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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

当たり前にあるもの

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「ギーシャ王子」

 甘く甘く、とろけるくらい柔らかな声。

 ・・・・・・え、誰?

 なんて一瞬思ってしまうほど甘い声で、マリス嬢はギーシャを呼んだ。
 その声音に驚いてしまったけど、そもそもギーシャに対してはこの声がデフォなのだ。
 ギーシャも呼ぶ声に反応して、瞼を上げた。
 その目でマリス嬢を捉えると、僅かに口元を綻ばせる。

 色々あったけど、少なくともギーシャの中にはちゃんとマリス嬢への好意がある。
 マリス嬢からの好意の解釈違いと、自虐的な思考が生み出したものとはいえ、確かにある気持ち。

 そういえば、今ギーシャの好意の解釈に気づいてるのって私だけなんじゃ・・・・・・。

 いや、それもそれで繊細な部分だ。無闇矢鱈に触れない方がいい。今はとりあえず見守ろう。うんうん。決して問題を先伸ばしにしてる訳じゃないよ?

「何か用か? マリス」
「はい。ミリア嬢にお訊きしたのですけれど、謝辞の内容を変更されるのですか?」
「ああ、もう話す内容自体は考えてある。すまない、ちゃんと伝えるべきだった──ああ、やっぱりこういうところだな」

 聞き耳を立てているので、会話の内容はばっちり聞こえている。
 ギーシャは自嘲を浮かべながら、軽く握った拳で眉間を押さえた。

「ギーシャ王子、変更するに至って、どのような心境の変化があったのかお訊きしてもよろしいでしょうか? もし、何かお心に鬼胎があるようでしたら、どうぞ打ち明けて下さい。このマリス、必ずや全身全霊を持ってギーシャ王子のご懸念を払うべく尽力させていただく所存でございます」

 ・・・・・・いや、ほんとにあれ、誰!?
 ギーシャに対しては通常運転があれだと分かっていても、私たちに対するギャップとでクラクラしてくる。

 一言一句が丁寧過ぎて、献身的過ぎて。
 あれが恋心を向ける相手に対するマリス嬢のスタイルなのか。
 今まではゲーム感覚で観察してきたけど、こうやって認識を変えて改めて眺めていると、なるほどこれは確かに転生者ですわと納得する。
 喫茶店を営む一般家庭で育ったにしては、全てが上品過ぎる。いや、前世の一般家庭で育ってもあんな台詞がすらすら出てくるような育ち方をするとは思えないのだけど。
 リンス嬢程じゃないけど、マリス嬢の前世も大分謎だった。

 思わず意識がマリス嬢に持っていかれそうになったけど、今はギーシャだ。
 私はポーカーフェイス──先程のマリス嬢とリンス嬢の評価から考えるに多分実行出来ていない──で、全神経を耳に集中させる。

「ミリア嬢、まだ顔色が優れない様子なので、よろしかったら私のショールをどうぞ。それからスタッフに頼んで何か温かい飲み物でも持ってきて貰いましょうか?」
「いえ、飲食はパーティーで食い散らかす予定ですので我慢します。ショールありがとうございます」
「・・・・・・もしかして、あまり心配する必要ありません?」

 元よりメンタルは安定している方だし、安定させやすい方だ。
 ただ、一つだけ致命的な地雷を抱えてるだけ。
 マリス嬢がギーシャに訊きに行ってくれた時点で大分持ち直した。ただ、まだ危うい。つつけば倒れるトランプタワー状態だ。
 リンス嬢が肩に掛けてくれたショールを胸元で掻き抱いて、息を潜めてギーシャの言葉を待つ。

「そこまで気に掛けてくれるとは・・・・・・やっぱりマリスは優しいな。ありがとう。だが、問題ない。ただ、自身の馬鹿さ加減に呆れていただけだ」
「ギーシャ王子は馬鹿ではありませんよ!」

 マリス嬢が勢いよく否定した。リンス嬢もうんうんと頷いていた。
 恋に盲目になっていない私は反応に困った。

「いや、そこは事実だから否定しなくていい。本当に馬鹿だった──会場を見るまで気づかなかった」
「何に、でしょう?」

 マリス嬢が訊ねる。
 ギーシャは何に気づいたのだろう?
 私とマリス嬢はギーシャが気づいた何かがある会場を見つめた。
 何となく分かる、と言っていたリンス嬢だけが、ギーシャから目を反らさなかった。

 ギーシャは答える。

「笑顔」
「笑顔」

 隣にいるリンス嬢も、見えない力に引かれるように口にしたたった一言。

 それは今、ごく当たり前にパーティーを今か今かと待ちわびている生徒たちの顔に浮かんでいる喜色だった。
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