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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

不完全なティーカップ

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「え゛・・・・・・っ」

 テルファ様の提案に思わず濁音っぽい声が出た。
 テルファ様は相も変わらずにこにことこちらの出方を窺われている。
 何を言い出すんだ。この人・・・・・・。

 私は半ば呆れつつも、きっぱりと告げた。

「お断りします!」

 そんな交換条件断る以外に選択肢などない。
 私はノーセンキューとばかりに掌を突きつけて、テルファ様の提案を蹴っ飛ばしてやった。
 テルファ様は一瞬、きょとんとした顔をしたけどすぐさまいつも通りの顔に戻って、面白いものを見るように目を細める。

「そっか・・・・・・まぁ、そうだよね。勝手にギーシャのことを話せないなら、勝手にギーシャの話を聞くわけないか」

 くすくすとテルファ様が笑う。いや、何も面白くないんですけど・・・・・・。
 テルファ様なら確かに、王宮内で起きたことは把握しているだろう。当然、ギーシャ王子の身に何が起きたのかも。
 けど、ギーシャ王子本人も、お父様も王様も言わないことを私がテルファ様から聞くはずがない。
 全く気にならないと思うわけではないけど、だからって無理に訊いたり、勝手に調べたりなんてしない。ギーシャ王子が部屋に引き込もってしまった時は心配で何があったか知りたくて堪らなかったけど、お父様にミリアは知らない方がギーシャ王子のためと言われたから、私は何も知ろうとはしなかった。

「ところで、ミリアはどこに行こうとしてたの?」

 テルファ様は興味を失ったように話題を変えてきた。あ、ティーカップ。

「ティーカップを借りようと思って、食堂に」
「カップなら蕾宮にもあるよ? ああ、ひょっとして迷ったの?」
「う・・・・・・っ」
「あ、当たり?」

 鋭い。図星を突かれてつい、声を詰まらせる。この年で迷子は恥ずかしい。いや、でも蕾宮の構造なら大人が迷子になってもおかしくないって!
 心の中で自己弁護をしていると、テルファ様が踵を返し、蕾宮への道を戻っていく。けど、数歩進むとテルファ様は首だけ捻って、こちらを見て言った。

「何してるの? 早くおいで」
「え?」
「カップがいるんでしょ? 僕が連れてってあげる」
「いや・・・・・・」
「道に迷わなければ、こっちの方が早いよ。短縮出来る時間は短縮した方がいいと思うけど」
「・・・・・・はい」

 大変効率的な意見を頂いて、私はがっくりと項垂れながらテルファ様の後に続いた。あまりギーシャ王子を待たせるのも悪いしね。
 私はテルファ様と一緒に蕾宮へ戻ると、見失わないギリギリの距離を保ちながら長い廊下を進んで行った。
 テルファ様に誘われるまま、私はある一室へ入った。

「わぁ!」

 部屋に入るなり、私は思わず歓声をあげた。
 だって、すっごく綺麗だったから。
 入ったのは壁一面が食器棚に埋め尽くされた少し広めの部屋。食器棚の中にはいかにも高級そうなティーカップやお皿、金のエッグスタンド、果ては渋い色合いの湯呑み茶碗まで収まっている。

「好きなのを持っていっていいよ」
「え!」

 テルファ様の言葉に私は驚いた。だって、ここの食器ってどれも使用感がないんだもの。本来の食器としての用途ではなく、観賞用として用いられているのでは?

「いえ、どれも高そうですし」
「ここにあるのは全部、母のコレクションだから気にしないで」
「ダメじゃないですか!」

 それってつまり、第三夫人の所有物ってことじゃん!
 いやいやいや、無理無理無理。絶対使えない。
 私が首をぶんぶん振ると、テルファ様は食器棚の扉を一つ開け、中を漁り始めた。

「気にすることないよ。これは母が実家や王家の財力を示すためだけに買ったものだから。買えばそれまで。後は失くそうが、壊そうが気にしないよ。あ、これなんてどうかな? サクラ色に銀の月。ミリアに似合うよ」

 そう言って差し出されたのは、全体にサクラ色を塗り、胴に精巧な銀の月が描かれたカップ。お揃いのソーサーには銀のウサギが描かれている。可愛い。

「可愛いですけど・・・・・・やっぱりお妃様の物を勝手にお借りするのは」
「そっかぁ」

 テルファ様が残念そうにすると、私はわかってくれたかと安心した。別に、カップが高級品だろうと、安物だろうとお茶の味は変わらないけど、楽しいティータイムに割るかもしれないという不安とストレスは抱えたくない。

「じゃあ、このカップは割ろうかな」
「なんで、そーなるんですか!?」

 突然、脈絡のないとんでも発言をぶっかましてきたテルファ様に思わず突っ込む。

「だって、本来の目的に使われない物に存在価値はないでしょう」
「いや、物は大切にしないとですよ!」
「不完全な物に意味なんてないよ。これはここにある限り、役目を果たせない。永遠に不完全で無意味なまま。だったら、ない方がいいと思わない?」
「あー! このカップ可愛いですね! ぜひ、このカップでお茶がしたいですー!」

 テルファ様がマジでカップを割るつもりの様だったので、私はテルファ様の手からカップをひったくり、めちゃくちゃハイテンションで言った。

「そう。気に入って貰えて良かった。なんなら、それはあげる」
「いえ、それは・・・・・・ありがとうございます。大切にしますね!」

 結構です、と言おうとしたけど、テルファ様が暗い目をしたので、「あ、返したら割る気だ」と察し、私はティーカップを貰うことにした。

「よかった。これで一つ引き取り手が見つかったよ。ちゃんと使ってあげてね」
「・・・・・・はい」

 ご機嫌なテルファ様に苦笑いしか返せない私の手元で、何故か私の物になってしまったティーカップが、かちゃりと音を立てた。
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