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最後は静かに
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「ほら署名した。次はスクテラリアが署名を」
「はい」
情けない事に、ペンを持つ手が震えています。
個人としての感情を捨てたつもりでいましたが、私はまだ呆れもすれば悲しみもする。
そして、恐怖も感じているようです。
「これを外し、署名に魔力を流すことで婚約解消は成ります。シオン殿下がこれは間違いだったと仰っても婚約解消が成立してしまえば後戻りは出来ません。シオン殿下、今一度お伺いいたします。本当に婚約を解消してもよろしいのですね。これを使い婚約解消した後何が起きるかシオン殿下も私と一緒に説明を聞かれていました。そんなつもりでは無かったと言い訳は出来ませんよ。今ならまだ私を正妃にスィートピーを側妃とする道も選べます。スィートピーを愛しているのなら、その方が」
これは私が婚約解消したくないからではありません。
私がスィートピーの姉だから、姉として生きてきたから聞くのです。
「分かった説明はいいから早くせよ。私はお前など妻にしたくはない、私が愛しているのはスィートピーなのだから可愛いスィートピーを妻にするのは当然だろう。お前と婚約解消しない方が後悔するに決まっている」
憎々し気に私を見ながら、シオン殿下は私に早く署名しろとばかりに書類を投げつけました。
乱暴な殿下の行動に、私の隣に座るお兄様は膝の上で拳をぎゅっと握りしめているのが見えました。
お兄様が私の為に怒り、私の為にそれに耐えて下さっていると思うだけで私の心は満たされます。
私はお兄様に愛されている、昔も今も愛され続けている。
それだけが、今この瞬間の救いになっていたのです。
「シオン殿下スィートピーをどうか生涯愛してあげてください。スィートピーこれからは殿下の正妃になるものとして強く生きるのよ。甘えは許されないわ。何があっても正妃となるからには耐えるの、そうして生きるのよ」
「ご忠告感謝しますわ。お姉様、どうぞ安心して婚約者の立場を私に譲って下さいませ。お姉様はもう不要です」
何も知らないスィートピーに、私は力なく微笑みました。
姉として言える事はもうすべて言ったのだから悔いはないと自分に言い聞かせながら、それでも微笑むのは姉としての意地の様な物でした。
震える指で左手に嵌めていた指輪を外すと、ゆっくりと息を吐き出しました。
無様に震える手で指輪を握りしめ、お兄様の方へ精一杯美しく見える様に意識して笑顔を作りました。
「お兄様、今までありがとうございます。私はお兄様といられて幸せでした。お父様とお母様の娘として生きられて幸せでした」
「私の方こそ、幸せだった。お前は私の誇りだよ、愛している」
「ありがとうございます。お兄様、大好きな大好きなあなたの側に居られて幸せでした」
私達のやり取りを、シオン殿下とスィートピーは呆然と見ていました。
二人に見せるのは意地が悪いでしょうか。
「スィートピー、これからは己の発言と行動に責任を持たなくては駄目よ。姉からの最後の言葉を忘れないで」
「お姉様?」
署名の上に指輪を押し付け、魔力を流します。
「スクテラリアッ!」
魔力を流した瞬間、私の中の何かがプツリと切れたのを感じました。
痛みも苦しみもありません、これを与えてくださった陛下の慈悲なのでしょうか。
それとも、不要になった者を排除する為だけのものなのでしょうか。
「お兄……様。ルド……」
グラリと体がお兄様の方へ倒れ込みました。
それと同時に、私はふわりと体から解き放たれたのです。
本当はお兄様ではなく、ずっと名前を呼びたかった大好きなあなたの名前を。
最後だから許して昔の様にルドと呼ばせて、私の声は聞こえたかしら。
大好きなルド、ルドベキア。
短い一生だったけれど、あなたの腕の中で終れるのならそれで満足……。
「スクテラリア? 何をふざけている」
「お姉様?」
