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第1部 クラン抗争編
第19話 罪と警報
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「こんばんわー! 学府生のみなさーん!」
大きな倉庫内を明るく元気な声が反響する。
誰も居ないはずの詰まれた木箱の山から二人の美しい娼婦――マイと紗雪が姿を現す。
黙々と作業していた彼等も突然の大きな声に驚きそれぞれが声に出して驚きを露わにし、反射の如き速さで振り向いた。
振り向いた彼等は先程とは違う意味で驚いただろう。
振り返った先に居たのは表の通路にいる露出の激しい娼婦……だが、その容姿は彼等が出勤過程で指を咥えて眺める娼婦の中でも極上。
特に隣にいる儚げな少女は白く輝く肌と人形の如き幼さを秘めた美しい容姿に衣装から来る妖艶な様がその場の若い男達に言葉を発させる前に本能的に生唾を飲み込ませた。
使い物にならない男たちに代わって人族の女生徒と思われる娘が二人を睨みつけ、怒鳴りつけた。
「娼婦がどうしてここにいるの! 貴方達誰よ!? ここは関係者以外立ち入り禁止なのよ!!」
「まぁまぁ、落ち着いて。アタシ達は優しいただのしょ、娼婦よ」
ヒステリック気味に叫ぶ娘を宥めるマイ。
娼婦と自称するのが恥ずかしいのか微かに声が震え噛み気味だったのはご愛敬だろう。
「だからその娼婦が何でここにいるのかって聞いてんのよ!」
「――落ち着きなさい。想定外こそ冷静に……学府生なら知ってるわよね?」
マイがしーっ、と唇に人差し指を当てる。
「――っ! 挑発して――ッ」
「……私達は近くの娼館で働いてる。客から貰ったぬいぐるみにこれが入ってたから何か知りたくて来たの」
激情家なのかさらに怒りを燃やそうとする娘がまた大声を出す前に紗雪が言葉を遮る。
今、これ以上大声を出されては作戦に支障が出るからだ。
子供が居ることに漸く目に入ったのか、多少は落ち着きを取り戻した娘が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「――避妊薬よ。ぬいぐるみに入れて娼婦に渡せば娼婦が喜ぶって、そういうサービスで意外と人気があるらしいわよ。良かったわね、それ飲めばキモイおっさんの子供を産まずに済むわよ……それともそれが良いから娼婦でもやってるの?」
さっきの不機嫌っぷりは元から娼婦を軽蔑していたからか……娘の発する言葉からは露骨な程の嫌悪が伝わってくるものだった。
相手を知らずに悪感情と侮蔑を込めた言葉を吐いた娘だが次の瞬間、その生意気な口が開けなくなる。
ゾワッ――と倉庫内の空気が一瞬にして恐ろしく冷たいモノに切り替わる。
温かい夜に作業服の袖を折っていた娘の体を大量の冷や汗が伝う。
彼女の周りにいる青年達も、ユクッドも、その場全員が悪寒に襲われる。
二人の纏う気配が彼等の恐怖を掻き立てた。
「飲ませてるの……? これを――なんてことを――ッ!」
俯いて影を落とし表情の見えないマイがに声にならない怒りが口から洩れる。
その声は先程の人の好さとは真逆の抑揚のない声で、羞恥心とは絶対に異なるであろう震えを持っていた。
「わ、私達が飲ませてる訳じゃないわよ……っ」
威勢が良いのはそこまでだった。
何よ、と小さな声で呟く娘の前で"避妊薬"の入った包装を開け床へ落とす。
薬なら散らばるはずが粘着性の糸が原因で地面に落ちても一塊になっているソレをマイは見せつけるようにスリットから脚を出し、そのまま踏みつけた。
激情を秘め、加減されたそれは床を割ることは無く塊になったそれが抵抗無く潰される。
"卵が割れるような"生々しい音が同時に複数鳴り、飛び散った粘液が床を汚す。
マイが足を上げると小さな、潰れた枯木のような何かがヒールにぶら下がり粘液と共に床をべちゃりと落ちる。
「ヒッーー何よ……"ソレ"」
青褪めた娘が小さな悲鳴を上げて口に両手を当てる。
彼女達は理解したのだろう――自分達が避妊薬だと思っていた"モノ"が実は違う"ナニカ"であることを。
紗雪の視界の端でユクッドがショックを受けたように手で口を押え後退る。
