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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

似た者兄妹

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「とりあえず、母さんたちに見つかったら話どころじゃないから先に済まそう。この部屋でいっか」

 そう言ってアルクお兄様が一番近くの部屋の扉を開けた。
 この通路一帯は客間になっていて、どの部屋にもテーブルと椅子は用意されているから、特に問題はないだろう。

 流石は公爵家と言うべきか、客間も広い。
 扉を開けた所は小さな応接間になっており、そこに備え付けられた一組の椅子に腰を下ろす。

「おっ、いいもん見っけ。これでちょっと昨夜のシーエンス家のことと、今朝の魔法管理局でのこと教えてくれるか?」

 そう言って、アルクお兄様はローテーブルの引き出しから客人の為と思われる小さなチェス盤を取り出した。



「で、マリス嬢が一番に気づいたんですけど、その瞬間に蝙蝠がギーシャに」

 白のキングの後ろに黒のポーンを二つ置く。
 キングはギーシャ。ポーンは蝙蝠を表しており、私は次いで黒のナイトと黒のルークを手にした。

「それらはギルハード様とリンス嬢のお二人が対処されました」

 ナイトとルークを持ったまま、私は二つのポーンを倒す。ポーンはころころ転がっていき、盤外へと転げ落ちた。

「その後、私とギーシャは王宮に戻ってお父様に相談していたのですが、そこでお父様がシーエンス家でマリス嬢たちが蝙蝠たちに襲われているのを視たので急いで戻りました」

 私は掌中の白のキングと白のポーンを盤上に戻し、マリス嬢たちに見立てた駒と合流させた。

「その後は蝙蝠の襲撃やら、謎の手形に追いかけられたりしながらも犯人を探知して、外へ。屋上にいたイクスをリンス嬢が叩き落としました」

 そう言って私は黒のキングと黒のルークを激突させる。本来であれば同色の駒が激突することはないけど、駒の選択は完全に私の独断と偏見だ。

 私が白のポーン。
 ギーシャが白のキング。
 ギルハード様が黒のナイト。
 マリス嬢が白のクイーン。
 リンス嬢が黒のルーク。
 キリくんが白のナイト。
 イクスが黒のキングだ。

 そして──、

「イクスを尋問している時に、呪術師・ルイアンさんが現れました」

 コトリと黒のキングの脇に黒のビショップを置く。

「呪術師か・・・・・・珍しいな」
「はい。ルイアンさんはイクスと一緒にギーシャを襲撃するよう言われていたそうです。目的はあくまでマリス嬢だったようですが」
「ふんふん。それで、今日──ん? いや、そういや何でミリアが魔法管理局に行くことになったんだ? 危ないだろ」

 確かに。そんなことのあった翌日であれば、普段の私なら敵のいる場所になんて行かないけど、私には大事な用があった。

「勿論、壊してしまったシーエンス家の修繕費の請求に」

 当たり前のことです。と答えたら、何故かアルクお兄様は椅子の背凭れに顔を押し付け、小刻みに震えだしてしまった。

「アルクお兄様? 寒いのですか? ブランケットでもお持ちしましょうか?」

「いや、ミリアらしいなって。うん、わかった。続けて」

 アルクお兄様の顔がやけに強張っていたのが気になったけど、私は促されるまま話を続けた。

「魔法管理局に顔の利くマリス嬢と一緒に今朝訪ねて、そこでイクスを見つけました」

「ん? 何で、白のポーンとクイーンが分裂してるんだ? これ、ミリアとマリスって子だろ?」

 ぐっ! やっぱり誤魔化しきれなかったか。

「いえ、その──マリス嬢が関係者以外立ち入り禁止の部屋に入っている時に見かけたもので」
「ミ~リ~ア~? 危ない奴を一人で追いかけたのか?」

 そう言ったアルクお兄様に両頬を摘ままれ、引っ張られた。少し力が込められていたので、普通にちょっと痛い。

「ひひゃ、ひょのひょへっひょうは、もう──」
「なんて?」
「そのお説教はもう、マリス嬢と聖女様からされました。って、いひゃいいひゃい!」

 うぅ、三回も怒られた。
 自身の迂闊さが招いたことなので、言い返せないが地味にショックだ。

「で? このイクスがテロール子爵の所にミリアをつれてったの?」
「はい。正確にはその隣の部屋です。元々、イクスが防音魔法をかけてたんですけど、私にも内容を聞けるようにしてくれて」
「ランカータの手駒が? なんのために?」
「多分、理由はないと思います。イクスの行動原理は理屈とは無縁のようですから。愉快犯の類いに近いです」

 何を訊いても、知らぬ存ぜぬ。或いは面白いから、楽しそうだからしか返って来なかったイクスの行動に深い意味はないと思う。
 何というか、私の魔力を食おうとした時もそうだけど、悪意はないのよね。まるで、生まれたての赤ん坊みたいに好奇心だけで動いてるってゆーか。

「う~ん。歳はミリアたちと同年代くらいで、背格好はギーシャと同じくらい。群青色の髪と、暗い赤い瞳の闇魔法を使う青年か。少なくとも、以前見せて貰った闇魔法の前科者リストにはいなかったな」
「アルクお兄様、そんなものまで閲覧出来るんですか?」

