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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

王様はお仕事中

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 私が味噌汁をかき混ぜている時、王宮では王様が延々と終わりの見えない書類仕事をこなしていた。



「・・・・・・」

 だんっ、だんっ、だんっと王の執務室にけたたましい音が響く。
 その音はレイセン国王・レヴェル・ライゼンベルトが発している音であった。
 今にも崩れそうなほど、高く積み上げられた書類を片っ端から目を通して判を押していく作業。
 しかし、レヴェルの判を押す力が強すぎるため、数人の文官がそれを支えている。
 もう少し力を弱めて──とは誰も言えなかった。
 何せ、レヴェルは口をへの字に曲げて、据わった目つきをしていたから。これほど不機嫌な国王陛下に進言する勇気のある者は今、この場にはいなかった。

「陛下、謁見の時間です。準備を」

 キィ、と扉を開けて執務室に入ってきたのは、国王の第一補佐官・ベルク・ハイヤード。
 洗練された所作で王の隣まで行くと、ベルクは今日の謁見者のリストをレヴェルに差し出した。

「・・・・・・? あー、動くのめんどい。こちらへ通せ」

 レヴェルはぼんやりとした顔で、そのリストを眺めると謁見者を順に執務室へ通すよう命じた。
 本来、王への謁見は謁見の間で行うものだが、今のレヴェルに何を言っても無駄だろう。ただでさえ、仕事の疲れがとっくにピークを越えているのに、ここで何か言おうものなら、爆発しかねない。それを充分に心得ているベルクは、素直に王の言葉に従い、文官たちに謁見者を連れてこさせた。

「陛下、ご機嫌うるわ──」
「用件だけ言え」

 執務室に通された臣下はレヴェルに挨拶をしようとするも、その時間すら惜しいとばっさり切り捨てられた。臣下は多少面食らった顔をしたが、これはこれで平常運転のため、簡潔に用件を述べた。

「今年の幻想郷への供物ですが、ソロイの森の林檎が不作のため、数が足りないのですが」
「確か、五百年前にも同じことがあったな。その時は、予め幻想郷へ文書を送り、事実を報告して足りない分を幻獣が好む蜂蜜と紅玉ルビーで補填したはずだ。その通りにやれ。紅玉は国庫のものを使っていいが、蜂蜜はそっちで見繕え」
「はっ!」
「くれぐれも礼節を欠くなよ。怒る幻獣は厄介だからな」

「カリンタ王国から魔獣・ティールの討伐依頼が来てますが、編成はこれで良いでしょうか?」
「うん。問題ない。魔法神官もちゃんと二名いるな。ティールならいつも通り、眼球と鱗と爪と牙と血液はこちらで回収。大地に染み付いた血は神官たちが浄化するように。それから、カリンタなら魔獣の肉と骨を使うだろうから、それ以外の後始末は向こうに任せろ」

「この契約なのですが、なかなか先方が首を縦に振らず──」
「先方の奥方がルナの作品を気に入っているという話だ。適当にあるものを贈って奥方から切り崩せ」

「陛下、ルナ王妃が新しいアトリエが欲しいと」
「知・る・か! パトロンにでも相談しろ。自費で賄うなら文句は言わん」

「孫からのプレゼントの眼鏡を失くしてしまいまして──」
「・・・・・・その額に掛けている物体は装飾か何かか?」
「あっ!」

「恋人が浮気をしてまして、何も手につかず──」
「仕事をしろ」

「料理好きな妻がメシマズで──もう、お弁当を食べたくないんです!」
「食べなければいいんじゃないか?」
「殺されます」
「じゃあ、一緒に作ったらいいんじゃないか。少しはマシになるだろう」
「なるほど!」

 真剣な話から、馬鹿らしい話まで、謁見の時間であれば申請すれば王と話せる。それがレイセン国王との謁見だ。
 レヴェルは謁見者の声に耳を傾けつつ、視線は書類に。右手にペン、左手に判という二刀流スタイルで黙々と仕事をこなしていた。

 手の感覚はとっくに麻痺しており、もはや字を書くときは手首ではなく、腕を動かしている状況。連日の激務を乗り越えるために掛けた自己回復魔法の効果も弱まってきた。
 なのに──ふと、顔を上げて執務机の上をみると、書類は水を得たワカメのように増えていた。なんというマジック。
 この光景に、レヴェルはとうとう脳内で菜にかが切れる音を聴いた。

「ベルク」
「はい」
「この作業に終わりはあるのか」
「万物全て、終わりはありますよ」
「いや、この作業の終わりは──」
「こうしている間にも時計の針は進み、人の営みは一つ一つ積み重ねられているのです。この書類のように」
「結局、終わらないだろう、それ!」

 レヴェルがばんっと机を叩いて立ち上がる。その音が引き金になったのか、ベルクは先程まで張り付けていたまるで悟りを開いたような表情から一変、レヴェルに捲し立てた。

「しょうがないだろ! あっちこっちで問題なんて常時発生してるんだから! 魔獣絡みに、魔法儀式に祭事、その他諸々の申請! 終わりなんか来るかー!」

「ああ、先にベルク様が爆発された・・・・・・」

 文官の誰かが言った。レイセン王国は魔法の専門家であり、大陸のありとあらゆる魔法絡みの問題を請け負う国だ。そのため、通常業務に魔法関係の諸々も追加される。そして、レイセンでは魔法が生活の一部であるため、やってもやっても終わらない書類の山が出来上がるのだ。

 元々、ベルクもレヴェルと同じくらい働きづめだったため限界が来ていたのだ。そして、レヴェルよりも先に精神の限界を迎えてしまった。
 あわや、執務室は一触即発かのように思われたが、次に窓から聞こえた声に二人はそちらを振り向いた。

「おーい、大丈夫?」

 そこにいたのは、半透明の体に、血液の代わりに七色の魔力が流れている神秘的な鳥。幻獣である天幻鳥が窓枠に止まっていた。
 神秘的な姿とは裏腹に、天幻鳥は呑気な言葉を紡ぐ。

「何か用か? シャーロット」

 レヴェルは天幻鳥に向かって、それはもう面倒くさそうにレイセン王国の聖女の名を呼んだ。
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