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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

不機嫌な子犬

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「到着しました」

 御者さんに声をかけられ、私たちは馬車から降りた。今は王宮の敷地内の馬車の停留所だ。

「ミリア、メイアーツ家までじゃなくてよかったのか?」
「うん。まだ王宮に用があったから。帰りはちゃんと送ってもらうから大丈夫だよ」

 私は家に帰らず、王宮へ戻った。今日は私もギーシャもこのまま最低限の後処理をして終了だけど、他に用があるんだよね。
 ちらりと、薄暗くなって来たから、すでに灯りの点いている街頭のその上。そこに留まっている鳩をちらりと見やる。

「じゃあ、私はこれで」
「待て。一応、ギルハードを連れて行け」
「え、いや、でも」
「私は殿下を蕾宮に送り届けた後でなら構いません。あそこは一番安全な場所ですし」
「でも、やっぱり──」

 申し訳ないから遠慮しますと伝えようとした時、ギルハード様の背後の茂みから何かが凄い勢いで突進して来た。

「──!」

 ギルハード様は流石の反射神経でそれをひらりと交わした、が。

「うぎゃあ!」
「あ」
「ミ、ミリア嬢!」

 突進物はギルハード様の正面にいた私に激突した。突進物は思ったよりは重くなかったけど、何分勢いがあったから、私は突進物と一緒に地面に転がった。

「いったたた・・・・・・」

 衝撃で瞑っていた目を僅かに開くと、体の上に何かが覆い被さっているのがわかった。
 ぴょこぴょこ揺れる犬耳と、拗ねたように細められた青灰色の瞳、ぷっくりと膨らませた白い頬。
 まるで飼い主にお留守番をさせられた子犬のような顔をして現れたのはキリくんだった。

「キリ! 何をしてるんだ。早くミリア嬢から離れなさい。申し訳ありません。ミリア嬢」
「いえいえ~」

 気にしないでとへらりと笑った私の上で、キリくんはじとりと恨みがましそうな視線をギルハード様に向けた。あ、置き去りにされたもんね。

「あーにーきーしーさーまー! どうして僕を置いてったんですか!?」

 ぷんぷん怒りながらギルハード様に詰め寄るキリくん。

「それは悪かった。けれど、お前はじっとしてないだろう」
「よしよぉし、キリくん、どうどう」

 私とギルハード様でキリくんを宥めようとしたが、なかなかキリくんの機嫌は直らない。

「うぅ・・・・・・気づいたら兄騎士様がいなくて、すっごく寂しかったんですからね。あんまり寂しかったから、訓練所にいる人たち全員蹴倒して来ました」
「そうか。俺がいなくても鍛練をしてたんだな。偉いぞ」
「今のは褒めるところでしたか・・・・・・?」

 思わず突っ込みを入れてしまった。
 キリくん、謎体質のせいで武器との相性が最悪なだけで、戦闘面では実際優秀みたいなんだよね。まだ、成長途中だけど、小柄で身軽だからすばしっこいし、足技が得意みたい。

「やっぱり、兄騎士様がいないとやです! 今から稽古つけて下さい!」
「ああ。だが、その前に俺は殿下とミリア嬢を送り届けなくてはならない。少し待っていなさい」
「今すぐじゃないと嫌です!」

 そう言ってキリくんは駄々を捏ね出した。ありゃりゃ。

「ギルハード、俺は一人でも大丈夫だ。ミリアを送ってくれればいいから、後はその子についていろ」
「いえ。ですが・・・・・・」
「もー! 何でもいいから、早く構って下さい!」

 三者三様。収拾つかなくなってきた。
 ギルハード様は絶対ギーシャを送ろうとするだろうし、キリくんは今すぐギルハード様に相手をしてほしいみたいだし。
 キリくんは実年齢以上に外見が幼いが、精神はもっと子供だ。ようやく自我が芽生えたばかりのこの子はまだ我慢するのが苦手なのだ。
 その上、キリくんの世界はギルハード様を中心に成り立っている。とはいえ、ギルハード様はキリくんを力強く叱ることは出来ない。優しく、ゆっくりと諭すだけだ。赤ちゃんを叱っても、ただ泣かせてしまうだけのように、キリくんを叱っても、キリくんはまだその意味を理解出来ない。
 キリくんを見て、ぼんやりとゲームのキリくんのルートを思い出した。あのルートもなかなかハードだったな・・・・・・。
 しかし、いつまでもここで足を止めてるわけにもいかないので。

「私は一人で平気だから。ギルハード様、ギーシャをよろしくお願いします。じゃ、またね。ギーシャ、キリくん」
「あ、ミリア」

 私はそそくさと逃げることにした。ごめんよ、ギーシャ。キリくんは一度ああなると大変なのだ。まぁ、面倒だけど、物理的な害はないから大丈夫だろう。どのみち、対処出来るのはギルハード様だけだしね。
 私は引き止められる前にすたこらさっさと移動した。

 さて、じゃあ聖羽宮に行きますか!
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