おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香

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寒い夜のお稲荷さん

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「お稲荷さんだけ売ってるんだ」

 ワインの瓶の蓋を閉めて、コンビニの袋に戻してから屋台の中を覗き込む。
 十二月に入ったばかりだけど、今夜は結構寒い。
 屋台の中に立っている狐面の人は、声からして男性みたいだけれど。かなりの薄着だ、寒くないんだろうかと心配になってしまう。

「そう、残り十個なんだけど。買っていかない?」
「ええと」

 ちらりと台の上を見れば、美味しそうだけど冷たそうなお稲荷さんがガラスケースの中に入っている。
 ちなみに五個で千円(税込み)って書いてある。コンビニで普通売っているお稲荷さんより三倍はありそうな大きさだから値段は納得だけど、十個買ったら二千円だ。そんなにお稲荷さんにお金掛けたくない。

「稲荷さんのご加護があるから、三日くらいなら美味しく食べられるよ。でも甘くてしょっぱくて美味しいから、すぐに全部食べちゃうだろうけど」

 稲荷さんというのは、この近くにある稲荷神社の事だ。
 この辺りの人はあの神社を親しみを込めて、稲荷さんと呼んでいるらしい。
 これはマンションの管理人のおじさんから聞いた話だ。
 あの稲荷神社はお守り以外にも狐の形の貯金箱も売っているのだけど、私は可愛い狐さんの顔に釣られて、大、中、小それぞれのサイズ一つずつ貯金箱を買ってしまった。
 この貯金箱、狐の形してるのに箱って言うのか分からないけれど、五百円玉だけ入れると小は三十万円、中が五十万円、大は百万円分入るらしい。私は百円玉と五百円玉両方入れてるからその目安はあてにならないけれど、すでに小と中は満杯になっていて、今は大のみにお金を入れている。
 全部一杯になったら豪華温泉旅行に家族を連れて行く予定だ。楽しみ。

「そんなに美味しいの?」

 私は多分寂しかったのかもしれない、いつもなら買うか買わないか即決めして店員さんとは挨拶程度なのに、今日は自分から会話しようとしている。
 まるで少しでも長く外にいようとしてるみたいに、そう、一人の部屋に戻るのを遅くようとしてるみたいだ。

「美味しい、美味しい。お嬢さんは美味しいお稲荷さんを食べられて嬉しい、お嬢さんが買ってくれたら俺も家に帰れて嬉しい。双方幸せになれるんだけどね」
「そっか。今日は寒いしお兄さんも早く帰りたいよね。じゃあ、全部頂いて帰ろうかな」

 バッグの中からお財布を取り出し、二千円だそうとした時だった。

「まいどありっ。じゃあ全部まとめて五百円。今包むよ」

 男性が言った値段に、あれと首を傾げて狐面とお財布を交互に見る。
 札に五個千円って書いてあるのに、そんなにおまけしていいの?

「重い荷物持っているのに、買ってくれたお嬢さんにサービス。このパックは小さい奴だから、五百円で大丈夫」

 小さいパックと言いながら、男性はお稲荷さんを詰めている。
 確かに大きなお稲荷さんを入れるには、だいぶ小さいパックだ。だって蓋がしまってない。

「パックの枚数で、売り上げを数えるんだよ。だからね、これで大丈夫。落とさない様に抱えて持って帰ってね」

 パックに輪ゴムを二本かけても、蓋はぱっくり口を開けたまま。
 それを透明なビニール袋にそっと入れて、それを更に白いコンビニ袋に入れている。
 ビニール袋に入ってるから、大丈夫なのか。でも、いいのかな。

「ちゃんと払うよ。おまけしすぎだし」
「いいから、いいから。気に入ったらまた買いに来て」
「じゃあ、五百円。ありがとうございます」

 お財布から五百円玉を一枚取り出して、男性の手にのせる。
 一瞬触れた手が凄く冷たくて、私だって手袋無しで歩いてたからそれなりに冷たくなっている筈なのに、更に冷たいその手に驚いた。
 ずっと寒いところに立ってたから冷えちゃったんだ。

「あの、使い掛けで申し訳ないけれど」
「ん」

 ポケットに入れていた使い捨てカイロ。
 手に持つとその温かさにホッとする。
 
「これから片付けして帰るんでしょ。それまでちょっとでもあったまって」
「寒いのはお互いさまでしょ」
「私の家、すぐそこだから」
「じゃあ、ありがたく。うん、あったかい」
「じゃあ、お休みなさい」
「お休み」

 ひらひらと手を振る男性に頭をぺこりと下げて、お稲荷さんが入った袋を落とさない様に抱えながら歩き始めた。
 単純だけど、お稲荷さん屋さんのおまけが嬉しくて、やさぐれていた気持ちがちょっとだけ浮上し始めていた。
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