もしかしたら彼は気付いたのかもしれないが、もう全ては遅かった。
「……これは卵。生物の皮を着る、枯木蟲というモンスターの。学府生の貴方達なら授業で習ってるはず」
紗雪の冷淡な声が大きな倉庫に反響する。
静かな反響は埃の舞う倉庫内でも良く音を響かせ、否応が無しに彼等の耳に届いただろう。
彼、彼女等の頭の中は紗雪のその言葉を聞いて、きっと言葉で言い表せない程に"グチャグチャ"なのだろうか。
眼前にいる生徒達の誰もが突然荒くなった呼吸を繰り返す。
当然だろう。彼等はこれまで自分達の行いで"完全に夢を経ってしまった"のだから。
「嘘だ……嘘だ……じ、じゃあ僕達は『第三原則』を犯してたって言うのかよッ!!」
ユクッドの悲鳴が閉鎖された空間で何度も反響する。
『万物の霊長の敵たる迷宮の生物を外に出してはならない』
これはこの星で生きる人類全てが絶対に犯してはならない禁忌。
例え知らずに協力していたとしても、看過されるはずも無い。
ユクッドの悲鳴が彼等の荒れた心をさらに波立たせた。
「……枯木蟲は危険度の高いモンスター。その生態も学府の生徒は必ず授業で習う……その卵も授業で見たことがあるんじゃないの?」
「――っ!! あ、あるけど……っ! そんな、地表に、そんな物があるなんて普通は思わないだろ!」
生徒の一人が自分達に降りかかる理不尽に憤りを露わにする。
その声に他の生徒達も同意して口々に不満を口にし始める。
彼等のざわめきが少しずつ大きくなっていく中で、一際大きな声が紗雪とマイに投げ掛けられた。
「これがバレたら俺達はどうすればいいんだ!! もう後が無いんだぞ俺達は!!!」
その言葉を聞いて紗雪とマイが彼等の正体に気付いた。
少し悲しそうにマイが青年達に言葉を掛ける。
「……そう。貴方達は……」
「――そうだよ! どこのクランも入れてくれなかった落ちこぼれだよ!! 僕達は!」
これまた異なる生徒の一人が涙声で叫んだ。
エリートの卵を育てる学府の生徒と言ってもその全てが必ず望みを叶えられる訳では無い。
望みのクランに入団出来る者がいれば、滑り止めに受けた二流、三流クランに入るしか無かった者、そして目の前の彼等のようにどのクランにも所属出来ず、傭兵若しくは異なる職に就かざるを得ない者も少数ながら存在するのだ。
「自分達が何をしていたのか知らなかったみたいだけど、貴方達はここの従業員なの?」
一人静かに涙を流し床に座り込んだユクッドへマイが声を掛ける。
「……僕らは臨時の雇われです。ここで働けば将来お得意様のクランに推薦してやるって……それまで鍛えてやるって鍛錬もしてくれて……それが、何で……」
ユクッドの告白を聞いた紗雪とマイは居た堪れない表情で、同時に同じことを感じていた。
"だから勇士になれなかったのだろう"と。
勇士を目指す者達に、勇士の心得や技術や知識を授けてくれる最高の機関に入りながら、他人の言葉を安易に信じてモンスターの卵を薬と信じてバラまき、"何も感じずに"続けられる思慮の浅さを、
勇士と娼婦の関係は決して壊してはならない。
命を賭け、生死の境に居続ける男女の獣性を鎮めてくれる彼女達という存在の重要性を知ろうとせず、互いに尊重し合わなければならない相手を当然のように侮蔑し、それを公然と口にする醜い価値観を、
容易に感情に支配され、時も場所も考えず激情に駆られる性質を、
恐ろしいモンスターの卵を広め、その事実を知ってなお無残な最期を迎えるであろう被害者の未来よりも己の未来を嘆く利己的な性格を、
甘い言葉に騙される安直さを、
才能の無さを。
彼らは入団試験の時にクラン側に見抜かれてたのだろう。
学府は何千何万と勇士を輩出してきた教育機関だ。
きっと根気良く彼等の欠点を指摘し、矯正を試み、しかして治らなかったのだろう。
恐らく彼等の生まれ持った生来のモノ。
ここに同僚――"春人"が居なくて良かった、とマイは心の中で安堵した。
弱者を当然のように見下し、他者を踏みにじり嘲り笑うアレが居れば、当然だと言わんばかりに思ったことをそのまま彼等に言い放つだろう。
そうして、夢を諦めきれない愚直な彼等を致命的な程に傷付け、その傷口に痰を吐き捨て不快な嗤いをこの倉庫内に響かせていたはずだ。
