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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

子犬は空気を読まない

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 間接キス。
 ただ同じところに口をつけるというだけで、直接キスしてる訳でもないのに何故、キスという言葉が付くだけで人はこんなにもそわそわしてしまうのだろう。うん、言葉のマジックだなぁ。
 そして、もし好きな人との間接キスの機会が訪れたら?
 人によるだろうけど、このチャンスを逃すまいとするのではないだろうか。
 少なくとも、目の前の二人は突然のチャンスタイムに虎視眈々と目を光らせている。

「そうですね、ではいただきま──ぐあっ」
「お待ちなさい。あちらにコップがあるわ。貴女はそっちを使って飲みなさい。私は水筒のコップをつ使うから」
「はぁ? だったらあんたが使えばいいでしょ。ていうか、的確に急所を締め上げようとするんじゃないわよ!」

 マリス嬢がギーシャから味噌汁入りのコップを受け取ろうとすると、リンス嬢がすかさず止めに入った。というか、リンス嬢首狙ってる辺り、確実に落とそうとしてますよね?

「ふ、二人とも落ち着いて! コップならパーティー用に沢山準備しているんですし、二人ともそれぞれ別のコップを使えばいいじゃないですか!」
「それもそうだな。じゃあ──」
「「コップを二つも洗うのは手間なのでいいです!」」
「一つも二つも一緒だと思うぞ?」
「そうですよ。変わりませんよ」

 ギーシャのコップを狙って睨み合っている二人は堂々と滅茶苦茶を言ってくる。
 果ては、コップで綱引きを初めてしまった。いや、コップ引き?

「中身入ってるんですから、溢さないで下さいよ」
「えーと、お二人はひょっとしてこれですか?」

 コクさんが指で宙に一文字書いて私に訊ねてこた。コクさんが書いた文字はレイセンの言葉で「ホ」と発音する。つまりはホの字。

「・・・・・・」

 私は無言で頷いた。

「なるほど。それでこの有り様なんですね」

 コクさんは納得しつつも、困ったように二人を見ている。止めに入るべきか悩んでいるようだ。けど、今止めてもどちらが先に味噌汁飲むか、決めないと決着つかないよね、これ。

「二人ともそんなにミソスープが好きなのか。だが、早く飲まないと冷めてしまうぞ」

 事情を察していないギーシャが味噌汁が冷めるのを案じている。二人はギーシャの使ったコップで味噌汁が飲みたいのであって、味噌汁がどうしても飲みたいわけではない。

「殿下、こちらは一段落つきました」

 そう声を掛けてきたのはギルハード様だった。

「これは──レイヴァーン殿。貴方もいらっしゃったんですか。いや、ギーシャ殿下がいるのなら当然ですね」
「ああ、確か警邏隊の──」
「コク・パレンダルです」

 コクさんとギルハード様が互いを確認すると、その場で会釈を交わした。

「二人は知り合いだったのか?」
「知り合いというよりは顔見知り程度ですが・・・・・・」
「騎士の訓練所を訪れた時に挨拶をしたくらいですが、レイヴァーン殿はとても高名なですので
顔は覚えてました」

 ギーシャの質問にコクさんとギルハード様が答える。

「そうか。そういえば、一時期改修工事で東区の警邏隊の訓練所が使えなくて王宮に出入りしてた頃があったな」
「ええ、その時に」
「ところで、何故リアルビー嬢とシュナイザー嬢はコップを取り合っているのですか?」

 たった今来たばかりのギルハード様がマリス嬢とリンス嬢を目で指して訊ねる。

「あのコップ、ギーシャが口をつけたものなんです」
「?」

 そう言うと、ギルハード様は首を傾げた。ああ、そうか。ギルハード様のここら辺の三角関係は知ってるだろうけど、間接キスとかの発想にはいかないのかぁ。

「えーと、ですね。つまり、間接キスというか──」
「間接キス?」
「コクさん、お願いします」
「ええっ!? いきなり丸投げしてきましたね。えーと、つまりですね。口をつけたところに別の誰かが口をつけることで、双方は間接的にキスをしたという若干無理のある解釈ですね」
「ああ、なるほ、ど・・・・・・?」

 説明を受けたギルハード様は間接キスについめは理解したようだが、何故二人が間接キスをしたがっているのかは分からないらしく、目を瞬かせていた。

「兄騎士様ぁ~、言われたことぜーんぶ終わらせましたよ、褒めて下さ~い!」

 そんなギルハード様のところに満面の笑みを浮かべたキリくんがぱたぱたと飼い主にじゃれつく子犬のように駆けてきた。

「ああ、ご苦労。よくやった」
「えへへ、えへへ~! 兄騎士様に褒められた! ミリア先輩、見てましたか!」
「うん、よかったね」

 キリくんがどや顔でこちらを見てきたので、ギルハード様の代わりにはなれないけど、キリくんの頭を帽子の上から撫でてあげた。

「はい! は~、頑張ったら喉が渇きました。あ、それジュース? ください!」
「「あ」」

 ぐびり。

 ギルハード様に褒められてるんるん状態のキリくんがマリス嬢とリンス嬢の手から味噌汁入りコップを掻っ払い、そのまま一気に煽った。

「ん? あれ?」

 キリは味噌汁を飲み干すと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で空になったコップを覗き込み、匂いを嗅いだ。
 コップの取り合い合戦をしていた二人は、突然の出来事にキリくんをみてわなわなと震えている。

「しょっぱい。それにあったかい?」
「うん、味噌汁だからね」
「えー、僕、たくさん動いて暑くなったから甘くて冷たいジュースがよかったです」
「こら、キリ。勝手に人のものを盗ったらダメだろう!」
「あうっ! ごめんなさい・・・・・・」

 ギルハード様に叱責され、キリくんはしょんぼりと肩を落とした。

「いいですよ。お土産に持ってきたものなので。それに、ある意味、危機的状況を脱することが出来ましたし」

 後半はぽそりと言った。

「コップ・・・・・・コップ・・・・・・」
「今のは口をつけたところがずれてからセーフ。まだワンチャン・・・・・・」

 背後から恋愛亡者の声がする。振り向いたらダメなやつだこれ。

「あー、そうだ。キリくん、厨房に明日のために用意したジュースがあるからそれをちょっと貰いに行こう」
「え? いいんですか?」
「たくさんあるから、ちょっとくらいならへーき、へーき。って、ことでちょっと厨房に行ってきまーす! あ、ついでにミソスープ飲めるよう、人数分のコップも持ってきまーす!」
「あ、ちょっと!」
「コップ置いていきなさいよー!」

 私は魔法瓶のコップを持ったままのキリくんの腕を引っ張り、大広間から抜け出した。
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