上 下
4 / 39

いたたまれない

しおりを挟む
「アニカ、急にクランク様とお昼を一緒になんて何かありましたの?」

 マルセルにエスコートされながら教室に戻った私は、彼の姿が消えた途端友人のビビアナに問い詰められました。

「ごめんなさい、約束していたのに」
「いいのよ。私は皆といつも通りに食堂で頂いたもの」
「ありがとう。ねえ、ビビアナ入学してから半年経ったから明日からは一緒にお昼をとろうとマルセルから言われたのだけど、半年に意味があるのかしら」

 マルセルは明日はお昼に迎えに来るよと約束して去っていきました。
 日差しが強かったので明日は食堂でと言われましたが、日差しより人の目が多い食堂は少し憂鬱です。
 今日は中庭の噴水近くにある東屋で頂きましたが、それでも私達を見ながら何か話している令嬢達が何人もいてとても居心地が悪かったのです。

「半年?まあ、さすがクランク様はお気遣いされているのね。アニカは大切にされているわね」
「どういうことかしら?」
「学校に私達が通うのは勉学より、社交の意味が大きいでしょう? だから入学して半年程度は婚約者同士で昼食を取らずに友人達との時間を大切にするのよ。兄がそう言っていたわ」

 私の兄もこの学校の卒業生ですが、そんな約束事があるなんて教えてくれませんでした。
 入学したらマルセルとお昼を一緒に出来るのかと楽しみにしながら、一度もお誘いがなかったのは私とは学校で過ごしたくないのかと落ち込んでいたのに馬鹿みたいです。マルセルは私の兄が卒業生だと知っていたので説明はいらないと思っていたのでしょうか。

「そうだったの。私知らなくて、マルセルがずっと一緒にお昼を食べたいと思っていたと言われて不思議だったのよ」
「ふふふ。ごちそうさま、お昼に頂いたケーキよりも口の中が甘くなってしまったわ」
「ビビアナ」

 くすくすと笑っているビビアナを軽く睨むと、彼女は気にせずに拍手を始めました。

「なあに?」
「ふふ、このクラスで一番最初の婚約者とのお昼のお祝いの拍手よ」
「や、止めて。恥ずかしいわ」

 ビビアナにつられたのか、何人かが笑いながら拍手をしています。
 でも、にこやかにしている人だけではなく、こちらを見て睨んでいる人達がいます。

「ふふ、彼女達当てが外れて悔しいのよ」
「え」
「アニカ達、あまり学校で話をしないでしょ。そんなに仲が良くないのかと思われていたのよ。男爵家と裕福らしいけど商人の家だから、アニカ達が不仲の政略婚なら自分達にも機会があるかもってね」

 ビビアナは伯爵家の令嬢ですが、噂話を集めるのが得意で色々教えてくれますが、マルセル狙いの令嬢が同じクラスにいるのはなるべくなら知りたくなかったです。

「そう、残念ね」
「アニカ?」
「私達は政略じゃないもの。幼馴染みでずっと仲が良かったのだから、婚約したのよ」

 見栄を張って、彼女達に聞こえるように言ってしまいました。
 本当は政略まではいかなくても、親同士が仲が良く領地が隣だったからというだけの婚約なのに。

 こんなところで見栄を張っても仕方ないのに。

「それじゃあ、早く一緒にお昼をしたいって言われて当然よね」
「え、ええ」

 素直に喜んでくれるビビアナに、私はひきつった笑顔のまま頷きながら胃がシクシクと痛むのを感じました。

 こんな私の話をマルセルが聞いたらどう思うでしょう。
 そんなんじゃないと、否定されてしまったら?
 泣きそうな気持ちのまま、私は午後の授業を受けるしかありませんでした。


※※※おまけ※※※

「あれ、マルセルお前何食べてるんだ?」

 剣術の授業の後、教室に戻った僕はアニカが差し入れしてくれたクッキーを幸せな気持ちで食べていた。

「ん?婚約者がくれた僕の大好物」

 ケーテにも食べさせてねとアニカが言ったから、今は数枚のクッキーを机の上に広げたハンカチの上に乗せているだけ、本当なら全部一人占めしたいけれど、可愛い義妹にもとアニカがくれたものだから我慢して残りはしまってある。

「婚約者?ああ、昼の誘いに来ていた子か」
「そう。明日からは一緒にお昼するって約束したから、お前ら邪魔するなよ」

 クッキーに伸びてくる手をバシバシ叩いて追い払いながら言えば、ピュウという軽薄な口笛が教室に響く。

「へえ、マルセルは婚約者と仲いいんだな。噂と違うんだ」
「噂?」
「お前が望んでない政略結婚の婚約者だって聞いてたけど?」

 なんだその噂。
 ついムッとしたのが顔に出たのか、悪友達の顔がひきつった。

「アニカとの婚約は、僕が望んで叶ったものだ。そんな失礼な噂は迷惑だ」
「え、そうなのか?」
「噂と違うな、政略じゃないのか?」

 僕達の話に聞き耳を立てていたのか、教室のあちこちがざわついている。
 なんなんだ、不愉快だな。

「政略でもなければ、不仲でもない。休日は大抵一緒に過ごしているし、こうやって僕の好物を作ってくれるし、婚約してから僕はアニカが刺繍してくれたハンカチしか使っていない」

 今机に敷いてるハンカチだって、アニカお手製だ。
 僕の婚約者は、優しいし可愛いし器用なんだぞ。

「そんなに仲いいのか」
「悪く見えたか?」
「いや、さっき二人が話してるのを見て噂と違うなって思っていた」
「正しい見解だな」

 頷きながら、クッキーをまた一枚頬張る。
 杏のジャムが挟んであるこれが一番好きなんだけど、やっぱり美味しい。

「ちぇ、幸せそうな顔してるよ」
「俺も婚約者が欲しいよ」

 悪友達のぼやきを聞き流しながら、クッキーのお礼に何を贈ろうか考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】夫もメイドも嘘ばかり

横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。 サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。 そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。 夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

皇太子に愛されない正妃

天災
恋愛
 皇太子に愛されない正妃……

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

旦那様は甘かった

松石 愛弓
恋愛
伯爵夫妻のフィリオとマリアは仲の良い夫婦。溺愛してくれていたはずの夫は、なぜかピンクブロンド美女と浮気?どうすればいいの?と悩むマリアに救世主が現れ?

悪役令嬢は悪役侯爵さまの手をとるか

岡智 みみか
恋愛
泣いちゃダメ。いつものように優雅に微笑んで。華やかに笑ってみせて。それがここで生き残るための道。 第一王子の誕生日パーティーに出席したアドリアナ。普段通りのパーティーだと思っていたのに、何だかいつもと様子が違う。王太子妃の座を争っていたライバルモニカの手を、正装をした王子マリウスが一番にダンスに誘った。これは事実上の婚約発表? 婚約者争いに負けたアドリアナに近づいてきたのは、マリウス王子のライバル的存在であるラズバンだった。代々宰相を務める侯爵家のラズバンが失恋したばかりのアドリアナに近づいてきて……!?

処理中です...