「……シオン殿下、これを持って王宮にお帰り下さい。そして陛下へ、スクテラリア・ローダンは誓いの通り殉じたとお伝え下さい」
ふわりふわりと私は浮き上がり、部屋の高いところから自分の体を見つめています。
夢を見ている様な気持ちです。
はっきりとお兄様達の姿が見えます、私の姿は皆には見えない様なのに私は彼らが見え声も聞こえるのです。
「お兄様どういうことなの、殉じたってまさかお姉様は」
お兄様の腕の中で目を閉じたまま動かない私を見て、スィートピーは恐ろしいものでも見る様にしながら悲鳴を上げました。
「スクテラリアは病気により儚くなった、ローダン家はお前をスクテラリアの代わりとして王家に差し出す」
「病気、そんなばかな。だってお姉様は殉じたって、それってつまりお姉様は国の為に命を落としたと」
お兄様に理由を聞こうとするスィートピーの横で、シオン殿下はただ茫然と私を見ているだけです。
忘れているのだと予想は出来ていましたが、本当にシオン殿下は婚約解消の説明を受けた時の事を忘れていたのでしょう。
いいえ、あの時説明を聞いてすらいなかったのでしょう。
「シオン殿下、スクテラリアはすでに王家により王太子妃の教育全てを受けています」
「それがどうした」
「他国から嫁いできた場合はその限りではありませんが、スクテラリアは幼い頃婚約が決まり最初から教育は王家で行われました。王家の表も裏もすべてです、つまり王家に嫁ぐ以外の選択肢はあの子には無いのです」
お兄様の言葉にシオン殿下は否定も肯定もせずに、ただお兄様の顔を見ているだけです。
なぜなら、王太子であるシオン殿下より私の教育の方が進んでいたから、シオン殿下はまだ王家の裏について殆ど知らされていないのです。
王家になぜ子供が一人しか生まれないのか、どうして必ず男子が一人だけ生まれて来るのか、そして王妃が子供を産んだ後王も王太子もすぐに側妃を娶るのか。
その理由をシオン殿下はまだ知らされていないのです。
「それではスクテラリアは私が殺したも同然ではないか、なぜ教えてくれなかった。知って入れば私だって」
なぜと言われても婚約解消をする際に起きることを直接陛下から教えられていたあの日、一緒にその話を聞いたのですから、まさか本当に忘れているなど誰が思うというのでしょう。
「はい」
情けない事に、ペンを持つ手が震えています。
個人としての感情を捨てたつもりでいましたが、私はまだ呆れもすれば悲しみもする。
そして、恐怖も感じているようです。
「これを外し、署名に魔力を流すことで婚約解消は成ります。シオン殿下がこれは間違いだったと仰っても婚約解消が成立してしまえば後戻りは出来ません。シオン殿下、今一度お伺いいたします。本当に婚約を解消してもよろしいのですね。これを使い婚約解消した後何が起きるかシオン殿下も私と一緒に説明を聞かれていました。そんなつもりでは無かったと言い訳は出来ませんよ。今ならまだ私を正妃にスィートピーを側妃とする道も選べます。スィートピーを愛しているのなら、その方が」
これは私が婚約解消したくないからではありません。
私がスィートピーの姉だから、姉として生きてきたから聞くのです。
「分かった説明はいいから早くせよ。私はお前など妻にしたくはない、私が愛しているのはスィートピーなのだから可愛いスィートピーを妻にするのは当然だろう。お前と婚約解消しない方が後悔するに決まっている」
憎々し気に私を見ながら、シオン殿下は私に早く署名しろとばかりに書類を投げつけました。
乱暴な殿下の行動に、私の隣に座るお兄様は膝の上で拳をぎゅっと握りしめているのが見えました。
お兄様が私の為に怒り、私の為にそれに耐えて下さっていると思うだけで私の心は満たされます。
私はお兄様に愛されている、昔も今も愛され続けている。
それだけが、今この瞬間の救いになっていたのです。
「シオン殿下スィートピーをどうか生涯愛してあげてください。スィートピーこれからは殿下の正妃になるものとして強く生きるのよ。甘えは許されないわ。何があっても正妃となるからには耐えるの、そうして生きるのよ」
