曖昧な関係

木嶋うめ香

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蛍サイド

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「これ、美味っ」

 着替えしてキッチンに戻った俺は、拓をリビングに追い出して無心で料理を作った。
 肉を焼いて砂糖と醤油で甘辛く味付けし、茹で上がったブロッコリーはレンチンしたなんちゃってゆで卵を崩して冷蔵庫に眠っていたキュウリのピクルスを刻んだものと一緒にマヨネーズで和えた。
 あとは刻んで冷凍していたネギと乾燥ワカメをさっと煮て中華味で調えたスープ、ほぼ空の冷蔵庫の中身で作ったにしては頑張った献立になったと思う。

「ネギが甘くて美味いっ。豚肉で巻いたネギがこんなに美味いとは思わなかった」
「気に入って貰えなら何よりだ」

 作った物をテーブルに並べて炊飯器に残っていたご飯を茶碗に盛ると、拓はいそいそと手を合わせ食べ始めた。
 よっぽど腹が空いていたのか、ネギを巻いた方の豚肉を頬張るなり出た言葉に俺の頬がゆるむ。
 一口一口が大きいのにがっついて見えないのは、拓の姿勢がいいのと箸使いが綺麗だからだと思う。
 拓の姉ちゃんは俺の姉ちゃんと同級で友達で今はママ友なんだけど、彼女が家に遊びに来た時の印象が『姉ちゃんの友達とは思えない品の良い人』だったから、拓の家族みんなキチンとしているのかもしれない。
 俺より粗忽で大雑把な家の姉ちゃんと、どうしてあんな品の良い人が友達なのかが謎なんだが、姉ちゃんも俺と拓のことそう思ってるのかもしれない。

「久しぶりに車運転して遠出して疲れてるとこ、作ってもらって悪かったな」
「いや、俺も食べるし」

 拓がいなければ夕食を食べる予定なんて無かったけれど、そんな事を話すつもりはない。
 大皿に盛った肉がどんどん消えていくのを見るのが幸せだなんて、そんな事を言うつもりもない。
 俺のご飯茶碗の倍くらい大きい拓の茶碗に盛ったご飯が肉と共に拓の胃袋に消えていくのを見ながら、いつか同居解消になってもこの幸せを覚えておこうなんて、考えているのも言うつもりはない。

「材料何も無いなと思ってたんだが、短時間にこんなに作るって凄いよ。実際俺なんか炒飯しか出来そうなもの思いつかなかったし」

 拓は手放しで褒めてくれるけれど、野菜が足りないし、時間があればもう一品何か作りたかった。
 拓がいるって知ってたら、スーパー寄ってから帰ったのに。

「そんな褒めてももう何も無いぞ。食パンとハムは明日の朝食だし、明日は買い出し付き合って貰うからな」

 俺は小食だとはいえ家で昼も食べるから、朝ご飯を作りつつ俺の昼飯を用意するついでに拓の弁当も作っている。つまり三食自炊だから買い出しは大量になるんだ。

「勿論、車出して業スー行くか? それともドライブがてらあっち行こうか、この間会員になったんだよな」

 拓が言ってるのは、この間ついに会員になってしまった超有名な大型スーパーだ。
 あそこに行くとついつい沢山買ってしまうから車必須だし、一人で黙々と買い物する雰囲気の店じゃないから行くなら拓と一緒にってなってしまう。

「そうだなあ、俺今日運転して疲れちゃったから暫く運転したくないな。でも、運転を拓がしてくれるなら遠出もありかなぁ。なんてね」

 料理を頑張ったから、ちょっと位甘えてもいいだろうかとスープを飲みながら拓を上目遣いに見る。

「運転はいくらでもするけど、そんな疲れたのか?」
「帰り渋滞が凄くてさあ。俺、夜道の運転そもそも得意じゃないし、渋滞は苛々するし」

 わざとらしくため息を吐いた後で、ブロッコリーを齧る。
 そんなに腹が空いてないから、肉は食べる気になれない。

「夕方は特に混むからな」
「俺、拓みたいに運転得意じゃないから、余計に疲れるのかも」

 拓は運転も得意だし、そもそもあの車は拓のだ。
 折角駐車場付きの部屋を借りられたからと拓が買った車をたまに使わせてもらっているけど、二人で出かける時は基本運転するのは拓だ。
 晴雨関係なく拓は気軽に車を出してくれるし、長距離運転もなんのそのだから、地元に帰る時も拓の運転で帰っているくらい拓に頼りっぱなしだ。
 
「運転は俺がするし、疲れてるなら助手席で寝てればいい」
「……そうだな」

 運転してる拓を横目に見ているのが良いのに、寝てなんていられない。
 こういう関係もいつか終わるんだから、当たり前の様に隣にいられる間は側にいて拓の姿をしっかり見ておきたいって考える俺って滅茶苦茶弱気になっている。
 
「運転してくれるのは嬉しいけど、拓用事とかないのか?」

 基本インドアの俺と違って、拓はフットサルとかジムとか行くことも多かったのに、ジムは兎も角フットサルは最近行ってない気がする。
 前はよく、フットサル行ってチームの仲間とバーベキューとかやってたよな?

「今日飲みの予定だったから、週末はのんびりするかって思ってた」
「そっかあ。あ、ビール飲む? 肉にはビールだよな、ごめん気が付かなかった」

 週末に予定を入れない程今日の飲み会で飲む予定だったのなら、殆ど素面に見える今の拓は全然飲み足りてないだろう。
 拓の返事を待たずに立ち上がり、冷蔵庫に眠っていたビールと冷凍庫に冷えていたグラスを持って戻って来る。

「ほらほら、拓お疲れー」
「ありがとう。蛍は」

 プルタブを開けてビールをグラスに注ぐと、拓は俺の手元を見て首を傾げる。

「俺は飯食ってから考える。ビール飲んだら飯食えなくなるし」
「相変わらず小食だよな」
「体の大きさを考えろ、拓はでかいから食う量も多いんだろ。ほらほら肉食って」

 悪ふざけしてる振りで、拓の口元に肉巻きを運ぶ。
 いわゆる、あーんだ。

「えっ」
「ほら、食えって」

 何の意味もない振り、何も考えていない振りで、でも内心では友達よりも上の関係の気持ちで拓に食わせる。

「……あーっ」

 戸惑った顔で口を開く拓に笑顔を向けながら、開いた口に肉巻きを突っ込む。
 一口大よりかなり大きい肉を、拓は無理矢理一口で食ってタレがついた唇をぺろりと舌先で舐めた。

「美味い?」
「……美味いよ」

 俺が何をしたいのか判断出来ないんだろう拓は、咀嚼して飲み込んで俺を見た後ビールを一気に飲み干した。

「蛍、手についてる」
「え、本当だ」

 なぜか右手の親指についていた肉巻きのタレを、俺はぺろりと舐め取った。
 舐めてから、またやっちゃったと気が付いて、上目遣いに拓を見てしまう。

「……無自覚」
「え?」

 眉間に皺を寄せた拓は、ティッシュを一枚とって俺に手渡す。
 
「拭いて」
「いい、洗ってくる」

 やっぱり拓は、想像してた通りの拓だ。
 立ち上がり、キッチンで手を洗いながら車の中で想像した通りだと笑う。
 いつか離れて暮らす様になった時、今日の事を思い出す。
 友達のまま、好きな男と暮らした日々を思い出すんだ。

 その時拓はどうしてるんだろう、俺は一人で、でも拓は可愛い彼女と一緒なのかもしれない。
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