迷宮城塞都市の怪物傭兵

人鳥

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第1部 クラン抗争編

第25話 マイとエンマ

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「みんあバタバタしてるらー」

 明日に備えて緊急休業した月光蝶クランハウス。
 その地下の廊下をクランメンバー達が慌ただしく走り回る。
 非戦闘員である受付や料理人、清掃員までもが忙しそうに物を運び出して行く中、地下一階の休憩室でその様子を眺めながら干し肉を齧るマイが一人呟く。

 クランマスターから早朝、全体通知でアンスローの襲撃が明日であることを知らされたメンバー達はそれはもう大慌てだったらしい。
 朝から続くこの騒ぎを前に、マイは主戦力+前日夜遅くまで活動していたこともあって全休を命令され、こうして小腹を満たしつつ暇を持て余していた。
 この騒ぎは明日の防衛作戦で何やら大掛かりな仕掛けを施すらしく、それに駆り出された人員が走り回っているのだ。
 それでも人手が足りないのであろう、見慣れた機械――【運搬機】が背中に備品を乗せて何体もマイの目の前を横切る。
 
「紗雪も大変そうだなー」

 持ち歩いていた干し肉が無くなり、口寂しくなったマイが休憩室を後にする。
 今、彼女の側にはいつもいるはずの紗雪は居ない。
 紗雪も主戦力ではあるが、大掛かりな仕掛けとやらに彼女は必要らしく休みを謳歌しているマイとは違って瞳の指示の下こき使われているらしい。

(暇潰しに紗雪を揶揄いに行こっかなー……仕事手伝わされるだけか、やめとこ)

 目的無く廊下を歩いていたマイがくあ~っ、と口元を隠さずに大きな欠伸をする。
 
 「しょうがない。明日に備えて訓練場で体慣らしとこっと……」

 明日に控えた親友の身柄と仲間達の命を賭けた激闘を前に、周囲の緊迫した空気感を他所に修羅場慣れしたマイに緊張感は無い。
 ふらふらと訓練場のある地下三階へと向かうマイだったが、そんな彼女を勇士の一人が苛立たしそうに呼び止める。

 「おい、マイヤーナ」

 殆ど会話したことが無い相手に対して勇士らしい・・・配慮や気遣いの無い育ちの悪さを思わせる口調でマイの背後から声を掛けたのは左頬に大きな裂傷痕を持つ男。
 中級勇士のジギ・クローネンだ。
 
 「ん? アンタは確か……クローネン、だっけ? 何か用?」
 
 同じクランに所属する仲間を相手に、マイはその眉根を寄せ見るからにうろ覚えな様を見せる。
 それもそのはず、マイの月光蝶の所属歴は七年と実はかなり古参に当たるのだが、実はクラン内での交流関係はかなり狭い。
 紗雪より二年早く月光蝶に入団したマイだが、入団当初は同期とチームを組んでいたものの才能の差故か、すぐに実力を大きく引き離し中、上級勇士の先輩達の組むパーティに混ざるようになり、その果てに紗雪と行動を共にするようになった。
 当時からクラン内で圧倒的な才能を誇示し続けた彼女等は自然と迷宮の攻略速度で他のクランメンバー達を追い抜き、最上級勇士へと到った。
 結果、最上級勇士のみが踏み込める百階層以下の深層で一年の多くを迷宮で過ごす彼女は自然と他者との交流が極端に限られ、俗に言う紗雪と護衛達いつメンとの関わりばかり。
 他のメンバーとは疎遠に近い状態になっていた。
 
 勇士としての階級に大きな差が付いているとはいえ、"同期"の名前がうろ覚えとナチュラルに失礼なマイが気に入らないのかジギの顔には更なる苛立ちが浮かんでいた。
 
「……チッ、テメェに客だ」
「客? 今日は臨時休業だからそういうの断るはずだけど……客ってアタシが知ってる人?」
「知らねぇよ。とんでもない生命力を垂れ流した銀髪の変わった"紋様"のある餓鬼だ」

 ジギの言う特徴を聞いて誰が来たのか思い当たる。
 銀髪に紋様のある子となればマイが知る人物は一人しかいない。
 突然アポ無しの来訪の意図は不明だが、クラン内で彼女エンマを知る人物はマイと紗雪、後は三雄辺り。
 厳戒態勢の今でも追い返さずエンマを招いたのは恐らく、大船本人か彼直属の部下の誰かが気を利かせてくれたのだろう。
 