「ご忠告感謝しますわ。お姉様、どうぞ安心して婚約者の立場を私に譲って下さいませ。お姉様はもう不要です」
何も知らないスィートピーに、私は力なく微笑みました。
姉として言える事はもうすべて言ったのだから悔いはないと自分に言い聞かせながら、それでも微笑むのは姉としての意地の様な物でした。
震える指で左手に嵌めていた指輪を外すと、ゆっくりと息を吐き出しました。
無様に震える手で指輪を握りしめ、お兄様の方へ精一杯美しく見える様に意識して笑顔を作りました。
「お兄様、今までありがとうございます。私はお兄様といられて幸せでした。お父様とお母様の娘として生きられて幸せでした」
「私の方こそ、幸せだった。お前は私の誇りだよ、愛している」
「ありがとうございます。お兄様、大好きな大好きなあなたの側に居られて幸せでした」
私達のやり取りを、シオン殿下とスィートピーは呆然と見ていました。
二人に見せるのは意地が悪いでしょうか。
「スィートピー、これからは己の発言と行動に責任を持たなくては駄目よ。姉からの最後の言葉を忘れないで」
「お姉様?」
署名の上に指輪を押し付け、魔力を流します。
「スクテラリアッ!」
魔力を流した瞬間、私の中の何かがプツリと切れたのを感じました。
痛みも苦しみもありません、これを与えてくださった陛下の慈悲なのでしょうか。
それとも、不要になった者を排除する為だけのものなのでしょうか。
「お兄……様。ルド……」
グラリと体がお兄様の方へ倒れ込みました。
それと同時に、私はふわりと体から解き放たれたのです。
本当はお兄様ではなく、ずっと名前を呼びたかった大好きなあなたの名前を。
最後だから許して昔の様にルドと呼ばせて、私の声は聞こえたかしら。
大好きなルド、ルドベキア。
短い一生だったけれど、あなたの腕の中で終れるのならそれで満足……。
「スクテラリア? 何をふざけている」
「お姉様?」
「……シオン殿下、これを持って王宮にお帰り下さい。そして陛下へ、スクテラリア・ローダンは誓いの通り殉じたとお伝え下さい」
ふわりふわりと私は浮き上がり、部屋の高いところから自分の体を見つめています。
夢を見ている様な気持ちです。
はっきりとお兄様達の姿が見えます、私の姿は皆には見えない様なのに私は彼らが見え声も聞こえるのです。
「お兄様どういうことなの、殉じたってまさかお姉様は」
お兄様の腕の中で目を閉じたまま動かない私を見て、スィートピーは恐ろしいものでも見る様にしながら悲鳴を上げました。
「スクテラリアは病気により儚くなった、ローダン家はお前をスクテラリアの代わりとして王家に差し出す」
「病気、そんなばかな。だってお姉様は殉じたって、それってつまりお姉様は国の為に命を落としたと」
お兄様に理由を聞こうとするスィートピーの横で、シオン殿下はただ茫然と私を見ているだけです。
忘れているのだと予想は出来ていましたが、本当にシオン殿下は婚約解消の説明を受けた時の事を忘れていたのでしょう。
いいえ、あの時説明を聞いてすらいなかったのでしょう。
「シオン殿下、スクテラリアはすでに王家により王太子妃の教育全てを受けています」
「それがどうした」
「他国から嫁いできた場合はその限りではありませんが、スクテラリアは幼い頃婚約が決まり最初から教育は王家で行われました。王家の表も裏もすべてです、つまり王家に嫁ぐ以外の選択肢はあの子には無いのです」
お兄様の言葉にシオン殿下は否定も肯定もせずに、ただお兄様の顔を見ているだけです。
なぜなら、王太子であるシオン殿下より私の教育の方が進んでいたから、シオン殿下はまだ王家の裏について殆ど知らされていないのです。
王家になぜ子供が一人しか生まれないのか、どうして必ず男子が一人だけ生まれて来るのか、そして王妃が子供を産んだ後王も王太子もすぐに側妃を娶るのか。
その理由をシオン殿下はまだ知らされていないのです。
「それではスクテラリアは私が殺したも同然ではないか、なぜ教えてくれなかった。知って入れば私だって」
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