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婚約の理由
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シオン殿下の婚約を、私もお兄様もローダン家の誰も喜びはしませんでした。
むしろ困惑し、拒絶出来るものならそうしたいと考えていましたが、それは叶いませんでした。
「あなたは今もそうですが、幼い頃は今よりも輪をかけて癇癪持ちで、欲しいものは許可が出なければ出るまで暴れて泣き叫ぶ方でした」
「そんなはずはないっ! 私は誰にも叱られたことなどないっ」
「陛下がお許しになるのに、一体誰があなたを叱れるというのですか? この子はあなたの我儘のせいで私と婚約するはずが妹にされてしまったのですよ」
「お前と婚約する筈等、その時の私が知る筈がないではないか」
「いいえ、あなたは知っていた筈です。私とスクテラリアの婚約は陛下のお許しも頂いていて、母は王妃様への顔見せの為に王宮にスクテラリアと伺ったのですから」
そう、私も覚えています。
殿下は私とお兄様の婚約をご存じでした。
知らなかったわけではありません、知っていたからこそ私を自分の婚約者にと望んだのです。
「母から聞きましたよ。私があなたの遊び相手は嫌だと言ったのが許せないと言っていたとね。あなたは私を苦しませたかった。それだけの為にスクテラリアを望んだに過ぎないのです」
そうです。
あの時殿下は「ルドベキアが私より先に婚約するなど許せない。そうだお前を私の婚約者にしてやろう。嫌だと言うなよ。もしもお前が婚約者にならないなら、ルドベキアを僕の従者にする。従兄なんだから僕に仕えて当たり前なんだからな! 従者など奴隷みたいなものだからな何か失敗したら罰は鞭打ちだな」と脅したのです。
そうして「ルドベキアが私の遊び相手は嫌だというから悪いんだ。私の言う事に従わないなど許せない。あいつのものはすべて奪ってやる」と笑ったのです。
たった五歳でそんな脅しが出来るほど、殿下はある意味で賢くて残酷でした。そして父親である陛下と王妃殿下はそんなシオン殿下を諫めるどころか微笑ましそうに見ているだけでした。
お父様は陛下の双子の弟です。
男子一人しか生まれないと言われていた(それは事実なのですが)王家で、何故か二人生まれた男子。比較され続け成長した王子二人にはそれぞれの派閥が出来ましたが臣下達の多くは父様を王太子にと望んでいました。
ですが、お父様自身が表向きの理由として、自分は体が弱いからと自ら辞退して陛下が王太子になりました。
口には出さないものの、陛下はお父様を憎んでいたのです。
お兄様と私の婚約を無かったものとし、私をシオン殿下の婚約者とすることはお父様への嫌がらせにもなったのですから、陛下に反対する理由等ありませんでした。
「お兄様」
「お前など妹でもなんでもない。恥知らずな顔など見たくない」
「そんな! 私はただシオン殿下をお慕いしていただけです。私は悪くありません。お姉様がシオン殿下のお心を掴めなかったのが悪いのですわ。悪いのはお姉様です。私は冷たいお姉様の態度に傷ついていたシオン殿下をお慰めしていただけです」
スィートピーは自分は悪くないと言い張りますが、心を掴めなかった私も悪かったとはいえ、だからといって姉の婚約者を奪っていい理由にはなりません。
「スクテラリアの言動が悪かったと思っているなら、なぜ助言してやらなかった。お前は簡単にシオン殿下を誑かせられたのだから、お前がとりなしてやれば良かったのだとは思わなかったのか」
お兄様はスィートピーに冷たく言い放ちますが、彼女にとって私が悪でしか無かったのなら助言等思いつくはずもありません。
でも私はいつからスィートピーに嫌われていたのでしょう。
「私が何を言えば良かったと言うのですか、シオン殿下は私を好んでいらっしゃるなんて、そんな残酷な話お姉様がお気の毒過ぎますし、お姉様だってもう少し明るくお話しになるようにして、楽しいなら楽しいと分かるようになさればシオン殿下のご機嫌を損なう様な……」
「楽しいとわかるように等出来るわけないだろう、王太子妃の教育は感情を外に出さない。常に穏やかに微笑み続けてるだぞ。シオン殿下が否定したスクテラリアは王太子妃教育が育てたものだ。それにそもそもシオン殿下はスクテラリアを好いていたわけではない。私への当てつけに選んだだけに過ぎない」
「そんな、あれ、でも母上もそうだ」
シオン殿下は私と王妃様は同じだと、やっと気が付いたのか、呆然と私の方を見た後でスィートピーに視線を向けました。
王妃様は自分の意見を出さず、常に微笑みを浮かべています。
他の国では違うそうですが、この国では王妃様の仕事は表面上は陛下の側にいる事と王子を育て教育する事です。
