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うん、美味しい
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「美味しそうですね」
持ってきたお袋煮を、ストーブの上に小鍋を置いて温めてお皿に盛り付ける。
部屋の中にお出汁と醤油の良い匂いが広がって、十和が鼻をひくひくさせて目を細めたのが可愛かった。
「お口に合うといいですが」
田舎臭いとか貧乏臭いと先輩なら言うだろうなぁ、紺さんの反応は今のところ悪くないけれど、好みに合っているか不安だ。
「遠慮なく頂きます」
綺麗な所作で紺さんは箸を取ると、お袋煮を食べ始めた。
お母さんからしつこいくらいに「食べる時は姿勢良く、箸はキチンと持ちなさい」と言われて育ったから、他人と食べる時ってちょっと緊張してしまう。
泣きながらうどんを食べたとか、お母さんに知られたら思い切り顔をしかめられるだろう。
「美味しいです。切り干し大根に味が染みていて、挽き肉も柔らかくて優しい味だ」
目を細目ながらそう言って、紺さんは白いお猪口に口をつける。
「日本酒にも合いますね。あ、先に食べて申し訳ありません。温かいうちにどうぞ召し上がってください」
「いただきます」
「はい。おもたせですが」
先に食べてくれて、お酒も飲んでくれたのは失礼なんじゃなく紺さんの優しさなんだろうな。
私は自分で思っていたよりも、先輩の心無い言葉に傷付いていたんだろう。
紺さんが躊躇いなく箸を付けて、美味しいと言ってくれただけで胸が一杯になってる。
先輩の物をすべて捨てて、スッキリさっぱりした筈なのに、心の中には小さな棘が刺さったままだったのかもしれないな。
「ふふ」
私がくいっと日本酒を飲んでから食べ始めると、紺さんは小さく笑ってお酌してくれた。
「え、と」
「いつも一人なので、こうして食べるとより美味しく感じて嬉しいなと。訪ねて下さってありがとうございます」
「え、お礼を言うなら私の方です。昨日ご迷惑掛けたのに、こんな風に図々しくやって来た私なんかにお付き合い頂いて、本当に有難いです。」
なんか変な答え方になったのは、嬉しいと言われて焦ってしまったからだ。
紺さん、優しすぎるでしょ。
こんな言動怪しい女に優しくしちゃ駄目だよ。
内心の焦りを気付かれたくないけど、挙動不審に思われたのか紺さんの表情が曇ってしまった。
「そんな風に言わないで下さい。手料理を持ってきて下さってとても嬉しいですよ。誰かと温かいご飯を頂けるのも嬉しいです。お世辞ではなく本心ですよ」
「紺さん、優しすぎますよ」
「そうですか?」
「はい、言われませんか?」
男性に向けては言わないかな、女性同士だとそういう会話もありがちだけど私が今言ったのとは若干意味合いが違う気がする。
「言われませんね。それほど親しい人もいませんし」
「そう、なんですか?」
紺さん不思議な人ではあるよね、夜だけの神社の管理とか。
昼間無人な時が多いのは管理人さんに聞いたけれど、夜だけっていうのは一般的なのかな。
禰宜様とかではなさそうだよねえ?
「この話は終わりにしましょう。由依さんが折角作ってくださったお料理が冷めてしまっては勿体ないですから」
「そうですね」
「あ、こっちには卵が入ってますね」
「はい、これ好きなんです。卵だけのを作る時もあります。簡単ですし」
「油揚げお好きなんですね。昨日もお稲荷さんをご馳走になりましたが」
祖母は油揚げが好きだったのか、油揚げを使って料理が多かった。そのせいか私も油揚げ好きに育ったのだ。
「亡くなった祖母が好きで、その影響ですかね。コロッケとか餃子も油揚げで作ることありますし」
「へえ、美味しそうですね」
「美味しいと私は思いますが、好みは別れるかもしれないですね」
先輩の不機嫌そうな顔が一瞬頭の隅にちらついて、気持ちが沈む。
「どうしました?」
「いえ、私は美味しいと思ってますし好きですが、ちょっと年寄り臭い感じもするかなって」
年寄り臭いじゃなく、手抜きって言われたんだったかな。
確か急に夜に来て「コロッケ食べたい」と言われて、パン粉が無かったから作ったのは、油揚げを裏返してコロッケの中身を入れて揚げたもの。
コロッケを作るのは時間が掛かるから、出来上がるまでビールと簡単な肴を何品が作ってだして、それでも遅いと不機嫌になり、出来上がった熱々のコロッケは「思ってたのと違う、作るの遅いしこんなの手抜きだ」と散々飲み食いした挙げ句に言われたんだっけ。そして文句を散々言いながら出したものすべて食べ終わった先輩は、用事があるからと帰っていった。
じゃがいも茹でて、挽き肉とみじん切りした玉ねぎとコーンを炒めて手間が掛かってるのに、あの時は悲しかったなあ。
でも先輩が望むもの用意出来なかった私が悪かったのかなって、自分のせいだと思い込んで落ち込んだんだ。
「そうですか、聞くだけでも美味しそうですが」
「そう思いますか?」
「ええ、油揚げとか厚揚げとか好きですから食べてみたいです」
あー、紺さん。それ言っちゃ駄目だよ私の前で。
「じゃあ作りましょうか」
「え」
「あ、ごめんなさい。私、図に乗ってしまって」
驚いた顔をされて傷つくけど、そんなの当たり前だよねと思い直す。
だって昨日出会ったばかりで、親しいわけじゃないし。
「いえ、催促したみたいで申し訳ないなと」
「十和がいてくれて、昨日助かったのでお礼です」
「助かった?」
「はい、昨日帰ったらマンションの前に二股してた先輩がいたんです」
