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本編

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「っ! し、シスターナ! これは違うんだ!?」

「あらぁ、お姉様。お早いお帰りでしたわね」

 友人に誘われたお茶会から帰宅したシスターナの目に飛び込んで来たのは、激しい口づけを交わす婚約者のブルグと妹のイエーナの姿だった。

 不貞の現場を見られたブルグは青い顔で言い訳を始め、イエーナは根拠不明な余裕の表情でクスクスと笑っている。

「ええ。ただいま。ところで今のはどういうこと? どうしてブルグとイエーナが接吻をしていたのかしら?」

「あらあら、お姉様ったら! 頭の外も中も鈍いのぇ。見てわからないの? そんなのブルグがお姉様より、私を愛しているからに決まっているからじゃない!」

 鈍色の髪を持つシスターナを揶揄しながら、イエーナは答える。
 勝ち誇った顔でイエーナがブルグの腕に絡みついた。

「イ、イエーナ・・・・・・」

 ブルグは弱々しく咎めるようにイエーナの名を呼んだが、力ずくで引き離す気はないようだ。
 それを見て、すぅっとシスターナの瞳から光が消えた。
 落胆と諦観のため息を吐き出し、シスターナは二人に尋ねた。

「で? どっちから誘ったの?」

「それはイエーナから──!」

 自己弁護のためか、間髪入れずにブルグが答えた。

「シスターナの誕生会の時に、酔ったと言うイエーナを部屋まで支えてそれで──こんなことになるなんて思っていなかったんだ!」

「つまり、半年近い関係ってことね」

 ブルグの弁解には耳を貸さず、冷静に自分の誕生日を逆算して二人の不貞期間を算出するシスターナ。

「イエーナ、貴女、何をしでかしたかわかってる?」

「私が悪いって言うの? お姉様ったら酷い。自分に魅力がないことを棚上げして、私を責めるだなんて。容姿が悪い上に、性格も悪いだなんて! やっぱり、公爵夫人には私の方がふさわしいわ!」

「・・・・・・それが本音なの?」

 以前からイエーナのシスターナに対する言動には引っ掛かるものがあったが、その正体を知り、シスターナは内心酷く落ち込んだ。

 イエーナは自身の容姿に大きな自信を持っていた。実際、輝く銀髪と宝石のような青紫の瞳を持つイエーナは、誰もが振り返るような美しい容姿をしており、社交界では美少女と評判だった。
 それに加え、姉のシスターナは鈍色の髪と黒鉄色の瞳という暗い色彩をしており、心無い人間から金属のように冷たそうな女などと陰口を叩かれていたため、自分は姉より容姿に優れているという強い思い込みがある。
 イエーナの脳内では、私はお姉様より美しい。つまり、私はお姉様より上! お姉様は私より下! 私の方が優秀! というおかしな解釈が為されてしまった。
 だからか、イエーナはシスターナが公爵子息であるブルグと婚約した時、自分を差し置いてシスターナが公爵夫人になるなど有り得ない! と強く憤った。
 そしてその憤りを抑えきれなかったイエーナは、シスターナの誕生会の日に酔ったフリをしてブルグを自身の部屋へと誘ったのである。その結果は御覧のとおり。イエーナの容姿に惹かれたブルグは簡単に過ちを犯した。

 全ての発端は、シスターナが公爵夫人になることが許せないイエーナの嫉妬から来ている。
 イエーナの言葉でそう察したシスターナは、ため息混じりに言った。

「──そう。イエーナ、貴女の気持ちはよくわかったわ。そんなに公爵夫人になりたいのであれば、ブルグの婚約者を私からイエーナに変えて貰えるよう、私からお父様にお願いしましょう」

「シスターナ!? そんな勝手に──」

「貴方だって婚約者がイエーナの方が喜ばしいのではなくて?」

「──! それは、まぁそうだけど。もう少しその、未練とか──」

 まさかシスターナが引き留めるとでも思っていたのか、婚約者変更の提案にブルグは驚いた声を上げたが、シスターナの問いに気まずそうに押し黙った。

「本当!? お姉様も少しは立場というものがわかってきたようね。そうそう、出来損ないの姉は優秀な妹を立てるために動けばいいのよ。ふふっ、そうよ。公爵夫人にふさわしいのはこの私! これで何もかもが正しく納まるわぁ! ねぇ、ブルグ?」

「ああ。イエーナと一緒になれるなんて夢のようだ!」

「じゃあ、私はお父様にお話を通して来るわ」

 手を取り合って花を飛ばしているブルグとイエーナを背に、シスターナは廊下へと出た。
 パタンと閉めたドアに背を預けると、シスターナはぽつりと呟いた。

「まぁ、これくらいの復讐は許されるわよね?」



 その翌週、シスターナとブルグの婚約破棄が決まり、新たにイエーナとブルグが婚約することが決まった。

 そしてもう一つ。
 シスターナと第三王子の婚約が発表された。


「どういうこと!? どうしてお姉様が殿下の婚約者になっているのよ!?」

 姉から公爵夫人の未来を奪い取ったと思ったら、姉が王子妃になるという話を聞かされたイエーナは、怒りで顔を真っ赤にしてシスターナの部屋で押し掛けると、執務机の天板を両手でバンッと叩き、シスターナに詰め寄った。その後ろでは、イエーナに同伴してきたブルグがオロオロしている。
 衝撃で机の上のインクがたぷんと波打つ。

「どうしてって──貴女が公爵夫人になりたいと言ったからでしょう?」

 インク瓶を手に取って蓋を閉めるシスターナが、温度のない声で言った。

「どういうこと?」

「もともと、殿下との婚約は貴女に来るはずだったのよ。けれど、貴女がブルグと婚約することになったから、相手が私に変わっただけ」

 第三王子は正妃の子であり、婚約の話が出た時、王妃が息子の婚約者は他国の王族か公爵令嬢以上の身分じゃないと認めないと言ったため、その条件に当てはまりつつ、第三王子と年齢の近い未婚の娘で該当するのはイエーナのみであった。

 シスターナなこの話を事前に父親から聞かされており、先に婚約した姉として目をかけてやってくれと頼まれていた。

 しかし、父親の気遣いはイエーナ本人に無駄にされてしまったが。

 話を聞いたイエーナは、愕然とし、わなわなと震えだした。

「そ、そんな──」

「どうしたの? ご希望通り、公爵夫人・・・・になれるのに嬉しくないの?」

 皮肉をたっぷり効かせたシスターナの問いかけに、イエーナの瞳が真っ赤に染まる。

「この──! よくも謀ってくれたわね!? ふざけるんじゃないわよ! 公爵夫人より王子妃の方がいいに決まっているでしょ!? ブルグなんていらないわ! お姉様に返すから、殿下を私に返しなさいよ!!!」

「イエーナ!? 何を言うんだ、僕たちは愛し合って──」

「うるさいっ! 貴方に愛なんて最初からないわよ! 公爵子息でお姉様の婚約者だったから、奪ってやっただけ──私の婚約者が殿下になるって知ってたら、貴方なんか誘わなかったわよ!!?」

「な──! ふざけるな! 僕を騙したのか!?」

「騙されたのは私の方よ!」

 先週の甘い雰囲気はどこへやら。ぎゃあぎゃあと目の前で醜い言い争いを始めた二人に、シスターナなトドメを刺す。

「それよりも、貴方たち。こんなところで油を売ってていいの?」

「は? 何の話?」

「あら? その様子だとまだ聞いてないのね」

 含みのあるシスターナの言葉に、二人は顔をしかめる。
 その顔がこれからどうなるかに興味を持ちながら、シスターナは二人がまだ知らない話を教えた。

「私たちのお父様とブルグのお父様で話し合って、貴方たちを結婚させ次第、ホワイトエンドへ移すって話よ」

「・・・・・・っ!!!?」

 寝耳に水の話にイエーナとブルグは目を剥く。
 二人の顔はみるみる青褪めていった。

 ホワイトエンドとは、貴族の墓場という異名を持つこの国の北の果てにある万年雪の領地だ。
 何故、貴族の墓場と呼ばれているかというと、そこは貴族の別荘地という名の幽閉用の屋敷の密集地だからである。
 一族で罪を犯した者や、素行に問題のある者を人前に出さないために隠しておくための場所。
 一度送られれば最後、死ぬまで出ることは叶わないという異名の通り墓場のような場所である。

