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仕返ししてみました。

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「えっと、プラヌ様。もう一度おっしゃって頂けますか?」

 婚約者の発言に耳を疑ったサトレアは、口元をひくひくさせながら頼んだ。

「だーかーらー、お前との婚約は破棄する!」

「う~~~~ん・・・・・・?」

 不機嫌な声音で最初に聞き返す前と同じことを言われ、サトレアは頭を抱えた。
 いきなり婚約破棄と言われて、どうしろと? サトレアはどう対応したものかと高速で頭を働かせる。

「プラヌ様がそう思うに至った経緯をお聞かせ願えますか?」

「セゼアが俺を好きだと聞いたからだ!」

「そうですの・・・・・・」

 セゼアとは、サトレアの従妹に当たる少女だ。
 サトレアとは幼い頃から面識があるが、サトレアはセゼアのことが苦手だった。

(あー、オチが読めました)

「プラヌ様はセゼアのことがお好きなのですか?」

「勿論だ! サトレアより美しく、サトレアより可憐で、サトレアより話し上手で、サトレアよりダンスが上手くて、サトレアより女らしくて、サトレアより素晴らしい! 惹かれない方が無理だろう!」

「そうですの~」

 サトレアは外行きの愛想笑いを崩さなかったものの、頭に何度もつけられた「サトレアより」の言葉に拳を握り締め、低い声になった。

(サトレアより、サトレアよりっていちいち付ける必要ありました!? そんなに私が不満なら、もういいです!)

「プラヌ様がそこまでおっしゃるのでしたら、わかりました。婚約破棄、承りますわ。どうぞ、セゼアとお幸せに。あ、そうそう──」

 サトレアは会釈して、その場から立ち去ろうとしたが、何かを思い出したように振り返り、プラヌにあることを教えた。





 一週間後。
 プラヌとの婚約は問題なく白紙になり、サトレアは新しい婚約者は自分で見つけると両親に宣言し、ある貴族のパーティーに参加していた。

「サトレア、参加してたのか」

「ローゼイ。ええ、奇遇ですね」

 ウェルカムドリンクを片手に、会場内を歩いていると背後から声を掛けられた。サトレアが振り返ると、同じくグラスを持った昔馴染みのローゼイが立っていた。

「えーっと、この度は残念だったな」

「気を使わなくていいですよ。私としてもセゼアの本性も見抜けないような方と結婚なんて、御免ですし」

「あー、セゼアの奴も懲りないなぁ」

 つんとそっぽを向いて言うサトレアに、ローゼイが半眼の苦笑いで肩を竦ませる。
 サトレアと付き合いの長いローゼイも、セゼアの悪癖・・はよく知っていた。

「本当に。ですので、今回は少しばかりお灸を据えてあげることにしました」

 グラスを傾けた後に、縁についた口紅を親指と人差し指で拭いながら、サトレアは仕掛けた悪戯に誰かが嵌まるのを今か今かと楽しみにしている子供のような笑顔を浮かべた。

「灸? 何企んでるんだ?」

「すぐにわかりますわ」

 そう言ってサトレアは、肩を揺らしながらクスクスと可愛らしい笑い声をあげた。それと同時に。

「セゼアー! 愛している! 望み通りにサトレアとは婚約破棄した! さぁ、一緒になろう!」

 紳士淑女の集いには似つかわしくない、大きな声が会場全体に轟いた。

「は、はぁ!? ちょ、いきなり何──」

 戸惑う少女の声もする。その声の主こそが、セゼアだ。そして、大声の主は勿論、プラヌである。

「始まったみたいですね♪」

「わー、だいたーん。こんな場所で愛の告白とか、俺なら出来なーい」

 端からする気のない棒読みで、ローゼイは二人の様子を窺っている。

「セゼア、君が俺を好きなのはわかっている! 君の友人が言っていたし、君も何度も俺を見ていただろう? 君の気持ちを知った時、俺がどんなに嬉しかったか──! さぁ、準備は整えた。俺の愛に答えてくれ!」

「よかったですねぇ、セゼア。私も愛し合う二人を引き離すなんて真似出来ませんわ。だから、プラヌ様との婚約を破棄したのですよ。私のことは気にしないで、幸せになってくださいな」

 プラヌの追撃に、サトレアがすかさず援護する。
 だが、サトレアの顔には含みのある笑いが隠しきれていなかった。
 その表情でサトレアの目論見を察したセゼアは、はっとしてキッと眉をつり上げた。

「ちょっと、サトレア! アンタね? プラヌにこんな真似させたのは!? 私がプラヌを好き? そんなの、婚約者を奪ってアンタに嫌がらせするために流したデマに決まっているでしょ!!! ──あ」

