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第1部 クラン抗争編
第7話 襲撃の『鎧兜』
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二人と一体の行動は早かった。
まず、紗雪のバイザーから望遠鏡が空中に描いたように現れ紗雪の脳波に従いレンズが回転し『ガレア―ド』を網膜に直接拡大し投射。
次に右手にどこからともなく取り出した筒を空に向け、何かを射出する。
撃ち出された物体は上空高くに到達すると、自由落下をせずその場に停滞する。
「"衛星"、起動」
打ち上げたものは"衛星"。
上空から敵を俯瞰する鷹の目だ。
そして、マイと『ガレアード』。
「ガアァッ!!!」
『最上級勇士)』と『深層集団戦闘最強種』は互いへ向かって同時に走り出した。
『ガレアード』はその巨体でそのまま押し潰すかのように地響きを立てながら突進する。
対するマイは、迫る敵を無視して自身の後方へ一瞬視線を向ける。
相方は空、背後は空き家。
とはいえ『ガレアード』が突っ込んでしまえば空き家の先までぶち抜いてしまうだろう。
この場が一人ならこのまま正面からぶち破りたいところ・・・・・・というかマイの心情からすれば是非ともそれをやりたいところだ。
ここで正面対決を避けたら自分が負けていると思われている気がして腹が立つからだ。
しかし彼女は歴戦の勇士。
敵を前に私情を優先することは無い。
マイは戦闘に慣れた勇士。戦況は二対一、どうせ殺すのならば最も楽な方法を選ぶ。
冷静に数年間共にしてきた相方への信頼を持って行動を起こす。
正面から土煙を激しく立てながら迫る怪物に立ち向かうのではない。互いの身体がぶつかる前にその場で軽く跳ねた後、両足で空を踏みしめる。
そのまま空気以外に存在しないはずの空でトンッ、と放物線を描き『ガレアード』の背後へ大きく飛び上がる。
予想外の行動を取り、自身の射線上から敵が消えた『ガレアード』が石床を滑りながら急停止。
飛び上がったマイへ顔を上げる
そこを紗雪は狙い撃つ。
上空から『ガレアード』に向けて無数の光の雨が降り注ぐ。
「ガァッ!? グッ、グウゥッ――ッ」
光の雨――紗雪の放った粒子兵器―― クルージーンが正確に敵を狙い撃つ。
幾本の熱線が『ガレアード』の前方に着弾。外皮に阻まれ弾かれた熱線が石床を焼き黒い線を残す。
上からの予想しない攻撃に地面を激しく転げた『ガレアード』は急いで体勢を整え、身体を丸めて降り注ぐビームを防ぐ。
十秒程経ち、降り注いでいたビームの雨がピタリと途絶る。
衝撃が消え、丸めた身体を少しほぐしうっすらと赤熱した身体から熱を発しながら顔を上げた『ガレアード』は再度見上げ、今度は紗雪を憎らしそうに睨みつける。
内からぐつぐつと煮えたぎる怒りが喉から漏れ出し、視界が朱に染まった『ガレアード』は感情のままに咆哮を上げようと胸を張り息を強く吸い込んだその隙をマイは見逃さなかった。
「顔を上げたなァッ!!!」
横合いから『ガレアード』の顔――その顎先へ向かって凄まじい速度で飛び出してきたマイの飛び蹴りが炸裂する。
弾丸のような速度と勇士の身体能力を発揮することで繰り出された蹴りは直撃と同時に轟ッと空気を震わせ、正確に顎先を蹴りぬいた一撃は四Mを超えている巨体を数歩蹌踉めかせた。
そこへ援護射撃を行っていた紗雪が地上数メートル辺りの高さまで降り、さらに数射――クルージーンを『ガレアード』へ当てる――が、結果は同じく堅牢な外皮に弾かれた。
クルージーンは紗雪が数多くの所持している兵器の中でも使い勝手が良く愛用している兵器の一つだ。
連射可能ながら最大出力状態で放つ一発一発の威力は分厚い岩を貫通させられる威力を持ち、紗雪が手で引くことも無く一人手に宙へ浮かび光の矢を撃ち出すこれは通常運用の出力でもこれまでの戦闘でも十分運用出来ていた。
