上 下
150 / 183
第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

四きょうだい

しおりを挟む
「ミリア、おかえり」
「あ、エルクお兄様。ただいま帰りました」

 伏し目がちな赤というよりは鳶色に近い瞳が魅力的な細身の男性。
 次兄であるエルクお兄様も出迎えてくれた。
 両腕を広げて待ち構えていたので、私もぎゅっと抱きついてハグをした。

「ミリアちゃん~、お帰りなさーい♪」
「ユリアお姉様もただいまです」

 少し癖のある私とは正反対の真っ直ぐな髪と、丁度私とアルクお兄様の中間色くらいの色味の強いピンクの瞳をした美人さん──ユリアお姉様も兄弟妹の輪に加わり、私はお姉様ともハグをした。
 このハグは、メイアーツの親子、兄弟姉妹でいつも行われる行為だ。
 元々、何年経ってもラブラブ夫婦なお父様とお母様がことあるごとにハグをしていたため、それを見て育ったアルクお兄様にハグ癖がついたそうで、私が産まれた時には家族間での当たり前な行為になっていたそうだ。
 しかし、今日はアルクお兄様のハグを避けてしまったので、アルクお兄様はすっかり拗ねてしまった。

「エルクやユリアとはするのに、俺とはしてくれないの?」
「いや、私とアルクお兄様の体格や体重の違い考えて下さい。アルクお兄様の体格であの勢いでハグされたら私、転倒してしまいます」

 まだ背中の痛みが完全に引いたわけではないので、うっかり転んで打ち付けるなんて真似は御免被ります。もしそうなったら、鬼になったカルム先生の雷が落ちかねませんし。

「なので、普通にしてくれるなら構いませんよ。アルクお兄様。ただいま帰りました」

 そう言って、アルクお兄様に腕を広げて歩み寄る。

「おかえりー!」

 すると、アルクお兄様はぎゅっと力一杯抱き締めてくれた。いや、ちょっと力強すぎない?

「アルクお兄様、痛い痛いー!」




 食事は出来る限り皆で一緒にするのがメイアーツ家のルールです。
 なので、お母様の仕事が落ち着くまで、私たち兄弟姉妹はよく溜まり場にしている屋敷の一室──私はきょうだいルームと呼んでいる──で皆でお喋りをすることにした。

「あ、そういやミリア。テルファに会ったんだって?」
「はい。道に迷ったところを助けていただいて──ティーカップを押し付け──いえ、頂きました」

 アルクお兄様とテルファ様は一歳違いで、フレイズ学園の高等部ではアルクお兄様が訳あって一年留年したから、二人は同級生だったんだよね。

「どうだった? 相変わらず嫌な奴だったろ?」

 私の隣に座って抱きついてきているアルクお兄様が、笑顔でとんでもないことを言い出した。

「アルクお兄様、いくら従弟とはいえ、その発言は不敬という前に失礼では。本人が訊かれたら──」
「大丈夫。俺、テルファにもお前性格悪いなっていつも言ってるから」
「何も大丈夫じゃない!」

 え、何? アルクお兄様とテルファ様って仲悪かったっけ?
 私は上三人の兄姉と少し年が離れてて、特にアルクお兄様とは年齢に開きがあるから、家の外でのアルクお兄様のことって本人から訊いたことくらいしか知らないんだよなぁ。

「そう言えば、最近はあまりテルファ様の所行かないよね。アルク兄さん。何かあったの?」

 私の後ろでソファの背凭れに肘を預けているエルクお兄様がアルクお兄様に訊ねた。

「んー? 別に。俺もテルファももう成人してるんだし、いつも一緒って訳じゃないだろ」
「ふぅん? てっきり二人は大人になっても一緒だと思ったけど」
「ねぇねぇ、ミリアちゃん。明日のパーティーのドレスはもう決めてるの?」

 アルクお兄様とは逆隣に座って、私の腕をぎゅっと組んでいるユリアお姉様が新しい話題を振ってきた。

「ドレスなら、三ヶ月も前から、お母様とお姉様が選んで下さったじゃないですか」

 そして私は延々と着せ替え人形にされましたよね。
 ドレスって着替えるのが大変だし、ずっとコルセットつけてて苦しいし、疲れて最後の方の記憶飛んでたから、結局お姉様たちがどんなドレス選んだか知ったのパーティー当日でしたけど。

「・・・・・・え? まさかミリアちゃん、前と同じドレスを着ていくの?」
「はい。幸い、どこも汚れたり、破れたりはしてなかったので問題ないかと」
「問題大アリよ!」

 ユリアお姉様の顔がぐいっと迫ってくる。おおう、美人さんの鬼気迫る顔は怖い!

「そんな短期間に同じドレスなんて有り得ないわ! いいこと? ミリアちゃん。社交の場においてドレスとは家の懐事情や着ている人間の情報収集能力を誇示する場──女にとっての戦場でもあるのよ!」
「せ、戦場?」

 ユリアお姉様の物騒な言葉に戦く。

「いかに最先端の流行を取り入れ、どう使うか。特に身分の高い女性はそれこそ、自身で新しい流行を生み出すことだって出来てしまうほどの影響力を持っているの」
「お母様やお姉様みたいにですか?」
「そうね。特に服装や装飾は身分の高い女性を真似するって言うのが主流だし。ミリアちゃんだって色んな人から注目されてるわよ。それが煩わしいから社交界にほとんど顔を出さないのでしょう?」

 バレバレよっとお姉様に頬をつんつんとつつかれる。

「うっ! だって、面倒なんですもん・・・・・・」

 何せ、実家が王族の次に力のある公爵家。
 メイアーツ家は筆頭公爵ではないものの、代々積み重ねてきた功績がある公爵家の中でも古参と呼べる家だ。
 その上、叔父が国王陛下。王様がブラコンってことは周知の事実。貴族の中では王子王女や王妃様たちより、お父様に媚びた方が得とか密やかに言い合う人たちもいるくらいだ。
 とは言え、お父様は基本聖羽宮から出てこられないし、体が弱いから誰とでも交流できる訳ではない。そうなると、自然と子供である私たち四きょうだいにごますりが集中するわけで──うん、面倒くさい。

 そもそも、王様は基本ブラコンだけど、公私は分けるタイプだし、目に余る公事に私情とか挟んだらお父様に窘められるからそこら辺はちゃんと人を見てる。
 王宮に務めるのがどんな人間か把握するために、身分や役職を問わずに気軽に謁見出来るシステムだって作られているのだ。
 つまり、出世したければ、媚びるより一生懸命働いて成果を出せってことですよ。基本実力主義なんですから。

「だからっていつまでもはサボれないのよ?」
「大事な式典や親しい人が主催のパーティーには出席してますよ」
「それは当たり前。責務や通すべき筋があるもの。大事なのはよく知らない人。知らないを知らないままにしておくといつか足元を掬われるわ。会うだけでも人となりは多少は分かるんだから」
「う~」

 パーティー自体は嫌いじゃない。ご飯美味しいし、珍しいものが見れたりするし。
 ただ、知らない人に拘束されるのって好きじゃない。
 そういうのが苦手って訳じゃない。むしろ、やり過ごすのは得意な方だ。だからって好んで絡まれに行こうとは思わない。それだけ。

 お姉様、ごめんなさい。お姉様の言葉は正しいと思いますが、私は限界ギリギリまでは逃げたいのです。

「あ、そうそう。エルクお兄様、これなんですけど」
「露骨に話題変えたな」
「もう、ミリアちゃん!」

 両サイドからアルクお兄様とユリアお姉様の声がしたけど、私は聞き流してエルクお兄様に今朝渡された例の魔法道具を返した。あ、でもこれって。

「壊れてるってことは使ったんだね。何があったの?」

 魔法の反動で壊れてしまった例の懐中電灯型の魔法道具を見て、エルクお兄様は訊ねてきた。
 まぁ、そうなりますよね。
しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

転生したら乙ゲーのモブでした

おかる
恋愛
主人公の転生先は何の因果か前世で妹が嵌っていた乙女ゲームの世界のモブ。 登場人物たちと距離をとりつつ学園生活を送っていたけど気づけばヒロインの残念な場面を見てしまったりとなんだかんだと物語に巻き込まれてしまう。 主人公が普通の生活を取り戻すために奮闘する物語です 本作はなろう様でも公開しています

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

処理中です...