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第四話 おにいさま、怒ってます?

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「魔法使い・・・・・・? 兄妹弟子・・・・・・? ・・・・・・は、は?」

 ラリオ様はぽかんとした顔で何もかも初耳だと表情で訴えてくる。
 まぁ、言ってなかったからね。あれ? でも、婚約する時にわたしの経歴についてはお父様たちからルータス公爵様に説明してあるって言ってたような・・・・・・?

「知らなかったのか──まぁ、今はそんなことはどうでもいい。それよりも、ラリオ・ルータス。貴公は先程シアラを階段から突き落としたように見えたが、これはどういうことだ?」

 おにいさまが声をますます低くしてラリオ様に訊ねる。
 あまり聞いたことのない声音に、わたしも思わずびくりとしてしまった。

「それは婚約破棄を嫌がったシアラがしつこく纏わりついて来たから振り払おうとしただけです! それがたまたま階段だっただけで──シアラの自業自得です!」

 えぇ・・・・・・婚約破棄が嫌だったっていうか、あまりに突然かつ一方的だったから、もっとちゃんと話して欲しかったっていうか、わたしだけに言われても困るから、方々にもラリオ様から話を通して貰いたかっただけなんだけど・・・・・・。

 おにいさまの指摘にラリオ様は矢継ぎ早に反論し、隣でリノン様もうんうんと頷いて同意している。

「──ほお」


 ぞくり。


 さ、寒い! まだ秋になったばかりなのに、冬の濃霧山の山頂くらい寒い!
 ラリオ様の言い分はおにいさまの気に触ったらしく、おにいさまは短くそう言って笑みを浮かべた。いつもわたしに向けてくれるような笑顔じゃなくて、多分冷笑とか呼ばれる種類の笑みだ。

「シアラ」

「なぁに? おにいさま」

「シアラはどうしてラリオ・ルータスの腕を掴んで引き留めようとしたんだ?」

「えっと、ラリオ様に急に婚約を破棄するって、手続きはわたしの方でしとけって言われて困って──けど、そのままラリオ様が去ろうとしたから、止めようとして腕を掴んだら振り払われて、後はおにいさまの知ってる通りです」

 わたしはおにいさまが来る前のラリオ様たちとの会話を簡潔におにいさまに説明した。
 おにいさまは頷いて、ラリオ様にこう言った。

「つまり、一方的に会話を切り上げた上にシアラを階段から落としたと?」

「──っ! わざとではありません!」

「そうです! いきなり後ろから腕を掴まれば誰だってびっくりしますわ! ラリオ様は悪くありません!」

「わざとであるかどうかの問題ではないだろう。そもそも、一方的に会話を切り上げて去ろうとしたのなら、引き留められるとは考えなかったのか? 腕を捕まれたからといって、階段で相手が落ちる程の力で振り払うか? 何より、故意であってもなくてもシアラを危険な目に合わせたんだ。なのにここまでに謝罪の一つもないとはどういうことだ? 挙げ句、それをシアラの自業自得だと? ふざけているのか?」

 怒濤のおにいさまの質問攻めにラリオ様もリノン様もぐっと息をのみ、心なしか冷や汗をかいてたじろいでいる。

「おにいさま、そんな一辺に訊いてもラリオ様もリノン様も困ってしまいますよ。順番こにしないと」

「シアラ、こんな奴らに気を使う必要はない。それに、今はシアラは怒るところだぞ」

「そうなんですか? えっと、こらー」

 おにいさまにそう言われて、怒ってるぞーみたいな感じに拳を振り上げてみたが、別に怒りの感情はないので間の抜けた感じになってしまった。

「よしよし。かわいいが、そうじゃないぞシアラ。いきなり婚約破棄と言われた上に、浮気をされたんだ。一発ひっぱたいてもいいんだぞ?」

「うわき・・・・・・? うわきってなんですか? 浮き輪の仲間?」

 聞き慣れない言葉に、わたしはおにいさまに聞き返した。
 うわき、うわき・・・・・・上着? うわ木? うーん、なんだろう?

