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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

手形「まだまだ帰らせないぜ☆」

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 リンス選手、進む、進む。
 速い。あまりにも速いぞ、リンス選手。
 おーっと、コーナーで止まったー! 何やら、使用人らしき人に何か訊ねているようだ。
 リンス選手、こくりと頷き──また足を動かす──!

 ──って!

「リンス選手──じゃない、リンス嬢、止まってー!」

 その後を必死に追いかける私たち。
 ここにいる全員、礼儀作法とかの教育はちゃんと受けているから、廊下を走ることには躊躇している。
 昨夜みたいな非常事態なら別だけど、今はシーエンス家の人たちも廊下を行き来しているから、大勢で動くとぶつかっちゃうかもしれないし。

 順番的には、ギーシャを抱えて競歩でどんどん進んでいくリンス嬢、少し後をギルハード様とコクさんが追いかけ、更にその大分後に私とマリス嬢が何とかくっついている。

「はー、はー、何で、あの女、走ってないのに、あんな、速いのよ」
「ぜぇ、ぜぇ、分かりません。歩幅的には、男性の、ギルハード様や、コクさんの方が速いのに、追いつけてませんし」
「ギーシャ王子も抱えてるっていうのに、なんなの・・・・・・というか、この歩き方、走るより疲れるんだけど」
「早歩きって、割りと走るより疲れますね」

 走ったらダメ、歩いたら見失う。そのギリギリの速度を維持したまま歩くのは結構キツい。というか、もういっそ走りたい。

 ぜーぜー言いながら、私とマリス嬢は何とかリンス嬢たちを見失わないように必死に張りついた。

「ちょっと、止まりなさいよー!」

 私たちの呼び掛けが耳に入らないのか、リンス嬢はそのまま歩みを進めると、ある部屋の前で止まり、そのままその部屋の中へ入っていった。

「は、は、ゴール! はー、ここって・・・・・・仮眠室?」

 多分、使用人の為のものだろう。
 メイアーツ家にも、住み込み以外の使用人さんたちの為に休憩室があるし、それと同じかな?

「リンス嬢──?」

「リンス・・・・・・?」
「毛布をどうぞ。しっかり温まって下さい。足元失礼します」

 中に入ると、リンス嬢がギーシャに毛布を掛けたり、丸めたタオルケットを足の下に差し込んだりしていた。
 その甲斐甲斐しい行動にギーシャは首をかしげ、私たちも「ん?」っと棒立ちのまま何してるんだろうと思った。

「リンス嬢、殿下に何を・・・・・・」
「ご気分が悪そうだったので、症状から脳貧血かもしれないと思い、このような処置を取らせて頂きました。念のためにお医者様に診ていただいた方が──」
「いや、特に体は問題ないが──」
「自覚症状がないのが一番危険です!」
「落ち着きなさいよ」

 マリス嬢がリンス嬢の後頭部に、チョップを一撃お見舞いした。

「何をするの」

 後頭部をさすりながら、不機嫌そうにマリス嬢を睨むリンス嬢。

「いや、こっちの台詞なんだけど。何してるの」
「温かくして、足を頭より高い位置にする──何か間違えたかしら」
「そこじゃないわよ。いや、脳貧血の対策としては間違ってないけど、前提が違うわ」

 二人とも詳しいなー。
 脳貧血って、普通の貧血とは違うのかな? 後で訊いてみよう。
 けど、どうやらリンス嬢はギーシャの顔が青くなったのを具合が悪くなったと判断したみたいだけど、多分、問題は体じゃなくて、心だと思う。

「殿下、大丈夫ですか? 何か必要なものはありますか?」
「温かいものをお持ちしましょうか?」
「特には。さっきミソスープを飲んだから、むしろぽかぽかしてる」

 ギーシャを囲んでおろおろしている男性陣。
 その隣の女性陣は、マリス嬢がリンス嬢にギーシャの体調は問題ないことを説明している。

「色々あったし、ギーシャも何か気になることがあるみたいだし、ちょっと疲れてるのかもね」

 起き上がったギーシャに近寄り、窓の外を見る。
 日は少しずつ傾いていて、空の隅っこが茜色になっていた。

「えーと、警備はギルハード様とリンス嬢が、設営や飾り付け、ドリンクや料理の手配はマリス嬢がしてくれましたし、諸々の予算や書類仕事はギーシャがソッコーで終わらせてくれたし、シーエンス家の方々とキリくんの協力もあって、準備はほとんど終わってるし、残りの仕事が終わり次第、解散しましょう」

 ギーシャの様子も心配だったので、私はそう提案した。
 皆、それぞれ得意分野を担当したからか、パーティー準備はほとんど終わっている。
 私は途中で抜け出しちゃったから、まだやること残ってるけどね。

「とりあえず、私はいい加減、魔法具の設定します」

 せっかく、クロエに頼んでいっぱい用意してもらったんだもん。じっくり吟味しなくちゃね。

「私の仕事はほとんど済んでるわよ。外に飾る花は明日の朝にパーティーが始まるまでに出すわ。料理も下拵えしてもらったし」
「私も警備と設営は終わらせました。ギルハード様のおかけで見落としていた点にも気づけましたし」
「俺は、後は数枚の書類にシーエンス子爵のサインを貰えば終了だ」
「分かりました。とりあえず、全員仕事が終わり次第、馬車の停留所に集合で」

 そう決定したところで、私は持ち場に戻ろうと廊下に出ると、

「どうしたんですか? そのバケツ」
「あ、メイアーツ様!」

 水が並々と注がれたバケツを持ったシーエンス家の侍女さんと出くわした。

「丁度良かった。皆様にご相談があって──」

 大変困った様子の侍女さんに何事だろうと思いつつも、とりあえず私はマリス嬢とリンス嬢と共に侍女さんの後に着いていった。

 そして、そこにあったものは──

「色々と試してみたんです。超強力除光液とか、魔法消しゴムとか。けど、どうしても消えなくて」

 案内されたのは昨日のホラー現場。
 あの大量の手形に追われた場所だった。

  まだ明るい今は、そこはまるでホラー映画の撮影後の様な状態になっていた。

 つまり、手形はべったり廊下や壁に残っていた。
 これは不気味! 侍女さんはどうしましょう? と困った様にこちらを見てくる。
 あ、これは私たちが何とかするパターンですね。
 うん、お世話になってるお家をこんな状況にしておくのは気が引けるし。

 でも! だが! しかし!

「イ、ク、ス────────!!!!」

 闇魔法の産物じゃないから、ルイアンさんの呪術によるものかもしれないけど、私はとりあえず今、一番怒りが向いている人間の名を大声で叫んだ。
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