グリモワールと文芸部

夢草 蝶

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第一章 紫炎のグリモワール

10.帰宅悶着

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 ともにぃと学園長室に行くと、レムガさんと学園長がソファに腰かけて待っていた。
 学園長は腕を組んで目を伏せており、その隣でレムガさんがクッションを枕にしてすやすやと寝ている。

「レムガ、寝てるの?」
「ああ。急に呼び出されて負荷がかかったんだろう」

 レムガさんの顔を覗き込んで二人がなにやら話している。私も近づいてレムガさんの寝顔を見た。
 小さな寝息を立てて眠るレムガさんは時々僅かに身動くけど、起きる気配はない。
 寝顔って幼く見えることが多いけど、レムガさんもやっぱそうだなぁ。

「とりあえず座れ」

 学園長に促され、私とともにぃは向かい側のソファに座る。

「八瀬ひまわり」
「は、はい」

 威圧感のある声に呼ばれ、思わず萎縮してしまう。上擦りながらも返事をすると、学園長は話し始めた。

「すまないが、レムガを今晩泊めてやってほしい」

 頭を下げられた。って、えぇ!?
 いや、ともにぃに訊いていたけど、でもやっぱり驚く。

「む、無理です! 今日会ったばかりの男の人を泊めるなんて、お父さんが絶対許してくれません!」
「まぁ、陽一さんは猛反対するだろうなぁ」

 お父さんは私が一人娘なせいか、私のことをとても可愛がっている。子供の頃だってともにぃにべったりの私を引き離そうとして大人気ないとお母さんに怒られていた程だ。ちなみに、お母さんは全体的に陽気で緩い性格をしている。

「つーか、十牙里のとこに泊めりゃいいだろ」

 ともにぃが頬杖をついて言う。
 確かに、学園長とは知り合いなのだし、学園長の家なら一人と言わず、何十人も泊められるだけの部屋があるだろう。
 なぜ、私が学園長のご自宅を知っているかというと、単純にこの梅星学園の敷地内に学園長宅があるからだ。本当に大きくて本校舎よりも大きいのではないかと思うほどの豪邸だ。
 なのになにか不都合でもあるのだろうか。

「無理だ。忘れたのか? 私の家にはあれ・・がいる」
「そりゃそうだけど。同じ理由で俺の家もダメだろ」
「お前があれを引き取れば、こちらとしては何の不都合もなくなるが?」

 ともにぃはうげっと声を上げ、すこぶる嫌そうに顔をしかめた。

「絶対無理。あいつの面倒見てたら仕事ができねぇよ」
「なら、どうする?」
「どうするって……あー、ちくしょ。三圀帰すんじゃなかった。あいつんちも広いんだから、預けられたのに」

 頭を抱えてともにぃが叫ぶ。そのせいでレムガさんが起きてしまった。

「んー、トガリ? なに?」
「私じゃない。智明だ」
「トモアキ?」

 レムガさんが寝惚け眼で目を擦りながら体を起こす。まだ眠いのか、体が左右にゆらゆら揺れている。

「ああ、そういやまだ自己紹介してなかったな。俺は壱ヶ谷智明。文芸部の顧問だ。レムガ、お前帰れないのか?」
「うん。正規の手順で召喚されたわけじゃないからかな? よく分からないけど、戻れない」
「そうか……つーか、なんで八瀬がレムガを喚べたんだ? 鈴乃さんの血縁だからって呼び出せるはずないし……契約者は鈴乃さんのままだろ?」

 ともにぃが訊くと、学園長がテーブルの上に一冊の本を置いた。暗い紫色の古い本──例の『グリモワール』だった。
 そういえば、さっき部長を追いかけた時に一緒に持って来ちゃって、レムガさんに返そうと置いておいたんだった。
 学園長は無言で表紙を捲ると、表紙裏にこう書かれていた。

『Contractor Suzuno Senbachi』

「コントラクター……せんばちすずの……?」

 今度はなんとか読めた。
 コントラクターって確か契約者って意味だよね? そういえばレムガさんもともにぃも言ってたし……。
 って、なんでともにぃがそんなこと知ってるんだろう。
 私がまじまじと怪しげに見ると、ともにぃは何かを誤魔化すように視線を反らした。

「契約者は変わっていない。なのに何故レムガが喚び出されたのかはこちらで調べている」
「そうか」

 話についていけない。というか、私が聞いちゃっていいのかなぁ。

「なんの話?」

 さっきまで寝ていたレムガさんは話が飲み込めないようで、困った顔をしている。

「今日、レムガをどこに泊めるかって話」
「お前をホテルなどに預けるのは不安が残るし、野宿もさせられんからな。それで、一晩八瀬ひまわりの家で預かって貰おうと思ったのだが……やはり、男は無理か」
「? 男じゃなかったらいいの?」

 レムガさんがそういうと、ぽんっという小気味いい音と共にレムガさんの体が白い煙に包まれた。
 驚いて目を見開いているうちに煙が晴れ、そこにはレムガさんの姿はなく、代わりに黒い犬のような、狐のような小さな動物がいた。
 え? レムガさんどこに行ったの!?
 私はきょろきょろと辺りを見渡したが、どこにもいない。なのに、学園長もともにぃも全く驚いていない。それどころか、

「ああ! この手があったか!」

 などと言って、手を打って感心している。
 私は訳が分からず、その正体不明の小動物を観察した。
 真っ黒な毛並みは艶やかでふわふわのもこもこそう。大きさは子うさぎほどだけど、体は柴犬のような見た目で、尻尾は狐のように太くて毛が長い。
 一体なんて動物だろう。あ、ミックス犬とかかな? それとも、ライガーみたいな別種族の動物の間に産まれた子?
 紫の瞳は一見、剣呑そうに見えるけど、大きくて愛嬌がある。サイズ感も相まって愛くるしい。ぎゅーってしたくなっちゃうなぁ。
 ……ん? 黒い毛に紫の瞳? まさか……
 ある仮定が頭に浮かぶと、その小動物が、

「ヒマワリ? どうしたの?」

 こちらを見上げて喋った。

「と、ともにぃ! 喋った! 喋ったよ? 私、オウム以外で喋る動物実際に見るの初めて!」
「いた、いたたっ! 八瀬、痛い」

 興奮のあまり隣にいるともにぃの肩をばしばしと叩いてしまい、ともにぃが悲痛な声を上げる。

「あ、ごめんなさい……って、今の声レムガさん!?」
「そうだよ~」

 小動物改め、レムガさんがにこりと笑う。可愛い。

「八瀬ひまわり、これなら泊められないか?」

 レムガさんの可愛さのあまり、テーブルに突っ伏しそうな私に学園長が言った。
 そして、考える。この姿なら、お父さんもお母さんも反対しないと思う。知り合いから預かったって言えば納得して貰えそう。ただ、なんの動物か分からないけど。

「犬でいいだろう」

 学園長に相談したら、あっさり答えられた。以外と適当なところもあるんだ。

「じゃあ、八瀬。今晩よろしく」
「はい」

 こうして、レムガさんのお泊まりが決定した。
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