「はぁっ??」
私は今日一番のとんでも発言をしたらしいと、紺さんの表情で悟ったのだった。
持ってきたお袋煮を、ストーブの上に小鍋を置いて温めてお皿に盛り付ける。
部屋の中にお出汁と醤油の良い匂いが広がって、十和が鼻をひくひくさせて目を細めたのが可愛かった。
「お口に合うといいですが」
田舎臭いとか貧乏臭いと先輩なら言うだろうなぁ、紺さんの反応は今のところ悪くないけれど、好みに合っているか不安だ。
「遠慮なく頂きます」
綺麗な所作で紺さんは箸を取ると、お袋煮を食べ始めた。
お母さんからしつこいくらいに「食べる時は姿勢良く、箸はキチンと持ちなさい」と言われて育ったから、他人と食べる時ってちょっと緊張してしまう。
泣きながらうどんを食べたとか、お母さんに知られたら思い切り顔をしかめられるだろう。
「美味しいです。切り干し大根に味が染みていて、挽き肉も柔らかくて優しい味だ」
目を細目ながらそう言って、紺さんは白いお猪口に口をつける。
「日本酒にも合いますね。あ、先に食べて申し訳ありません。温かいうちにどうぞ召し上がってください」
「いただきます」
「はい。おもたせですが」
先に食べてくれて、お酒も飲んでくれたのは失礼なんじゃなく紺さんの優しさなんだろうな。
私は自分で思っていたよりも、先輩の心無い言葉に傷付いていたんだろう。
紺さんが躊躇いなく箸を付けて、美味しいと言ってくれただけで胸が一杯になってる。
先輩の物をすべて捨てて、スッキリさっぱりした筈なのに、心の中には小さな棘が刺さったままだったのかもしれないな。
「ふふ」
私がくいっと日本酒を飲んでから食べ始めると、紺さんは小さく笑ってお酌してくれた。
「え、と」
「いつも一人なので、こうして食べるとより美味しく感じて嬉しいなと。訪ねて下さってありがとうございます」
「え、お礼を言うなら私の方です。昨日ご迷惑掛けたのに、こんな風に図々しくやって来た私なんかにお付き合い頂いて、本当に有難いです。」
なんか変な答え方になったのは、嬉しいと言われて焦ってしまったからだ。
紺さん、優しすぎるでしょ。
こんな言動怪しい女に優しくしちゃ駄目だよ。
内心の焦りを気付かれたくないけど、挙動不審に思われたのか紺さんの表情が曇ってしまった。
「そんな風に言わないで下さい。手料理を持ってきて下さってとても嬉しいですよ。誰かと温かいご飯を頂けるのも嬉しいです。お世辞ではなく本心ですよ」
「紺さん、優しすぎますよ」
「そうですか?」
「はい、言われませんか?」
男性に向けては言わないかな、女性同士だとそういう会話もありがちだけど私が今言ったのとは若干意味合いが違う気がする。
「言われませんね。それほど親しい人もいませんし」
「そう、なんですか?」
紺さん不思議な人ではあるよね、夜だけの神社の管理とか。
昼間無人な時が多いのは管理人さんに聞いたけれど、夜だけっていうのは一般的なのかな。
禰宜様とかではなさそうだよねえ?
「この話は終わりにしましょう。由依さんが折角作ってくださったお料理が冷めてしまっては勿体ないですから」
「そうですね」
「あ、こっちには卵が入ってますね」
「はい、これ好きなんです。卵だけのを作る時もあります。簡単ですし」
「油揚げお好きなんですね。昨日もお稲荷さんをご馳走になりましたが」
祖母は油揚げが好きだったのか、油揚げを使って料理が多かった。そのせいか私も油揚げ好きに育ったのだ。
「亡くなった祖母が好きで、その影響ですかね。コロッケとか餃子も油揚げで作ることありますし」
「へえ、美味しそうですね」
「美味しいと私は思いますが、好みは別れるかもしれないですね」
先輩の不機嫌そうな顔が一瞬頭の隅にちらついて、気持ちが沈む。
「どうしました?」
「いえ、私は美味しいと思ってますし好きですが、ちょっと年寄り臭い感じもするかなって」
年寄り臭いじゃなく、手抜きって言われたんだったかな。
確か急に夜に来て「コロッケ食べたい」と言われて、パン粉が無かったから作ったのは、油揚げを裏返してコロッケの中身を入れて揚げたもの。
コロッケを作るのは時間が掛かるから、出来上がるまでビールと簡単な肴を何品が作ってだして、それでも遅いと不機嫌になり、出来上がった熱々のコロッケは「思ってたのと違う、作るの遅いしこんなの手抜きだ」と散々飲み食いした挙げ句に言われたんだっけ。そして文句を散々言いながら出したものすべて食べ終わった先輩は、用事があるからと帰っていった。
じゃがいも茹でて、挽き肉とみじん切りした玉ねぎとコーンを炒めて手間が掛かってるのに、あの時は悲しかったなあ。
でも先輩が望むもの用意出来なかった私が悪かったのかなって、自分のせいだと思い込んで落ち込んだんだ。
「そうですか、聞くだけでも美味しそうですが」
「そう思いますか?」
「ええ、油揚げとか厚揚げとか好きですから食べてみたいです」
あー、紺さん。それ言っちゃ駄目だよ私の前で。
「じゃあ作りましょうか」
「え」
「あ、ごめんなさい。私、図に乗ってしまって」
驚いた顔をされて傷つくけど、そんなの当たり前だよねと思い直す。
だって昨日出会ったばかりで、親しいわけじゃないし。
「いえ、催促したみたいで申し訳ないなと」
「十和がいてくれて、昨日助かったのでお礼です」
「助かった?」
「はい、昨日帰ったらマンションの前に二股してた先輩がいたんです」
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