「う、うそよ! 私がホワイトエンドへ? 有り得ないわ!?」

「父上が決めたと言うのか!? シスターナ、冗談だろう? 頼むっ、嘘だと言ってくれ」

 一族の恥さらしという烙印を押され、墓場送りが決められた二人は酷く取り乱し、シスターナにすがりついた。
 そんな二人をシスターナは冷めた目で見つめ、覆らない決定を宣告する。

「いいえ。本当よ。ああ、けど一つだけ嘘をついたわね。イエーナ、ごめんなさい。ブルグのお父様は甥に爵位を譲ることにしたそうよ? せっかく不貞まで働いたのに、公爵夫人にはなれないわね。けど、仕方ないわよね? 私より優秀な貴女の方が公爵夫人にふさわしいのに、まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったから」

「あんたねぇ!!! まさか、お父様にありのままを話したの!?」

「何のこと? 私はブルグとの婚約をイエーナと取り替えて貰えるように必要なことをお父様にお話しただけよ? イエーナとブルグは深い関係になるほど愛し合っているようですので、どうかイエーナをブルグの婚約者にしてくださいって」

 シスターナから話を聞いた父は暫し固まり、それからブルグの父へ連絡を入れると、すぐに二人の婚約とホワイトエンド送りを決めた。叱る気すら起きず、そのまま切り捨てることを選んだようだ。
 不貞の件でブルグからの謝罪はなかったが、ブルグの両親からは何度も謝られ、もともと誘ったのがイエーナということも話し、両親はブルグ両親とシスターナに平謝り、更にブルグ両親が謝るという謝罪スパイラルに陥り、シスターナは馬鹿な子を持つと親が苦労するのだなと学んだ。
 姉妹の両親もブルグの両親も共に馬鹿息子と馬鹿娘を見限り、とっととホワイトエンドへ送ってしまおうと準備を進めているため、本人たちへの通達をまだ行っていなかった。

「この能無し! 頭からっぽなの!? あんたは私より劣っているのだから、大人しく私に全部譲っていれば良かったのにっ、なんてことしてくれたの!?」

「──!」

「何をしている?」

「っ! お、お父様・・・・・・違うのです。こ、これは──」

 イエーナがシスターナに手をあげようとした時。
 部屋の入り口から声が掛かり、イエーナが振り返るとそこには厳しい面持ちの姉妹の父親が立っていた。

「何が違う? シスターナを叩こうとしていただろう? はぁ、お前のシスターナに対する態度は目に余ると思っていたが、ここまでだったとは。シスターナを軽んじる発言は姉妹の気安さからのものだと思っていたが、もっとよく耳を傾けるべきだったな」

「お父様! 私の話を──!」

「話なら部屋の外で聞いていた。それで十分だろう。私もよくわかったよ。一応、最後の情けで式は予定していたが、それも必要ないようだな」

「──え?」

 実際にイエーナの本性を目の当たりにした父は、一刻も早くこの娘をシスターナから引き離すために頭の中でスケジュールの再構築を始めた。

「お前とブルグは婚姻届を提出し次第、ホワイトエンドへ移ってもらう。これは決定事項だ。わかったな」

「そんな──!」

「お待ちください! お義父様!」

「お前たちはこれより墓場へ行く。故に私の娘はもうシスターナ一人だ。君に義父と呼ばれる筋合いはない」

「どうかご再考を──」

「くどいぞ。シスターナ、殿下との婚約の件でいくつか確認がある。お母様のところへ行ってなさい」

「はい、お父様」

「ちょ──待ちなさいよ! よくも──」

「シスターナ! 君からもお義父様を説得してくれ! この通りだ!」

 憎々しげに睨んでくるイエーナと、頭も下げずに要求だけをしてくるブルグの横を通り過ぎたシスターナは、

「ごきげんよう。気が向いたらお酒でも贈るわね。何せ、ホワイトエンドは骨も凍るほど寒いみたいだから」

 そう言うと二度と振り返ることなく、自室を後にした。

「さて、じゃあ早速だが婚姻届にサインをしてもらおうか」


「いやだあああああああああああああああああああああ──────!!!!!!」

 断末魔の悲鳴が屋敷中に木霊した。
 その叫びを聞いて、シスターナは呆れ混じりに溢した。

「目先の欲に囚われるとより良い話を逃すし、悪意には相応の報いがある。いい勉強になりました」

 ──後、これは意地が悪いから声には出さないけど──

 ──まぁ、いい気味です。
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