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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

ギーシャの気づき

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「おおー! 入ってる入ってるー♪」

 主催者側の控え室から会場内を見渡す。
 シーエンス家の大広間はすでに、動員されたフレイズ学園中等部の今期卒業生で埋め尽くされていた。

 ザワザワ。

 それぞれ、友人との話に花を咲かせているのか、皆、楽しそうにしている。

 今のところ、このパーティーに対する不満は見当たらない。
 まぁ、王族相手にそんな態度を取れないっていう理由もあるかもしれないけど。

「えーっと、最初は予定通り、開始の挨拶と謝罪会見だけど、ギーシャ、いける? ・・・・・・ギーシャ?」

「・・・・・・」

 呼び掛けても返事がない。
 どうしたんだろう? ひょっとして、やっぱり怖くなったりしちゃったのかな?
 さっきも緊張で魔力が暴走してたし、流石に王族の魔力暴走を見られるのは良くないだろうからハラハラしてしまう。

「──?」

 これは、何だろう?
 ギーシャの顔を窺って、私は思った。
 ギーシャの顔には緊張はなかった。恐怖も。
 ただ、敢えて言葉にするなら、呆然としている、という言葉が当てはまるという。
 それも、失意や絶望からくるものではなく、純粋な驚きを秘めたような酷くすっきりとした呆然顔だ。

 いつも差している悲哀の影が息を潜めた澄んだ瞳で、会場内を見つめている。
 それから暫くすると、ギーシャは瞑想をするようにすっと目を伏せた。

「ギーシャ、大丈夫?」

 今度は、袖を摘まんでくいくいと引っ張りながら訊ねてみる。
 引っ張られたのには流石に気づいたようで、ギーシャがこちらを見て、私と視線がかち合う。

「──」

 ギーシャは笑っていた。
 苦笑のような、自嘲のような、微笑のような。
 或いは、そのどれも当てはまらないような笑顔を浮かべ、そしてそっと私の肩に額を押しつけた。

「ぎ、ギーシャ?」

 突然のことに面食らった私は、固まって瞬きを繰り返した。

「・・・・・・・・・・・・」

 両腕を掴まれているから、身動きが取れない。
 とは言え、ずっとこのままでいる訳にもいかないから、私はギーシャに声をかけた。

「ギーシャ、ギーシャ。どうしたの? どこか苦しいの?」

 そっと頭を撫でると、無意識なのかギーシャの頭が僅かに揺れ、銀色の髪が首筋に当たってくすぐったい。そんな場面でもないのに笑いそうになって、奥歯を噛みしめ、なんとか堪える。

 昔、こんな風にギーシャにすがりつかれたことがある。

 多分、ギーシャの人生の中で一番辛かった時期。
 外界を拒んで、人との関わりに怯えて、自分だけの世界に閉じ籠っていた時。
 従姉弟という関係性からか、私はその領域に立ち入るための鍵を与えられた。
 誰を拒んでも、ギーシャは私のことはいつも部屋に招き入れてくれた。
 一緒に遊んで、お菓子を食べて、本を読んで、たくさんお喋りして。
 ただ、それだけ。

 そんな日々の中で──きっと、お父様たちが何かフォローしていたのだろう──ギーシャはほんの少しずつ回復していった。
 ギーシャに何があったのかも、あの時何を思っていたのかも知らない。ただ、もし、私があの時のギーシャの力に少しでもなれていたらいいと思っていた。

 一度、ギーシャの手を放してしまった私にもう、その資格はないのかもしれないけど。

 私は、今のギーシャを知らない。
 男子三日会わざれば刮目してみよ、なんて言うんだから、三年も開きがあればどんな変化があっても不思議じゃない。
 変わってないところはこの三日で知った。けれど、変わったところはまだ、ほとんど知らないのだ。
 もし、知ってるとしたら、それは『祝愛のマナ』の攻略対象としてのギーシャ・ライゼンベルトだけど、偶像のギーシャと本物のギーシャは違う。
 ゲームのヒロインから見たギーシャと私から見たギーシャも。

 ──だから、今、ギーシャが何を考えているのかが分からない。

 さっきはギーシャが緊張していると分かった。
 あれは、昔と変わらない人前に出るのが苦手なギーシャだから。

 じゃあ、今のギーシャは?
 表情から緊張ではないし、私の腕を掴む腕だって震えていない。

 頭をグルングルンのフル回転させて、正しい言葉を探していると、溢すようにギーシャが喋った。

「本当に・・・・・・つくづく、俺は視野が狭いな・・・・・・」

「へ?」

 何の話か分からないでいると、ギーシャの頭が私の肩から離れる。

「ミリア、悪いがこれを処分してくれるか。もう使わないから」

「え? え!?」

 手渡されたのは、昨日考えた謝罪文。
 いや、ギーシャの頭ならこれくらいの文字数丸暗記出来るだろうけど、何故、このタイミング?

 ギーシャの言動が理解出来ず、ギーシャの顔と手元の謝罪文を交互に見て慌てふためく私の隣で、ギーシャはやっぱり、苦笑のような、自嘲のような微笑を浮かべ、ざわめく大広間を眺めていた。
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