「分かった。その子はどこに?」
「一階の談話室だ」
「そ、あんがと」

 短く礼を告げ、マイが背を向けて歩き出す。
 しかし――。

「――待てよ」

 歩き出したマイを再びジギが呼び止める。
 
「あの娘は知り合いなんだろう……勇士なのか? それともクラン以外の何かに所属してんのか? 名前は? ちょっと聞かせろよ」

 "勇士の都市ベーラトール"でも二人といないであろう、湧き出る泉の如き生命力と宿す少女を直接目の当たりにしたからか、ジギがマイを問い詰める。
 
「……偉く興味を持つわね」
「ふん、当然だろうが。あんな奴、見たことがねぇ……。将来、成り上がる奴は事前に知りてぇとも思うさ」
 
 話すまで逃がす気は無いのか、中級勇士の膂力を強く込めてマイの肩を片手で掴む。
 自身の肩を無遠慮に掴むその手をマイはチラリと一瞥し、彼の込める膂力を上回る力で、加減しながら手首を掴み自身の身体から引き剥がす。
 内心に立ち込める不快感を秘め、マイが笑顔で答える。
 
「凄いでしょ! アタシの友達なの」
「そんなことはどうでもいい……どこのクランの奴だ?」
「しつこいわねぇ……」
「有望な奴に唾付けとくのはこの界隈じゃ当然だろ。どっかのクランからの援軍なのか?」
「アタシの友達で今回の件には関係無いわよ。こないだ"頼み事"をしたからそれで来てくれたのかもね……待たせてるからもう行くわよ」

 手短に答えて、今度こそその場を後にする。
 マイが今言った"頼み事"というのはその場で咄嗟に出た嘘だ。
 同じクランに所属しているとはいえ、関わりの薄い相手に自身が友人と認め、何よりも民間人であるエンマを関係性の薄い相手へ教える気などマイには欠片も無かった。

(ナキさんが何かやったのかしら……まさか一人で全滅させてたりして? まさかね……どうしたんだろう)
「チッ……」

 歩き去るマイの背中へ不機嫌に舌打ちしたジギを残して、マイは談話室へ向かっていった。



「やっほーエンマちゃんっ!!」
「ひゃぁっ……!」

 談話室へ忍び足で近付き、扉をノックもせずバンッと勢い良く押し開けたマイに驚いたエンマが小さな悲鳴を上げる。

「あははっ吃驚した?」
「――びっくりした……マイさんの意地悪」
「ごめんごめん! で、急にどうしたの? ナキさんが何かやった?」

 長椅子に座り小さく頬を膨らませるエンマの隣にマイが腰掛ける。
 エンマに軽く謝り、来訪の理由を聞き出す。

「おにいさんは家で昼寝中……今日は私一人なの」
(ってことはナキさんのお遣い、じゃないか……。エンマちゃん一人をうちに寄越すなんて今の状況じゃあリスクが高すぎる)
「エンマちゃんが今日来てくれた理由を教えてくれる?」
「……あの、こんな事言って混乱させてしまうと思うのだけれど……」

 本人の中にも迷いがあるのか、間を開けつつ自身の思いを口にした。
 
「明日の戦い……私も一緒に戦わせてくれませんか?」
「……え? ど、どうして……?」

 自身の立てた予想の全てを裏切る展開に間の抜けた声がマイの口から出る。
 本当に混乱させられるとは思っておらず、動揺して目を丸くして固まる『翡翠白兎ペレスバニー』を置いてエンマは話を続ける。

「おにいさんから明日の事は聞いてる。反勇士の集団と戦うのよね」
「え、えぇ……」
「朝にそれを聞いて、おにいさんに連れて行って欲しいってお願いしたけど……断られたの。お前にはまだ早い・・って……」
 
 少女の言葉を聞いたマイが解せないとばかりに眉をひそめる。
 そして、目の前の少女をじっくりと観察する。
 
(……学府生勇士の卵とはいえ、民間人のこの子が反勇士との戦闘に参加することを『駄目』なんじゃなくて、『早い』?)
 
 「……早いって言うのは良く分からないけど、アタシもエンマちゃんが態々危ないことに首を突っ込まなくても良いと思うわ。明日戦う奴等は他者を傷付けることに何も感じない悪い人達。下手するとエンマちゃんが死んじゃうかもしれない、危険な反勇士なの」

 だからアタシも反対――日常的に殺し、殺される昏い世界に住む勇士は静かに語る。

 「明日、もしかしたらアタシ達皆死ぬかもしれない。紗雪が連れ去られて乱暴されて、道具みたいに使われるかもしれない。エンマちゃんもナキさんと一生会えなくなるかもしれないし、それよりもっと酷いことになるかもしれない……反勇士はそういう怖い連中よ」
 
