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第四話 魂、そして残ったもの

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 馬車に揺られながら、車窓の外の過ぎ行く景色をぼーっと眺めている。

 頭の中で考えることは、これからのこと、前世のこと、そしてクローザのこと。

「クローザ・ティアライズ・・・・・・」

 誰に聞かせる訳でもなく、『花冠の祈り』の悪役令嬢、そして今は自身を示す名前を呟く。

「貴女はやっぱり、地獄に行ったのかしらね」

 何故、あの時クローザは死んで、あたしの記憶を思い出して生き返ったのか。

『千呪印』を施しながら蘇った心当たりを医官に訊かれた時、あたしはないと答えたけど、本当はあった。

 それはあたしが前世を思い出す直前のことだ。

 あたしはまるで温水の中にいるようだった。

 明るくて温かくて形のない何かに全身を包まれて、その中であたしは酷く怠くて、ずっとずっと微睡んでいた。

 けれど突然、あたしのぼんやりとした意識の中を何かが駆け抜けて行ったのだ。
 まるで夜中に屋根裏を走り回る鼠のような、寝ている顔に冷や水を掛けられたような、思わず体がびくっと反応して目が覚めるような衝撃。

 何事かと感じて目を開けた時、あたしはその光溢れる温水の中のような世界にいると気づいた。
 気づいた直後、あたしの隣にいた何か・・がどこかへ飛んで行くのを確かに見た。

 ただの夢と言われてしまえば、反論出来る自身はない。

 けれど、その何かが去って行ってあたしは目覚めた。

 そのことから一つの仮説を組み立てる。

 ──あの時、あたしの隣から去って行ったものは、クローザ・ティアライズの魂だったんじゃないか。

 魂というものが実在するのか。

 人が死んだ時、体から21グラムの重さが失われる。それが魂の重さだという話もあるけれど、そんなのはきっと、誰にも証明出来ないだろう。

 目に見えなくても、形がなくても存在を証明出来る酸素のように感じとることすら出来ないのだから。

 ただ、あたしが転生したという事実がある以上、あたしは魂の存在を信じることにした。

 その上で考える。

 このクローザ・ティアライズの体には、最初からクローザとあたしの二つの魂が入っていたんじゃないか?

 今まではずっとクローザの魂が表へ出てて、あたしは眠っていた。

 そして、ルキアに斬り殺された時、一度死んだこの体からクローザは追い出され、あたしが出てくることが出来た。

 魂一つにつき、一つの命が与えられるのなら、生き返ったことにも説明はつく。

 この体は二つの命を持っていたから、一度死んでも生き返られた。

 まるでゲームのライフポイントのようだ。

 一応、生き返ったことに対する理論のようなものは自分の中で作れた。

 作ったところであたし自身が納得するだけだけど。

 納得した上で、クローザのことを考える。

 呆気ない程に容易く死んでしまった一人の少女。

 ゲームでは語られなかった彼女の過去を、今のあたしは知っている。

 クローザがナイフを手にした時、そして事切れる時に何を思っていたのかも──

「・・・・・・」

 彼女がどんな環境で、何を思って生きていたかを考えると屋敷へ帰るのが憂鬱になる。

 彼女のしたことは許されることじゃないけれど、それでも他に道はなかったのか。

 過ぎたことを考えてもしょうがないのはわかっているけれど、割り切って考えないようにするのは今のあたしには難しかった。

 気がつくと馬車は屋敷に到着しており、御者の声掛けに馬車を降りた。

 どんよりとした気持ちで屋敷の玄関へ向かうと、勢いよく扉が開かれ、中から一人の女性が出てきた。

 憤怒の化身。

 そんな形容が似合いそうな、激しくて苛烈な存在感。
 色で例えるなら、極彩色の赤。

 彼女の怒りに燃える顔を見て、先の展開が読めたあたしがどうしようか考える前に、貴族らしい傷一つない手が振り上げられる。

 次の瞬間。

 乾いた音が脳内に響き、頬に鋭い痛みが走った。
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