「・・・・・・・・・・・・いや、なんでもない。シアラは知らなくてもいい言葉だから、忘れなさい」

「えー」

 気になる。けど、おにいさまが忘れなさいって言うなら、おにいさまはうわきの意味を教えてくれないだろう。仕方ない。あとで辞書で調べてみよう。それはそれとして。

「叩いたりなんてしません。暴力はダメです!」

 わたしが腕でバッテンを作ってそう言うと、おにいさまはまたわたしの頭をまたいい子だと撫でてくれた。それから。

「こんなことになるなら、やはりあの時もっと反対しておけばよかった」

 小さな声でそう言って、おにいさまは奥歯を噛み締めたようだった。
 ──? おにいさまはなんの話をしてるのかな?

「シアラ、シアラはラリオ・ルータスとの婚約を破棄したい? したくない?」

「そうですね──正直に言えば、どちらでもいいです」

 わたしははっきりと答えた。
 婚約のお話がきた時、お父様もお母様もすごく悩んでいた。二人でうんうん唸ってたから、わたしはお兄様たちにどうしてお父様たちはあんなに悩んでいるのかと訊ねた。お兄様たちは大分渋ってたけど、わたしが粘り強く訊き続けたら答えてくれた。
 それで、男爵家が公爵家からのお話を断るのがどんなに大変かを教えてもらい、お父様たちが大変な思いや嫌な思いをするのは嫌だったから、婚約を受け入れると自分から言ったのだ。
 だから、はっきり言ってわたしを含めたアンジェラ家の皆はこの婚約に乗り気じゃなかった。
 なので、ラリオ様の方から婚約破棄したいって言ってくるのなら、別に止めはしない。むしろ公爵家のお嫁さんになるためのお勉強や、お勉強を教えてくれる先生から聞いた公爵夫人のお務めはすごい大変だから、ならなくていいならその方がむしろ嬉しいくらいだ。

「わかった──ラリオ・ルータス。シアラもこう言っている以上、部外者である俺が婚約破棄に口出しする気はないが、筋は通してもらう。シアラに対する謝罪は勿論だが、婚約破棄に関する始末は全て貴公がつけろ。アンジェラ男爵家への慰謝料も含めてな。そっちのリノン・スザートもな」

「なっ!? 公爵家が男爵家に謝罪!? 慰謝料!!? どこにそんな必要があるのですか?」

「・・・・・・貴公は自分の行動を客観視出来ないのか? 言い分を聞いていると、怒りを通り越して憐れみが湧いてくるぞ。むしろ、何を根拠に謝罪も慰謝料も不要だと言い切れるんだ・・・・・・」

 すごい。おにいさまが本当に理解不能そうな顔をしてる。おししょー様の魔法の本を見た時だってこんな顔してなかったのに。
 おにいさまが頭からきのこの生えた謎の生物を見るような目でラリオ様たちを見ていると、ラリオ様は焦燥を浮かべて反駁する。
 わたしはいしゃりょう? とかの難しいお話はわからないので、ただ聞いているだけしか出来ない。

「元より貴族とはそれぞれ爵位に見合った家と婚姻を結ぶものです。ラン殿下も王子であるならよくお分かりでしょう? 我が家は公爵家です。男爵家の娘を伴侶にするなど本来であればあり得ないことです。むしろ、この半年間、公爵家の後継者の婚約者という栄誉を与えたのですから、こちらが謝礼を貰ってもいいくらいですよ」

「そうですわ! どんな汚い手を使ったか存じませんけど、男爵家が公爵家と婚約だなんてとんでもありません! おかげでラリオ様はこの半年間お心を煩わされていたのですよ!? 慰謝料を請求したいのはこちらの方です! シアラさん、ラリオ様は貴女のことを婚約破棄するだけで許して差し上げると言っているのよ? なのに、感謝するどころかお金を要求してくるなんて、なんて厚顔無恥なの?」

「わたしは別にそのいしゃりょうのお話はしてませんけど」

 喋っていたのはおにいさまなのに、なんでリノン様はわたしを睨んで言ってくるんだろう。
 あからさまな敵意を向けられると流石に落ち込む。

「おにいさま? 大丈夫ですか?」

 ふとおにいさまの方を窺うと、おにいさまが青い顔をして眉間を摘まんでいた。
 体調が悪くなったのかな? わたしが心配になって訊ねると、おにいさまはふるふると首を振った。

「大丈夫だ。ここまで話が通じないとは──こんなのが今までシアラの側にいたと思うと怒りとおぞましさで眩暈が──というか、シアラとの婚約はルータス公爵家から申し込まれたものだった筈だが?」