彼等よりも遥かに醜悪なモノを持ちながら、彼等とは違って一つだけ持ったもの――"才能"、であるだけで最上級勇士になった護衛三人の内の一人にして護衛最強の男。
月光蝶屈指の実力者でもある「出須見春人」の不在をマイは唯々感謝した。
「……この仕事はいつから?」
"自身"の未来に絶望し座り込んで涙を流す娘を見下ろして紗雪が問う。
「――半年前から……」
短く答えた娘に先程までの威勢は完全に消え失せ、言葉を続けることなく俯いて涙を埃の被った床を濡らす。
「……ユクッド」
「……えっ」
紗雪に突然、教えていない自分の名前を呼ばれたユクッドが垂れた鼻水をそのままに顔を上げる。
「……貴方は他の人と違って色んな荷物を運んでいた。なら、あの大きな木箱の中身も分かるんじゃない?」
「――――ッ!」
大きな木箱はぬいぐるみを詰めた箱とは異なり、蓋が釘でしっかりと閉じ固められている。
潜入段階では音を立てない為に中身を改め無かったのだが、彼の口から聞く為にそれを問い正した。
「知らない、知る訳無いですよ……そんな物……」
自分が犯罪に利用されていたことを知ったはずのユクッドが言葉を濁す。
他の六人も紗雪の問いに自分から答えようとする気配は無い。
普段、自分達がモンスターの卵を詰めていた箱とは違い、太い釘で厳重に封をされた木箱には何が入っているのか……きっと恐ろしい何かが入っていることは想像に難くないだろう。
罪が増えることを恐れたのか、それとも委縮しているのか、縮こまりながらも言葉を続けない彼等を紗雪は白眼視する。
「……そう」
紗雪の返答は短いものだった。
彼女の中でどういう印象を持たせたのかは言うまでも無いだろう。
ユクッドを含めた青年達を目の端にも留めず例の重い大きな木箱へ向かう。
箱の傍に近付き、釘で閉ざされた木箱の蓋に紗雪が手に掛けたその時だった。
マイと紗雪が姿を現してから一言も言葉を発さず黙り続けていた"ガタイの良い男"が隠し持っていたであろう物――小さな袋を加工した魔道具のような物を腕を振り抜き、勢い良く地面に叩きつけた。
袋が叩きつけられた瞬間、けたたましい"警報"が歓楽街の路地に鳴り響いた。
―――――――――――――――――――――
ここでいつか登場するメインキャラの春人くんの情報を開示してイクゥー!!
大きな倉庫内を明るく元気な声が反響する。
誰も居ないはずの詰まれた木箱の山から二人の美しい娼婦――マイと紗雪が姿を現す。
黙々と作業していた彼等も突然の大きな声に驚きそれぞれが声に出して驚きを露わにし、反射の如き速さで振り向いた。
振り向いた彼等は先程とは違う意味で驚いただろう。
振り返った先に居たのは表の通路にいる露出の激しい娼婦……だが、その容姿は彼等が出勤過程で指を咥えて眺める娼婦の中でも極上。
特に隣にいる儚げな少女は白く輝く肌と人形の如き幼さを秘めた美しい容姿に衣装から来る妖艶な様がその場の若い男達に言葉を発させる前に本能的に生唾を飲み込ませた。
使い物にならない男たちに代わって人族の女生徒と思われる娘が二人を睨みつけ、怒鳴りつけた。
「娼婦がどうしてここにいるの! 貴方達誰よ!? ここは関係者以外立ち入り禁止なのよ!!」
「まぁまぁ、落ち着いて。アタシ達は優しいただのしょ、娼婦よ」
ヒステリック気味に叫ぶ娘を宥めるマイ。
娼婦と自称するのが恥ずかしいのか微かに声が震え噛み気味だったのはご愛敬だろう。
「だからその娼婦が何でここにいるのかって聞いてんのよ!」
「――落ち着きなさい。想定外こそ冷静に……学府生なら知ってるわよね?」
マイがしーっ、と唇に人差し指を当てる。
「――っ! 挑発して――ッ」
「……私達は近くの娼館で働いてる。客から貰ったぬいぐるみにこれが入ってたから何か知りたくて来たの」
激情家なのかさらに怒りを燃やそうとする娘がまた大声を出す前に紗雪が言葉を遮る。
今、これ以上大声を出されては作戦に支障が出るからだ。
子供が居ることに漸く目に入ったのか、多少は落ち着きを取り戻した娘が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「――避妊薬よ。ぬいぐるみに入れて娼婦に渡せば娼婦が喜ぶって、そういうサービスで意外と人気があるらしいわよ。良かったわね、それ飲めばキモイおっさんの子供を産まずに済むわよ……それともそれが良いから娼婦でもやってるの?」
