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骨折り損と焼き芋

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「──い!?」

 喫茶室へ入ろうとしたキャシーは、喉をひきつらせて、拳一つ分ほど開いたドアを勢いよく、しかし音を立てないように細心の注意を払って閉めた。

「・・・・・・キャロラインとエドワードお義兄様?」

 キャシーは、部屋の中に見えた二人の名を呟く。

「いやいや、気のせいよね?」

 ある疑いが胸中に浮上しつつも、そんなことがあるはずないと、自分に言い聞かせるように首を振るキャシー。

「もう一度見てみましょう」

 自分の思い過ごしだと確認するために、キャシーは息を殺して再び喫茶室のドアをほんの僅かに開いた。
 そして、そうっと中の様子を窺う。

「エドワードお義兄様ぁ・・・・・・」

「こぉら、二人きりの時は名前で呼ぶ約束だろう?」

「そうでしたわね。エドワード」

「うん。キャロライン」

「~~~~~~~~~~っっっ!!!!??」

 そんな蜂蜜に角砂糖をぶち込んだような甘ったるいやり取りに、キャシーは声にならない悲鳴をあげた。

 昼下がりの喫茶室で、キャロラインとエドワードはお互いに半裸で睦み合っていたいたのだ!

(なっ、なななななな、何やってんのぉ!? あの二人ィ!?!?)

 キャシーは目を白黒させて、口を塞いでその場にしゃがみこんだ。

(キャロライン──あの子、姉の婚約者とそういう仲になるって、何考えてるのよ!?)

 そう。何が問題かと言うと、室内でイチャついている片割れであるエドワードがキャロラインの姉の婚約者であることが大問題だった。
 姉と言っても、キャシーのことではない。さっきキャシーがエドワードをお義兄様と呼んだ通り、キャシーとキャロラインには、上にもう一人姉がいる。
 キャロラインとエドワードの不貞に、キャシーはどうするべきかと大パニック中の頭で思考を巡らせた。

(ど、どどどどうしよう? お姉様に伝えるべき? いやいや、いくらなんでもショックすぎる・・・・・・まずはお父様に報告して──)

 そう考えた時、廊下の角から今ここにいたら一番不味い人物が現れた。

(き、キャサリンお姉様あああああああ!!!?)

 キャシーとキャロラインの姉、エドワードの婚約者であるキャサリンであった。
 手には紅茶の茶葉の缶を持っている。どうやら、喫茶室へ向かっているらしい。
 今、喫茶室にキャサリンを投入するなど、火薬倉庫に火種を放り込むようなものだ。後に焦土しか残らない。
 ここで身内の修羅場が始まるくらいならと、キャシーは慌ててキャサリンに駆け寄った。

「キャサリンお姉様!」

「あら、キャシー。そんなに慌ててどうしたの?」

「いえ、その、えっと・・・・・・そうだ! ティムの、ティムのお尻が燃えてるんです!」

 ティムとは、キャシーたちの住む屋敷で働いている下働きの青年だ。

「ええっ! どうしてそんなことに!?」

「おいも・・・・・・お芋を焼こうと焚き火をしてたら、うっかりズボンに燃え移って・・・・・・」

 嘘である。
 喫茶室に来る前に、ティムが焚き火で焼き芋をしようとしていたのを見かけたのは事実だが、お尻は当然燃えていない。
 何とかキャサリンを喫茶室から引き離したくて、苦し紛れに出した口からの出任せである。

