おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香

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寒い夜に見える月

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「ふう、重い」

 私が住んでいるマンションは、坂道を上ったところにある。
 三年前、会社に就職する時に思い切って買った三LDKのマンションだ。
 四年前に田舎に一人暮らしをしていた母方の祖母が亡くなった時、祖母の自宅と田畑を全部売って田舎にあったお墓も墓じまいした。
 祖母の子供は母だけだったけど、母は大学の時上京し就職し結婚してしまったから祖父が亡くなってからはずっと一人で暮らしていた。
 祖母が暮らす町は長閑ないいところだった。私は学生の頃は長期の休みになると祖母の家に泊りに行っていた。
 だけど祖母が亡くなった今、お墓参りだけをする為に行くには祖母の住んでいた町は遠すぎて、祖母が残したお金で両親が暮らす町にお墓を買って、ご先祖様と祖母の遺骨を移したのだ。
 祖母が持っていた山は、だいぶ前に高速道路が通る事になり高値で買い取って貰ったらしく、祖母はビックリするほどお金を持っていたし、一人暮らしをしていたと言うのに田んぼも畑も家ももの凄く広く。それらを売ったお金はかなりの額になった。
 それを母と兄と私の三人で相続した。お金の事は良く分らなかったけれど、母はその辺りを上手くやりくりしたらしく、私はマンションを買うにはちょっと足りないかな、程度のお金を頂いたのだった。

「なんかつい買っちゃったけど、この町住みやすいんだよねえ。駅からはちょっと歩くけど、でも良い運動になるし」

 亡くなった祖母も私もなぜか金運だけはある人だった。
 元々学生の頃からやっていた樹脂粘土細工の動画と作品の売買で、それなりに収入があったからお金に困るといった経験も無かったけれど、それに加えて私の場合いつもじゃないけれど、なぜか欲しいものが出来てお金を貯めようとし始めたタイミングで宝くじが当たったり、懸賞や何かで金券が当たったりしていた。
 そんな状況があり、それなりに貯金があった私は
祖母からのお金は何か形に残したいと考えた。
 形に残るもの、私がそれを忘れずずっと大切にしていけるもの、そう考えて就職と同時に始める一人暮らしの為のマンションを買おうと決めたのだ。

 このマンションに出会ったのは偶然だった。電車から見えた景色が何となく気になって、この町の駅に降りた。
 就職が決まった会社からは電車で二十分程、駅からは少し歩くけれど、駅前には大きなースーパーがあるのは便利だなと考えながらプラプラと周囲を歩いた。
 駅から少し歩いた場所に植物園を見つけ、その近くの川の土手に沿って桜が植えられていると気がついた私はこの町いいかもと思い始めていた。
 この町に住めたら良いけど、そんな都合よく物件は無いかな。半分冷やかしで駅近くの不動産屋を覗いたら、分譲マンションの張り紙が目に入った。
 予算より少し高いけど、張り紙に載せられているマンションの外観は好みだったし、間取りも希望通りだった。
 不動産屋と話をしてマンションを実際に見て、少し足りなかったお金は貯金からなんとかするかと考えながらの帰り道、偶然買った宝くじが当たって足りない分が賄えた。
 私の金運恐るべしだ。
 でも、その代わり男運はない。
 透先輩は優しくて良い人だと思ってたけど、実は二股野郎だった。
 全然気が付かなかった私が間抜けなんだけど、ちょっとこれはすぐには立ち直れそうにない。
 そういえば、高校の時も大学の時も彼に二股されて別れたんだ。
 男運がないんじゃなくて、もしかして私に魅力がないのか。そうなのか、そりゃワインをラッパ飲みして歩くような女だし、そうなのかもな。

 軽く落ち込みながら上る坂道は辛い。
 ついでにパンプスのヒールも辛い。
 私は背が低い。153センチしかない。
 満員電車では人の壁に埋まる。息苦しいのが嫌で高いヒールの靴を履いていたけれど、もう止めちゃおうかなと呟いてついでにため息も一つ。
 仕事場ではローヒールの靴に履き替えるんだし、通勤もローヒールにしようかな。
 透先輩が長い髪が好きだというから、伸ばし始めたけど髪もいっそ切っちゃおうかな。
 ワンピースだって、透先輩が好きそうなものを選んできていた。
 透先輩のこのみは甘めなもの。由衣はちっちゃいから、小花とかレースとかが付いているものとか着た方が似合うよとよく言われてたから、そういうのを最近は選んでいた。
 花村さんもそんな感じの服装を今日していた。
 つまり、透先輩の言葉は私にアドバイスとして言っていたんじゃなく。そういう服が似合う人が透先輩の好みだったというだけの話しなんだろう。

