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差し入れを作ってみました

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 あの日クッキーを食べて笑ってくれたみたいに、また私の前であんな風に笑ってくれるようになったら、私は気後れせずにマルセルと付き合えるのに。

 駄目なところが見当たらないと評判のマルセルと違って、私は美人でも可愛くもなく幼い頃からあるソバカスも健在です。

 体つきも同級生と比べても貧弱な方だと思いますが、まだ十五歳ですからこれから期待出来るかもしれません。
 成績は中の上をなんとか維持していますが、勉強をいくら頑張ってもこれが精一杯です。
 ダンスを踊るのは好きですが、得意とは言えません。
 刺繍やレース編みは令嬢の嗜み程度には出来ますが、それは貴族の令嬢であれば殆んどの人が出来ることです。
 そんな、可もなく不可もなくが私です。
 マルセルの隣に立つと貧相に見えるのはどうしようもありません。

「はあ、落ち込んでいても仕方ないわね。折角マルセルがクッキーが好きだと教えてくれたのですもの、明日学校に持っていこうかな」

 マルセルに学校でお菓子などを渡したことはありませんが、義妹さんと二人で食べてねという言い訳が出来るのですから、これはいい機会です。

「マルセル、喜んでくれるかしら」

 ジャムを挟んだクッキーに、最近私がお気に入りのチョコレートクリームを挟んだものも作ってみましょうか。
 明日を想像してドキドキする気持ちを宥めながら、私は厨房へと急ぎました。


※※※※※※※※※※※※


「あの、マルセル・クランク様は」

 休日明けの学校に私はクッキーを沢山詰めたバスケットを持参し登校しました。

「ん? 君は?」
「私は一年のアニカ・ドライスと申します」

 二年生の教室がある校舎に足を踏み入れるのは初めてで、私は普段自分がいる校舎との雰囲気の違いに戸惑いながらマルセルの教室にやって来ました。
 私の後ろには侍女がバスケットを持ち立っています。
 授業中や休憩時間には侍女を付き添わせることは出来ませんがお昼休みの時間は許されており、寮に住んでいない私の場合昼食を侍女に届けて貰ったりしています。

「ああ、婚約者の。ちょっと待ってて。マルセルッ! 君の婚約者さんがお昼のお誘いに来てるよ」

 教室の前まで来たもののどうやってマルセルに声を掛けようかと悩んでいた時に丁度教室から出てきた男子生徒にマルセルについて尋ねたまでは良かったのですが、急に大声でそんな風に言われて恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまいました。

「え、お昼?」

 思いがけない言葉に私は侍女を振り替えると、にっこりと頷いてくれました。
 私はクッキーが入ったバスケットを持っていますが、侍女はお昼ご飯が入ったバスケットを持っています。
 クッキーをマルセルに届けたら、侍女と中庭に出てお昼を食べるつもりでしたが声を掛けたマルセルのクラスメイトは誤解してしまった様です。

「お嬢様、お二人分以上ございますので」
 
 私が困った顔をしていると気がついたのか、侍女がこっそり教えてくれました。私がマルセルにお昼休みにクッキーを届けると話していたから、お昼を二人分用意してくれていた様です。
 気が利く侍女で良かったです。

「アニカ、珍しいね」

 すぐにドアのところに来てくれたマルセルはいつもと同じ穏やかな笑顔で、でも少し戸惑った様子で私の名前を呼びました。

「突然来てごめんなさい。あの、お約束していなかったのに」
「いいよ。お昼の誘いなのかな?」
「ええ、迷惑でなければ」

 昨日のマルセルの思いがけない表情を見て、気持ちが盛り上がってクッキーを作ってきてしまいましたが、教室の中からこちらを見ている令嬢達の冷たい視線につい俯いてしまいました。

 釣り合わない婚約者で政略のくせにと彼女達の視線が言っている様で、今すぐ逃げ出したくなってしまったのです。

「迷惑な筈ないだろ。嬉しいよ、食堂に行く? あれ、もしかしてお昼を用意してきてくれたのかな?」
「はい、あの、本当に迷惑じゃない?」

 マルセルの明るい声に顔を上げると、私達を見ている彼女達も戸惑っている様に見えました。

「いいに決まってるよ。凄く嬉しいよ」
「本当?」
「僕は毎日でも一緒に食べたかったけど、君が入学して半年経ってないから誘うの遠慮してたんだよ。アニカが嫌じゃ無いなら明日から教室に迎えに行ってもいい?」

 この人本当に私の婚約者のマルセルでしょうか。
 今まで感じていた作り笑顔も、そっけない感じもありません。
 もしかして、今まで私が遠慮し過ぎていたのでしょうか。

「あれ、図々しかった?」
「い、いえ。あの、嬉しいです」

 どうしましょう、私の顔さっきよりも赤くなっているかもしれません。

「あの、クッキー焼いてきたんです」
「ジャムの?」
「はい」

 勇気出してもいいのでしょうか。
 マルセルともっと仲良くなりたいと願ってもいいのでしょうか。

「僕が好きだって言ったから? 嬉しいよ。早く食べたいな、行こう。あ、それ預かるよ」
「はい」

 マルセルの左手が、私の持つバスケットに伸びて。
 マルセルの右手は、私の左手を握りました。
 一瞬の沈黙の後ざわざわと教室の中が騒がしくなって、歩き始めた私達を追いかけるように、その声は大きくなりました。

 夜会でエスコートされる時はもっと体が近くのに、こうして手を繋いでいる方が恥ずかしいと思うのは何故でしょう。
 嬉しいと思うのはどうしてでしょう。
 ふわふわした気持ちのまま、私はマルセルに手を引かれ歩いていました。
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