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2.初対面の夫を名乗る男

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 何故、自分に離縁状なんかが届いたのか。
 シェーラはとりあえず場所を移し、リサと共に私室へと戻った。

「離縁状を未婚の女性に送ってくるだなんて、新手の嫌がらせかしら?」

 シェーラははらり、と二枚の便箋と離縁状をテーブルへ投げ出した。
 普通に考えるなら手違い、というのが自然だろう。

「送り主は──エドゥーラ? 封蝋からして貴族なんでしょうけど、聞き覚えはないわね」

 封をしてあった赤い蝋には、家紋と思わしき模様が入っていたが、これにもシェーラは見覚えはなかった。

「お嬢様、どうなさいます?」

 リサが手紙の対処についてお伺いを立ててくるが、シェーラは手違いと断じて、すっかり手紙に興味を失っていたため、そうそうにその手紙にマッチで火を着けると、暖かくなってめっきり使わなくなった暖炉へと放り投げた。
 橙色の炎がボオッと燃え上がり、手紙はすぐさま僅かな灰と化した。

「見なかったことにしましょう。わざわざ間違っていますよと教える義理もないし、貴族の離縁の話なら、成立する前に外部に漏れたとあっては面子に関わるでしょうしね」

 厄介事はごめんよ、と肩を竦ませるシェーラに、リサも承知致しましたと頷いた。

 この話は宛名を誤ったどこかの貴族のミスということで二人の間で完結したが、話はここで終わらなかった。

 手紙が届いた理由が分かるのは、手紙のことなどすっかり忘れた一週間後のことである──。



* * * * *



「♪♪~♪~」

 シェーラは鼻唄を歌いながら、摘み取った薔薇を抱えて歩いていた。
 手にしている濃いピンク色の薔薇は食用として育てたもので、この後、砂糖漬けにする予定だ。

(結構摘んだわね・・・・・・元は薔薇の砂糖漬けを紅茶に浮かべるのがお好きなお母様のために育ててたものだけど、日持ちもするし、植物園のお土産として手を加えてみようかしら?)

 そんなことを考え、邸の中に入ろうとした。その時だった。

「シェーラ・アルトゥニス!」

「──!」

 突然、語気強く名前を呼ばれ、シェーラはビクッと固まった。

 聞き覚えのない男性の声だった。

 声のした方を向くと、見知らぬ男が怒りの形相で、大股でシェーラの元へ近づいてくる。

「お待ちください! 勝手に敷地に入られては困ります!」

 男の後ろから、酷く焦った様子のアルトゥニス侯爵家の守衛が走ってくる。
 どうやら、男は守衛を振り切って強引に侯爵家の敷地内に入ってきた様だった。

「見つけたぞ! お前、どういうつもりだ?」

 いきなり現れた男は、名乗ることもせずに話し始めた。当然、シェーラは男の言っていることがこれっぽっちも理解出来ない。

「──どこかの貴族の方とお見受けしますが、一体なんです? 勝手に侯爵家に踏み入るなど、あまりに無礼ではありませんか」

 シェーラは正体の分からない男に、内心で冷や汗をかいていたが、不法侵入者に弱味を見せる訳にはいかないと毅然とした態度で対応した。
 すると男はますます顔を険しくして、大声で言った。

「無礼? それはお前だろう! 一週間経っても手紙を送り返して来ないとは、どういう了見だ?」

「え?」

「まさか、蒙昧にもそうすれば俺と別れずに済むなどという短慮を起こしたのか?」

「はい?」

「長年家にも寄りつかず、妻としての役目を何一つ果たさなかったお前に情があるとでも思ったのか!?」

「いや、あの──」

「馬鹿なお前のために、私がわざわざ足を運んで来てやったんだ。ほら、今すぐここに署名しろ!」

「一体何の話ですか!? そもそも、貴方は一体全体どなたで!?」

 一方的に捲し立てる男の言い分が終わると、シェーラはまず真っ先に訊くべき疑問をぶつけた。

「はぁ? お前は夫の顔すら分からないのか?」

「お──っ、はぁ!?」

 腕組みをし、呆れたように返された言葉に、シェーラは言葉を失った。

(夫って──こんな人知らないし、そもそも私は生まれてから一度たりとも結婚してないわよ! って、何か最近似たようなことを思ったような──ああっ!)

 シェーラは忘却の彼方にあった一週間前の変な手紙のことを思い出し、思わず呟いた。

「──エドゥーラ?」

「そうだ。お前の夫のヘンドリック・エドゥーラだ。ようやく思い出したか」

(ようやくも何も──)

 目の前の男とあの手紙が結びつき、シェーラはますます混乱する。
 あの手紙は手違いで届いたものだと思い、気にかけていなかったが、こうしてこのエドゥーラを名乗る男がアルトゥニス侯爵家まで来たということは、手紙はシェーラに宛てられたものだということだ。

 が、シェーラは未婚だし、このヘンドリックと名乗る男とは正真正銘初対面の筈だ。
 まさか、自分が知らないうちに結婚していたとでも言うのか? そんな馬鹿な話がある筈ない。

 一体何が起こっているのか分からず、シェーラは途方に暮れそうになっていた。
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