さっきの不機嫌っぷりは元から娼婦を軽蔑していたからか……娘の発する言葉からは露骨な程の嫌悪が伝わってくるものだった。
相手を知らずに悪感情と侮蔑を込めた言葉を吐いた娘だが次の瞬間、その生意気な口が開けなくなる。
ゾワッ――と倉庫内の空気が一瞬にして恐ろしく冷たいモノに切り替わる。
温かい夜に作業服の袖を折っていた娘の体を大量の冷や汗が伝う。
彼女の周りにいる青年達も、ユクッドも、その場全員が悪寒に襲われる。
二人の纏う気配が彼等の恐怖を掻き立てた。
「飲ませてるの……? これを――なんてことを――ッ!」
俯いて影を落とし表情の見えないマイがに声にならない怒りが口から洩れる。
その声は先程の人の好さとは真逆の抑揚のない声で、羞恥心とは絶対に異なるであろう震えを持っていた。
「わ、私達が飲ませてる訳じゃないわよ……っ」
威勢が良いのはそこまでだった。
何よ、と小さな声で呟く娘の前で"避妊薬"の入った包装を開け床へ落とす。
薬なら散らばるはずが粘着性の糸が原因で地面に落ちても一塊になっているソレをマイは見せつけるようにスリットから脚を出し、そのまま踏みつけた。
激情を秘め、加減されたそれは床を割ることは無く塊になったそれが抵抗無く潰される。
"卵が割れるような"生々しい音が同時に複数鳴り、飛び散った粘液が床を汚す。
マイが足を上げると小さな、潰れた枯木のような何かがヒールにぶら下がり粘液と共に床をべちゃりと落ちる。
「ヒッーー何よ……"ソレ"」
青褪めた娘が小さな悲鳴を上げて口に両手を当てる。
彼女達は理解したのだろう――自分達が避妊薬だと思っていた"モノ"が実は違う"ナニカ"であることを。
紗雪の視界の端でユクッドがショックを受けたように手で口を押え後退る。
もしかしたら彼は気付いたのかもしれないが、もう全ては遅かった。
「……これは卵。生物の皮を着る、枯木蟲というモンスターの。学府生の貴方達なら授業で習ってるはず」
紗雪の冷淡な声が大きな倉庫に反響する。
静かな反響は埃の舞う倉庫内でも良く音を響かせ、否応が無しに彼等の耳に届いただろう。
彼、彼女等の頭の中は紗雪のその言葉を聞いて、きっと言葉で言い表せない程に"グチャグチャ"なのだろうか。
眼前にいる生徒達の誰もが突然荒くなった呼吸を繰り返す。
当然だろう。彼等はこれまで自分達の行いで"完全に夢を経ってしまった"のだから。
「嘘だ……嘘だ……じ、じゃあ僕達は『第三原則』を犯してたって言うのかよッ!!」
ユクッドの悲鳴が閉鎖された空間で何度も反響する。
『万物の霊長の敵たる迷宮の生物を外に出してはならない』
これはこの星で生きる人類全てが絶対に犯してはならない禁忌。
例え知らずに協力していたとしても、看過されるはずも無い。
ユクッドの悲鳴が彼等の荒れた心をさらに波立たせた。
「……枯木蟲は危険度の高いモンスター。その生態も学府の生徒は必ず授業で習う……その卵も授業で見たことがあるんじゃないの?」
「――っ!! あ、あるけど……っ! そんな、地表に、そんな物があるなんて普通は思わないだろ!」
生徒の一人が自分達に降りかかる理不尽に憤りを露わにする。
その声に他の生徒達も同意して口々に不満を口にし始める。
彼等のざわめきが少しずつ大きくなっていく中で、一際大きな声が紗雪とマイに投げ掛けられた。
「これがバレたら俺達はどうすればいいんだ!! もう後が無いんだぞ俺達は!!!」
その言葉を聞いて紗雪とマイが彼等の正体に気付いた。
少し悲しそうにマイが青年達に言葉を掛ける。
「……そう。貴方達は……」
「――そうだよ! どこのクランも入れてくれなかった落ちこぼれだよ!! 僕達は!」
これまた異なる生徒の一人が涙声で叫んだ。
エリートの卵を育てる学府の生徒と言ってもその全てが必ず望みを叶えられる訳では無い。
望みのクランに入団出来る者がいれば、滑り止めに受けた二流、三流クランに入るしか無かった者、そして目の前の彼等のようにどのクランにも所属出来ず、傭兵若しくは異なる職に就かざるを得ない者も少数ながら存在するのだ。
「自分達が何をしていたのか知らなかったみたいだけど、貴方達はここの従業員なの?」
一人静かに涙を流し床に座り込んだユクッドへマイが声を掛ける。
「……僕らは臨時の雇われです。ここで働けば将来お得意様のクランに推薦してやるって……それまで鍛えてやるって鍛錬もしてくれて……それが、何で……」
ユクッドの告白を聞いた紗雪とマイは居た堪れない表情で、同時に同じことを感じていた。
"だから勇士になれなかったのだろう"と。
勇士を目指す者達に、勇士の心得や技術や知識を授けてくれる最高の機関に入りながら、他人の言葉を安易に信じてモンスターの卵を薬と信じてバラまき、"何も感じずに"続けられる思慮の浅さを、
勇士と娼婦の関係は決して壊してはならない。
命を賭け、生死の境に居続ける男女の獣性を鎮めてくれる彼女達という存在の重要性を知ろうとせず、互いに尊重し合わなければならない相手を当然のように侮蔑し、それを公然と口にする醜い価値観を、
容易に感情に支配され、時も場所も考えず激情に駆られる性質を、
恐ろしいモンスターの卵を広め、その事実を知ってなお無残な最期を迎えるであろう被害者の未来よりも己の未来を嘆く利己的な性格を、
甘い言葉に騙される安直さを、
才能の無さを。
彼らは入団試験の時にクラン側に見抜かれてたのだろう。
学府は何千何万と勇士を輩出してきた教育機関だ。
きっと根気良く彼等の欠点を指摘し、矯正を試み、しかして治らなかったのだろう。
恐らく彼等の生まれ持った生来のモノ。
ここに同僚――"春人"が居なくて良かった、とマイは心の中で安堵した。
弱者を当然のように見下し、他者を踏みにじり嘲り笑うアレが居れば、当然だと言わんばかりに思ったことをそのまま彼等に言い放つだろう。
そうして、夢を諦めきれない愚直な彼等を致命的な程に傷付け、その傷口に痰を吐き捨て不快な嗤いをこの倉庫内に響かせていたはずだ。
彼等よりも遥かに醜悪なモノを持ちながら、彼等とは違って一つだけ持ったもの――"才能"、であるだけで最上級勇士になった護衛三人の内の一人にして護衛最強の男。
月光蝶屈指の実力者でもある「出須見春人」の不在をマイは唯々感謝した。
「……この仕事はいつから?」
"自身"の未来に絶望し座り込んで涙を流す娘を見下ろして紗雪が問う。
「――半年前から……」
短く答えた娘に先程までの威勢は完全に消え失せ、言葉を続けることなく俯いて涙を埃の被った床を濡らす。
「……ユクッド」
「……えっ」
紗雪に突然、教えていない自分の名前を呼ばれたユクッドが垂れた鼻水をそのままに顔を上げる。
「……貴方は他の人と違って色んな荷物を運んでいた。なら、あの大きな木箱の中身も分かるんじゃない?」
「――――ッ!」
大きな木箱はぬいぐるみを詰めた箱とは異なり、蓋が釘でしっかりと閉じ固められている。
潜入段階では音を立てない為に中身を改め無かったのだが、彼の口から聞く為にそれを問い正した。
「知らない、知る訳無いですよ……そんな物……」
自分が犯罪に利用されていたことを知ったはずのユクッドが言葉を濁す。
他の六人も紗雪の問いに自分から答えようとする気配は無い。
普段、自分達がモンスターの卵を詰めていた箱とは違い、太い釘で厳重に封をされた木箱には何が入っているのか……きっと恐ろしい何かが入っていることは想像に難くないだろう。
罪が増えることを恐れたのか、それとも委縮しているのか、縮こまりながらも言葉を続けない彼等を紗雪は白眼視する。
「……そう」
紗雪の返答は短いものだった。
彼女の中でどういう印象を持たせたのかは言うまでも無いだろう。
ユクッドを含めた青年達を目の端にも留めず例の重い大きな木箱へ向かう。
箱の傍に近付き、釘で閉ざされた木箱の蓋に紗雪が手に掛けたその時だった。
マイと紗雪が姿を現してから一言も言葉を発さず黙り続けていた"ガタイの良い男"が隠し持っていたであろう物――小さな袋を加工した魔道具のような物を腕を振り抜き、勢い良く地面に叩きつけた。
袋が叩きつけられた瞬間、けたたましい"警報"が歓楽街の路地に鳴り響いた。
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