曖昧な関係

木嶋うめ香

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拓サイド

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「蛍、先に食えよ」

 食にあんまり関心が無い蛍が、自分が食べたいと思って作るのは珍しい。
 蛍は大抵俺が好きなもの、俺が食べたいものを作ってくれるけれど、自分食べたいものって殆ど言わないし作らない。
 食べたい欲求が薄いというか、食が細い蛍のご飯茶碗は俺のよりだいぶ小さい、初めてそれを見た時は子供用の茶碗かと驚いたほどだ。
 俺の家族は皆食欲旺盛で、子育てが忙しい姉は俺よりも食うかもしれない。
 そう言えば、姉が蛍のお姉さんとママ友で、以前蛍のお姉さんは具合悪いのかと心配になるほど食べないのだと言っていた覚えがある。
 ということは、蛍の食の細さは家系的なものなのかもしれない。

「ありがとう、ちょっとだけもらう」

 自分が作ったものなのにありがとうと言いながら蛍は、器に添えられたカレースプーンで一杯分コーンを掬い取ると、蛍は自分のご飯茶碗の上にそれをのせる。
 ちまちまとコーンを一粒ずつ食べている様子は、何て言うか小動物のようだ。
 なぜか苛ついていた気持ちが、蛍が食べてる顔見てるだけで穏やかになっていく。
 蛍の身長って百六十五位だっけ? 無茶苦茶小さいってわけじゃないのに、小さく見えるのは細いせいか?
 いや違うな、そもそも顔が小動物っぽいんだ。
 もうとっくに成人してるってのに童顔過ぎる蛍に、上目遣いに俺の方を見られる度にどうしてやろうかという気持ちになるから困る。
 今日は会社に出たからなのか、肩まで伸びた髪を後ろに一つに束ねているのが犬のしっぽみたいだし、少し癖のあるふわふわな前髪が長毛の猫みたいでぐしゃぐしゃっと撫でまわしたい衝動にかられる。

「もういいのか?」
「うん、十分。バターコーンって美味いよね」

 そう言いながらコーンが盛られた皿を俺の方へと押して来るから、ありがたくスプーンに大盛りに取って食べていく。
 コーンもウィンナーも両方一度に口に入れて、噛み砕くとすぐさま飯をかきこむ。一口はさっき蛍が取った分よりも多分多い。
 醤油のしょっぱさとバターってなんでこんなに合うんだろう、そこに飯が加わると無限に食えそうな気になる。
 味付けが俺の好みに合い過ぎて食い過ぎる。

「拓は美味しそうに食べてくれるよね」

 スープと飯以外殆ど食べてない気がするんだが、もう食べる気はないのか蛍は頬杖をついて俺を見ている。
 最近よく部屋着として着ているオーバーサイズの白いパーカーは、袖口が蛍の腕の太さじゃゆるすぎるのか、頬杖えついてると肘あたりまで袖口が下がっている。
 おまけに下は膝丈のカーゴパンツっていうのが、目のやり場に困りすぎる。
 何の意図もなく、着やすいから着てるだけだって分かるんだか、いい加減に色々自覚して欲しいと切に願う。

「蛍が作る飯が美味いから、当然だろ」

 気が付けば殆ど一人で食べ終えてしまっていた。
 蛍の料理が美味すぎて太りそうなのが怖くて真面目にジムに通っているけど、これは週明け本気でジムで自分を追い込まないとマズイかもしれない。
 高校の頃はいくら食べても平気だったけれど、蛍と暮らす様になって腹の辺りが気になって来たから、ジムに行くと死ぬ気で走り込みしてマシンも頑張ってる。
 筋肉をつけたいわけじゃなく、蛍が「拓は細マッチョで良いよなぁ。俺なんてただのガリだけど」と羨望の目で見てくれるから、その視線に応えたいし絶対に余計な肉を身にまとうわけにはいかない。

「仕事だってあるのに、いつも作って貰って申し訳ないけどさ。蛍の作るの全部美味いんだもんな」

 自宅勤務の蛍に家事の負荷が掛かり過ぎてる自覚はあるから、食事の後片付けと掃除とゴミ捨ては俺の仕事で、洗濯は各自やっている。食料品や日用品の買い出しは二人一緒だ。
 給料はそれなりに良い会社に勤めてるから維持出来るだろうと、蛍とドライブ行きたい一心で車を買った。
 買い出しを近所じゃなく遠出しようと誘うのは、出掛けたついでだと言い訳してデートに誘っているわけだが、多分蛍は俺の意図になんて気が付いちゃいない。

「俺の料理なんて、適当だよ。母さんと姉ちゃんにちょっと教えて貰った程度なんだから」
「でも、俺の胃袋、がっつり蛍に掴まれてるけど」

 一緒に住み始めて三年、そろそろ友達から進みたい。
 蛍が俺を好きっていうのは、間違っていないと思う。
 はっきり言葉にされたことはないけれど、大学の頃何となくそう感じ始めた。

「そういうの……」

 困った様な顔で、蛍は両手で自分の顔を覆ってしまう。
 言い方を間違えたんだろうか、でも、今言わないと駄目な気がする。

「……拓、なんでそんなこと言うんだよ」

 俺は何か間違えたんだろうか、顔を上げた蛍は今にも泣きそうな顔してたんだ。
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