街中で使える兵器の中では クルージーンは信頼に値するモノだが、結果がこれでは使えるものはさらに限られるだろう。
現にあれだけ撃たれたにも関わらず身体に傷らしい痕が見当たらない。
マイから受けたダメージもほんの脳を揺らした程度――既に立ち直り、中腰になってこちらを警戒している。
(……相変わらず硬い。でも、さっきから意識が散漫で隙も多い……若い、戦闘経験の浅い個体。むぅ、街中じゃ無ければどうとでもなるのに……)
「マイ……ここじゃあんまり力になれない…」
「わかってるよ紗雪。街中じゃ無能な紗雪の為にも私達がいるんだから!」
「……あのレベルの硬さだと通用する兵器のレベルも上がっちゃうから街の被害を広げちゃうだけ……私は、無能じゃ! ない!」
キレ気味で答える紗雪。街中の戦闘ではいつも苛立ちを表情に見せる。
こういうことが起こる度に護衛組で"役立たず"だの"ジャムおばさん"だの、"スクラップちゃん"とか言ってたら簡単に顔を真っ赤にして怒るようになってしまったのである。
紗雪の作る兵器の殆どはモンスターと反勇士を殺すことを想定したものだ。
紗雪以外にも作ることに特化した能力を持つ勇士も当然いる。そんな彼等が作った迷宮内で活躍し、他勇士の手足となる武具でも比較にならないレベルのオーバーテクノロジーから産み出されたもの。
そんなものを街中で使えば制圧するはずの敵よりも大きな被害を出してしまうのは目に見えている。
紗雪が人社会で暮らす以上、マイ達護衛は彼女の矛となり盾となる為にも側にいるのだ。
今度は脚に力を込め『ガレアード』の姿勢が沈む。
「来るよ紗雪! 援護よろしく!」
『ガレアード』がマイに向かって再び突進を繰り出す。
先程と同じ突進だが、より速く重い一撃だ。
丸太のように太く分厚い手足に、4M(メテル)を超える身体とそれに見合った重量から繰り出される攻撃は華奢な二人では掠めただけでも致命傷になるだろう。
しかし、今度も地面を蹴ってマイが正面を切って『ガレアード』に向かって走り出す。
一歩一歩踏み出す度に加速度的に速くなるマイはあっという間に接敵。
肩を前に突き出し全身を叩きつけるように突進してくる『ガレアード』に向かって今度は正面から蹴りを放つ。
マイの能力の一つ【地を蹴り空を駆る』は走れば走るだけ速度が上がる力。
足場のない空ですら軽々と走ることができ、その速度は月光蝶最速の勇士という評価を独占し、マイ自身も速さには絶対の自信を持たせる自慢の武器。
能力で走る度に出る翡翠の光とその脚力と白い戦闘服から彼女は『翡翠白兎』の二つ名で呼ばれるべーラトールでも名の知られた勇士なのだ。
マイの戦い方は速さを生かしたヒット&アウェイ。速度で翻弄、回避しながら敵を蹴り殺す戦法。
マイをよく思わない一部の連中は、紗雪と仲が良いだけで護衛に選ばれた”腰巾着”等と蔑称で呼ぶものもいる。だが――
身体が霞む程の速度で放たれたマイの蹴りと『ガレアード』の突進がぶつかった瞬間――周囲の煙が吹き飛ばす衝撃波が辺りを伝播する。
伝播した衝撃が空き家のガラスを吹き飛ばし、空高く舞い上げられる。
一六〇Cと四Mの衝突はほぼ互角――いや、僅かながらマイの方が上回っていた。
「グゥッ!?」
予想だにしない重い衝撃に『ガレアード』が驚きの声を上げる。
倍以上の体格差を物ともせずに真正面からぶつかり、互角の威力で相殺するマイを見下す連中がここにいれば声を上げて驚いていただろう。
「オオオオォゥ!!」
『ガレアード』が衝突の均衡を破るべく、腕を横薙ぎに振るう。
空気ごと潰れてしまいそうな勢いで振られた腕にマイは片足を添えるように乗せ、振るった腕の勢いを殺しふわりと空中で一回転をして身体が逆さまのまま空に"着地"。そこから『ガレアード』の周囲を高速で走り回る。
『ガレアード』の周囲の空や地面を足場に、翡翠色の燐光を出しながら跳ね回るマイは、跳ねる度に速度を上げ攻撃を絶え間なく続ける。
