短編TL小説

槙璃人

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ーヴーヴーッ。
みんながぽつぽつと帰り始めた18:00。
中には残業確定で必死でパソコンに向かっている人もいる。
帰りの支度をしていた文のスマホが鳴った。
『文さんのLINEであってますか?』
その後にクマが頭の上ではてなマークを浮かべている可愛いスタンプも送られてきた。
「え…なんでLINE知ってるの!?」
文は普通に驚いた。
『LINEは営業部の佐川にもらいました。』
なんで考えてることが…!
考えていたことの答えがLINEで送られてきて一瞬ゾッとした。
「佐川ぁ…。」
思わず呼び捨てでそう呟いてしまった。
佐川は私の同僚である。出身地が同じことから話が弾み、飲み会で連絡先を交換した。
あー!なんで教えたのよぉ!!
文は怯えていた。
あの神楽剣之助から友達になろうだなんて。
きっと何かあるに違いない。
お昼のことを何か脅迫…!?
いやでも弱みを握ったのは私の方だから…。
そんなことを考えているうちにまた新しいメッセが届いた。
『今日は早く終わりそうなので20:00に社員駐車場の入口で待っててもらっていいですか?』
やっぱりお昼のことだ…!!
これは断らない方がいいだろう。
そう思って文は承諾の返信をした。
震える手を頑張って動かして。
『了解しました。20:00に待ってます。お仕事頑張ってください。』
20:00か、営業も大変だな。と文は思った。
文の所属する総務課と違って終わるのはかなり遅いらしい。
総務課はほとんどの人が19:00まで帰ってしまう。
暇だという訳ではなく、みんなすごく仕事が出来るのだ。
「あ、あと3時間か…。神楽さんに会うまで、腹をくくるのと…あとめぐたんを調べる…と」
やることを声に出して確認するのが文の癖だ。
「しょうがない、社ビルにあるカフェで過ごそう…。」
文はコートと出社用のバッグを持って階をおりた。

ここが文の落ち着く場所。
社ビルの8階にある落ち着いた雰囲気のカフェ。
ふんわりした今流行りの曲が文の心を和らげ鼻をくすぐるコーヒーの香りが更に文を落ち着かせた。
いつも文が座る席は会社からの景色を一望できる窓に面したカウンター席だ。
ここから見える景色が日々のストレスを癒してくれる。
「今日も空が綺麗。」
いつものミルクたっぷりの店長こだわりのコーヒーを片手に空を見た。
席に着くと言いようよ無い安心感と落ち着きに満ちる。
「やっぱり店長のコーヒーとこの景色のコラボは格別。」
コーヒーを一口飲んで背を伸びした文は自分のパソコンを開く。
「…神楽さんの言ってた ふみたん ってなんのキャラ…?」
とりあえず文はネットで「めぐたん」と検索をかけてみた。
ただ漠然とどこにでもいそうな名前を検索しても出てくるのはSNSのアカウントなどだった。
文はしばらく空を眺めたりコーヒーをかき混ぜたりして考えた。
「あー!!なんだよー!なんも分からないー!」
他に手がかりはないものか。
もっとこう…特定ができそうな…
「あ、」
文はふと剣之助の言っていた言葉を思い出した。
『バレンタインイベのランボでめぐたん来たばっかじゃん…』
残念そうな声でそう言っていた。
バレンタインイベの…めぐたん。
最近来たばかりだと言っていたからすぐ見つかるだろう。
文はすぐに検索をかけた。
「『バレンタイン ランボ めぐたん 』っと、」
ープツン。
「……へ?」
急にパソコンの画面が暗くなった。
「え?なんで?なんで消えたの?」
電源ボタンを何度も押しても電源が入る様子がない。
「なんでー!?せっかくいい所まできたのに…!あ!スマホで調べよう」
文はさっきやったのと同じようにスマホで検索をかけた。
「ダメかぁ…。」
結果はダメであった。
2次元のイラストすらかすりもしなかった。
文は探すのを諦め鞄から小説を取り出し読書を始めた。