 魔法使いの犯罪者リストなんて、魔法管理局の魔法犯罪対策に携わる者の中でも上官しか見れないのに。
 というか、何でアルクお兄様がそんなものを?
 じとーっと視線を向けると、アルクお兄様は気まずそうに椅子ごとちょっと後退した。

「ああ、いや・・・・・・」
「まさか、お父様に頼まれて──」

 私もギッと椅子ごとアルクお兄様に詰め寄る。

「違う違う! 父さんは関係ないって!」
「でしょうね」
「え? ──あっ!」

 アルクお兄様の「しまった!」という顔に私はしてやったりと笑って姿勢を正す。
 アルクお兄様がお父様のお手伝いをしていることは知ってるけど、あのお父様がそこまで危険なことを我が子にさせるとは考えにくい。
 だからカマをかけてみたけど、ドンピシャだったようだ。

「ア~ル~ク~お~に~さ~ま~? お兄様は普段、一体どこで、何に首を突っ込んでらっしゃるんですかー? 前科者リストって」
「しー! しー!」

 アルクお兄様が人差し指を立てて、慌てながら首を振る。

「いや、それは偶然たまたまっていうか、たまたま街角でぶつかった女の子が変な奴らに狙われていたから、追手の身元と根倉を掴んで一網打尽にするために──伝手を頼ってチョロ~っと」

「どこのラノベ主人公ですか」
「ラノベ? 新しい魔法道具かなんかか?」

「いえ、何でも。というか、街角って王都じゃないですよね? またお父様に頼んで、陛下に内緒で通行証発行して貰ったんですね」

 アルクお兄様がギクギクッと体を跳ね上げ、そっぽを向く。
 苦笑いを浮かべた顔に冷や汗が伝っている。

 王都の出入りには通行証が必要になる。

 まぁ、危険物の持ち込みや機密情報の持ち出し対策の為のものだから、いくつかのチェックで問題がなければ割りとあっさり発行して貰えるけど、王様が過保護なせいで私たちきょうだいはなかなかこれを発行して貰えない。

 だから、アルクお兄様はこっそりお父様を通して王様にバレないように通行証を発行して貰っている。
 ちょっとグレーゾーンっぽいけど、発行に必要な手続き事態は正規の手順でとっているから問題ないだろう。
 だから、それ事態はいいんだけど、アルクお兄様が一人で王都の外で遊ぶのも羨ましいけど、いいんだけど──なーんか、危ないことにちょくちょく首突っ込んでるみたいなんだよね。

「別に自分から首突っ込んでる訳じゃないぞ。何か調べてるうちに厄介事がでかくなってるっていうか」
「そんなことしてるなら、いっそ、王宮にでも勤めたらどうですか? 所属によっては王都を好きに出入り出来──何なんですか。そのレモン丸かじりしたような顔は」

 王宮勤めの話を出した瞬間に、アルクお兄様の顔面がしわくちゃになった。
 折角のお父様似の美貌が台無しになっている。
 アルクお兄様に分かりやすくレモンって言ったけど、どちらかというと梅干し食べた時みたいな顔してる。というか、顔が梅干しみたいになっている。

「なんで、そんなに嫌がるんですか。お父様にも会える頻度増えますよ?」
「父さんには会いたいけど、俺は王宮は無理。パス」

 断固拒否とばかりに腕でバッテンを作るアルクお兄様。

「まぁ、アルクお兄様は自由を好まれる方ですし、どのみちいずれはこの家を継がなくてはいけませんものね。今から役職に縛られるのは嫌ですか?」

 アルクお兄様だって、今が一番好きに出来る年頃だもんね。
 実際、国内放浪やら、現役騎士団長に弟子入りして騎士の称号獲得したり、色んな検定やったり、魔法石の採掘に参加したり。フットワークが羽毛級だ。
 学園を卒業して、家督を継ぐ前。
 公爵になったら、仕事の都合で余計に自由にうごけないだろうし。
 そう思って訊ねたら、今度は何故か鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をされた。

「? 違うんですか?」
「え、あ、うん。それは──あるな。うん、今は役職とか肩書きはいらないかな」

 どうやら、完璧に的外れという訳ではなかったようだが、役職に縛られる以上に王宮で働きたくない理由があるようだ。

「あー、もう! それはいいから、今はランカータの方が大事! で? テロール子爵は何て言ってたんだ?」

 強引に話を戻されてしまったが、確かに今はこっちが大事。
 とはいえ、心配だから釘刺しておこう。

「話を戻すのはいいですけど、アルクお兄様はくれぐれも──」

 危険なことはしないでください、というところで、私は固まってしまった。

「ミリア?」
「・・・・・・何でもないです」

 私の言うことを予想して構えてたであろうアルクお兄様は突然口を噤んだ私に拍子抜けしたようだ。

 本当は危ない真似は控えてくださいって言いたいけど、言えない。

 だって、何故なら私は春休みに確実に一個は厄介事に首を突っ込むからだ。
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