王妃としての仕事は他に何もありません。公的な仕事、陛下との閨の相手を含めすべて側妃が行うのです。
健康な王妃が陛下と閨も共にせず、王子と共に王妃の宮に引きこもり続けるのはおかしな話です。
王妃の懐妊が判明するとすぐに側妃は王宮に召され、王妃は宮に引きこもり始めるのを誰もおかしいとは思わないのです。
王家には世継ぎとなる男子一人しか生まれない、そして王妃は子を産んでからはただいるだけの存在になる。それこそが王家の闇でした。
王家の闇。
王妃の実際の仕事は世継ぎである男子を産んだ後、この国の守りである魔法使い長と閨を共にすることです。
魔法使い長は人間ではありません。
人の姿をした魔神なのです。
この国は表では慈愛の心を大切にする神様を崇めていますが、その正体は魔神です。
そうです、王家は魔神を信仰しているのです。
それこそがこの国の裏です。
王妃は結婚する際に、王家が信仰する魔神の妻にもなります。
世継ぎとして王家の血が入った子を生んだ後、王妃は魔神だけの妻になり王と閨を共にすることは出来なくなり執務なども出来なくなる為王は側妃を持つのです。
ですが、陛下と側妃との間に子は出来ません。
対して王妃は魔神の子を何度もその身に宿し、女の子を世に生み出しますが、それらは生まれても王家の子と誰からも認識されず、でも王妃の宮で世継ぎになる王子と共に暮らし成人すると王女として他国やこの国の公爵家に嫁ぎます。
王と王妃以外はそれがおかしいとすら思いません。
王妃の元に王が通わないというのに、王妃は子を何人も生むのです。それも女の子ばかり。
けれど、王が愛するのは最初の子だけです。
そして王になれるのも、王妃の最初の子だけなのです。
それでも王妃は愛する夫の子ではなく、恐ろしい魔神との子供を大切に育てなければなりません。
それが魔神と国が結んだ約束だからです。
魔神は国を守り、民を守る代わりに王妃を娶ります。
王妃は魔神に嫁ぎ何人もの子を生み育てます。
魔神に自分の魔力を捧げ続け、己の苦しみは決して他人に知られぬよう微笑み続けるのです。
「母上はいつも優しく、私を怒ることはしない。妹達には厳しく接しているのに」
魔神の子は賢く強く国を富ませる存在となり、他国に嫁いだ場合は二国の強い繋がりになります。
公爵家に嫁いだ場合は、臣下として女性ながらも王の忠実な剣になり盾になり知となるのです。
「それが王妃様の役割だからです」
兄は悲しげに視線を落とし、私の亡骸を抱きしめたのです。
むしろ困惑し、拒絶出来るものならそうしたいと考えていましたが、それは叶いませんでした。
「あなたは今もそうですが、幼い頃は今よりも輪をかけて癇癪持ちで、欲しいものは許可が出なければ出るまで暴れて泣き叫ぶ方でした」
「そんなはずはないっ! 私は誰にも叱られたことなどないっ」
「陛下がお許しになるのに、一体誰があなたを叱れるというのですか? この子はあなたの我儘のせいで私と婚約するはずが妹にされてしまったのですよ」
「お前と婚約する筈等、その時の私が知る筈がないではないか」
「いいえ、あなたは知っていた筈です。私とスクテラリアの婚約は陛下のお許しも頂いていて、母は王妃様への顔見せの為に王宮にスクテラリアと伺ったのですから」
そう、私も覚えています。
殿下は私とお兄様の婚約をご存じでした。
知らなかったわけではありません、知っていたからこそ私を自分の婚約者にと望んだのです。
「母から聞きましたよ。私があなたの遊び相手は嫌だと言ったのが許せないと言っていたとね。あなたは私を苦しませたかった。それだけの為にスクテラリアを望んだに過ぎないのです」
そうです。
あの時殿下は「ルドベキアが私より先に婚約するなど許せない。そうだお前を私の婚約者にしてやろう。嫌だと言うなよ。もしもお前が婚約者にならないなら、ルドベキアを僕の従者にする。従兄なんだから僕に仕えて当たり前なんだからな! 従者など奴隷みたいなものだからな何か失敗したら罰は鞭打ちだな」と脅したのです。
そうして「ルドベキアが私の遊び相手は嫌だというから悪いんだ。私の言う事に従わないなど許せない。あいつのものはすべて奪ってやる」と笑ったのです。
たった五歳でそんな脅しが出来るほど、殿下はある意味で賢くて残酷でした。そして父親である陛下と王妃殿下はそんなシオン殿下を諫めるどころか微笑ましそうに見ているだけでした。
お父様は陛下の双子の弟です。
男子一人しか生まれないと言われていた(それは事実なのですが)王家で、何故か二人生まれた男子。比較され続け成長した王子二人にはそれぞれの派閥が出来ましたが臣下達の多くは父様を王太子にと望んでいました。
ですが、お父様自身が表向きの理由として、自分は体が弱いからと自ら辞退して陛下が王太子になりました。