「大変じゃない! 水っ、すぐに水で消火しなきゃ! ティムはどこ!?」

 キャサリンはキャシーのかなり無理のある作り話を信じ込んだらしく、ティムの居場所を訊いてきた。

「あ、中庭に──」

 言ってから、キャシーはしまった! と思った。
 ティムの居場所を正直に伝えてしまったのだ。これではすぐに嘘がバレてしまう。

「あ、やっぱり裏庭で──」

「中庭ね? 分かったわ!」

「あっ、お姉様────!!!!!」

 キャサリンは頷くと、持っていた紅茶の缶をキャシーに託し、一目散に中庭へ駆けて行った。

「ま、待って下さい──────!」

 喫茶室からキャサリンを引き離すことには成功したものの、そのためについてしまった嘘を誤魔化すために、キャシーはキャサリンの後を追いかけた。





「アッツ! アッツゥッ!!! キャシーお嬢様! キャサリンお嬢様! お助けー!」

「バカなの!? ねぇ、ホントバカなの!!?」

 先に結論を言ってしまうと、誤魔化す必要はなくなった。

 嘘から出た真。なんと、キャシーとキャサリンが中庭で行くと、ティムのお尻が本当に火だるまになっていたのだ。

「ティム! 動かないで! 狙いが外れるわ!」

「いや、無理無理無理!? アツゥイ!」

「ああもう! 一体何をどうしたらそうなるのよ!?」

 キャシーとキャロラインは水が並々入ったバケツを手に、文字通り尻に火のついた勢いで走り回るティムに水をぶっかけようとタイミングを窺っていた。

「芋が焼ける前に運動してお腹すかそうと思って、アチチッ! 焚き火を回りながら踊ってたら転けましたぁああああ!!!!!」

「火の側で遊んでんじゃないわよぉおおおおお!!!」

「ごめんなさいぃいいいいいい!!!!!」

 キャシーがキレ気味に叱りつける言葉と共に、バケツを振るう。
 すると、見事にバケツの中の水はティムのお尻の火を消火した。

「ティム! 大丈夫!?」

「うぅ・・・・・・尻がすっごくヒリヒリします~」

 半泣きのティムが、お尻を擦りながら訴えてくる。

「あれだけ燃えてて? よくそれだけで済んだわね」

「多分、このツナギが丈夫だったんだと思います。穴、開いちゃいましたけど」

 どうやら、ティムの穿いていたツナギのズボンは、耐火性のある生地が使われていたらしく、皮膚へのダメージが激減されたようである。

「全く、お尻燃やすとか勘弁してよね。もう今日は仕事はいいから、とっとと医務室行って薬塗って貰って帰りなさい」

「ふぁ~い」

 キャシーの指示に気の抜けた返事をしたティムは、ちゃっかり焼き芋は回収してそのまま医務室へと歩いて行った。
 黒焦げになったお尻を見送ったキャシーは、ようやく胸を撫で下ろすことが出来た。

(ほっ・・・・・・このままお姉様を別の場所へ誘ってやり過ごせば、最悪の事態は避けられるわ。お父様への報告は夜にでもしましょう)

 安堵するキャシー。しかし、肝心のことが抜けていた。

「・・・・・・」

「キャサリンお姉様? どうかなさいました──カッ!?」

 キャサリンが立ち止まって、ある一方を見つめていたので、キャシーもその視線の先を辿り──絶句した。

「・・・・・・エドワードとキャロラインね」

 キャサリンがぽつりと呟く。
 キャシーは嫌な汗が止まらなかった。

 キャサリンの視線の先には、いまだに睦み合っている二人の姿が窓越しに見えていたのだ。

(し、しまったあああああああ!!!!!)

 喫茶室は一階。それも中庭から室内が丸見えの場所にあったのだ。そのことが完全に抜け落ちていたキャシーは、だらだらと冷や汗を流して、両手で頭を押さえて悶絶した。

「──ふぅん。そういうこと」

「ひっ!」

 ──ゾクリ。

 キャシーの背筋に悪寒が走る。

 ぶるっと身震いをしながら、キャサリンの様子を窺うと、禍々しいオーラを纏った体から、冷気が漂っていた。
 火消しに走り回って火照った体も一瞬で凍るほどの寒々しさに、キャシーは思わず自分の体を抱き締める。

「お、お姉様──」

 キャシーが声を掛ける前に、キャサリンは喫茶室の窓へと近づき、勢いよく開け放った。
 そのまま窓枠に足をかけ、中へと入っていく。

「き、キャサリン!? どうしてここにっ??? あ、いや、これは違うんだ──」

「お姉様!? な、何!? テーブルなんて持ち上げてどうする気──き、きゃあああああああああああ!!!!」

「落ち着いてくれ!話せばわか──うわぁあああああ!!!!?」

「あわわわわ・・・・・・」

 喫茶室から聞こえる破壊音と叫び声に、キャシーは口元を押さえておののいた。
 それから、慌てて本館の方へと走り出したのだ。

「お、お父様あああああああ!!!」





「キャシーお嬢様? 何か随分やつれてますけど、何かあったんですか?」

 次の日。
 医師に貰った塗り薬がよく効いたと言って、特に休むこともなく出勤してきたティムが、げっそりとした顔色の悪いキャシーを見て訊ねた。

「ああ、ティム。おはよう・・・・・・まぁ、ちょっと色々ね。どうせ噂になってるから、同僚にでも訊きなさい」

 説明する気力もないようで、キャシーは力尽きたようにその場に蹲った。

 あの後、父を呼びに言って、喫茶室へ戻ると、底にはいくつものタンコブをこさえて床に伏したキャロラインとエドワードの姿があった。

 キャシーと父親は室内の惨状を見て悲鳴をあげた後、破壊活動を続けるキャサリンを羽交い締めにして止めるはめになった。

 しかし、完全に理性の糸がぶち切れたキャサリンの馬鹿力には叶わず、最終的にショッピングに出掛けていた母親が帰ってきて、キャサリンをデコピン一発で仕留めるまで、攻防は続いたのであった。

 その後は家族会議で、話し合いの結果、キャロラインは自室で謹慎ののち、貞節を身につけるべく三年間の修道院送りが決定した。
 ちなみに、喫茶室をめちゃくちゃにしたキャサリンにも謹慎令が出された。

 エドワードの方は、父親から聞いた話だと慰謝料を請求した後、キャサリンとの婚約破棄で手打ちにすることになるらしい。
 ただ、話を聞いたエドワードの両親は、慰謝料は自分で工面しろと息子を突き放したようで、これから苦労しそうである。

 妹の不貞行為と姉の破壊行動。
 完全に巻き込まれた真ん中っ子のキャシーは、ようやく訪れた束の間の平和に泣きそうになった。

「大丈夫ですか? 焼き芋、食べます?」

「貴方、昨日の今日でよくまた焼き芋作ったわね──いただくわ」

 真っ二つに割られた焼き芋──気を使ったのか大きい方──を差し出されたキャシーは黙って受け取り、大きく口を開けてかぶりついた。

「──美味しい」

 密たっぷりのねっとりとした甘さが、疲れた体に染み渡った。
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