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第一章 公爵令嬢曰く、「好奇心は台風の目に他ならない」

茨の魔王

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 ギルハード・レイヴァーン。
 ギーシャ王子の直属騎士にして騎士団の若き俊才。

 そして、乙女ゲームの攻略対象。

 ファンタジー系の乙女ゲームあるあるとでもいうのか、攻略対象達にはほとんどが重い過去や事情がある。

 ゲーム内ではキャラクターによってその背景がどこまで明らかにされるかは個体差があったけど、ギルハード様の過去はその中でもはっきりと描かれていた。

 ギルハード様が抱えるものは『茨の魔王』。

 これはギルハード様の二つ名であり、彼の特異体質の名前。

 特異体質といっても、キリくんのような原因不明の謎体質ではなく、魔法学的見地から明らかになり、周知されている体質だ。
『茨の魔王』という名称自体がその体質を指す学名でもある。

『茨の魔王』とは異常魔力を持って生まれた者の呼び名。
 強すぎる魔力を持ち、その体は常に濃縮された魔力を帯びている。その魔力は茨のように触れるものを切り裂き、突き刺し、傷つけてしまうそうだ。
『茨の魔王』には一目でわかる特徴がある。体に刻まれた黒い茨の刻印。
 魔力の源とされる心の臓から体に伸びる茨と人外の領域の魔力だから『茨の魔王』。
 訓練次第ではコントロール可能で、魔力を広げ、攻撃することも可能で、ギルハード様の攻撃手段の一つでもある。
 ギルハード様が騎士団の中でも負け知らずなのは本人の才や努力もあるけど、強力な魔力のためでもある。
 しかし、どれ程コントロール出来ようとも常に身に帯びる魔力を消すことは出来ない。ギルハード様は常に有刺鉄線を体に巻きつけたような状態なのだ。
 だから、ギルハード様は常に騎士団のコートに身を包み、革手袋をし、首より下の肌を晒すことはしない。騎士団は夏のクールビズが認められているにも関わらず、ゲーム内でのギルハード様は手袋を外すことすらしなかった。
 ハッピーエンドのルートでは手袋を外してヒロインに触れるシーンがあったけど、あれは艱難辛苦を乗り越えた上の奇跡のようなものであって現実でそうなる可能性は一パーセントにも満たないと思う。

 そんな体質を持ってしまった彼は産まれてすぐに親に捨てられ、奴隷商人に拾われた。
『茨の魔王』という体質を持ち、見た目も整っていたギルハード様はある程度成長すると闇オークションに掛けられた。
 高い魔力を持つ者は最高の兵器にも極上の贄にも成り得る。闇の世界で生きる者にとっては垂涎ものの道具だ。
 ギルハード様の記憶によると、国家予算レベルの値がついたとか。どうして悪い人ってそんなにお金を持ってるんだろう。

 けど、ギルハード様は結果的に買われることはなかった。
 オークションが行われたのは闇社会を押さえ込めないような弱小国だったらしい。しかし、その国の王が近隣国に助力を要請し、各国の強者が派遣され、闇を根絶させるためにオークション会場に乗り込んだそうだ。

 主催者側が雇った用心棒もいたようだが、所詮は金で雇われた荒くれ者だったらしく、歴戦の古強者達に敵う筈もなく会場は制圧されたらしい。

 奴隷商人から助けられた後も、ギルハード様に安寧はなかなか訪れなかった。
 オークションに出品された者は拐われた者は親元へ、帰る場所を持たないものはそれぞれ孤児院や教会に引き取られた。ギルハード様もそうなる筈だったが、他者を傷つける恐れのある体質故に共同生活が当たり前の孤児院は受け入れることが出来ず、悪魔や魔王という言葉を嫌う教会も彼を拒絶した。

 行く宛を失ったギルハード様に手を差し伸べたのは、オークション会場に乗り込んだ一人であり、レイセン王国の騎士だったロバート・レイヴァーン。
 三剣聖に名を連ねる天才騎士だった彼は何を思ったのか彼はギルハード様を引き取り、自分の騎士候補生として育てた。
 私がギルハード様と出会った時はロバート様はすでに故人だったけど、文字通り生涯現役を貫いた方として武勇伝が今でも語り継がれている。

 ロバート様は亡くなる前に自分の最後の騎士候補生だった二人の弟騎士に剣を授与し、ギルハード様ともう一人の方は騎士となった。

 その後、ギルハード様は騎士団に入団し、どういう経緯かギーシャ王子の直属騎士になった。
 だが、入団した後もギルハード様は苦しむことになった。
 かつて、『茨の魔王』は言葉通り魔王扱いされており、時代によっては産まれてすぐに殺されたということもあるそうだ。
 今の時代では迫害こそないが、それでも恐怖の対象で見られている。
『茨の魔王』は元々強面なため、周囲に馴染めなかったギルハード様を更に孤独にさせた。

 それがギルハード・レイヴァーンという人が歩んで来た道だ。
 あまりにも凄絶で、哀しくて、苦しい。

 ゲームで本人の口からこのことを明かされた時はフィクションだと思ってても泣いてしまった。
 それをこの人は実際に経験してきたのだ。そのことを思い出す度に胸がきゅっとし、涙が込み上げそうになってくる。

 そして、そんな人生はギルハード様にある恐怖を植えつけた。
 触れられる恐怖だ。

『茨の魔王』は通常時なら肌に触れなければいい。布越しなら触れても問題はない。ギルハード様は更に服や手袋を魔力を阻害する素材の特注品を使い入念に気を配っている。

 ・・・・・・それでもダメなのだ。

 本能が触れるのも、触れられるのも拒絶してしまう。
 だからあんなに可愛がっているキリくんの頭を撫でることすらギルハード様は出来ない。
 奴隷商人の元で人間扱いされず、ずっと魔物のように恐れられていた時間が心に、体に触れてはならないという暗示をかけた。
 自分に温もりに触れる資格はないのだと、ギルハード様は思っている。


 だから、私は振り払われた。
 なんてことをしたの。ギルハード様のことは分かっていた筈でしょう?
 なのに、私はいつも考えずに動いてしまう。前世でも、あの時・・・も・・・・・・。

「あ・・・・・・ごめんなさい」
「な、んで、ミリア嬢が謝るのですか? 申し訳ありません。如何なる罰でも──」

 二人して床にへたり込み、半ば放心状態で言葉を交わす。
 ああ、ダメ。頭がふわふわする。
 涙が出そう。でも泣いちゃダメだ。腕をつねって必死にこられる。

「やめて下さい。平気ですから。立てますか?」
「はい。ミリア嬢も──いえ、何でもありません」

 恐らく立てますか? と言おうとしたのだろう。途中で止めたのは私が立てないと言っても、ギルハード様は手を差し出して立ち上がる手助けをすることが出来ないから。

「ギルハード様」
「はい」
「ギーシャ王子の件ですが、心配しないで下さい。私もちゃんと考えますから。少なくとも、陛下が罰を下されるよりは絶対にましな結果になりますから。大丈夫ですよ」
「そう、ですか。よろしくお願いします。では、ギーシャ殿下の元へ参りましょう」

 ギルハード様がそう言うと、私達は再び歩き出した。
 ギーシャ王子のいる部屋に辿り着くまでの数分間──私達は会話を交わすことはなかった。
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