口には出さないものの、陛下はお父様を憎んでいたのです。
お兄様と私の婚約を無かったものとし、私をシオン殿下の婚約者とすることはお父様への嫌がらせにもなったのですから、陛下に反対する理由等ありませんでした。
「お兄様」
「お前など妹でもなんでもない。恥知らずな顔など見たくない」
「そんな! 私はただシオン殿下をお慕いしていただけです。私は悪くありません。お姉様がシオン殿下のお心を掴めなかったのが悪いのですわ。悪いのはお姉様です。私は冷たいお姉様の態度に傷ついていたシオン殿下をお慰めしていただけです」
スィートピーは自分は悪くないと言い張りますが、心を掴めなかった私も悪かったとはいえ、だからといって姉の婚約者を奪っていい理由にはなりません。
「スクテラリアの言動が悪かったと思っているなら、なぜ助言してやらなかった。お前は簡単にシオン殿下を誑かせられたのだから、お前がとりなしてやれば良かったのだとは思わなかったのか」
お兄様はスィートピーに冷たく言い放ちますが、彼女にとって私が悪でしか無かったのなら助言等思いつくはずもありません。
でも私はいつからスィートピーに嫌われていたのでしょう。
「私が何を言えば良かったと言うのですか、シオン殿下は私を好んでいらっしゃるなんて、そんな残酷な話お姉様がお気の毒過ぎますし、お姉様だってもう少し明るくお話しになるようにして、楽しいなら楽しいと分かるようになさればシオン殿下のご機嫌を損なう様な……」
「楽しいとわかるように等出来るわけないだろう、王太子妃の教育は感情を外に出さない。常に穏やかに微笑み続けてるだぞ。シオン殿下が否定したスクテラリアは王太子妃教育が育てたものだ。それにそもそもシオン殿下はスクテラリアを好いていたわけではない。私への当てつけに選んだだけに過ぎない」
「そんな、あれ、でも母上もそうだ」
シオン殿下は私と王妃様は同じだと、やっと気が付いたのか、呆然と私の方を見た後でスィートピーに視線を向けました。
王妃様は自分の意見を出さず、常に微笑みを浮かべています。
他の国では違うそうですが、この国では王妃様の仕事は表面上は陛下の側にいる事と王子を育て教育する事です。
王妃としての仕事は他に何もありません。公的な仕事、陛下との閨の相手を含めすべて側妃が行うのです。
健康な王妃が陛下と閨も共にせず、王子と共に王妃の宮に引きこもり続けるのはおかしな話です。
王妃の懐妊が判明するとすぐに側妃は王宮に召され、王妃は宮に引きこもり始めるのを誰もおかしいとは思わないのです。
王家には世継ぎとなる男子一人しか生まれない、そして王妃は子を産んでからはただいるだけの存在になる。それこそが王家の闇でした。
王家の闇。
王妃の実際の仕事は世継ぎである男子を産んだ後、この国の守りである魔法使い長と閨を共にすることです。
魔法使い長は人間ではありません。
人の姿をした魔神なのです。
この国は表では慈愛の心を大切にする神様を崇めていますが、その正体は魔神です。
そうです、王家は魔神を信仰しているのです。
それこそがこの国の裏です。
王妃は結婚する際に、王家が信仰する魔神の妻にもなります。
世継ぎとして王家の血が入った子を生んだ後、王妃は魔神だけの妻になり王と閨を共にすることは出来なくなり執務なども出来なくなる為王は側妃を持つのです。
ですが、陛下と側妃との間に子は出来ません。
対して王妃は魔神の子を何度もその身に宿し、女の子を世に生み出しますが、それらは生まれても王家の子と誰からも認識されず、でも王妃の宮で世継ぎになる王子と共に暮らし成人すると王女として他国やこの国の公爵家に嫁ぎます。
王と王妃以外はそれがおかしいとすら思いません。
王妃の元に王が通わないというのに、王妃は子を何人も生むのです。それも女の子ばかり。
けれど、王が愛するのは最初の子だけです。
そして王になれるのも、王妃の最初の子だけなのです。
それでも王妃は愛する夫の子ではなく、恐ろしい魔神との子供を大切に育てなければなりません。
それが魔神と国が結んだ約束だからです。
魔神は国を守り、民を守る代わりに王妃を娶ります。
王妃は魔神に嫁ぎ何人もの子を生み育てます。
魔神に自分の魔力を捧げ続け、己の苦しみは決して他人に知られぬよう微笑み続けるのです。
「母上はいつも優しく、私を怒ることはしない。妹達には厳しく接しているのに」
魔神の子は賢く強く国を富ませる存在となり、他国に嫁いだ場合は二国の強い繋がりになります。
公爵家に嫁いだ場合は、臣下として女性ながらも王の忠実な剣になり盾になり知となるのです。
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