2 / 14
蛍サイド
2
しおりを挟む
「うわっ」
べとっと手の平についたクリームを舐め取り、あ、拓に怒られると焦って今一人だったと思い出す。
俺はちょっと粗忽というか、そそっかしいというか、あれ? どっちも同じ意味か? とにかくそういう俺の言動を拓に注意される。
俺にしてみると、拓がちょっと神経質なんだと思うけれど、今のも拓の前でやったら「なんでティッシュで拭かずに舐めるんだよ」って言いながらウェットティッシュを一枚取って手渡してくれただろう。
ケースごとじゃなく、一枚取って渡してくれるのが拓の人柄を表している。
「拓がいなくて良かった。って、拓がいたらそもそも甘いものなんか食べないか」
酒も飲みで甘党でもある俺だけど、拓の前で甘いものは食べない。
その理由は、高校の時に拓が「甘いもの苦手、甘ったるい匂いがちょっとなぁ」って言っているのを聞いた事があるからだ。
あの頃、拓に片思いしているって自覚したばかりだったから、それを聞いてショックだった。
甘いもの苦手と俺が直接言われたわけじゃないけれど、完全に被害妄想だって分かってるけど、なぜか『甘いもの好きな俺のことが苦手』だと言われた様な気持ちになっちゃったんだ。
分かってるんだよ、あの時も今も、拓が俺に向けて言った言葉じゃないくらい、理解している。
だけどショックで、トラウマっぽくなってしまったんだ。
あの時、確か俺はやるのを忘れてた宿題のテキストの答えを必死に埋めていて、ちょっと離れた席で拓が女子達と話をしていたんだ。
一人の女子が、放課後一緒にクレープか何かを食べに行こうと誘っていて、その時の拓の答えが「甘いもの苦手、甘ったるい匂いがちょっとなぁ」だったんだ。
その言葉が聞こえて来た瞬間、テキストに答えを書き込んでいた俺の手が止まった。
拓の方に視線を向けたいのを必死に堪えて、テキストに集中している振りしながら耳だけ会話に集中していた。
拓の答えに、「えー、美味しいのにぃ」と女子達は反論していたけれど、拓は笑ってごまかしながらトイレに行くと言って教室を出て行ってしまった。
両想いなんて贅沢言わないから、せめて嫌われたくないし友達でいたい。
拓の前で甘いもの食べるの止めよう、こいつ俺の嫌いなもの食ってるって思われるの絶対に嫌だ。
その時の決心は拓と同居する様になってからも続いていて、俺が家の中に持ち込むのは飴程度だから、これが久しぶりの甘い食べ物だ。
きっと拓は俺が目の前で甘いもの食べてても文句言ったりしないと分かっているけれど、家でも外でも拓と一緒だと食べたいという気にならない。
自分の好き嫌いを人に押し付ける人じゃないし、俺が考えていた以上に拓って世話好きだし粗忽な俺を文句言いつつサポートしてくれる優しいところもある。
それが分かっていても、拓の前で食べられないのは、俺が食べてるところをみて拓に嫌そうな素振りをされるかもしれないって不安だからだ。
ずっと友達で、ずっと仲良くしているのに嫌われるかもって不安で仕方ないんだ。
「拓、俺と同居して後悔してないのかな」
拓と俺って、性格も違えば好みも違う。
几帳面な拓と粗忽な俺。
ジムに行って体を鍛えてる拓と、気が向いた時に散歩に行くか、区民プールで泳ぐ程度しか運動しない俺。
休みの日も早起きしてジョギング行く拓と、二度寝が至福な俺。
好きな映画もゲームも違う、見た目も拓は背が高い細マッチョで恰好良いけど俺は童顔でひょろガリだ。
こんだけ違うのに、高校の頃から拓と一緒にいるのが俺には心地よくて、いつの間にか拓を好きになっていた。
だから拓に同居しないかって言われた時も、即決めだった。
だけど拓はどうなんだろう、同居して最初は良かったのかもしれないけど、今はどうなんだろう。
「拓、俺に気ぃ使って同居解消言い出せないとかだったらどうしよう」
自分と拓の共通点が無いんだって今更だけど思い出して、不安を言葉にしたら本当に拓がそう思っている様な気になってしまった。
「どうしよう、本当にそんな風に思ってたら」
かなり落ち込みつつ冷めてしまったコーヒーを啜り、フロントガラス越しに暗くなってきた空を見上げる。
「部屋の契約更新したし、大丈夫だよね」
俺はたまに、一人じゃ答えが出せそうにない事をウジウジと悩む癖がある。
同居についてどう思うか、拓の気持ちを知りたいのに俺が一人で悩んでたってどうしようもない。
それが分かっていて、拓に聞けずに一人でキノコが生えそうな湿っぽさで悩んでしまう。