始めはマイを追い、手足を振るって捉えようとしていた『ガレアード』も反応が追いつかなくなり、今や身体を丸めて只管に防御を固めている――が、
「グッ……! ガァ……ッ!」
マイから絶え間なく放たれ続ける蹴撃にたまらず声が漏れる。
防御態勢に入った『ガレアード』に対し、関係無いと言わんばかりに翡翠色の輪光と化したマイの放つ一撃はドンッと空気を震わせ、重い衝撃を与える。
堅牢な『ガレアード』の外皮を衝撃が貫き、深く陥没させる一撃を何度も受けた『ガレアード』の身体は全身の至る所にその衝撃が刻まれる。
さらに二人の攻勢は止まらない。
マイの動きの僅かな隙間から正確無比に放たれた先が鋭く尖った杭にも似た弾丸が『ガレアード』の身体、マイの攻撃を受け陥没した箇所に真っ直ぐに接着。
大きく凹まされた装甲、その中心に先端から垂直にくっついた弾丸は紗雪がたった今、"無能"と言われたことに大層腹を立てた紗雪がムキになって急造した新兵器だ。
この弾には、街中で使用できるレベルに抑えつつ、防御特化個体にダメージを与える為、弾そのものにいくつか特別な仕組みを持たせていた。
一つは着弾した衝撃でトリモチのようなものが弾丸から排出され弾丸そのものを敵の体表に硬く接着する仕組み。
そしてもう一つは硬い外皮を破壊する仕組みだ。
『ガレアード』は身を固め、絶え間なく襲い来る衝撃に耐えていた。
反撃の機会を伺いつつ翡翠色の光ばかりに気を取られていた『ガレアード』の鼓膜を硬い殻が割れるような音が揺らす。
ピシリッ――と『ガレアード』の外皮の一部に大きな亀裂が走ると同時に"ナニカ"が自分の肩に食い込み、軽い痛みが走った。
「――ッ?」
初めて感じる刺すような”チクリとした痛み”と自分の身体に突如起きた事象への驚愕。
右肩、右脇腹、両足腿、左前腕。痛みを襲った身体箇所はそのどれもが大きく罅割れていた。
「マイ、離れて」
マイが掛けられた声に反応し、即座に紗雪の近くに避難する。
直後、『ガレアード』の身体の罅割れた五箇所を中心に小規模な爆発が起こり身体が内側から吹き飛ぶ。
「ギァアア”ア”ア”アア!!??」
内部からの爆発で肉が剥き出しになり、辺りに血をばら撒いた『ガレアード』が悲鳴を上げる。
「……マイの蹴りで疲弊した装甲は多少なりとも脆くなるみたいで良かった。本体の硬さも春人と比べたら大したものじゃない」
一連の種明かしとしてはこうだ。
トリモチで強固に固定された弾丸を土台に弾丸の内側から杭が高速射出されることで、マイの攻撃で凹み弱った装甲を貫く。
さらに、肉に食い込んだ杭の先端に仕組まれた爆薬が爆発を起こし『ガレアード』の身体を内側から吹き飛ばす。
装甲破壊を目的とした鉄杭と、破壊後の内部からする機構を弾丸の内部に組み込んだ、言わば射出する小型パイルバンカーというわけだ。
ふらふらと蹌踉めき、二人から距離を取った『ガレアード』へ、マイが今度は体勢を低く、地を這い距離を詰める。
再び纏わり付かれれば容易く命を奪われることを理解しているのだろう。
片腕の負傷を厭わず鬼の形相とも言うべき表情で両腕を上下左右、遮二無二に振り回す。
しかし、抵抗虚しく――笑みすら湛えたマイは身体を独楽のように回転させながら容易に懐へ入り込み、早急にトドメを刺すべく能力を発動する。
「―――――――――!!」
「――【駆足兎の(ヴォーパル)――ッ!?」
至近距離でマイの振り子の如く振るわれた脚が『ガレアード』の首に直撃する間際――。
『ガレアード』の身体、というより首から腰までの胴体が風船のように膨らみ、肉薄したマイを押し返す。
マイはぐらりと体勢を崩しながらも蹴る――が大きく狙いが外れ、膨れ上がり灰色に変色した肩に直撃するが、直撃した肩は傷一つ付かず、火花を散らしてマイの脚を力強く弾き返した。
(硬ッ!? さっきと比較にならない!!)