「ああ、馬鹿みたい。でも、すぐに全部変えるのもあれかな」

 ばっさりと髪をショートにカットして、服装も変えたらどう思われるだろう。
 なんか、失恋が原因かと透先輩に思われるのもしゃくだ。

「どうしようかなあ。あ、綺麗」

 ぶつぶつ呟きながら坂道を上り、やっと坂道の途中にある稲荷神社の前までやって来たら、ちょっと周囲が明るくなった事に気がついた。
 いつもは暗い参道に、灯りが灯っていたのだ。
 
「何かの行事でもあったのかな。赤い鳥居に灯りが映えて綺麗だなあ。あ、そうだ。狐さんに会いに行こう」

 真っ暗闇だと怖いけれど、今日はなぜか灯りがついている。
 夜に神社にお参りは、初詣以外はしないんだっけ?
 酔った頭で考えても、その辺り思い出せないから呑気に赤い鳥居をくぐり、夜遅く申し訳ありませんとお参りをした後、目当ての狐の像の前にしゃがみ込んだ。
 狛犬さんの様な大きな二体の狐の像の近くになぜか一体小さな狐の像がある。
 この町に住み始めて、初めて神社にお参りした時には無かった筈だけど、いつの頃からか小さな狐の像が現れた。
 白く細い顔に大きな耳、しっぽも大きくてふんわりと膨らんでいる。
 大きな狐の像は宝具と言われるものを咥えて、高い台座の上に鎮座しているから少し迫力があって怖い感じだけれど、小さな狐の像の台座はとても低くて、私がしゃがみ込んで顔を見る位の高さのせいか親しみ易かった。 

「ねえねえ、狐さん。聞いてよ私失恋しちゃったのよ。恋人だと思ってたのに二股だったの。しかも私が浮気相手? 本命は美人な花村さんっていう人だったの」

 いつもはお参りの後、頭を撫でて帰るだけ。
 だけど今日は何故か狐さんに愚痴を聞いて欲しくなってしまった。
 
「狐さん、お稲荷さんお供えするね。大きいからきっと美味しいよ。大きな狐さんの分もここに一緒に置いておくね」

 酔っ払った頭はお墓参りと勘違いを始めたのか、コンビニで買ったお酒におまけで付いていたプラスチックの器にお稲荷さんを三つ入れて、狐の像が置かれている台座の上に載せる。

「ああ、飲み物も欲しいよね。じゃあ、これも」

 ガサガサとコンビニの袋から、今度はコップ酒を取りだしてお稲荷さんの隣に置く。
 あちこちにある灯りのお陰で、手元は問題なく見える。
 灯りに照らされて、狐の像達は呆れた感じにこちらを見ている様にも見えるけれど、酔っているせいか気にならなかった。

「本当に好きだったのよ、私。なのにさあ。酷いよね」

 地面にバッグと袋を置いて、さっきのワインの蓋を開ける。
 安物のワインはコルク栓じゃなく、金属のひねって開けるタイプの蓋だ。
 安物ワインだけど、こういうのは便利だ。それなりに美味しいし。

「あ~あ。あんな人と付き合うんじゃなかった。私馬鹿だよねえ。もうあの人とは縁切り、顔も見たくないーー。って、無理か会社の同じ部で働いてるんだもんなあ。じゃあ、必要最低限の付き合いしかしない。そして、もう恋なんかしないわ。二股男なんてもううんざりよ」

 しゃがむのに疲れて、服が汚れるなあとか頭の隅で考えながら地面に座りこんだ。
 小さな狐の像に寄り沿うように、座って。
 ワインを飲みながら空を見上げたら、月がやけに綺麗で泣きたくなった。

「飲んで、泣いて忘れるんだから。泣くのなんか今日だけなんだから」

 ぐぴっと最後の一口を飲み干して、ふううっと大きく息を吐いたら急に眠くなってきた。

「ここで寝ちゃ、流石に駄目だよね。風邪ひいちゃうよ。でも、眠い」

 駄目だ、起きよう。そう思うのに瞼が開かない。
 寒いなあ、地面に座っちゃったせいでお尻も冷たいなあ。風邪どころか凍死しちゃうかも。
 そんな事を思いながら、私は深い眠りに落ちていった。
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