「いいのか? なんて聞けないよなあ。実は同居解消を考えてたんだとか言われたら、俺泣くかも」
ドーナツの最後の欠片を口に放り込み、紙コップの底に残っていたコーヒーで流し込む。
そういえば拓がコーヒーを飲まないから、家には紅茶と緑茶しか置いてないんだっけ。
過去の拓の言葉に引っかかって甘いもの食べないってだけじゃなく、俺は無意識に拓が好きな物ばかり家の中に持ち込んでたのかもしれない。
それどころかシャンプーもボディーソープもルームフレグランスも拓の好みを聞いて買っている。そう考えると俺の生活って拓を中心に回ってるんだ。そんな俺が拓との同居を解消して、一人暮らしを始めたらどうなるんだろう。
やばい、拓が好きな紅茶のパッケージとか見て泣いてる自分が簡単に想像出来てしまう。
「もし一人暮らしになったら、俺缶コーヒー爆飲みして胃壊しそう」
拓との同居を解消して、一緒に使っていた物を避けて暮らす俺を想像し、想像だけでダメージを受け、ハンドルにつっぷしながら唸り声を上げる。
拓に何も言われていないのに、俺何やってんだろう。
「駄目だ、こんな落ち込み方時間の無駄でしかない。帰ろう」
タオルハンカチで手を拭いて、エンジンをかける。
拓がいないとウェットティッシュは出て来ないしそもそも俺は持ち歩いてないから、甘い匂いがついたままの手で運転するしかない。
「帰ったら、明日の朝飯用のサンドイッチ作ろう」
薄切りのキュウリとハムとチーズを挟んだサンドイッチと、中途半端に残ってる野菜を刻んで缶詰の粒コーンと一緒に煮たスープも作ろう。
飲み会の次の日だから、拓はあんまり食べないかな、だったらスープより味噌汁の方がいいかな。
なんて俺、本当拓のことばかり考えてる。
拓は俺の事を友達としか思っていないのに、俺は拓が好きすぎて、一緒に居られて嬉しいのにそれが時々凄く辛くなって来てる気がする。
「好きだって言ったら、拓どう答えるんだろ」
コンビニの駐車場を出てすっかり日が落ちた町を車で走りながら考えるけど、「蛍のこと友達としか思って無かった」っていう答え以外を拓が言うなんて思えない。
答えが分かってるから、絶対にこの気持ちは口にしちゃ駄目なんだって思ったんだ。
べとっと手の平についたクリームを舐め取り、あ、拓に怒られると焦って今一人だったと思い出す。
俺はちょっと粗忽というか、そそっかしいというか、あれ? どっちも同じ意味か? とにかくそういう俺の言動を拓に注意される。
俺にしてみると、拓がちょっと神経質なんだと思うけれど、今のも拓の前でやったら「なんでティッシュで拭かずに舐めるんだよ」って言いながらウェットティッシュを一枚取って手渡してくれただろう。
ケースごとじゃなく、一枚取って渡してくれるのが拓の人柄を表している。
「拓がいなくて良かった。って、拓がいたらそもそも甘いものなんか食べないか」
酒も飲みで甘党でもある俺だけど、拓の前で甘いものは食べない。
その理由は、高校の時に拓が「甘いもの苦手、甘ったるい匂いがちょっとなぁ」って言っているのを聞いた事があるからだ。
あの頃、拓に片思いしているって自覚したばかりだったから、それを聞いてショックだった。
甘いもの苦手と俺が直接言われたわけじゃないけれど、完全に被害妄想だって分かってるけど、なぜか『甘いもの好きな俺のことが苦手』だと言われた様な気持ちになっちゃったんだ。
分かってるんだよ、あの時も今も、拓が俺に向けて言った言葉じゃないくらい、理解している。
だけどショックで、トラウマっぽくなってしまったんだ。
あの時、確か俺はやるのを忘れてた宿題のテキストの答えを必死に埋めていて、ちょっと離れた席で拓が女子達と話をしていたんだ。
一人の女子が、放課後一緒にクレープか何かを食べに行こうと誘っていて、その時の拓の答えが「甘いもの苦手、甘ったるい匂いがちょっとなぁ」だったんだ。
その言葉が聞こえて来た瞬間、テキストに答えを書き込んでいた俺の手が止まった。
拓の方に視線を向けたいのを必死に堪えて、テキストに集中している振りしながら耳だけ会話に集中していた。
拓の答えに、「えー、美味しいのにぃ」と女子達は反論していたけれど、拓は笑ってごまかしながらトイレに行くと言って教室を出て行ってしまった。
両想いなんて贅沢言わないから、せめて嫌われたくないし友達でいたい。
拓の前で甘いもの食べるの止めよう、こいつ俺の嫌いなもの食ってるって思われるの絶対に嫌だ。
その時の決心は拓と同居する様になってからも続いていて、俺が家の中に持ち込むのは飴程度だから、これが久しぶりの甘い食べ物だ。