 本性を全てぶちまけた後に、セゼアはしまったと口を閉ざした。
 しかし、一度吐いた言葉は元には戻らない。
 辺りはシーンと静まり返った。

「せ、セゼア・・・・・・? 今のは冗談だろう?」

 一番ショックを受けたのは、間違いなくプラヌだろう。
 わなわなと震えて、今にも倒れ出しそうなほど蒼い顔をしている。

「~~っち! 本当に決まってるじゃない! じゃなきゃわざわざこんな面倒くさいことしないわよ! アンタはちょっと私に靡いて、サトレアと婚約破棄してくれればよかったのに! こんな大勢の前で告白してくるなんて。おかげで赤っ恥よ!」

「セゼア、貴女ね。どうしてそう私に嫌がらせするために全力を尽くすんですか?」

 サトレアはもう何度目になるかわからない問いを、どうせ返ってくる言葉は同じと知りつつ、セゼアに投げ掛けた。
 セゼアには昔から、サトレアに対して嫌がらせをするという悪癖があった。小さなことから、それなりの大事まで。もはや前世で因縁でもあったのかと疑いたくなるほど、セゼアはサトレアに嫌がらせをすることに注力していた。
 それこそ、サトレアがセゼアを苦手とする所以である。

「決まってるでしょ! 気にくわないからよ! 初めて会った時から、こいつだけは絶対に泣かすって思ったのよ! なのに、アンタときたら全っ然泣かないじゃない!!!」

「年下からの嫌がらせをいちいち真面に相手にしてても、疲れるだけですので」

「サトレアは昔から大人だよなー。セゼアは子供っぽ過ぎる。お前ら、精神年齢足して2で割ったらいいんじゃない?」

「嫌ですよ。精神年齢が実年齢より低くなってしまいます」

「確かに」

「キーッ!!!!!」

 サトレアとローゼイの掛け合いに、猿の威嚇みたいな声を上げて髪を振り乱すセゼア。
 その凶暴な表情に周囲はドン引きだった。

「そ、そんな・・・・・・セゼアが・・・・・・ブクブク」

 告白した相手のあまりの変貌ぶりに、とうとう脳が処理落ちしたらしく、プラヌは泡を吹いて倒れてしまった。

「あ、気絶した」

「あらまぁ。少々刺激が強すぎたでしょうか? でも、女にはいくつもの顔があるってことをよく学べたでしょうね」

 白目を剥いてピクピクしているプラヌの眉間をつつきながら、サトレアは満足そうなしたり顔である。

 婚約破棄を受け入れたあの時、サトレアは今日のこのパーティーでセゼアに告白するようプラヌに吹き込んだ。

 女の子は大胆でロマンチックな演出が好きだから、サプライズで告白してみては? と。

 サトレアの言葉を真に受けたプラヌは、まんまと信じて告白を決行した。

 セゼアがサトレアに対する嫌がらせ目的でプラヌに気がある素振りをしたというのは、すぐに察しがついたので、プラヌがフラれることも折り込み済みである。

 そして、告白の際に潔く身を引いたことをアピールすることで、セゼアが断れば、周囲からの印象が悪くなることも計算していた。

 嫌がらせのためだけにセゼアが婚約するわけもない。ちょっと、評判を落として懲らしめてやるつもりが、まさかのブチギレで想像以上の結果になった。

「サトレア! アンタ、今回こそ泣か──」

「あっ! セゼアの父上と母上ー! セゼアの回収よろしくお願いしますー!」

「何!? セゼア──!!! お前、またやらかしたのかぁあああああ!!!!? なんで折檻されても懲りんのだお前はぁあああああああ!!!??」

 性懲りもなくサトレアに食って掛かろうとしたセゼアだが、ローゼイが呼び出した両親が物凄い形相で迫ってくるのに戦況の不利を悟り、数歩退いた。

「ゲッ! お父様! ~~仕方ないわね。今日のところはこれで勘弁してあげるわ! 次こそ首洗って待ってなさいよ────!!!」

「「いや、いい加減懲りなさい(懲りろ)よ」」

 悪役の下っ端みたいな捨て台詞を吐いて、両親から逃げるために走り去っていくセゼアに、サトレアとローゼイは呆れ顔でつっこんだ。
 その傍らでは、プラヌが担架に乗せられて運ばれようとしているところであった。


「いやぁ、なかなかスッキリしました! たまにはやり返すのも悪くありませんね!」

 二人に対する仕返しが成功したサトレアは、いい笑顔で鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌だ。

「なかなか面白いものを見せて貰ったな。どうだ? 成功の記念に」

「いいですね」

 新しいグラスを差し出してきたローゼイに、その意図を察したサトレアが頷く。

 二人はグラスを掲げて──

「では、仕返し成功を祝して」

「「かんぱーい!」」

 硝子のぶつかり合う澄んだ音が、勝利の鐘の音のように響き渡った。
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