彼女を愛しているから婚約破棄? はい、わかりました!

夢草 蝶

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6,王子は不機嫌な瞳で令嬢を見つめてる

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 まさか、こんな道端でソウと出会うとは思ってもいなかった。ソウとサキも想定外という顔をしている。
 突然婚約破棄をされても微笑んでいたカタリだったが、この偶然には驚きを露にした。
 だが、すぐに笑顔を取り繕い、挨拶をした。

「ソウ様、それにサキさん。ごきげんよう。二人でお出掛けですか?」

「・・・・・・ああ」

 ソウは不機嫌そうに短く答えると、むすっと口を引き結び、厳しい面持ちになった。
 隣のトーマを見てみると、何故か彼の瞬きの間隔が短くなっており、明らかに何かに驚いている様子だ。

「トーマさん?」

 名前を呼ぶと、トーマははっとして、慌てて姿勢を正した。

「あ、あの、その、ソウ王子ですよね? 第二王子の──!」

「そうだが。お前は?」

 緊張気味に確認するトーマに、ソウは肯定する。
 一応、ソウは帽子と眼鏡で変装をしていたが、近くで見ればソウだと分かる程度だったため、長い付き合いのカタリが気づくのは当然だが、隣国のトーマが気づいたのは意外だった。

「あ、失礼しました! 俺──いえ、私はトーマ・スケルトンと申します! お会い出来て光栄です!」

「そうか。悪いが、今はプライベートでな。堅苦しいことはしたくないんだ」

 サキとのデート中にカタリと会ったことが余程嫌だったのか、ソウはじとりとした視線をカタリへと送ってくる。

「トーマさん、よくソウ殿下のことをご存知でしたね」

「ええ、まぁ。以前、私の母国にソウ王子がお越しになられた時、新聞にソウ王子の姿絵が載っていたのを覚えていたので」

「そうなんですか。記憶力がよろしいのですね」

「少しばかり自信があります」

「随分と仲が良さげだな。流石はカタリ・ダマシュ。男を捕まえるのもお手の物という訳か」

 花が咲きそうなくらいに楽しげに会話をするカタリとトーマを見て、ソウがちくりと棘を刺すように言う。
 その言葉にカタリは珍しく、頬をひきつらせた。

「あら? 何のことでしょう? 確かに狩りの腕には自信がありますけれど、何か勘違いされていませんこと?」

 カタリの返しに、ソウの瞳の奥で赤い炎がちりちりと揺らめく。それは怒りか憎悪か、或いは別のものか。
 ゆらゆらと揺らめく赤は、カタリの凪いだ湖のような視線を受け、押し負けたかのように徐々に静まっていく。

「サキ、確か家はここから近いんだったよな?」

「え? あ、はい!」

「悪いが、今日は気分が悪くなった。帰ることにする」

「ええ! そんな・・・・・・」

「すまない。埋め合わせはまた今度。次は俺の部屋でゆっくり過ごそう」

「・・・・・・はい」

 一方的にデートを中断され、サキは不満げだったが、次のデートの約束があったため、しぶしぶ了承した。

「そうそう。それからこれは善意の忠告だが、その女には関わらない方がいいぞ」

「──え?」

「ソウ殿下、余計なことを言わないで頂けますか? トーマさん、気にしないで下さい」

 邪魔をされたカタリは、ソウにピシャリと言い返す。それも気に触ったらしく、ソウは眉間の皺を解くことなく、その場から立ち去って行った。

「あ、その──じゃあ、私もこれで──!」

 サキも気まずげに別方向へと走って行った。

「あの──」

「実は、私の元婚約者はソウ殿下なんです」

「ええ!?」

 カタリの突然の告白に、トーマは大袈裟なくらい驚いていた。

「ごめんなさい。私も急に気分が悪くなってしまって──お食事はまた今度でもいいでしょうか?」

「それは勿論。大丈夫ですか?」

「ええ」

 トーマは婚約破棄のことが尾を引いているのだろうと、無理強いをすることはなかった。

「では、今日は失礼します──あ」

 気分悪そうに胸を押さえて立ち去ろうとするカタリの手をトーマがきゅっと握って引き留める。

「次はいつ、会えるでしょうか?」

 少し寂しげな表情を浮かべるトーマに、カタリは微笑み、

「──明後日、また薔薇園で」

 と答えた。
 すると、トーマは安堵したように笑み、カタリから手を放す。

「そうですか。では、また」

「ええ。また」

 この日は二人は笑い合って、その場で別れた。
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