きっと拓は俺が目の前で甘いもの食べてても文句言ったりしないと分かっているけれど、家でも外でも拓と一緒だと食べたいという気にならない。
自分の好き嫌いを人に押し付ける人じゃないし、俺が考えていた以上に拓って世話好きだし粗忽な俺を文句言いつつサポートしてくれる優しいところもある。
それが分かっていても、拓の前で食べられないのは、俺が食べてるところをみて拓に嫌そうな素振りをされるかもしれないって不安だからだ。
ずっと友達で、ずっと仲良くしているのに嫌われるかもって不安で仕方ないんだ。
「拓、俺と同居して後悔してないのかな」
拓と俺って、性格も違えば好みも違う。
几帳面な拓と粗忽な俺。
ジムに行って体を鍛えてる拓と、気が向いた時に散歩に行くか、区民プールで泳ぐ程度しか運動しない俺。
休みの日も早起きしてジョギング行く拓と、二度寝が至福な俺。
好きな映画もゲームも違う、見た目も拓は背が高い細マッチョで恰好良いけど俺は童顔でひょろガリだ。
こんだけ違うのに、高校の頃から拓と一緒にいるのが俺には心地よくて、いつの間にか拓を好きになっていた。
だから拓に同居しないかって言われた時も、即決めだった。
だけど拓はどうなんだろう、同居して最初は良かったのかもしれないけど、今はどうなんだろう。
「拓、俺に気ぃ使って同居解消言い出せないとかだったらどうしよう」
自分と拓の共通点が無いんだって今更だけど思い出して、不安を言葉にしたら本当に拓がそう思っている様な気になってしまった。
「どうしよう、本当にそんな風に思ってたら」
かなり落ち込みつつ冷めてしまったコーヒーを啜り、フロントガラス越しに暗くなってきた空を見上げる。
「部屋の契約更新したし、大丈夫だよね」
俺はたまに、一人じゃ答えが出せそうにない事をウジウジと悩む癖がある。
同居についてどう思うか、拓の気持ちを知りたいのに俺が一人で悩んでたってどうしようもない。
それが分かっていて、拓に聞けずに一人でキノコが生えそうな湿っぽさで悩んでしまう。
「いいのか? なんて聞けないよなあ。実は同居解消を考えてたんだとか言われたら、俺泣くかも」
ドーナツの最後の欠片を口に放り込み、紙コップの底に残っていたコーヒーで流し込む。
そういえば拓がコーヒーを飲まないから、家には紅茶と緑茶しか置いてないんだっけ。
過去の拓の言葉に引っかかって甘いもの食べないってだけじゃなく、俺は無意識に拓が好きな物ばかり家の中に持ち込んでたのかもしれない。
それどころかシャンプーもボディーソープもルームフレグランスも拓の好みを聞いて買っている。そう考えると俺の生活って拓を中心に回ってるんだ。そんな俺が拓との同居を解消して、一人暮らしを始めたらどうなるんだろう。
やばい、拓が好きな紅茶のパッケージとか見て泣いてる自分が簡単に想像出来てしまう。
「もし一人暮らしになったら、俺缶コーヒー爆飲みして胃壊しそう」
拓との同居を解消して、一緒に使っていた物を避けて暮らす俺を想像し、想像だけでダメージを受け、ハンドルにつっぷしながら唸り声を上げる。
拓に何も言われていないのに、俺何やってんだろう。
「駄目だ、こんな落ち込み方時間の無駄でしかない。帰ろう」
タオルハンカチで手を拭いて、エンジンをかける。
拓がいないとウェットティッシュは出て来ないしそもそも俺は持ち歩いてないから、甘い匂いがついたままの手で運転するしかない。
「帰ったら、明日の朝飯用のサンドイッチ作ろう」
薄切りのキュウリとハムとチーズを挟んだサンドイッチと、中途半端に残ってる野菜を刻んで缶詰の粒コーンと一緒に煮たスープも作ろう。
飲み会の次の日だから、拓はあんまり食べないかな、だったらスープより味噌汁の方がいいかな。
なんて俺、本当拓のことばかり考えてる。
拓は俺の事を友達としか思っていないのに、俺は拓が好きすぎて、一緒に居られて嬉しいのにそれが時々凄く辛くなって来てる気がする。
「好きだって言ったら、拓どう答えるんだろ」
コンビニの駐車場を出てすっかり日が落ちた町を車で走りながら考えるけど、「蛍のこと友達としか思って無かった」っていう答え以外を拓が言うなんて思えない。
答えが分かってるから、絶対にこの気持ちは口にしちゃ駄目なんだって思ったんだ。
応援ありがとうございます!
59
お気に入りに追加
76
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる