上 下
148 / 183
第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

私たちはそれを知っている

しおりを挟む
「自分の奥さんが娘に刺客を送り込んだら、理由がどうであれ、お父様は悲しいと思いますよ」

 リンス嬢のお母様、つまりシュナイザー夫人は娘に護衛をつけさせたいんだろうけど、その手段がおかしい。ついでに、侯爵家が集めた護衛候補を全員倒せるリンス嬢もかなりおかしい。

「そういうものですか? 前世の両親はむしろ、嬉々としてお母様と同じことをしそうなんですけどね」
「この世界で娘に刺客向けるのもかなり変ですが、前の世界でそれって──」

 なんだろう。私たち転生者の中で、リンス嬢が何だか異色な気がする。
 日常系漫画のキャラクターとバトルものの少年漫画のキャラクターをコラボさせてみました感が強い! ここ、ファンタジーの世界なんですけどね。

「私としては強者との闘いは楽しかったんですけどね。血湧き肉躍る闘い以外で私が興味持ったのは『祝愛のマナ』ぐらいなものです」
「興味の対象の振り幅が凄いですね」

 むしろ、何故乙女ゲームにハマったんだろう。いや別にゲーマーが皆インドア派とは限らないか。

「でも、やっぱりリンス嬢の強さの秘訣は前世に絡んでましたか」
「はい。前世の記憶を思い出す前から、体を鍛えるのが好きだったので、無意識に引きずられていたんだと思います。一応、お母様に言われて隠してたんですけど」
「もう全く隠さなくなってません?」
「ギーシャ王子にバレたので、後は誰にバレてもいいかなって」

 ああ、ギーシャに怪力がバレたって落ち込んでたっけ。その後は普通に怪力披露してたから、もう隠さないことに決めたようだった。立ち直りが早い。

「ところでミリア嬢」
「はい?」

 名前を呼ばれて返事をすると、リンス嬢のつむじが見えた。

「この度は申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げたリンス嬢は、はっきりとよく通る声で謝罪の言葉を述べた。

「はぁ」

 私はつい、生返事を返してしまう。えっと、この謝罪はパーティーの件、だよね。

「あの女・・・・・・マリス・リアルージュがミリア嬢に謝罪したと聞きまして。元は私がマリス・リアルージュを投げ飛ばしたのが原因なのに、謝罪を失念しておりました。重ね重ね、申し訳ありません」
「いえいえ。気にしてないので」

 本当に気にしてないので、私はへらりと笑ってそう告げた。すると、リンス嬢はツチノコを見つけたような顔でこちらをじっと見つめてくる。

「どうかしました?」
「いえ。あれほどの仕打ちを受ければ、貴族でなくても憤るものだと思うのですが・・・・・・」
「ああ。ほら、私一回死んでるじゃないですか。死を経験して、大抵のことは死ななきゃいっかで済ませられるようになったんです」
「私も同じ身の上ですが、そんな風には──」
「リンス嬢?」

 リンス嬢が話の途中で固まってしまったので、私はそっと顔色を窺ってみた。
 リンス嬢は青い顔で遠い目をしており、周囲にはどんよりとした雨雲が浮かんでいそうな雰囲気だった。

「リンス嬢、大丈夫ですか?」
「あ、はい。問題ありません。ちょっと、嫌なことを思い出してしまいまして」

 嫌なことというのは、話の流れ的に前世のことかな?

「文字通り、人生最期の赤っ恥なので詮索しないでいただけるとありがたいです」
「はぁ」

 気落ちしてしまったリンス嬢は、何やらぶつぶつと独り言を呟いている。
 どうしよう。話し相手が自分の世界に籠ってしまった。
 私は手持ち無沙汰なので、仕方なく窓の外の景色を眺めることにした。
 深い藍色の闇の中に、オレンジの街灯の灯りがよく映えている。前世の都会のネオンとは違う優しい光だ。
 元々、綺麗な景色を見つけたりするのが好きだったから、この世界の景観は大好き。流石中世風ファンタジー世界。どこもかしこもお伽噺に出てきそうな風景ばかり。

 馬車に揺られたり、魔法を使ったり、お姫様みたいな服を着たり。
 ほんと、前世とは全く違う日常を歩んでるよなー、私。

 ぼんやりとそんなことを考えつつも、耳に流れ込んでくるのは念仏のようなリンス嬢の独り言。
 よっぽどのトラウマでも思い出してるのかな?

 詮索しないでって言われたし、訳を訊くわけにもいかない。
 まぁ、仕方ないか。

 私も、リンス嬢も、マリス嬢も転生者。
 それはつまり、一度死んでいるということ。
 一つの人生を終えているということ。なら、トラウマの一つや二つあるだろう。
 ・・・・・・ん? いや、私は特にないな。うん、ない。
 むしろ、今世の方がトラウマ級の思い出あるぞ。
 いや、それは置いておこう。今のメンタルでそのこと深く考え出したら、振り出しに戻りかねない。双六じゃないんだから。

 ギーシャとの関係修復が出来てから、嬉しい反面、精神が乱れている自覚はある。
 けど、それをギーシャの前では見せたくない。お姉さんですから。
 だからこそ、私のトラウマ。ギーシャと距離を置くことになった理由を今克明に思い出すわけにはいかない。

 それでもあの金のリボンが──ええい! 消えよ!

 うん、楽しいことを考えよう。

 パンケーキ、アイスクリーム、ぬいぐるみ、ハートのクッション、星のオルゴール、パフェ──ジャイアントモンスターパフェ。やっぱ気になる。二頭百足海老も。

 脳内で何故か、ガチのモンスター化したパフェと頭が二つ、足が百ある巨大海老がビル群のど真ん中で対決を始めた。違う、これじゃない。

「ううぅ~ん・・・・・・?」

 私が唸っている間にも、リンス嬢の独り言は続く。

 シュナイザー侯爵家に到着するまで、馬車から令嬢の独り言と唸り声が途切れることはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)乙女ゲームの悪役令嬢に転生しましたが、私オジ専なのでお構いなく

海野すじこ
恋愛
運悪く事故に遭ってしまった優理花は 、生前はまっていた乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまう。 普通は、悪役令嬢に転生すると落胆するものだが···。 優理花は落胆しなかった。 「やったわ!悪役令嬢のエレノアじゃない!!エレノアは婚約者の王太子に婚約破棄された後、エヴァン侯爵(48)(イケオジ)の後妻にさせられるのよ。 私の推し···エヴァン侯爵の後妻とか最高すぎる!神様ありがとう!!」 お察しの通り···。 優理花はオジ専だったのだ。 しかし、順調にストーリーは···進まなかった。 悪役令嬢が悪役令嬢を放棄してしまったので、ストーリーが変わってしまったのだ。 「王太子様?どうして婚約破棄してくださらないのですか···?」 オジ専の優理花が、乙女ゲームの世界で奮闘するお話。 短編予定でしたがやっぱり短編無理でした(*T^T) 短編→長編に変更しました(^-^; ゆるゆる設定です。 ※只今番外編でルデオンとオースティンのBL作品更新しました。 BL作品が大丈夫な方はぜひ読んでみて下さい゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

【完結】姉に婚約者を寝取られた私は家出して一人で生きていきます

稲垣桜
恋愛
私の婚約者が、なぜか姉の肩を抱いて私の目の前に座っている。 「すまない、エレミア」 「ごめんなさい、私が悪いの。彼の優しさに甘えてしまって」  私は何を見せられているのだろう。  一瞬、意識がどこかに飛んで行ったのか、それともどこか違う世界に迷い込んだのだろうか。  涙を流す姉をいたわるような視線を向ける婚約者を見て、さっさと理由を話してしまえと暴言を吐きたくなる気持ちを抑える。   「それで、お姉さまたちは私に何を言いたいのですか?お姉さまにはちゃんと婚約者がいらっしゃいますよね。彼は私の婚約者ですけど」  苛立つ心をなんとか押さえ、使用人たちがスッと目をそらす居たたまれなさを感じつつ何とか言葉を吐き出した。 ※ゆる~い設定です。 ※完結保証。

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!

ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。 苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。 それでもなんとななれ始めたのだが、 目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。 そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。 義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。 仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。 「子供一人ぐらい楽勝だろ」 夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。 「家族なんだから助けてあげないと」 「家族なんだから助けあうべきだ」 夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。 「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」 「あの子は大変なんだ」 「母親ならできて当然よ」 シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。 その末に。 「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」 この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。

【完結】無能に何か用ですか?

凛 伊緒
恋愛
「お前との婚約を破棄するッ!我が国の未来に、無能な王妃は不要だ!」 とある日のパーティーにて…… セイラン王国王太子ヴィアルス・ディア・セイランは、婚約者のレイシア・ユシェナート侯爵令嬢に向かってそう言い放った。 隣にはレイシアの妹ミフェラが、哀れみの目を向けている。 だがレイシアはヴィアルスには見えない角度にて笑みを浮かべていた。 ヴィアルスとミフェラの行動は、全てレイシアの思惑通りの行動に過ぎなかったのだ…… 主人公レイシアが、自身を貶めてきた人々にざまぁする物語──

処理中です...