「マイ!!」
紗雪が『ガレアード』の肉を剥き出しにした右肩に弾を撃つ。
へばりついた弾が杭を撃ち出すが膨れ上がった外皮を貫通できず、外皮の上で起きる爆発はダメージを与えられない。
「肉体の肥大化……肉体硬化か肉体操作? そいつ能力を持ってる! マイ一旦離れて!!」
身体が一回り大きくなり、全身が灰色に変わった『ガレアード』へ紗雪とマイが攻撃を仕掛けるが、頑強な外皮の前では紗雪の弾は再び通用せず、マイの蹴りは先程までとは違い外皮に阻まれている。
「面倒な! これだから硬い奴は……!」
二人の脳裏に護衛の一人が浮かぶ。硬さだけで言えば、二人の知る男には遠く及ばない。だが、街中で相手にするには十分厄介なレベルだった。
ふと、マイを警戒していた『ガレアード』が紗雪へ視線を向ける。
マイの存在を気に止めなくなった――というわけでは無い。何か、『ガレアード』自身も酷く意識を惹きつけられているようで視線は確かに紗雪の、正しくその後方へ向けられている。
(こいつどこを……?)
二人を前に『ガレアード』の口から涎がぼたぼたと垂れ落ちる。鼻息は荒く、酷く高揚しており、まさに獲物を前にした牙を剥く獣の様相そのものだった。
「―――――は?」
『ガレアード』を警戒しながら自分の後ろへ目を向けた紗雪は戦闘の最中にも関わらず一瞬、無意識に呆け乾いた言葉が自分の喉から絞り出されたことに少し遅れて気付いた。
「た、たすけて……ください。」
紗雪の後方、しかし遠くも無い距離。
家の壁を背にで倒れ込んでいる茶色髪の女性は頭を打っているのだろうか、頭部から出血し、力無くこちらを見つめていた。
土煙で汚れた女性は顔を恐怖に歪め、目尻に涙を浮かべ紗雪と視線を交わす。
(どうして……!? 付近に熱源も生体反応も無かったはず! 見落とした? この私が!? ありえない!)
「――オォ――オォオ”オ”オ”オ”――ッ!!」
「【運搬機】!」
突然、負傷者の傍に現れた【運搬機】が救護者を担ぎ上げるが、餌を前にした『ガレアード』は歓喜の声を上げ、【運搬機】へ向かって拳を振るう。
能力を使用しているのであろう、繰り出した腕が蛇のように伸び、射線上にいるマイや紗雪を無視してワーカーに襲いかかる。
「紗雪!」
「ッ!【 防御盾】展開!!」
女性に意識を取られていた紗雪だったが、マイの鋭い声に女性に腕が届く前にその身体を割り込ませ青色の半透明な盾を展開し衝撃に備える。
しかし、『ガレアード』の腕が盾に触れる直前、何倍にも腕が巨大化し破壊力の増した『ガレアード』の拳は、紗雪を展開した盾ごと背後にあった建物へ吹き飛ばし、炸裂音と煙を撒き散らした。
―――――――――――――――――――――――――――
一方、同時刻。
月光蝶副マスター本部の副マスター室――
「ふふっ♪ これ、私”達”の大事なチケットです。
「やめたまえ、やめたまえ瞳くん! チケットを押し付けるのはやめたまえ! スケジュール調整を勝手に行うのはやめたまえ!」
―――――――――――――――――――――――――――
基本的に能力の前後には【】で囲う感じで行こうと思ってます。
また、紗雪が使用する兵器は紗雪が能力で創った物なので分かりやすく為にも【】で囲おうかなと。
まず、紗雪のバイザーから望遠鏡が空中に描いたように現れ紗雪の脳波に従いレンズが回転し『ガレア―ド』を網膜に直接拡大し投射。
次に右手にどこからともなく取り出した筒を空に向け、何かを射出する。
撃ち出された物体は上空高くに到達すると、自由落下をせずその場に停滞する。
「"衛星"、起動」
打ち上げたものは"衛星"。
上空から敵を俯瞰する鷹の目だ。
