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第二話 キューピッドだって間違う時もあると思うの

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「アイリスはとーっても可愛くていい子なんですよ。ちっちゃい時なんて、なかなか姉離れ、兄離れが出来なくて、私と一緒にお風呂に入った後にお兄様がお風呂に入るって言ったら、「アイちゃんもー!」ってとてとて着いて行って──」
「ほう」
「ちょぉおおお────!!!! カメリアお姉様ぁ────!!!!」

 着替えている間にお姉様が天然暴露大会を開催していた。
 開いたままの扉からお姉様の声が聞こえた瞬間、私はお姉様の背後に回り込んで口を塞ぐ。

「ふぁひひふ?」
「お姉様? 何を話してるんですか?」
「ぷあっ、何ってアイリスの可愛いエピソードよ? 将来、ウルナ様は私の弟になるんですもの。なんの問題もないでしょう?」

 なんてこったい。悪意ゼロ。
 やること為すこと善意と天然極めてるお姉様が私に嫌がらせなんてするわけないし、普通に私のことを知ってもらおうとしたのだろう。
 てゆーか、何でウルナ殿下も相槌打って聞いてるの。今まで同級生くらいしか接点のなかった人間の幼少期のエピソードなんて聞かされても面白くも何ともないでしょうに。

「で、結局風呂には入ったのか? 湯あたりとかしなかったのか?」
「や、何で続きを催促するんですか!?」

 私が二回お風呂に入ったかなんてどうでもいいでしょうが! どうでもいいランキングでもかなり上位に入る話よ!

「その時はもうすぐ就寝時間だったので、お兄様がアイリスに「アイちゃんはもうぽかぽかだから俺のお布団温めてほしいなー」ってお願いして、一緒に寝る約束してました。アイリス、言われた通りにお兄様のお布団で寝たんですけど、お兄様がお風呂上がる前に眠っちゃったんですよ」

「それは微笑ましいな」

「ぬぐわぁ────!!!! 何この罰ゲーム!?!? お姉様もウルナ殿下も何が楽しいんですか!?」

「妹の可愛いエピソード聞いて貰えて楽しい」
「婚約者の可愛いエピソード聞けて嬉しい」

「わー、いい笑顔。こっちはひたすら恥ずかしいんですけど」

 なんていうか、波長ぴったりだなこの二人。やっぱり私が婚約者っていうのは手違いで、お姉様が本当の婚約者なんじゃ──。
 そう考えていると、お父様の側近を務める執事長がやって来て、お姉様に声を掛けた。

「カメリアお嬢様、旦那様がお呼びです」
「お父様が? 何かしら? ちょっと行ってくるわね、アイリス。ウルナ様、失礼します」
「はぁい」
「ああ」
「ふふっ、まだまだ可愛いエピソードはたぁくさんありますから、いつでも訊いて下さいね」
「それは楽しみだな」
「いやいやいや、本人の前で堂々と宣言しないで貰えます? させませんよ?」

 去り際に不穏なことを言い残し、お姉様は執事長と共にお父様のところへ向かわれた。ちなみに私が寝こけている間にお父様とお母様はウルナ殿下に挨拶を済ませ、今は何やら婚約のための準備をしているらしい。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 お姉様がいなくなった途端に会話が途絶える。そりゃそうだ。話題がないもん。
 用意された紅茶を啜って間を保つ。
 とはいえ、ずっとこのままなのも耐え難い。

「あ、あのー、ウルナ殿下」
「何だ?」

 声を掛けたら、少し驚いた顔をされ、それから微笑まれた。
 美形の蕩けそうな笑顔はその気がなくても心臓に悪い。
 何だ何だ? この人は魅了能力永続付与でもしてるのか?

「その、私が婚約者って何かの間違いじゃないですかねー? キューピッドでも百パーセントって訳ではないかもしれませんし、とても私が選ばれたとは思えないんですけど」

 うんうん、キューピッドだって間違う時もあると思うの。
 言った途端、ウルナ殿下が神妙な表情になり、手にしていたティーカップをソーサーに戻した。

「今までの結論から考えて、キューピッドが間違えるというのは有り得ない。過去にキューピッドに選ばれた女性は少なくとも王家に不利益や損害をもたらしたことはない。それどころか大きな貢献をして、国を栄えさせた方も多くいる」

「だからです! あの場であれば私を選ぶくらいならキューピッドはお姉様を選ぶはずです! 殿下だってご存知でしょう? お姉様は全てにおいて私以上の能力を持っています」

 私だって有害な女ではない。むしろ人畜無害ランキングなら上位に食い込めるほど可もなく不可もない女だと自負している。
 であれば、毒にも薬にもならない私より、カメリアお姉様が選ばれないなんておかしい。
 キューピッドが王子にとって最良・・の女性を選ぶのであれば、お姉様がいる以上、私が選ばれるなんてあり得ないからだ。

「王子の婚約者は能力だけで選ばれるものではない。キューピッドは選ぶのは優れた頭脳を持つ者でも、清らかな心を持つ者でも、特別な能力を持つ者でもない。王子にとっての『運命の女』だ」

「・・・・・・殿下は私が自身の運命の相手だと? 本気で仰ってるんですか?」

 王族が相手だから鼻で笑わなかった自分を褒めたい。
 まさか運命の女とくるとは。

「キューピッドが選んだ以上、そうなのだろう──意外だな?」
「何がです?」

 ウルナ殿下が私の顔を見て、少し不思議そうにした。

「アイリス・メルダは神秘的なものや幻想的なものをこよなく愛する令嬢だと聞いていたから。運命という言葉を忌避するとは思わなかった」

「ええまぁ、神秘や幻想、神話やお伽噺は大好きですよ」

 お姉様に着いて行ったのもキューピッドを見るためだし。まさか自分が王子の婚約者に選ばれるなんて知ってたら縄をつけられても絶対に行かなかったのに!

「では、何故運命は嫌うんだ? それとも──俺が嫌いなのだろうか?」

 何を言っているんだ、この人は。
 今日まで録に話したこともない相手を嫌う理由もないでしょうに。
 なのに、どうして辛そうな顔をするのだろうか?

 ひょっとして──





 ウルナ殿下ってプディングメンタル!?


 えー、知らない人でも嫌われるのは辛いとかそういう系の人なのかしら?
 他に理由もないし。ま、人とのつきあい方なんて人それぞれだし、文句をつける気はないけど。

 まぁ、いいや。

「別にウルナ殿下のことは嫌いじゃありませんよ」
「本当か!」

 ぱっと顔を上げて殿下が笑う。
 子供の様な無邪気な笑みだ。何はともあれホント顔がいいな、この王子。

「私が運命を嫌うのは別に難しい話じゃないですよ。特に込み入った因縁があるとかそういうのじゃありませんし。言ってしまえば、思春期特有の精神病みたいなものです」

「理由を訊いてもいいか?」

 ウルナ殿下の申し出に私は頷き、まず端的な一言を放った。


「気にくわないから」
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