あたりが暗くなって文字を読むには暗いと文は感じた。
ちょうどいい所まで読んだ。
文はしおりを挟んで本を閉じた。
長い時間本を読んでいたと思い文はお店の壁にかかったアンティーク調の時計を見た。
「………え、」
時計の針は20:15を指している。
目をこすって確認しても確かに20:15を指している。
「これはやばい!!神楽さん待たせてる…!!」
文は急いで本を鞄にしまい、店を出た。
エレベーターは待っていられなかったので8階からそのまま1階まで駆け下りる。
「はぁはぁ……無理、息切れ…」
息を切らしながら辺りを見回すが社員駐車場には人の姿が感じられない。
「神楽さん…帰ったのかな…。約束すっぽかす最低な女だと思われたー。。」
スマホの画面では20:23と映している。
思わず地面に座り込んでしまった。
「最低な女だ…」
落胆していると後ろから文を呼ぶ声がした。
「あれ…文さん?」
私が振り向くとそこには背の高い男の人のシルエットがあった。
「わわっ…佐々木さん大丈夫ですか!?すみません僕ちょっと仕事がのびちゃって…待たせてすいません。体調でも悪いですか?」
地面に膝をついて剣之助は問うてきた。
「だ、大丈夫です…」
文の目からは涙が流れてきた。
「佐々木さん!?」
突然泣いたので剣之助にしては意外に動揺していた。
「いえ…あの、私もさっき来たばっかりで…カフェにいたら時間が過ぎちゃってて、神楽さんとの約束をすっぽかしちゃったなと…」
「いえ、僕の方こそなんも言わないですいませんでした。」
剣之助は文にハンカチを差し出した。
「どうぞ。あの、もしよければこれからでも…お食事に行きませんか?」
文はハンカチを受け取りながらこたえた。
「ありがとうございます。……私といても楽しくないと思いますが…もしよければご一緒させてください。」
「そんなことないですよ、では行きましょう。」
そう言って剣之助は手を差し伸べてくれた。

剣之助の黒塗りのちょっとお高い車の助手席に乗ってやってきたのは意外にもお好み焼き屋だった。
((わわっ!私の大好きなお好み焼きだ!!神楽さんでもお好み焼きって食べるんだな…意外かも…))
「佐々木さんお好み焼き大丈夫ですか?」
「はい、大好きです!」
「ならよかった、ここ結構行くんですよ。自分で焼くと美味しいんですよね。」
そう言って剣之助はドアをあけ、のれんをあげてくれた。
「らっしゃ~い!お、剣之助じゃねぇか!」
「ご無沙汰です」
「ひっさしぶりだなぁ今日は2人けぃ!おーおー剣之助に女の子とは珍しいな!あ!もしやこの子が前言ってた____」
「おっちゃん!もうそこまでにしといて!」
「おーわりぃわりぃ!好きな場所座ってくれ!」
「はい、あ、おっちゃんいつものやつ2つお願い」
「わーった!」
「すいません佐々木さん。じゃああっち行きますか。」
「あ、はい!」
文と剣之助は鉄板を挟み、向かいあわせで座る。
「久しぶりに食べるなぁ…佐々木さんはお好み焼きたべるんですか?」
「はい!大好きで、よく友達と来ます!」
「そうなんですね」
「あの、神楽さんなんか私の方が年下なのに敬語使われるとなんか…。」
「あーじゃあ、互いに敬語は無しでいきますか。」
「え!私はさすがに…。。」
「佐々木さんのペースで大丈夫だよ。あと文って呼んでもいいかな?せっかくお友達になれたんだし」
「だ、大丈夫です…」
「俺のことは剣之助って呼んでいいから」
「はい、じゃあ剣之助さん…で」
「うっわ……結構これくるわ…。」
「え…?」
空耳だろうか…今、剣之助さん…
「いいや!なんでもない!!独り言!!あー!お水取ってくるね!」
そう言うと剣之助はそそくさと立ち上がった。
「剣之助さんって意外におちゃめな一面あったりするのかな…」
そうボソッとつぶやいた。
少し待っていると水とともにお好み焼きの具材がやってきた。
「剣之助ー今日はサービスしてやったからな!」
「おー!おっちゃんありがとう」
「いっぱい食ってくれ!」
そう言うと文に満面の笑みで笑ってきた。
「ありがとうございます」
「文ただいま、具材も来たし、よーし!焼くぞ!」
剣之助は腕まくりをして焼く気満々だ。
文はその作業をずっと見ていた。