 マイの意見を聞いて少しずつ俯いていく褐色の少女が小さく両手を握りしめる。
 明らかに荒事から縁遠いエンマへ優しく微笑み、話を切り返す。
 
 「――今の話を聞いて、エンマちゃんはどうしたい?」
 「……それでも戦いたいわ」

 異様に震えた声は武者震いでは無いことをマイは容易に理解した。

 「理由は?」
 「……いい加減、待ってるだけは嫌よ。私はおにいさんの役に立ちたいの」
 
 血の気の失せた顔色で"怯えている"癖にはっきりと呟く少女を訝しみながら言葉を吟味する。
 
 「ふぅん……待ってるだけ、ねぇ」

 前日のナキの暴れっぷり。
 あれにナキという人物の一端を見たマイが言葉を反芻する。
 
 「――ナキさんは、いつもやんちゃしてるのかしら」
 「……っ!」

 (――やっぱり。ごめんね、エンマちゃん)

 不意に掛けられた鋭い声にエンマはつい息を呑み肩を揺らしてしまった。
 明らかな動揺――申し訳なさを感じつつも未熟な少女に探りを入れたマイはナキに"後ろ暗い事情があること"に確信に目を細め、そして瞑る。
 暗い視界の中、"友達"を騙して隠し事を無理に明かそうとした、自分は今、酷い事をしたと。
 頭の中でそう自分に言い聞かせ、ならば友達を傷付けた分報いようと、心に誓いを立てる。
 
 (酷いことしちゃったのなら、ちゃんと償って、せめて大人として見てあげないと駄目よね! うん、これはしょうがないこと。湊くんが良く言う"こらてらるだめーじ"?ってやつよ!)
 
 心底驚く程の才能の持ち主がこうして自立しようと大人に相談してくれたのだ。
 ならその背中を支えて、足りないものを自覚させることも自分の仕事……ついでに将来月光蝶うちに入ってくれたらマジ最高、能力次第ではすぐ勧誘しないとうち選手層めっちゃ薄いし、クローネンのいう通り唾くらいは付けとかないと、なんて考えちゃったりする。
 後、身体動かしたいなってウズウズしてたり、していなかったり。

 そんなマイの隣で、秘めていたものを咄嗟に態度へ出してしまった自身を悔やんでいるのだろう。
 エンマが自身の腿をその震えている手で爪を立てる。

 (うぐぅ……っ! 良心の呵責が……っ!)
 
 今の少女の姿から揺さぶられる良心の呵責と罪悪感を仕舞い込み、その華奢な肩に手を置く。

 「まず分かって欲しいのは、どれだけエンマちゃんが言葉を尽くしても、クランメンバーじゃないから許可は出せないわ」

 未成年の民間人を巻き込むなど、正義感の強い上司達が決して許しはしないだろう。
 だから、何があっても許可は出せない。
 エンマの願いを、今回は・・・叶えて上げられない。
 だが、その次がさらに次か……いつになるかは分からないが未来がどうなるかなんてのは分からないものだ。
 
 「――戦う時に求められてる物はたった一つ。それ以外は気高さとか、心意気だとか、強い思いがあっても意味が無い」

 立ち上がるマイを少女が見上げる。
 少女の目には、彼女の肉体に宿る強力な能力ちからも岩をも容易く刳り貫く膂力も見て分からないだろう。
 美しく嫋やかな四肢の繋がるマイが筋肉を締め上げ、全身が微かに隆起する。

「必要なのは戦闘力。手段とかは何でも良い、相手を殺すか無理矢理黙らせる力があればね」
「――!!」

 先程とは異なる理由で息を呑んだエンマを強い覚悟を秘めたマイが見つめる。
 
「立ちなさい、エンマちゃん。心意気は買うけれど、それだけじゃあ要らないの・・・・・、邪魔になるの。だから――まずは貴方の本気をアタシに見せてみなさい!」

 理由は分からないし今は詮索する気もマイには無い。
 唯、"早い"と言うのであればいつかはその時が来るのだろう。
 であれば、いざその時が来た時の為に今から用意をさせてあげれば良いだけの話だろうと。
 少なくとも自分はそうして貰ってきた――と、マイは月光蝶に入ったばかりの新人時代を思い出す。
 
「アタシが、今日からエンマちゃんをみっちり鍛えてあげるわ!」

 意気揚々と言い放つマイ。
 そんなマイの言葉に、何故かエンマが顔を青褪めさせる。
 
「そんな、マイさんとなんて……っ。私は、おにいさんの力になりたいだけで……」

 酷く震えた声を出す少女をマイが見据える。
 今の問答でナキの言う"早い"という言葉の意味の予想が出来たのだ。

 (恐怖――いえ、トラウマ・・・・ね。厄介だけど――なら慣れさせてあげればいいのよ!)

 「怖い? トラウマ? 大抵のモンは数こなしゃ慣れる慣れる。要は何事も場数よ」な雑脳筋的な発想で新人の頃から戦場を駆け抜けて来たクラン最速勇士。
 意外と相談され上手な紗雪ならまだ別の道もあったかもしれないが、マイが相手である以上、エンマがこれから行き着く未来は荒療治一つのみである。
 
 マイのやる気が一人勝手に燃え上がる。
 
(ナキさんとの条件……巻き込まない、と鍛えるのは別よね! 約束破ってないから大丈夫でしょ)
 
 マイがこれからやろうとしていることは単純。
 及び腰ならケツを叩く、怖いなら発破を掛けて無理にでも立たせて身体を動かそう、というものだ。
 
「何を怯えているの? 逃げ腰で誰の力になりたいって言ってるのかしらね」
「……でもっ……でも……」
「そんなことじゃ何も成せないわよ。死体が増えるか、貴方の為に誰かが死ぬだけよ」
「…………」 
 
 姉が出来の悪い妹に言い聞かせるように、落ち着いた口調で。
 湿気た薪に火を焼べんと縮こまる小さな種火へ息を吹きかけるように、静かに諭す。
 
「躊躇したり、泣いていても敵は容赦してくれない、甘えや優しさで手を伸ばしてやると、途端にこっちの首を斬り落としにくる……エンマちゃんが入ろうとしているのはそういう世界なの」
 
 椅子に座ったまま沈黙を始めたエンマ。
 マイから続けて出た言葉――励声をもって怯える少女を鼓舞・・する。
 
「ウジウジしない! 大事な人の力になりたいんでしょう。ここで覚悟を決められないからナキさんは貴方に一生頼らない! ナキさんみたいな強くて怖い人は弱い奴を振り返ってくれないわよ!」

 エンマの前に立ち、期待と熱を帯びた両手を肩に乗せる。

「舐められてるのよ貴方は、あの男に……そのままでいいの? 付き合いは浅いけど、貴方が何かに怯えてるのが良く分かる。何が怖いか、ちゃんと言ってみなさい」
 
 続けて頭に優しく乗せ銀髪を優しく梳く温かい手。
 俯く少女が顔を上げ、その小さな口で息を数度浅く吸い、気持ちを整える。
 
「――――マイさんを殺しちゃうかもしれない、から」
 
 涙ながらに放たれた言葉は都市最強クラス最上級勇士に吐き出すには荒唐無稽が過ぎる内容。
 今のエンマの大言をマイ以外が聞けば、当然のように笑い者にするだろう。
 しかし、異様に怯える人間が出すとは思えない言葉を聞いた本人は好戦的な笑みを浮かべる。
 
(大きく出るじゃない……! この子、本当に将来有望かも……!)
 
 「ふふ、随分大きな口を叩くじゃない、この最上級勇士アタシに! そういうの嫌いじゃないけど口だけの女をナキさんはいつまで傍に置いてくれるのかしらね……そのままだと違う人がナキさんの"相棒"になっちゃうかもね」

 震える少女を奮い立たせるべく、悪意を込めてマイが焚き付ける。
 売り言葉に買い言葉とまではいかないが、それでもマイに投げつけられた言葉を受けて怯え以外の感情を表情に滲ませてエンマが弱弱しく立ち上がる。

 「何も心配せずに、全力を出しなさいエンマちゃん。貴方の全てをちゃんと受け止めてナキさんが貴方を使おう・・・と思えるように指導してあげる」
 「――――は、はい……」
 「そこはもっと気合入れて返事して欲しいけど……いいわ、ついて来て。訓練場に案内するから」

 マイの後ろをエンマが雛鳥のように着いて歩く。
 クランハウス地下三階の訓練場――本来ならば月光蝶の関係者以外立ち入り禁止の施設へマイは部外者を招待する。

 人間とは存外単純なもの。
 恵まれた施設を見せるだけでも人は興味や好感、憧れを抱き易いものだ。
 
 長年悩むクランメンバーの選手層の薄さ・・
 紗雪と言う貴重な逸材に護衛が三人しか抜擢されておらず、僅か四人の百階層以降の迷宮探索は難航を極める現状。
 それ等をカバーする為、古参メンバーとしてもマイは新人勧誘に余念は無いのだ。
 色々と素直なマイだが、それだけが彼女の全てでは無い。
 少女へ親切心で手解きをしつつも、好印象を与えて直接言葉にはしていないが月光蝶クランへの印象操作を施し、ついでに明日へ備えて身体を解す。
 行動一つに多数の意味を持たせる、こうした老獪さもまた、マイは持ち合わせていたりするのだ。


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 「あちゃー悪いことしちゃったなーあー申し訳ないなーこれ。っかぁーやっちゃったなー!」
 「じゃ償わないと約束破っちゃうけどしゃーないよねーついでに好印象与えてうちに入ってくれたらさいこー^^」
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