上 下
1 / 9
プロローグ 異世界勇者と夜の蝶

異世界勇者と夜の蝶 1

しおりを挟む
「それじゃあ先にあがりまーす。お疲れ様でしたー」

「遅くまでお疲れ様。アスカちゃん。明日のシフトはお休みだったよね?ゆっくり休んでね」

店長に挨拶をして店を出る。時計を見ると時刻は深夜2時半に差し掛かっていた。自宅のマンションは店からは歩いて20分ほどの距離に有る。急いで帰れば3時前には帰りつけるだろう。

「はぁ…最後のお客さんしつこかったなぁ。はじめましてのお客さんとアフターなんてする訳ないじゃん…若そうだったし、あんまりキャバクラの遊び方知らない人達だったのかな?」

私の仕事は夜のお店の女性スタッフ…俗に言うキャバ嬢だ。短大を卒業し、新卒で入社した会社はとんでもないブラック企業だった。

給与に反映されない残業と休日出勤。入社して一年後には同期の仲間達は皆退職していた。そして私も皆の後を追う様に会社を辞めた。

しかし生きて行く為には仕事をしてお金を稼がないといけない。
慌てて仕事を探して、またブラック企業のウソだらけの求人に騙されるよりはマシと思い、友人の紹介で腰掛けとしてキャバクラで働きはじめたのは一年ほど前の事だった。

昼は就職活動、夜はキャバ嬢。中々にハードな毎日だが、この生活にも慣れてしまった。

明日はお店のシフトは休みだし、好感触だった面接の結果待ちのため就活も一時休業中。久しぶりの丸一日の休日に何をして過ごそうか考えながら家路を急いでいたその時だった。

「ねぇねぇ?俺達の事分かる?さっきのお店の子だよね?今から俺達と遊びに行こうよ」

「お姉さん名前なんて言ったっけ?えーと…そうだ!アスカちゃんだ。俺達結構注文入れたのに酷くね?アフター断っちゃうんだもん」

「え…さっきのお客さん?なんでこんな場所に?」

「お前が店を出てから付けてたんだよ。さっきは恥をかかせやがって…お詫びとして俺達と遊んでくれね?」

「やめて下さい…大声を出しますよ…」

自宅までの近道になる公園へ入り、園内を歩いていたら不意に声をかけられた。見覚えの有る3人の若い男達。今日最後に席に付いたお客さん達だ。

「大声出したきゃ出せば良いじゃん?真夜中にこんな場所通っちゃダメでしょ?」

「遊び半分でアスカちゃんの後を付けたけど、公園に入るの見た時『おいおいマジかよ』って感じだったぜ?ひょっとして俺達が付けてたのに気づいて誘ってた?」

近道になると思い、近所の公園を突っ切ろうとしたのが間違いだった。幾ら近道だからと普段は夜に公園を通ったりはしない。明日が休みだからと浮かれすぎていた。

「まぁ俺達にとっては都合が良いけどな。ホテル代が勿体ねぇ。なぁ?ここでまわしていこうぜ?」

「やめて下さい!!!」

男の1人が私の手首を掴む。大声を上げるが深夜の公園に他の人の姿は見当たらない。もうダメだ。そう思った時だった。

「アオギョダミタダッセミウ。タレセトテ」

「あん?誰だお前?何か用があるのか?邪魔すんなよ?」

「ホッア、ヨソザダユフギハミア?…言語翻訳魔法発動…あーあー、コレで言葉が通じるか?」

「外人か?お前フザけてんの?」

「いや、至って真面目だ。目の前で女性が乱暴されそうになっているから、それを止めようとしているだけだ」
 
突然どこからとも無く現れた男が、私の手首を掴んだ男の手を払い除けた。

ボロボロに破けた肌着とズボンを履いた男。暗くて顔は良く見えないが、声の感じからすると年齢は私も同じくらいだろうか。

「なになにw喧嘩売ってんの?喧嘩を売るなら相手を良く見た方が良いよwねぇヨッ君?」

「俺はなぁ?高校の時柔道の県大会で優勝した事があるんだぜ?喧嘩を売りたいなら買ってやるけど、死んでも文句言うんじゃねーぞ?」

「柔道…?高校…県大会…?言っている単語の意味が良く分からないけど、こんな事はやめてさっさと家に帰れ。この国の事は良く知らないけど、強姦をして無罪放免になる国なんて無い筈だ」

仲間からヨッくんと呼ばれた巨漢の男。筋骨隆々で身長は2メートルくらいあるんじゃ無いだろうか?体重だって軽く100キロを超えていそうだ。

それに対して、私を助けようとしてくれている男の身長は170センチ程。少し痩せ型の体型をしている。殴り合いの喧嘩になれば勝負にならないだろう。

「貴方は逃げて下さい!相手は酔っ払ってます!言葉が通じる状態じゃありません!逃げて警察を…「させねぇよ!!」」

巨漢の男が私を助けようとしてくれた男の手を掴み、地面へ投げ付けた。確か柔道の一本背負いとか言う技だ。

「ヒュー!ヨッくんパネぇ!って大丈夫か?ソイツ死んじまったんじゃね?」

「ヤベェ…女が警察なんで言うから、思わず本気で投げちまった…おい!死んでねぇか!?」

思い切り地面の石畳に投げつけられた男。彼が叩きつけられたのは柔らかな畳の上ではなく、固い石畳の上だ。『死』その言葉が私だけだ無くこの場にいる全員の脳裏をよぎった。

「面白い体術を使うね。今のがさっき言ってた『柔道』とやらの技か?対人格闘の技としては中々理に適ってる」

「えっ…貴方?大丈夫なの?地面に思い切り叩きつけられてたけど?」

「このくらいでダメージを負ってちゃ勇者としてやっていけないよ。それより手首は痛くないかい?さっき強く掴まれてたみたいだけど?」

地面に叩きつけられた男は何事もなかった様に立ち上がり、先ほど巨体の男に掴まれた私の手首の心配をして来た。
興奮状態で気づかなかったが、確認すると男に掴まれていた部分が赤く腫れ、少し痛みが有る。

「少し腫れているね。念のために回復魔法をかけておこう」

「ちょっ!?何コレ!?えっ!?痛みがひいていく…?」

男が私の手首に掌をかざす。彼の掌から放たれた淡い緑色の光が辺りを照らした。

「わっ…凄いイケメン…」

緑色の光が彼の顔を照らす。つい心の声が漏れてしまった。艶やかな黒髪に、緑色の光を反射する透き通った瞳…そして中途半端なアイドルじゃ相手にもならない程整った顔立ち。そんな場合じゃないと思いつつも、幻想的な光が照らす彼の顔から目を離す事が出来ない。

「これでもう痛まない筈だ。他に痛むところは無いかい?」

「あ、ハイ…だ、大丈夫です…」

掴まれた手首を確認する。腫れは完全にひいて、痛みも無くなっていた。あの光は一体?それに彼は?店でお酒を飲み過ぎたせいで幻でも見ているのだろうか?何が起こったか全く理解できない。

「テ…テメェ!?何なんだテメェは!?俺の投げをこんな固い地面で喰らって平気な筈は無ぇ!」

「はぁ…あまり暴力は振るいたくなかったんだけどな…ちょっと冷静になってくれ」

「うるせぇ!お前何なん…ぅぐっ!?」

彼を殴ろうと腕を振り上げた巨漢がガクリと項垂れた。目で追えなかったが、とんでもないスピードで彼が巨漢の鳩尾を殴りつけた…らしい。彼の拳は巨漢の鳩尾に突き刺さっていた。

「ヨッ…ヨッちゃん!?ま…本気かよ…ヨッちゃんが一発で…?」

「君達はどうする?出来れば大人くこの場から立ち去って欲しいんだけど?」

「は、ははっ、い、嫌だなぁ、お兄さん。コレはホンのドッキリなんですよ。俺達最初から冗談のつもりでその子を驚かしただけって言うか…失礼します!!」

「あっ!おい!この大きいヤツも連れて行けよ!」

巨漢の男をその場に残し、2人の取り巻きが逃げて行く。助かった…もし彼が現れなければ私は今頃…想像したら怖くなって来た。そうだ、彼に何かお礼をしなければ。

「危ない所をありがとうございました。あの…何かお礼をしたいんですが」

「お礼なんて大丈…いや、出来たらで良いんだけど、何か食べ物を恵んでもらえれば…もう3日も何…」

イケメンがフラフラとその場に崩れ落ちる。

「えっ!?ちょっと!?大丈夫!?ねぇってば!!」

こうして私、宮本 飛鳥みやもと あすかと異世界からやって来た自称勇者との長い物語は幕を開けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

しすこんばーと☆シスコンな最強剣士は、異世界と異世界を去来するようです。

姫城夢
ファンタジー
ぼっちだから……姉妹達とパーティーを組んで何が悪い!姉妹達が可愛いから……溺愛して何が悪い!  そんな、姉妹大好きな最強剣士、キョウ。 しかし、彼の前に【ラスボスの壁】が立ちはだかる。部屋の扉を開ける為には、【友達】が必要となる。 それを見た、おバ神様から強制ミッションを承った⁉︎そのミッションとは… 『異世界に召喚してあげるから、友達作って、親密度を上げて、神様が指令するクエストをクリアして、帰って来い!』と云う、無理ゲーだった!  彼が召喚されたのは、東の島国、ジャパァ〜ン。  神様が言うに、『親密度を上げれたら、その者も一緒に去来し、戦う事が出来る。親密度が高さが、強さに比例する』という。 そして、溺愛する姉妹達も、召喚されていた! しかし…身内ではなく、クラスメイトとして。 愛する姉妹達も、不手際でおバ神様も召喚され、攻略相手に! よく分からない、個性的なクラスメイト達。 そして、本人は…相変わらず、シスコン&ぼっち。けれど、元いた世界とでは、感性が違うのか、相当なイケメン扱い。そうとは気付いておらず、老眼(遠視)の為、メガネをかけ、地味系男子として、クエストをなかなか達成できない様子。 そんな、最強剣士、田中 共(でんちゅう きょう)のフレンド&ラブミッション英雄譚。 フレンドも、ラブも、アクションも、溺愛も。ぜんぶ青春。 シスコンな最強剣士が異世界にコンバートしてしまったお話。 ※小説家になろう様でも連載しています

異世界から転生

omot
ファンタジー
異世界から私たちのいる世界へと転生してきたソラのお話

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

路地裏生活をしていた私ですが、実は騎士様の実の娘でした

上野佐栁
ファンタジー
 主人公がとある漫画の世界に転生してしまう話し。転生した先はまさかの死確定のキャラクター。死を回避するために本当の父親と再会しなければならない。もしできなければ死が待っている。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...