そして、マイと『ガレアード』。
「ガアァッ!!!」
『最上級勇士)』と『深層集団戦闘最強種』は互いへ向かって同時に走り出した。
『ガレアード』はその巨体でそのまま押し潰すかのように地響きを立てながら突進する。
対するマイは、迫る敵を無視して自身の後方へ一瞬視線を向ける。
相方は空、背後は空き家。
とはいえ『ガレアード』が突っ込んでしまえば空き家の先までぶち抜いてしまうだろう。
この場が一人ならこのまま正面からぶち破りたいところ・・・・・・というかマイの心情からすれば是非ともそれをやりたいところだ。
ここで正面対決を避けたら自分が負けていると思われている気がして腹が立つからだ。
しかし彼女は歴戦の勇士。
敵を前に私情を優先することは無い。
マイは戦闘に慣れた勇士。戦況は二対一、どうせ殺すのならば最も楽な方法を選ぶ。
冷静に数年間共にしてきた相方への信頼を持って行動を起こす。
正面から土煙を激しく立てながら迫る怪物に立ち向かうのではない。互いの身体がぶつかる前にその場で軽く跳ねた後、両足で空を踏みしめる。
そのまま空気以外に存在しないはずの空でトンッ、と放物線を描き『ガレアード』の背後へ大きく飛び上がる。
予想外の行動を取り、自身の射線上から敵が消えた『ガレアード』が石床を滑りながら急停止。
飛び上がったマイへ顔を上げる
そこを紗雪は狙い撃つ。
上空から『ガレアード』に向けて無数の光の雨が降り注ぐ。
「ガァッ!? グッ、グウゥッ――ッ」
光の雨――紗雪の放った粒子兵器―― クルージーンが正確に敵を狙い撃つ。
幾本の熱線が『ガレアード』の前方に着弾。外皮に阻まれ弾かれた熱線が石床を焼き黒い線を残す。
上からの予想しない攻撃に地面を激しく転げた『ガレアード』は急いで体勢を整え、身体を丸めて降り注ぐビームを防ぐ。
十秒程経ち、降り注いでいたビームの雨がピタリと途絶る。
衝撃が消え、丸めた身体を少しほぐしうっすらと赤熱した身体から熱を発しながら顔を上げた『ガレアード』は再度見上げ、今度は紗雪を憎らしそうに睨みつける。
内からぐつぐつと煮えたぎる怒りが喉から漏れ出し、視界が朱に染まった『ガレアード』は感情のままに咆哮を上げようと胸を張り息を強く吸い込んだその隙をマイは見逃さなかった。
「顔を上げたなァッ!!!」
横合いから『ガレアード』の顔――その顎先へ向かって凄まじい速度で飛び出してきたマイの飛び蹴りが炸裂する。
弾丸のような速度と勇士の身体能力を発揮することで繰り出された蹴りは直撃と同時に轟ッと空気を震わせ、正確に顎先を蹴りぬいた一撃は四Mを超えている巨体を数歩蹌踉めかせた。
そこへ援護射撃を行っていた紗雪が地上数メートル辺りの高さまで降り、さらに数射――クルージーンを『ガレアード』へ当てる――が、結果は同じく堅牢な外皮に弾かれた。
クルージーンは紗雪が数多くの所持している兵器の中でも使い勝手が良く愛用している兵器の一つだ。
連射可能ながら最大出力状態で放つ一発一発の威力は分厚い岩を貫通させられる威力を持ち、紗雪が手で引くことも無く一人手に宙へ浮かび光の矢を撃ち出すこれは通常運用の出力でもこれまでの戦闘でも十分運用出来ていた。
街中で使える兵器の中では クルージーンは信頼に値するモノだが、結果がこれでは使えるものはさらに限られるだろう。
現にあれだけ撃たれたにも関わらず身体に傷らしい痕が見当たらない。
マイから受けたダメージもほんの脳を揺らした程度――既に立ち直り、中腰になってこちらを警戒している。
(……相変わらず硬い。でも、さっきから意識が散漫で隙も多い……若い、戦闘経験の浅い個体。むぅ、街中じゃ無ければどうとでもなるのに……)
「マイ……ここじゃあんまり力になれない…」
「わかってるよ紗雪。街中じゃ無能な紗雪の為にも私達がいるんだから!」
「……あのレベルの硬さだと通用する兵器のレベルも上がっちゃうから街の被害を広げちゃうだけ……私は、無能じゃ! ない!」
キレ気味で答える紗雪。街中の戦闘ではいつも苛立ちを表情に見せる。
こういうことが起こる度に護衛組で"役立たず"だの"ジャムおばさん"だの、"スクラップちゃん"とか言ってたら簡単に顔を真っ赤にして怒るようになってしまったのである。
紗雪の作る兵器の殆どはモンスターと反勇士を殺すことを想定したものだ。
紗雪以外にも作ることに特化した能力を持つ勇士も当然いる。そんな彼等が作った迷宮内で活躍し、他勇士の手足となる武具でも比較にならないレベルのオーバーテクノロジーから産み出されたもの。
そんなものを街中で使えば制圧するはずの敵よりも大きな被害を出してしまうのは目に見えている。
紗雪が人社会で暮らす以上、マイ達護衛は彼女の矛となり盾となる為にも側にいるのだ。
今度は脚に力を込め『ガレアード』の姿勢が沈む。
「来るよ紗雪! 援護よろしく!」
『ガレアード』がマイに向かって再び突進を繰り出す。
先程と同じ突進だが、より速く重い一撃だ。
丸太のように太く分厚い手足に、4M(メテル)を超える身体とそれに見合った重量から繰り出される攻撃は華奢な二人では掠めただけでも致命傷になるだろう。
しかし、今度も地面を蹴ってマイが正面を切って『ガレアード』に向かって走り出す。
一歩一歩踏み出す度に加速度的に速くなるマイはあっという間に接敵。
肩を前に突き出し全身を叩きつけるように突進してくる『ガレアード』に向かって今度は正面から蹴りを放つ。
マイの能力の一つ【地を蹴り空を駆る』は走れば走るだけ速度が上がる力。
足場のない空ですら軽々と走ることができ、その速度は月光蝶最速の勇士という評価を独占し、マイ自身も速さには絶対の自信を持たせる自慢の武器。
能力で走る度に出る翡翠の光とその脚力と白い戦闘服から彼女は『翡翠白兎』の二つ名で呼ばれるべーラトールでも名の知られた勇士なのだ。
マイの戦い方は速さを生かしたヒット&アウェイ。速度で翻弄、回避しながら敵を蹴り殺す戦法。
マイをよく思わない一部の連中は、紗雪と仲が良いだけで護衛に選ばれた”腰巾着”等と蔑称で呼ぶものもいる。だが――
身体が霞む程の速度で放たれたマイの蹴りと『ガレアード』の突進がぶつかった瞬間――周囲の煙が吹き飛ばす衝撃波が辺りを伝播する。
伝播した衝撃が空き家のガラスを吹き飛ばし、空高く舞い上げられる。
一六〇Cと四Mの衝突はほぼ互角――いや、僅かながらマイの方が上回っていた。
「グゥッ!?」
予想だにしない重い衝撃に『ガレアード』が驚きの声を上げる。
倍以上の体格差を物ともせずに真正面からぶつかり、互角の威力で相殺するマイを見下す連中がここにいれば声を上げて驚いていただろう。
「オオオオォゥ!!」
『ガレアード』が衝突の均衡を破るべく、腕を横薙ぎに振るう。
空気ごと潰れてしまいそうな勢いで振られた腕にマイは片足を添えるように乗せ、振るった腕の勢いを殺しふわりと空中で一回転をして身体が逆さまのまま空に"着地"。そこから『ガレアード』の周囲を高速で走り回る。
『ガレアード』の周囲の空や地面を足場に、翡翠色の燐光を出しながら跳ね回るマイは、跳ねる度に速度を上げ攻撃を絶え間なく続ける。
始めはマイを追い、手足を振るって捉えようとしていた『ガレアード』も反応が追いつかなくなり、今や身体を丸めて只管に防御を固めている――が、
「グッ……! ガァ……ッ!」
マイから絶え間なく放たれ続ける蹴撃にたまらず声が漏れる。
防御態勢に入った『ガレアード』に対し、関係無いと言わんばかりに翡翠色の輪光と化したマイの放つ一撃はドンッと空気を震わせ、重い衝撃を与える。
堅牢な『ガレアード』の外皮を衝撃が貫き、深く陥没させる一撃を何度も受けた『ガレアード』の身体は全身の至る所にその衝撃が刻まれる。
さらに二人の攻勢は止まらない。
マイの動きの僅かな隙間から正確無比に放たれた先が鋭く尖った杭にも似た弾丸が『ガレアード』の身体、マイの攻撃を受け陥没した箇所に真っ直ぐに接着。
大きく凹まされた装甲、その中心に先端から垂直にくっついた弾丸は紗雪がたった今、"無能"と言われたことに大層腹を立てた紗雪がムキになって急造した新兵器だ。
この弾には、街中で使用できるレベルに抑えつつ、防御特化個体にダメージを与える為、弾そのものにいくつか特別な仕組みを持たせていた。
一つは着弾した衝撃でトリモチのようなものが弾丸から排出され弾丸そのものを敵の体表に硬く接着する仕組み。
そしてもう一つは硬い外皮を破壊する仕組みだ。
『ガレアード』は身を固め、絶え間なく襲い来る衝撃に耐えていた。
反撃の機会を伺いつつ翡翠色の光ばかりに気を取られていた『ガレアード』の鼓膜を硬い殻が割れるような音が揺らす。
ピシリッ――と『ガレアード』の外皮の一部に大きな亀裂が走ると同時に"ナニカ"が自分の肩に食い込み、軽い痛みが走った。
「――ッ?」
初めて感じる刺すような”チクリとした痛み”と自分の身体に突如起きた事象への驚愕。
右肩、右脇腹、両足腿、左前腕。痛みを襲った身体箇所はそのどれもが大きく罅割れていた。
「マイ、離れて」
マイが掛けられた声に反応し、即座に紗雪の近くに避難する。
直後、『ガレアード』の身体の罅割れた五箇所を中心に小規模な爆発が起こり身体が内側から吹き飛ぶ。
「ギァアア”ア”ア”アア!!??」
内部からの爆発で肉が剥き出しになり、辺りに血をばら撒いた『ガレアード』が悲鳴を上げる。
「……マイの蹴りで疲弊した装甲は多少なりとも脆くなるみたいで良かった。本体の硬さも春人と比べたら大したものじゃない」
一連の種明かしとしてはこうだ。
トリモチで強固に固定された弾丸を土台に弾丸の内側から杭が高速射出されることで、マイの攻撃で凹み弱った装甲を貫く。
さらに、肉に食い込んだ杭の先端に仕組まれた爆薬が爆発を起こし『ガレアード』の身体を内側から吹き飛ばす。
装甲破壊を目的とした鉄杭と、破壊後の内部からする機構を弾丸の内部に組み込んだ、言わば射出する小型パイルバンカーというわけだ。
ふらふらと蹌踉めき、二人から距離を取った『ガレアード』へ、マイが今度は体勢を低く、地を這い距離を詰める。
再び纏わり付かれれば容易く命を奪われることを理解しているのだろう。
片腕の負傷を厭わず鬼の形相とも言うべき表情で両腕を上下左右、遮二無二に振り回す。
しかし、抵抗虚しく――笑みすら湛えたマイは身体を独楽のように回転させながら容易に懐へ入り込み、早急にトドメを刺すべく能力を発動する。
「―――――――――!!」
「――【駆足兎の(ヴォーパル)――ッ!?」
至近距離でマイの振り子の如く振るわれた脚が『ガレアード』の首に直撃する間際――。
『ガレアード』の身体、というより首から腰までの胴体が風船のように膨らみ、肉薄したマイを押し返す。
マイはぐらりと体勢を崩しながらも蹴る――が大きく狙いが外れ、膨れ上がり灰色に変色した肩に直撃するが、直撃した肩は傷一つ付かず、火花を散らしてマイの脚を力強く弾き返した。
(硬ッ!? さっきと比較にならない!!)
