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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

ミリアと妄想力

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 ・・・・・・ファンタジーの世界に水洗トイレって。

 じゃーっという水が流れる音を聞きながら、水道で手を洗ってそんなことを思った。

 トイレに行くと毎度思うけど、この世界観って本当に変わってるよなぁ。
 完全に中世辺りの文化から、魔法を使ったオリジナルの文化がある中、トイレだけは前世と同じ仕様だからか、まるで遊園地のアトラクションから出てきたような心地がする。

 ──何はともあれ、決壊は免れた。

「はぁ、危なかった。中等部卒業して直後にこれって」

 ある意味、ここ数日一番のピンチを切り抜けた私はとぼとぼと廊下を歩く。

 着ていた服を着替え部屋に置いて来ちゃったし、お母様たちもまだいるだろうから戻らないと。
 何より服が着たい。

 今の格好は前世では部屋着と変わらないけど、一応、この世界では下着姿なんだよねぇ。
 いや、制服の時につけるのは前世寄りの下着なんだけど、それはやっぱデザイン重視ってことかな。
 そもそも異世界ものに文化や時代ごちゃ混ぜなんてあるあるだし。

 とにかく、私自身はそこまで気にするほどのことではないけど、この世界的には今の私はお行儀がよくない格好をしている。
 メイアーツの本邸に仕えているのはほとんど昔からの顔馴染みだから問題ないだろうけど、やっぱ服は着といた方がいい。
 そして、なるべく人に見られない方がいい。
 もし、こんな格好のところを見られて、「どうしたんですか?」なんて聞かれたら、中庭に穴を掘って永住したくなってしまうだろうから。
 この場合格好より、この格好に至るまでの経緯が問題なのだ。

「あ、ミリア。いたいたー」
「・・・・・・えぇー・・・・・・せーふ?」
「何が?」

 こそこそしていたのに、速攻でアルクお兄様とエンカウントしてしまい、私は脳内で身内だからギリセーフという判定を下した。
 だが、そんな私の脳内審判を知る由もないアルクお兄様はきょとんとしている。

 この様子だと、私と話をしに来たのだろう。よかった。出くわすのが、トイレに向かっている時じゃなくて。
 いくら兄でも、慌ててトイレに駆け込むところは見られたくない。というか、こういう時は身内に見られる方が嫌だ。

「というか、何でそんな格好してるんだ?」
「どうしても理由が知りたいなら、アルクお兄様の黒歴史を教えてください」
「黒歴史って?」
「過去の自分の恥ずかしいエピソードです」
「んー、そうだなぁ。昔、テルファとかくれんぼしていたら──って何で自分の恥ずかしい話暴露しなきゃなんねーんだよ!?」
「何かを得るには同等の対価が必要なんですよ」

 恥ずかしい話には恥ずかしいエピソードをってね。

「言いたくないなら、言いたくないって言えよ」
「いやぁ。ところで、アルクお兄様らテルファ様とかくれんぼしてどんな恥ずかしい目にあったんですか?」
「お・ま・え・な~。俺の恥ずかしいエピソードだけ聞き出そうとするんじゃない」
「あはは、ごめんなさーい」

 頭をぐりぐりされたけど、手加減されてるから全然痛くない。寧ろ、くすぐったいぐらいだ。

「まー、いいや。というか、ミリアよくあの二人のとこから脱出出来たな。俺、いくつか脱獄プラン練って来たんだけど」
「脱獄って・・・・・・私は囚人じゃないんですけど」
「そうだけど。あの二人、看守とか向いてると思わない? 狙った獲物逃がさないとことか」
「看守・・・・・・アルクお兄様のえっち」
「なんで!?」
「だぁって、看守服ってえっちですよー」
「えっちな制服って何。ミリアって時々感性独特だよな」

 いや、まぁお仕事の制服なんですから、えっちっていうのは失礼なんですけど、分かってるんですけど! さっきのアルクお兄様の言い回しで女豹の耳と尻尾をつけた看守服姿のお母様とユリアお姉様が浮かび上がって来てね!?
 しかも、前世のアニメや漫画の影響か、その服装が際どい。
 いや、想像上でもめっちゃ似合ってますけど!

 何か、転生してから二度目の思春期に入ってからと言うものの、前世の知識も合わさって妄想力がアップしている気がする。

 そして、トータル精神年齢が大人ということと、思春期の思考で羞恥心も二倍! しかし、妄想は止まらない。

 うーん、私ってやっぱ体の年齢に引っ張られてるのかなー。

「何でもないです。一定層の需要と供給の話ですから。動物の耳と尻尾の汎用性の高さに感服してるだけです。猫とかバニーとか鉄板ですね」
「おーい、帰ってこーい」

 猫といったらメイドさん。ウサギといったらバニーガールだよねぇ。
 思えば、アニマルと制服の組み合わせって最強クラスだよねぇ。
 猫耳とかマリス嬢に似合いそう。てゆーか、ゲームでしてたな。実家の喫茶店のウェイトレス姿で白い猫耳。スチルが可愛かった。
 ゲームのマリス嬢はマンチカン的可愛さだけど、現実のマリス嬢はツン要素強めのペルシャ猫って感じだなぁ。
 あ、キリくんも猫っぽい。本人は犬耳だけど。ギルハード様は黒い狼かなぁ? 公式でも大きな黒狼とのイラストが出てたし。

 ギーシャは・・・・・・んー、なんだろうなー。外見が神秘的だから、リアルの動物で想像しにくい。

「王様とかテルファ様はライオンって感じがしますよね」
「ライオン?」
「ほら、王様って言ったらライオンじゃないですか。百獣の王! がおーって」
「そーか? 陛下はともかく、テルファはライオンではないだろ」
「じゃあなんですか?」

 王様とテルファって似てるから、王様のイメージがライオンなら、テルファ様もライオンでいい気がするんだけど。
 あ、でも、ギーシャも髪と目の色で印象ががらりと変わってるから分かりにくいけど、顔立ちは王様そっくりなんだよねぇ。
 てことは、ギーシャはホワイトライオン? でも、ギーシャに鬣は似合わない気が──

「ぶほっ!」
「今度は何!?」
「げほっ、げほっ、な、何でもありません」

 ホワイトライオンとギーシャのイメージを結びつけようとしたらら何かギーシャがモヒカンになった。
 ごめん、ギーシャ。

「と、ところで、じゃあアルクお兄様はテルファ様はどんな動物っぽく見えますか?」

 話題を変えて一刻も早く、ギーシャのモヒカンを何とかしてあげようと、私はアルクお兄様に訊ねた。

「ミリアの脳内でどんな思考が展開されてたのか全く分からないけど──そうだなぁ。獅子の威に憧れる狐か・・・・・・白いハリネズミ、かな」

 そう言ったアルクお兄様は窓の外を見ていて、表情を読み取ることは出来なかった。

 窓の向こうには夜の帳に包まれた広大なメイアーツ家の庭が広がっており、その先には橙色の街明かりが柔らかく浮かび上がっている。

 灯りの中央で夜の太陽のように王宮の灯りは一際強く輝いていた。
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