「あ、やっぱりそうでしたか」

 ラリオ様が婚約破棄って言ってきたから、わたしの勘違いかと思いかけてたけど、やっぱり婚約はルータス公爵家から持ち掛けられたもののようだった。

「ええ。父から話を聞いた時には耳を疑いましたよ。まさか男爵家なんて。一体どんな弱味を握られたかは知りませんが、そんなものに私は屈しません!」

「・・・・・・ルータス公爵が婚約を決めた意図は大方予想はつくし、恐らく婚約の際に公爵から説明があったと思うが訊いてなかったのか? いや、そんなことがあり得るのか──この様子だとあり得そうだな」

 後半は独り言のようにぶつぶつと呟いているおにいさまは、俯いて大きく長いため息をついたあと、顔を上げて、

「まぁいい。貴公のような男をこれ以上シアラの婚約者にしておくのは俺にとっても耐え難いからな。シアラとは何がなんでも婚約破棄をしてもらう。ルータス公爵が何と言おうがな。これ以上は話し合っても時間の無駄のようだ。とりあえず、帰って父君に今日の話をしてみるといい。話さなかったらその時は俺が介入すると覚えておけ。俺たちはここで失礼するが、日を改めてシアラには謝罪をしてもらうぞ。シアラ、行こう。これ以上は昼食を取る時間がなくなる」

「あ、はい!」

 おにいさまがわたしの肩に手を回して踵を返したので、わたしもおにいさまの動きに合わせてラリオですたちに背を向けた。

「えっと、ラリオ様、リノン様、失礼しますね」

「待て──!」

 二人に挨拶をすると、今度はラリオ様がわたしたちを引き留めたけど、おにいさまが首だけを回して横目でラリオ様を見遣り、

「どうやら、貴公らにとっては目下の者は目上の者に絶対的に従うべきもののようだな。であれば、貴公らがシアラの引き留めるのはおかしいだろう? 俺が・・シアラに行こうと言っているのだから」

 確かに、この場では王子様であるおにいさまが一番目上の人になる。学年も一番上だし。

「ぐっ!」

 ラリオ様も自身が言っていたことを出されたら反論出来ないようで、押し黙り何も言って来なかった。

 それから、わたしはおにいさまに連れられて振り返ることなく裏庭へと出た。

 ──は~、なんというか、どっと疲れた。

 けれど、あそこまで言われたのなら、流石にラリオ様も自分からルータス公爵に婚約破棄についてお話してくれるだろう。
 どうなるかはわからないけど、とりあえず話が一段落してわたしは胸を撫で下ろした。
 ほっとしながらおにいさまを見上げると、おにいさまは優しい微笑みを向けてくれた。そのことにも安堵する。あ、そういえば。

「おにいさま、待ち合わせはいつもの場所の筈だったのに、どうしてあの場にいたのですか?」

 学年の違うおにいさまの教室はわたしの教室と離れているし、裏庭に出るときにはあの通路を使わない筈。確か、今日のおにいさまの時間割でもあの通路は使わないし。

「ああ、いつも俺より早く待っているシアラがいなかったから迎えに行こうとしたんだ。そうしたらあんなことになっていて驚いたが──」

「そうだったんですね。けど、来て頂けて助かりました。ありがとうございます、おにいさま」

「ああ、シアラに怪我がなくてよかった。それにしても大分時間を取られたな。早く食べてしまわないと午後の授業に間に合わなくなる。そういえば、今日のメインのおかずはカニクリームコロッケだそうだぞ」

「カニクリームコロッケ! わーい! 楽しみです!」

 わたしとおにいさまはいつも持ってきたお弁当を分け合いっこしてるので、おにいさまから聞かされた今日のおかずのメニューに万歳をして喜んだ。
 おにいさまのお弁当はお城のお料理人さんが作ってるだけあって、いつも豪華でキラキラしていてとっても美味しい。
 勿論、アンジェラ家のお料理人さんのお弁当もすっごく美味しくってわたしは大好きだ。
 一度にたくさんの種類のご飯を食べられるから、お弁当を半分こにするのはとっても楽しい。

 わたしはわくわくしながらおにいさまといつもの秘密の穴場へ行って、そこでお弁当を広げた。
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