「マイ!!」
紗雪が『ガレアード』の肉を剥き出しにした右肩に弾を撃つ。
へばりついた弾が杭を撃ち出すが膨れ上がった外皮を貫通できず、外皮の上で起きる爆発はダメージを与えられない。
「肉体の肥大化……肉体硬化か肉体操作? そいつ能力を持ってる! マイ一旦離れて!!」
身体が一回り大きくなり、全身が灰色に変わった『ガレアード』へ紗雪とマイが攻撃を仕掛けるが、頑強な外皮の前では紗雪の弾は再び通用せず、マイの蹴りは先程までとは違い外皮に阻まれている。
「面倒な! これだから硬い奴は……!」
二人の脳裏に護衛の一人が浮かぶ。硬さだけで言えば、二人の知る男には遠く及ばない。だが、街中で相手にするには十分厄介なレベルだった。
ふと、マイを警戒していた『ガレアード』が紗雪へ視線を向ける。
マイの存在を気に止めなくなった――というわけでは無い。何か、『ガレアード』自身も酷く意識を惹きつけられているようで視線は確かに紗雪の、正しくその後方へ向けられている。
(こいつどこを……?)
二人を前に『ガレアード』の口から涎がぼたぼたと垂れ落ちる。鼻息は荒く、酷く高揚しており、まさに獲物を前にした牙を剥く獣の様相そのものだった。
「―――――は?」
『ガレアード』を警戒しながら自分の後ろへ目を向けた紗雪は戦闘の最中にも関わらず一瞬、無意識に呆け乾いた言葉が自分の喉から絞り出されたことに少し遅れて気付いた。
「た、たすけて……ください。」
紗雪の後方、しかし遠くも無い距離。
家の壁を背にで倒れ込んでいる茶色髪の女性は頭を打っているのだろうか、頭部から出血し、力無くこちらを見つめていた。
土煙で汚れた女性は顔を恐怖に歪め、目尻に涙を浮かべ紗雪と視線を交わす。
(どうして……!? 付近に熱源も生体反応も無かったはず! 見落とした? この私が!? ありえない!)
「――オォ――オォオ”オ”オ”オ”――ッ!!」
「【運搬機】!」
突然、負傷者の傍に現れた【運搬機】が救護者を担ぎ上げるが、餌を前にした『ガレアード』は歓喜の声を上げ、【運搬機】へ向かって拳を振るう。
能力を使用しているのであろう、繰り出した腕が蛇のように伸び、射線上にいるマイや紗雪を無視してワーカーに襲いかかる。
「紗雪!」
「ッ!【 防御盾】展開!!」
女性に意識を取られていた紗雪だったが、マイの鋭い声に女性に腕が届く前にその身体を割り込ませ青色の半透明な盾を展開し衝撃に備える。
しかし、『ガレアード』の腕が盾に触れる直前、何倍にも腕が巨大化し破壊力の増した『ガレアード』の拳は、紗雪を展開した盾ごと背後にあった建物へ吹き飛ばし、炸裂音と煙を撒き散らした。
―――――――――――――――――――――――――――
一方、同時刻。
月光蝶副マスター本部の副マスター室――
「ふふっ♪ これ、私”達”の大事なチケットです。
「やめたまえ、やめたまえ瞳くん! チケットを押し付けるのはやめたまえ! スケジュール調整を勝手に行うのはやめたまえ!」
―――――――――――――――――――――――――――
基本的に能力の前後には【】で囲う感じで行こうと思ってます。
また、紗雪が使用する兵器は紗雪が能力で創った物なので分かりやすく為にも【】で囲おうかなと。
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