったのだ。
「亡くなった祖母が好きで、その影響ですかね。コロッケとか餃子も油揚げで作ることありますし」
「へえ、美味しそうですね」
「美味しいと私は思いますが、好みは別れるかもしれないですね」
先輩の不機嫌そうな顔が一瞬頭の隅にちらついて、気持ちが沈む。
「どうしました?」
「いえ、私は美味しいと思ってますし好きですが、ちょっと年寄り臭い感じもするかなって」
年寄り臭いじゃなく、手抜きって言われたんだったかな。
確か急に夜に来て「コロッケ食べたい」と言われて、パン粉が無かったから作ったのは、油揚げを裏返してコロッケの中身を入れて揚げたもの。
コロッケを作るのは時間が掛かるから、出来上がるまでビールと簡単な肴を何品が作ってだして、それでも遅いと不機嫌になり、出来上がった熱々のコロッケは「思ってたのと違う、作るの遅いしこんなの手抜きだ」と散々飲み食いした挙げ句に言われたんだっけ。そして文句を散々言いながら出したものすべて食べ終わった先輩は、用事があるからと帰っていった。
じゃがいも茹でて、挽き肉とみじん切りした玉ねぎとコーンを炒めて手間が掛かってるのに、あの時は悲しかったなあ。
でも先輩が望むもの用意出来なかった私が悪かったのかなって、自分のせいだと思い込んで落ち込んだんだ。
「そうですか、聞くだけでも美味しそうですが」
「そう思いますか?」
「ええ、油揚げとか厚揚げとか好きですから食べてみたいです」
あー、紺さん。それ言っちゃ駄目だよ私の前で。
「じゃあ作りましょうか」
「え」
「あ、ごめんなさい。私、図に乗ってしまって」
驚いた顔をされて傷つくけど、そんなの当たり前だよねと思い直す。
だって昨日出会ったばかりで、親しいわけじゃないし。
「いえ、催促したみたいで申し訳ないなと」
「十和がいてくれて、昨日助かったのでお礼です」
「助かった?」
「はい、昨日帰ったらマンションの前に二股してた先輩がいたんです」
「はぁっ??」
私は今日一番のとんでも発言をしたらしいと、紺さんの表情で悟ったのだった。
5
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる