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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

魔力のカタチとご飯

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 気まずいし、視線が痛い。
 もし、私が目の前で壁に頭を打ち付けている人を見たら、十中八九「何やってるんだろ、この人」って思うもん。
 多分、今ギルハード様にそう思われてるんだろうなぁ。

「額、痛くありませんか?」
「痛いですけど、まぁ、問題ありません。流石にタンコブ出来るレベルで打ち付けてはいませんので」

 額を手で隠しながら、私は半笑いをした。

「そうですか。確かに腫れてはいませんね・・・・・・ところで、キリは?」

 私の額をじっと見てから、ギルハード様は私と一緒に大広間を出ていったキリくんの姿を探す。

「キリくんでしたら、中庭の最終確認を頼んだので、厨房の裏口からそっちに向かいました」
「そうでしたか。ところで、コップは?」
「えっ? あ!」

 そういえば、ミソスープのコップ取りに来たんだった。

「キリくんとぎゅっぎゅしてて、忘れてました」
「ぎゅっぎゅ?」
「ええ、ちょっと取ってきます」

 私は踵を返し、厨房へ戻る。その後をギルハード様がついてきた。

「ギルハード様はどうしてこちらに?」
「ミリア嬢たちの戻りが遅いのを心配したギーシャ殿下に様子を見てくるよう頼まれたので」
「そうでしたか。すみません、面倒かけて」
「いえ。問題ありません」

 厨房で耐熱性の小ぶりな深皿を借りる。

「あ、何個必要でしょうか。マリス嬢、リンス嬢、コクさん、ギーシャもまだ飲むかな。ギルハード様もいかがですか?」
「そうですね。紙コップがあれば」
「紙コップですか? ええーと、貴族のお屋敷にあるかな?」

 おろおろと辺りを見渡す。流石に、よそ様のおうちの戸棚を漁るのはちょっと気が引けるし。
 私がそうこうしているうちに、ギルハード様が厨房の人に声をかけ、紙コップがあるかを訊ねていた。
 厨房の人は戸棚の下から防汚用の袋に入った紙コップを取り出し、ギルハード様がそれを一つ受け取る。

「ありがとうございます。ミリア嬢、紙コップがあったので、私もぜひ、いただきます」
「ええ。今回のはちょっと自信作なので。美味しく飲んでいただけたら嬉しいです」

 私がトレイの上に人数分の深皿と濯いだ魔法瓶のコップを乗せると、ギルハード様がその上に自分用の紙コップを持って、トレイを持ち上げた。

「ミリア嬢も料理をされるんですね」
「気分転換くらいで時々」

 トレイを持ったギルハード様と一緒に大広間へ戻る。

「もってことは、ギルハード様も」
「私は基本、自炊ですね。外食だと、食器の扱いが面倒なので」
「食器・・・・・・ですか」
「はい。体質上、あまり唾液などの痕跡を残さないようにと厳命を受けているので」
「だから紙コップなんですね」

 紙コップなら使い捨てることも出来るし、処分が簡単だからか。

「あ、そういえば、体液は魔力を含んでますけど、髪とか爪はどうなんでしょうか」

 ふとした疑問を口にしてみる。
 魔力というのは源泉から流れ、その命に宿るもの。それは肉体に宿るとも言える。
 だから、魔法的儀式では魔力を持つ者の血を魔力源として使うこともあるそうだ。
 特に血液は魔力濃度が高く、王侯貴族は決して自分の血がどこかへ渡ることは避けなくてはならないと教わる。
 唾液とかは血液ほどではないけど、ギルハードほどの魔力量ともなれば平均的な魔法使いの血よりも濃いのかもしれない。
 だけど、爪や髪については特に注意されたことはない。

「そうですね。宮廷の魔法官から聞いた話ですが、爪や髪の先にも魔力は流れているそうですが、そういった部位は体から切り離されると急速に魔力が抜けてしまい、ほとんど残らないそうです。流体の方が魔力を留めやすいそうで」
「なるほど」

 源泉の魔力は水のようだと聞くし、魔力は大気にも宿っている。魔力とは液体や気体に近いものなのかもしれない。
 私たちって、昔から日常に魔法があるけど、魔法についてはあまり知らないのかも。

「でも、先日のホットサンドみたいなのは平気なんですよね?」
「はい。手掴みで食べるものですし、包みの処分も楽ですからね」
「なら、よかったぁ」

 私は安心して頬を緩ませた。

「よかったとは?」

 ギルハード様が私の安堵の理由が分からないようで、訊ねてきた。

「いえ。ギルハード様はギーシャの騎士なので、いつもギーシャの側にいらっしゃいますよね」
「当然です。殿下をお守りするのが私の務めですから」

 力強く頷いたギルハード様に私は答えた。

「私、今後はギーシャと食事をする機会が増えると思うので。その時はきっと先日みたいにギルハード様もご一緒する機会があると思います。だから、その時はギルハード様が困らないメニューを選べば問題なしですね!」

 ギーシャとまた一緒にいると決めたなら、今後はギルハード様との接触も増えるだろう。
 昨日みたいに三人でご飯──という時に、うっかりフォークやスプーンを使うメニューばかりのお店に入っちゃったりしたら、ギルハード様だけ食いっぱぐれちゃうもんね。
 やっぱ、手掴みはOKみたいだから、サンドイッチとかのお店がいいかな。

「あ、でもご飯だけじゃ喉が渇きますよね! コップはどうしよう。持ち込み可のお店ってどれくらいあるのかな? いや、紙コップに移せばセーフ?」

 私が真剣にギルハード様のドリンク問題を考えていると、隣のギルハード様がぴたりと歩みを止めた。

「ギルハード様?」

 ギルハード様を見ると、ギルハード様はぽかんとした表情で立ち尽くしていた。なんか、変なこと言ったかな?

「ああ、いえ。ミリア嬢がとても真剣だったので」

 え? 私が真剣だと、変なの? うーん、ひょっとしてギルハード様の中の私ってぼけーっとしてるイメージなのだろうか。あながち間違ってないけど。

「ですが、そう言った時は私は店の外で待っているので、心配ないかと」
「それはダメです! ご飯はみんなで食べた方が美味しいですよ!」
「私がいてもいなくても、味は変わらないと思いますが」
「変わります! それにギーシャもギルハード様が一緒の方が絶対に喜びます」

 私は断言した。だって、どんなに美味しいものでも、人を待たせていると、慌ててしまってあんまり味わえないし、とにかく気になってしまうから。
 それがもし、冬の外食だった場合なんて考えたらもっと気になってしまうだろう。
 それに、私はわいわい食べるのが好きだし。出来れば、ピザとかみんなで分けるタイプのご飯が好きだ。あと、お弁当のおかず交換とか! タコさんウインナー食べたい!
 王族って孤食な人が多いらしいから、今後はどんどんギーシャを食事に誘おう!
 私の思考がだんだん食欲方面に移行しかけていると、ギルハード様が穏やかな笑顔が浮かべた顔で言った。

「お気遣いありがとうございます。ミリア嬢。では、そのような機会があったら紙コップを持参しましょう」
「そうですね、それがいいですね! ふふ~、ギルハード様が一緒ならギーシャの外出許可も楽々下りると思うので、春休み中に一回はどこかに食べに行きたいですね~。お店探しておきます! ギルハード様が好きな食べ物ってなんですか?」
「好き嫌いは特に」
「そうなんですか。ギーシャは甘いものが好きですから、ドーナッツとかいいかもですね~」
「ギーシャ殿下も喜ばれると思います」

 それからはあれはでしょう? これがいいです! など、色々な食べ物の話をして歩いた。

 ──結果。

「ただいま戻りましたー。ミソスープ注ぎますね。あ、コップはしっかり洗いましたから」
「「くっ!」」

 悔しそうにしているマリス嬢とリンス嬢をよそに、私はギーシャに駆け寄って話しかけた。

「ギーシャ、今度ご飯に行こう!」
「ミリアと一緒に?」
「うん!」

 勢いよく頷くとギーシャは嬉しそうに笑ってくれた。

「でね、ギーシャは大食いチャレンジとゲテモノ系のどっちがいい?」
「・・・・・・ん?」
「ですから、ミリア嬢。それは止めた方が」

 私は何を食べに行こうかと、色々と知り合いから聞いたお店や料理を思い出して、なんだかおかしな方向に興味が沸いてしまっていた。

「ジャイアントモンスターパフェと二頭百足海老の足で迷ってるんだけどね。ギーシャはどっちがいい?」
「モンスター? 百足?」

 戸惑ってるギーシャに問い詰めていた直後、背中に大きな衝撃が走った。

「「王子に何食べさせるつもりよ「ですか」!!」」

 ギーシャガチ勢によるチョップ制裁の後、正気に戻った私はマリス嬢の助言もあり、東区で美味しいと評判のベーグルサンドを食べに行く約束をギーシャとした。
 そして、ちゃっかりマリス嬢とリンス嬢も同伴することとなった。
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