「よーし完成。文は自分で焼かなくてよかったの?」
「はい、私焼いてもらうのが好きなので」
「そっか、じゃあ食べようか。」
「はい、いただきます」
剣之助が焼いてくれたお好み焼きはプロが焼いたかのようにまん丸で綺麗だった。
「んーっ!おいひいっ!」
「よかった。文に喜んでもらえて嬉しいよ。さっき泣いてたから本気で心配した…」
「気を使っていただいたようでごめんなさい、それより、剣之助さん焼くの上手なんですね」
「あーよく同僚とくるからかな?その時はいっつも焼いてばっかだから自然と上手くなったのかも。」
「そうなんですね……あの、神楽さん。ひとつ聞きたいことが…」
「ん?なに?」
これは腹をくくって聞くしかない。
「あの、なんで私の事誘ってくれたんでしょうか…お昼の件があったからでしょうか…、あの、私誰にも言いません」
「いやいや、お昼の件も何もただ本当に話してみたくてだよ」
「私みたいな…」
「文はかわいいよ!もう本当に宇宙一かわいい!」
「え……?」
「あ…。やっちゃった。」
その後二人の間に長い沈黙が流れた。
「ごめん文。実は俺、君に一目惚れしたんだ。」
「え、えええええ!?」
突然の告白。文の思考回路は全く追いつかない。
「こんなに1人の女性を好きになったのは初めてなんだ。」
「えと……ごめんなさい、なんもついていけてないです。」
「それはそうだよね…出会ってまだ数時間の俺だもんな…」
「ちょっと風に当たってきます!!」
頭を少しでも冷やしたくて文はお店の外に出た。
(((あの剣之助さんが私に一目惚れ…?なんで!?超平凡な私に!?)))
頭の中で絡まっている疑問を一つ一つ解いていく。
(((だめだ…やっぱり…なんで私なの…!?)))
数十分後やっと文は心を落ち着かせて店内に戻った。
「すいませんでした…」
「いや、俺の方こそ…急に一目惚れだなんて…そりゃ困るよね…」
私が外に行っている間にお好み焼きは冷めてしまっていた。
「あの、いただいても…」
「いいよ、冷めちゃったしそろそろ出よう?」
「いえ!せっかく剣之助さんが焼いてくれたので…!」
文は箸に手を伸ばしお好み焼きを食べた。
「やっぱり剣之助さんの焼いてくれたの美味しいです!」
文は満面の笑みでそういった。
「ごめん文。俺やっぱりさっきの告白なかったことには出来ない。やっぱり俺は文のことが好きだ。俺の彼女になってくれませんか?」
面と向かって、そう言われた。
「……私まだ、剣之助さんのことなんにも知らないし…そこら辺にいそうな超平凡な女だし…」
「俺のことはこれから知っていって欲しい。あと文は超平凡な女の子じゃない。俺にとっては自分のものにしたいぐらい大切な人なんだ。だから、」
「………私も剣之助さんに言いたいことがあります。」
「な、なんでしょう…」
「これは、なんの嘘偽りもなくて…あの…私も剣之助さんのことが好きでした。でも剣之助さんは社内でもかなりモテて、なんの取り柄もない地味な私には手の届かない存在でした。だから、剣之助さんの一目惚れだって言うのを聞いてすごく嬉しかったです。私でよければ、よろしく…お願いします。」
震える声で文はそう言った。
「本当…?」
「本当です。心の底から…」
「嬉しいよ。夢みたいだ。」
「私も…です。」
「………これからうちに来ない…?」
突然のお誘いに文は硬直した。
夜にお誘いってことは…あれしかないよ…ね、
剣之助さんと気持ちが通じ会えたんだ…
もっと深くまで。知りたい。
「剣之助さんをもっと…深くまで知りたいです。」
「よかった、じゃあ…出ようか」
剣之助は文の分の会計も済まし、すぐ車に向かった。
「ごめん俺家ついたらがっついちゃうかも。」
頬を赤くしながら剣之助は言った。
文はその言葉に頷くことが精一杯だった。

剣之助が住むマンションは地下の駐車場があり地上20階建ての大きなマンションだった。
「文、行こう。」
助手席のドアを開け、優しくエスコートしてくれる。
それだけのことなのに文は恥ずかしくなってうつむいた。
エレベーターを待っていると剣之助が優しく手を握ってくれた。
驚いて剣之助の方を見ると耳と頬がほんのり紅く染っている。
「あ、あんまり…見ないで…?さすがに俺も恥ずかしい…」
「っっ!ごめんなさい!!」
やっと来たエレベーターに2人で乗り込む。
剣之助は19階へのボタンを押し閉ボタンを押した。
ドアが閉まりエレベーターは徐々に加速し19階に向かう。
2人の間に流れる沈黙。
繋がれた手から感じられる互いの体温。
1秒1秒が媚薬のように流れ込み2人の体を熱くしていく。
エレベーターが目的の19階につくと、剣之助は文の手を引っ張り足早に部屋の鍵を開けた。
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