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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

第一陣、撃沈

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「皆、笑っているな」
「ええ。そう、ですね」

 会場から流れ込んでくるざわめきに耳を澄ませながら、ギーシャは訥々と語り始めた。

「恐らく、パーティーを楽しみにしているんだろう。きっと、先日のパーティーも楽しんでいたのだろうな。けど、俺はあの場にいたのに、そのことに気づいていなかった。周囲のことなんて全く視界に入っていなかった」

 ──本当に・・・・・・つくづく、俺は視野が狭いな・・・・・・。

 零れ落とすように放たれたギーシャの囁くような声。それが脳内でリフレインする。

 カチリと、何かが噛み合った気がした。

 呆気ないほど、ギーシャの真意が浮き彫りになっていく感覚。

 問題と解答を照らし合わせている間にも、ギーシャは言葉を紡いでいく。

「俺は、それを台無しにしてしまったんだな」

「っ! そんなことは・・・・・・っ! それを言うなら、問題は私にあります! 私が結果を急いでルート短しゅ・・・・・・ぐっ!」

 ごりゅっ!

 ・・・・・・場にそぐわない嫌な音がした。身の毛もよだつような音。そして、食事中とかに覚えのある音。思わず、鳥肌が立った。

「~~~~~~~~ッッっ!!!??」

 音がすると同時にマリス嬢の頭が視界から外れた。しゃがみこんだのだ。

「マリス? どうした!? 口元を押さえてるが、舌でも噛んだのか?」

 ギーシャもマリス嬢に合わせて、片膝をついてその顔を心配そうに覗き込む。
 マリス嬢はプルプル震えながらも、首をブンブン振った。

「だ、大丈夫です! 問題ございません。おほほほほ・・・・・・」

 テンプレ過ぎて普通なら逆にしないようなお嬢様笑いで誤魔化している辺り、相当痛かったのだろう。

「眼球や口内は鍛えようがないとはいえ、自滅とは・・・・・・」

 リンス嬢が呆れたように言った。
 私は釣られて口元を押さえた。

 マリス嬢、自責の念に駆られるギーシャに居ても立ってもいられなくなったようで、ついつい『祝愛のマナ』関連の言葉が口をついたらしい。
 慌てて唇を口内に引っ込めて、思いっきり噛んで最後まで言うのを留めたようだが、払った代償が大きすぎる・・・・・・。
 口を押さえた手の内側に僅かな白い魔法光が見えた。恐らく、出血してたのだろう。ギーシャの言ったように舌ではなく、唇を噛んだのはある意味英断と言える。
 が、一部始終ばっちり盗み見ていた私は、全身総毛立った。
 あれ、時々やるよね。唇じゃなくて、頬の内側だけど。もー、痛いのなんのって。あの自分の肉を噛み千切らん勢いで噛んだ感触も考えるだけで嫌。

 不安とか関係ないとこで体が震えてきた。
 視覚的に痛いのとか、怖いのとか、グロいのダメなんだよー! フィクションなら平気なんだけど、今回はある意味生々しかった。リアルな痛みだった。

 ゆらりと、マリス嬢が身を震わせて立ち上がる。止血も痛み止めも既にやっているのだろうけど、噛んだ感覚が残るゾワゾワ感はまだ治まっていないのだろう。

「大変お見苦しいところを──ふおへあっ!?」

 マリス嬢が色々誤魔化すような笑顔を浮かべるが、それもギーシャに顎から頬を手のひらで捕らえられた瞬間に呆気なく崩れる。

「本当に? ああ、いや。マリスは治癒魔法が得意だったな。すまない。少し驚いた──マリス?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はーれーるーやー」

 マリス嬢からなんか白い湯気が出た。
 ・・・・・・分かってる。ギーシャに悪気はない。純粋な善意なのだろう。本気でマリス嬢の怪我の心配をして、確認しやすいようにマリス嬢の顔に手を添えて覗き込んだのだろう。
 が、これは恋する乙女には刺激が強すぎでは?
 てか、先日のテルファ様といい、すーぐそういうことしちゃうの? 王族って? いや、あの人のは明らかに含みっつーか、探りがあったけど。
 ギーシャのは百パー天然だろうしなぁ。まさか、ヒロイン補正ならぬ、攻略対象補正とかいうんじゃあるまいな。

 てゆーか、結論。

 マリス嬢、撃・沈!

「マジかー・・・・・・流石にこの展開は予想外・・・・・・いや、十分あり得たな!?」

 起こってから考えると、割りと想定出来たかもしれない。
 いや、マリス嬢が思いの外、初心でギーシャが想像以上に天然に育ってたけど!
 えー、どうしよう。

 ──よし。

「リンス嬢、いざ出陣!」

 全ての命運はリンス嬢に託された!
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