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私を嫌いな婚約者

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 次の授業は移動教室だったので、移動しようと中庭の渡り廊下を歩いていると、小さな噴水の傍らに複数の人影を見つけた。
 人影のほとんどは女子生徒であり、どうやら一人の男子生徒を取り囲んでいるようだった。
 女子生徒たちの表情は皆楽しげで、もうすぐ授業が始まるというのに移動し始める気配もなかった。
 私は視線を男子生徒に移す。すると、予想通りの人物がそこにいて、思わず溜息が溢れた。

「はぁ・・・・・・またですか」

 いっそ無視でもしてやろうかと思いましたが、立場上そうすることも咎められ、何より見ていて気持ちいいものではなかったため、私は注意するために中庭へ足を踏み入れました。

「貴方たち、そろそろ次の授業が始まりますよ。教室に戻ったらどうですか?」

 声を掛けると、集団の視線が一気に私に集中します。先程の楽しげな空気とは一変。
 女子生徒は皆、顔を顰めてこちらを睨んできました。
 ・・・・・・楽しく話していたところに水を差されて不愉快なのは分かりますが、そんな風に睨まれても困ります。

「エレイン、またお前か。邪魔をするな」

 女子生徒に輪を掛けて不機嫌な声が集団の中心部から聞こえました。
 彼女たちに囲まれていた男子生徒です。
 彼の名前はライ・ヴェクオール。よくよく見れば整った顔立ちをしているのですが、私を前にするとライはいつも嫌そうな顔をするので、私はまともな表情をもう長いこと見たことがありません。そんな私たちは実は婚約者という関係です。

「別に休み時間であれば好きにすればいいと思います。ですが、もうじき本鈴ですよ。お喋りに夢中になって授業に遅刻したら後輩にも示しがつかないでしょう。いい加減、自分の立場を自覚して──」

「うるさい」

 私としては心配しているのですが、どうにも私の言い方は事務的で温かみがないようで、ライからはいつも鬱陶しがられてしまいます。これでも、一応心配はしているのですが。

「お前のそういう説教臭いところ、本当に嫌い。将来お前と結婚して一緒に暮らすことを考えるだけでも背筋がぞっとするよ。それを我慢して結婚してやろうって言ってるんだから、学生時代くらい好きにさせろ。口を出すな」

「・・・・・・」

 あまりの言われように思わず絶句してしまいました。
 疎ましがられているのは知っていましたが、そこまで思われていたなんて──。
 流石に落ち込んで俯いてしまうと、耳にくすくすと笑う女子たちの声が届きました。
 彼女たちは皆、ライに声を掛けるか掛けられるかした子たちで、いつもライと一緒に遊んでいます。その中にライに好意を持っている子も少なからずいることも知っています。そんな子たちからすれば、ライの婚約者という立場の私は目の上のたんこぶなのでしょう。いつも、私がライから邪険に扱われてると楽しそうに笑っています。

「嫌いでも結構です。けれど、授業態度をおじ様たちに知られれば困るのは貴方でしょう。せめて最低限のやるべきことは果たしてください」

 暗にライの両親に報告すると伝えれば、ライは忌々しそうに舌打ちをしました。

「チッ・・・・・・思い通りにいかないとすぐ告げ口かよ。流石優等生様だな」

「何とでも仰ってください。どのみち、私が報告しなくてもこんな態度を続ければいずれ担任から伝わりますよ」

 授業態度は成績にも大きく影響します。いくら成績がよくても実際に授業態度の悪さで留年した生徒もいると聞きます。遅刻はもちろん、サボタージュなんてもっての外です。担任の先生だって不真面目な態度が続けば、それ相応の対処をするでしょう。
 流石に親に連絡が行くのは嫌だったようで、ライは踵を返し、移動を始めました。
 その背中を見送り、安堵の息を吐いていると、不意にライが振り返って言いました。

「お前、本当にウザイ」

「・・・・・・」

 分かりやすい程の嫌悪の浮かんだ顔で睨まれて、私は何も言い返せませんでした。間違ってることは間違ってると言えますが、主観で自分のことを言われると、他者から見たら私はそういう人間なのかもしれないという気持ちが大きくなって、上手く言葉が出てこなくなります。
 私が突っ立っている間にも、女の子たちを引き連れたライの背中は小さくなっていきます。

「私も移動しなくちゃ・・・・・・」

 すぐに本鈴が鳴ることを思い出し、私も来た道を戻ります。

 ──ウザイ。

 ライに言われた言葉が嫌に耳に残りました。
 教科書を持つ手に力が籠り、訳も分からず目頭が熱くなるのを感じました。
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